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ESG投資をはじめとする環境と金融の関わり-TNFDとTCFD-

この記事のポイント
ESG(Environment, Social and Governance)投資をはじめとする、環境に配慮した金融のあり方が今、大きく注目されています。金融はなぜ、環境保全の取り組みにおいて重要なのか。どのような影響力を持ち得るのか。そして、環境や社会の問題とのかかわりの中で、これからの金融はどのように変化していくのか。金融と環境のかかわりと、WWFが目指すその取り組みについて解説します。
目次

金融はどう環境とかかわっている?

地球上では今、深刻な環境の破壊・劣化が進んでいます。

WWFの『生きている地球レポート(LPR:Living Planet Report)』では、世界の生物多様性の豊かさが、過去50年で69% が失われたと指摘されており、この傾向は今後、さらに深刻化していく恐れがあります。

企業の経済活動と環境のかかわり

こうした地球環境の悪化を引き起こしている最大の原因は、国際的な規模で展開されている、人間の経済活動です。

経済活動の主体を担う企業は、各産業分野で手掛けるビジネスを通じて、それぞれに製品やサービスを生産し、供給しています。

企業はこの製品やサービスの原材料として、木材や紙、シーフードといった、海や森の自然に産する資源を大量に利用しています。

また、パーム油や天然ゴム、大豆、カカオ、レアメタルなど、自然破壊にもつながる、農地や鉱山の開発によって生産・供給されている多種多様な原材料も同様です。

さらに、輸送や製造の過程で消費する電力や燃料などのエネルギーも、その多くがいまだに、石油や石炭といった、地球温暖化(気候変動)の主因となる、化石燃料に大きく頼っています。

いうまでもなく、安価にサービスや製品を生産し、大量に市場でさばくことが出来れば、それは企業と経済活動にとっては、大きなプラスになります。

しかし、そのために、乱伐や乱獲といった資源の濫用が起きれば、生産の母体である地球の環境と、生産力そのものが損なわれ、中長期的にはそれが、ビジネスにも深刻な影響を及ぼすことになります。

企業の経済活動を変化させる金融の力

近年、こうした大量生産・大量消費、経済効率ばかりを重視したビジネスの在り方が、広く見直されるようになってきました。

企業に対して投融資を行ない、そのビジネスを支え促進しつつ、収益の配分を受けている金融界においても、それは同様です。

特に、目先の利益ばかりを優先し、高い収益を上げていたとしても、事業そのものの「持続可能性」、つまりサステナビリティを重視しないビジネスの在り方は問題視されるようになりました。

そうした企業は、金融界からの提言や指摘を受け、ビジネスの在り方を見直すよう求められるだけでなく、実際に投資価値の低下や、投融資の引き上げの対象と見なされるようになったのです。

この背景には、ビジネスの先行き対する危機感がありました。

今どれだけ収益が高くても、5年後、10年後には、原材料の濫用によって資源が枯渇したり、気候変動の影響によってビジネスが継続できない事態が起きるなら、これは投融資を行なう金融機関にとってもリスクになります。

そうした観点からも、「環境を守りながら継続・発展できるビジネス」に投融資を行なっていくことは、金融関係機関にとっても、重大な課題となっていました。

そして、このような「金融」の力は、単に環境負荷の高いビジネスを抑えるだけでなく、別の効果ももたらしました。

すなわち、環境に配慮したビジネスへの投融資を厚くすることで、サステナビリティの確立と、社会的なその広がりへの貢献です。

環境を損なう経済活動から、環境を持続可能な形で利用し、人と自然の共存を目指した経済活動へ。

金融を通じた環境保全とは、社会の中の「お金の流れ」を変えることで、企業活動にこの変化をもたらす取り組みなのです。

© WWF-Madagascar / RAKOTONDRAZAFY A. M. Ny Aina

加速するESG投資の拡大

実際に、金融機関が「お金の流れ」を変えていく上で、重視している観点が、次の3つです。

  • Environment:環境
  • Social:社会
  • Governance:企業統治

そして、この3点に注目して、投融資先の企業のビジネスを評価し、行なう投資が「ESG投資」です。

ESG投資が注目され、大きく広がるきっかけの一つとなったのは、2006年に策定された『責任投資原則:Principles for Responsible Investment(PRI)』でした。

コフィー・アナン国連事務総長(当時。故人)の呼びかけにより作られたこの原則は、株主が企業への投資を行なう際に、環境・社会・ガバナンスの要素を考慮し、判断に反映すべきことを盛り込んだものです。

ここで掲げられた次の責任投資「6つの原則」とこれに基づいた35の行動規範は、いずれも投資家たち自らの手で定められた投資慣行の手引きであり、投資家はこれを実施することで、持続可能な国際金融の実現を目指すものです。

