コットンの日に考える―― 地域特性を踏まえた「リジェネラティブ」のあり方とは?
2026/05/10
- この記事のポイント
- 5月10日はコットンの日。私たちの生活に欠かせない天然原材料であるコットンですが、その生産は地球に大きな負荷を与えています。環境インパクト低減に向けて、リジェネラティブな綿花栽培が各生産現場で実践され、繊維生産関係者、学術機関、政府、メディア、消費者から注目を浴びています。WWFトルコが綿花農園でパイロット実施された経験と知見を活かし、現場改善に活用できる「コットン生産のリジェネラティブ農業スコアカード」を開発しました。今回は、WWFジャパンがその日本語版の公開とともに、リジェネラティブな綿花栽培の概念とこのツールの使い方を紹介します。最後に、アパレル・繊維企業の皆さんには、生産現場の課題に目を向けて、地域ステークホルダーとの協働の重要性を呼びかけました。
導入
コットンは世界で最も広く使われている天然繊維であり、衣料品産業をはじめ、インテリア・医療分野でも幅広く活用されています。
コットン産業は、80カ国で約3,200万人の生産者の生計を支え、1億世帯以上の生活に恩恵をもたらしていると推定されています(*1)。

一方で、コットン生産の原料である綿花栽培は環境面、社会面で多くの課題を抱えています。乾燥地域での灌漑による水資源の過剰採取、農薬や殺虫剤の過度使用で引き起こした土壌劣化に加え、栽培地域周辺の淡水生態系にも多大なネガティブ・インパクトを与えていることが明らかになっています。
さらに近年では、気候変動による異常気象の増加が、土壌・水資源への影響をさらに増大し、綿花の収量、品質、農家の生計に打撃を与え、コットン産業の脆弱性を高めています。
そのため、土壌の健全性と水資源の保全を考慮したレジリエントな綿花栽培方法の推進と評価が急務となっています。
なぜ今、リジェネラティブなコットンが注目されているか
こうした環境・社会課題を背景に、リジェネラティブな綿花栽培は、生産現場において取り入れられ、企業からますます注目されています。
土壌の健全性を中心に据えた全体的なアプローチとして、保全を超えて農業で使用される資源の改善を目指すとともに、農業に従事する人々の暮らしの向上を図る手法です( * 2)。
実施の基本原則として、以下の五つの条件が共通の認識とされています。
- 耕起を最小限にとどめ、必要不可欠な場合のみ行うこと。
- 作物の多様性を最大限に高めること。
- 常に土壌表面が被覆されること。
- 年間通して生きた根の成長を計画すること。
- 構造化された放牧計画に基づいて、動物を農業システムに統合すること。

不耕起栽培、カバークロッピング、輪作等の栽培法により、従来の農法で劣化してきた土壌の有機炭素(Soil Organic Carbon)を増加させ、栄養循環の強化に繋がります。また、土壌を一年間被覆される状態に保つことにより、保水力の向上と土壌微生物の回復にも貢献します。
さらに、土壌が炭素吸収源として期待される背景から、気候変動緩和対策の一つとしても検討されています(*3)。自社調達地域においてリジェネラティブ農業を推進し、自社のScope 3排出量削減戦略に組み込んでいる企業事例も増えています。
リジェネラティブ農業の現在地
WWFジャパンは、日本企業によるサステナブルなコットン調達の取り組みを推進するために、ベターコットンやオーガニックコットン調達の普及の取り組みを行ってきましたが、新たな農法としてのリジェネラティブなコットン栽培についても注目をしています。
一方で、現在、リジェネラティブ農業について、国際的に統一された科学的な定義は存在しません(*4)。リジェネラティブ農業の地域依存性の高さが、その理由の一つとされています。
土壌と周辺生態系全体を回復することを主眼に置いているため、実施する地域の土壌、気候、水資源条件が手法と成果を大きく影響することが特徴となっています。
また、リジェネラティブ農業の認証制度も多く存在していますが、完全に網羅的な基準やツールはまだありません。各プログラムは、それぞれ異なる農業システムや地域課題の解決に適用するものとして施行されています(*5)。
このような現状を踏まえ、企業は原材料調達の重要地域の地理的条件を十分把握した上で、現地ステークホルダーとの対話を通じて、各プログラムの地域課題・実施条件への適合性を総合的に評価し、選定することが重要だとWWFジャパンは考えています。
トルコ、ブユック・メンデレス川流域の事例
WWFジャパンが支援をしている、トルコのブユック・メンデレス川流域におけるウォータースチュワートシップ推進プロジェクトの一環として、WWFトルコは下流域の綿花農園においてリジェネラティブ綿花栽培のパイロット研究を実施しています。