原則1:ESGの課題を投資分析と意思決定プロセスに組み込むこと
原則2:積極的な株式の所有者として、その所有に関するポリシーと慣行にESGの問題を組み込むこと
原則3:投資対象となる事業体に、ESGに関連する課題の適切な情報の開示を求めること
原則4:投資業界全体でこの原則の受け入れと実行を促進すること
原則5:原則の実施における効果を高めるため、協力すること
原則6:各原則の実施に向けた活動と進捗状況について報告すること

この責任投資原則には、世界最大の機関投資家の一つで、日本の国民年金と厚生年金の積立金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)をはじめとする、世界の4,300以上の機関投資家が署名。その運用資産の総額は120兆ドルにのぼります(*)。

今後さらに拡大の動きを見せているESG投資の現状は、環境や社会、ガバナンスへの対応が、ビジネスおいて、もはや必須の条件になっていることを示すものといえるでしょう。

*https://www.unpri.org/annual-report-2022/signatories#fn_1

重視される「情報」の開示と企業の方針

金融機関や投資家が、投融資の判断をする際に重視するのは、企業が開示している「情報」です。

この「情報」とは、自社の環境や人権に配慮した取り組みはもちろん、提供している製品やサービス、それを使用している消費者の行動までが、対象となります。

たとえば、自社製品の生産にあたり、大量の温室効果ガスの排出を伴う化石燃料の利用を前提にしていたり、原材料の調達を途上国の自然や人権を損なう形で行なったりしていないか、といった情報。

また、原材料や製品の製造工程については問題が無いとしても、その製品を利用する消費者が大量のプラスチックごみを捨てねばならないような状況が生じた場合は、生産する企業の責任が問われることになるため、そうした懸念がないことを示せる情報も必要です。

つまり、企業にとっては、そうした観点を含むビジネスの展開を行なっているかを、投融資を行なう側が把握できる形で、情報を開示しておくことが、常に求められるようになっているのです。

さらに、企業がどのような対策と、その目標を掲げているのかについての情報も、重視されています。

ここで求められるのは、ただ「温室効果ガスを●●%削減しました」「社員のゴミ拾いイベントをやりました」といった報告ではなく、「当社は●●年までに温室効果ガスの排出をゼロにします」「原料である木材の調達にあたっては、国際認証機関の認証を受けた原材料を100%使用します」といった、明確な期限や数値を伴った、自社の環境や調達にかかわる目標や方針を、対外的に開示することです。

© naturepl.com / Denis-Huot / WWF

TCFDとTNFD

気候変動への対応から始まった情報開示とTCFD

このような企業に求められる情報の開示は、まず気候変動(地球温暖化)への対応から始まりました。

世界各地で深刻化する気候危機は、すでにさまざまなビジネスや経済活動に影響を及ぼしており、長期的に見れば、金融も甚大な損失を被ることになります。

このことが、「脱炭素」すなわち、二酸化炭素(CO2)を出さないビジネスへの投融資の拡大と、石炭産業やそれらに支えられた旧態企業からの資金の引き上げを呼ぶことになりました。

そして、脱炭素を推進するために、金融機関が投融資の参考とするためにまず求めたのは、企業などの気候変動対策、すなわち「脱炭素」についての情報開示でした。

国際的にも、この企業の情報開示の仕組みを整えていく動きが高まり、2015年にはG20の要請を受けた各国の中央銀行などが構成する金融安定理事会により「TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)」が発足。

「気候リスク」をふまえた上で、気候変動や脱炭素に関連したどのような情報を、企業各社は開示するべきなのか、その具体的な項目を示しました。

▼TCFDが定める「気候リスク」
● 物理的リスク:海面上昇、豪雨、水害などによる損失のリスク
● 移行リスク:脱炭素に移行する際に生じ得るビジネス上のリスク

▼TCFDが求める開示情報の項目
1. ガバナンス:気候関連のリスクと機会についての組織のガバナンス
2. 戦略:気候関連のリスクと機会がもたらす事業・戦略、財務計画への影響
3. リスク管理:自社としての気候関連リスクの識別、評価、管理の方法
4. 指標と目標:気候関連のリスクと機会を評価、管理する際の指標と目標

このTCFDが示した開示すべき情報の項目は、あくまで企業が自発的に取り組むものとして発表されましたが、近年は各国が法律で開示を義務付ける情報の項目としても導入する動きが広がっています。

日本で2022年4月1日に新たに発足した、東京証券取引所の「プライム」市場も、ここに上場する企業(1800社以上)に対し、TCFDと同等の情報開示が求められています。

自然資本に関連した情報開示とTNFD

気候変動と並ぶ、地球環境問題の大きな柱である、自然資本(大気や鉱物、水などを含む)や生物多様性の保全についても、TCFDと同様の動きが強まっています。

その中で、2021年に設立された、「TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)」は、TCFDの自然版に位置付けられるものです。

2022年3月に発表された、TNFDのベータ版0.1(ドラフト)は、世界の経済価値のおよそ半分に相当する約44兆ドルが、生物多様性によって生み出されるさまざまな「自然資本」に依存していることを指摘。これを持続可能な形で利用していくためのビジネスの必要性を、あらためて示しました。

ただし、気候変動と自然資本には、大きく異なる点もあります。

気候変動の抑止に求められる脱炭素は、二酸化炭素(CO2)という単位での、温室効果ガス(GHG)の排出削減という、計測可能な明確な基準があります。

しかし、自然資本や生物多様性の保全については、森林、海洋、淡水、野生生物といった、さまざまな要素が複雑にかかわってくるため、企業にどのような情報開示を促すべきなのか、基準の設定が困難なのです。この点については、今も議論が続けられています。

また、TCFDがG20や金融安定理事会の主導によって成立したのに対し、TNFDはWWFなど民間の機関が主導する形で設立され、多角的な視野を取り入れる形で検討が進められている点も、大きな特徴です。

自然や生物多様性に関連する、ビジネスにとってのリスクと機会。その情報を開示し、投融資に活用することで、資金の流れを「ネイチャー・ネガティブ」から、「ネイチャー・ポジティブ」へ、つまり自然環境に負荷を与えるビジネスから回復を支えるビジネスへシフトさせていく。

TNFDは、従来は存在しなかった、そのための国際的な枠組みとなるものです。

2022年8月現在で、TNFDでは公開したベータ版へのフィードバックを、各方面から募りつつ、内容の検討を進めており、最終版は2023年9月に公開される予定です。

© Vincent Kneefel / WWF

WWFの取り組み

WWFジャパンは、資金の流れの変革を通じた、環境保全の取り組みとして、金融機関に対し、次の3つの行動を求めています。

  1. 脱炭素や生物多様性保全を促進する、環境や社会に配慮した「投融資方針」を設定・公開すること
  2. 投融資先である企業に対し、環境配慮と情報の開示を求めていくこと(エンゲージメント)
  3. 有効な環境配慮に取り組む企業やビジネスに対し、優先的に資金を融資すること

特に、生物多様性については、2030年までに「ネイチャー・ポジティブ(生態系の回復)」を実現するために、年間約20兆円の資金が不足しているとされています。

この規模の資金を環境保全に充当するためには、森林や海洋の保全などに直接資金を投入するだけでなく、ビジネスを通じ、社会全体をめぐる資金を、環境保全に貢献する形で、循環させることが必要です。

WWFはそのために、次のような活動に取り組んでいます。

金融機関に対し:
● 金融機関がどのような考え方や基準で、投融資を行ない、ビジネスによる生物多様性や気候変動の問題解決を後押ししていくべきなのか、指針や情報を提示し、具体的な提言を行なっています。
● 野生生物取引などの環境犯罪に利用されているマネー・ローンダリングなどの問題について、国際的な金融機関やネットワークと協力しながら、対策と規制の強化に取り組んでいます。

投融資を受ける企業に対し:
● 海洋や森林など、WWFがこれまで取り組んできた自然保護活動の知見を基に、企業が環境に配慮したビジネスを展開していくべきなのか提言しつつ、明確な環境目標や事業計画を設置、開示するよう求めています。
● TNFDなどの取り組みを通じて、企業が投資家や金融機関に対して開示すべき情報の項目を示しながら、具体的な取り組みの提言を行なっています。

また、一般の個人の方々にも、この環境と金融の問題は、大きなかかわりがあります。

個人の年金や貯金は、どのように運用されて、どのような企業の事業に投資されているのか。

株式を保有している企業が、生物多様性を損なうようなビジネスを展開していないか。

そうした点を、個々人が考え、追求し、情報の開示を求めていくことは、社会をめぐる資金の流れを変えていく上で、大事な力となるでしょう。

今後、企業が取り組む情報開示の仕組みが整備され、投融資に際しての判断材料となる情報が、より手に入りやすくなれば、一般の方でも可能な企業に対するアクションや、生物多様性を含むESGに配慮した投融資が、より拡大していくに違いありません。

WWFではこうした動きについても、後押しをしていけるよう、環境と金融に関連した保全活動を推進していきます。

関連報告書

各国中央銀行と金融監督当局に対する「グローバルな行動喚起(CTA)」
ネイチャー・ポジティブなビジネス主流化に レポート「生物多様性とビジネス-危機的現状とビジネスの可能性-」
金融機関向けマネー・ローンダリング対策情報サイト「違法な野生生物取引(IWT)金融対策ツールキット」の日本語版
【金融セクター向けガイダンス資料】金融機関のESG/マネー・ローンダリング対策で注目される環境犯罪と違法な野生生物取引とは?
ネットゼロに向けたアセットオーナーの取組みと目標 - アジアの状況」【仮訳】(発表年:2022年)

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