繊維生産に深く関連するブユック・メンデレス川流域では、上流部の染色加工による排水と下流部の綿花栽培による過剰取水・水質汚染が課題になっています。
被覆植物の栽培、耕起を行わない綿花の直播、堆肥(生物学的土壌改良材)の施用などの実践を3年間実施し、土壌健全性への効果をモニタリングしてきました。
その結果、土壌の団粒安定性の向上と有機炭素量の上昇がみられ、長期的に保水力と炭素吸収力の改善に繋がります。また、化学肥料を購入し使用する代わりに、生物堆肥を活用することにより、農家の総投入コストが20%削減され、経済面での効果も実証されました。

リジェネラティブ農業プラクティス年間実施サイクル
リジェネラティブコットンのスコアカード、日本語版発表
今回、日本語版を発表する「コットン生産のリジェネラティブ農業スコアカード」は、文献に記載されたリジェネラティブ農業の実践を基本に、WWFトルコによるパイロット研究から得られた知見を取り入れ、開発されています。
コットン生産のリジェネラティブ農業スコアカード
このスコアカードは、リジェネラティブ農業の普及を促進するため、理論的な知識をより実践まで落とし込むように設計されたツールになっており、農家および農業技術者が現場レベルでリジェネラティブ農業の実践開発と効果評価で活用できます。
五つのリジェネラティブ農業実施によって得られるアウトカム(成果)である土壌健全性、水管理、気候変動インパクトの緩和、生物多様性要素、インプット管理に対し、それぞれに寄与する実践を列挙し、レベル0(ベースライン)からレベル4(ベスト)までの各取り組みの詳細が記載されています。

リジェネラティブ・アウトカムとプラクティスの枠組み
農業従事者は自分が取り組んでいるリジェネラティブ実践に基づいて、レベルの判定を行い、現段階の実施成果を把握することができます。また、目指したい改善レベルまで、段階的な移行計画を定めることができます。
スコアカードは、以下の部分によって構成されます。
- コットン栽培が直面する、土壌健全性の課題
- トルコのコットン栽培現状
- リジェネラティブ農業の主要原則とWWFトルコのアプローチ
- スコアカードの概説と使い方
- スコアカード本文
- 付録(機械化作業に必要な燃料量、生物多様性要素評価表)
このスコアカードの運用において、注意すべきポイントがあります。それは、評価表に書かれている実践すべてを一律に導入するのではなく、実施地域の農業環境と気候条件に合わせて調整しながら、段階的に取り入れることが重要なことです。これは、前述のリジェネラティブ農業の高い地域依存性への対応のための考え方です。
企業にとっての意義、使い方
持続可能な繊維生産を実現していくためには、農家による農園での継続的な実践と評価のほか、企業による自社の調達・生産のトレーサビリティと環境インパクトへの理解が欠かせません。
リジェネラティブ農業は土壌、水資源、地域コミュニティへの包括的な貢献が期待されていますが、比較的新しいコンセプトで、その定義や実践について十分な議論や国際的な統一見解がないことや、地域特性が重要になる点を踏まえ、現時点では現地での実践とモニタリングが非常に重要です。
こうした状況の中で、企業による農業改善の支援や継続的なサステナブル調達は重要度を増しています。
本スコアカードは繊維企業が、リジェネラティブ農業の中で重要視される要素やその評価方法を理解するための一助となります。
また、自社調達製品に対し、土壌のモニタリングと評価の仕組みを通じてその健全性の改善状況を把握し、取組実施(活動重視)だけでなく、インパクト(成果重視)にも焦点を当てた評価においても活用できるツールとなっています。
さらに、生産現地のステークホルダーと協働プログラムの構築・施行プロセスにおいても有効なツールです。
このようなツールや、国際認証などの他のツールも活かし、企業の持続可能なコットン調達が進むことをWWFジャパンは期待しています。
まとめ
リジェネラティブ農業の実施手法と効果測定に関する議論とガイダンスは、現場の実践経験と土壌科学への研究につれて急速に進化しています。
企業は、リジェネラティブ農業がもたらすベネフィットの地域性を見極め、長期的サステナビリティ戦略に組み込むために、現場へ実装するパイロットプロジェクトへの投資・参画などを通して、先行して取り組むことが重要です。
そのプロセスにおいて、現地コミュニティ、プロジェクト開発者、NGO、科学的専門知見を持つアカデミー・研究機関との積極的な対話と協働が長期的な成果につながります。
WWFジャパンは、引き続き重要淡水生態系の保全と持続可能な生産調達の実現を目指し、生産現場との協働を通して、自然と共存する産業を推進していきます。

注:
1:FAO, Cotton: weaving a better future (2025)
2:WWFジャパン:コットン生産のリジェネラティブスコアカード(2026)。WWFトルコにより開発された、「regenerative argriculture in cotton production scorecard」の仮和訳版。
3:Ravjit Khangura, David Ferris, Cameron Wagg, Jamie Bowyer, Regenerative Agriculture—A Literature Review on the Practices and Mechanisms Used to Improve Soil Health (2023)
4:Craig R. Elevitch, D. Niki Mazaroli, Diane Ragone: Agroforestry Standards for Regenerative Agriculture (2018)
5:Textile Exchange: Regenerative Agriculture landscape Analysis (2022)



