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生物多様性スクール第3回「生物多様性と金融」開催報告――金融の「システム」から社会を変える!

この記事のポイント
国連の生物多様性条約第15回締約国会議(第二部)が開催される2022年は、2030年までの国際目標を定める生物多様性枠組(GBF)が作られる重要な1年になります。ビジネスの世界においても、すでに無視できない重要なキーワードとなっている、この「生物多様性」について、日本でもさらに理解を拡げ、減少を回復に転じる「ネイチャー・ポジティブ」な流れを創造していくため、 WWFジャパンは2022年1月より、全6回のオンラインセミナー「生物多様性スクール」を開始。3月25日には、「候変動と金融」をテーマに第3回を開催しました。当日の講演の概要をご報告します。
目次

注目される「生物多様性」の今

第3回のテーマは、「生物多様性と金融」。ゲストには、高崎経済大学学長の水口剛氏をお招きしました。誰にとっても大切な「お金」と、そのやり取りである「金融」の切り口から生物多様性について考えました。

開催概要: 生物多様性スクール 第3回「生物多様性と金融」

日時
2022年3月25日(金) 16:00 ~ 18:00
場所・形式
Zoomによるオンラインセミナー
主催
WWFジャパン
参加者
参加登録者数978名

ネイチャー・ポジティブな未来への動き

初めにWWFジャパン事務局長の東梅貞義は、英国財務省が経済学者のダスグプタ氏に委託し作成した報告書『ダスグプタ・レビュー』が、世界の金融関係者や経済界のリーダーに注目されていると紹介しました。同報告書は「人間の社会経済活動は自然資本なしには成り立たない、そしてその自然資本に関するルールがこれまで不十分だった」と指摘。英国政府はこれを踏まえ、自然を回復する「ネイチャー・ポジティブな未来」を目指すと宣言しました。そうした動きを念頭に置き、日本でも生物多様性と金融について理解を深める必要があると語りました。

金融という「システム」とESG投資

水口氏はまず、前回の生物多様性スクールのポイントを振り返り、生物多様性や自然資本の問題は簡単には解決できない、それを考えるのがこの生物多様性スクールの役割ではないか、と語りました。そして解決が難しいのは、社会は多くの人が関わる複雑なシステムだからではないか、と指摘しました。

水口氏によれば、自然という大きなシステムの中に社会システムがあり、さらにその中に経済システムがあります。こうしたシステムは複数の要素が互いに密接に関わり合い、影響を与え合っており、どこかが壊れると他の部分に影響します。例えば、気候システムが破壊されると企業活動にも悪影響があります。一方でシステムには、簡単には変えられない、部分的には変更できないという特徴もあります。そこで、大きなシステムを少しずつ、金融の面で変えていこうとしたのが「ESG投資(責任投資)」です。

金融機関が投資(株式を買う)や融資(お金を貸す)をすることで、企業に資金が回り、企業は事業活動を行ないますが、そうした事業が環境や社会に負の影響を与える場合があります。これを避けるために、金融機関は投融資した資金がどのように企業に使われるか、どのように環境・社会に影響を与えるのかを確認しながら投融資を行なう動きが起こっています。これが、環境、社会、ガバナンス(Environment 、Social、 Governance)を考慮して投資を行なう「ESG投資」です。

ESG投資の動きのきっかけとなったのが、2006年、元国連事務総長コフィー・
アナン氏のリーダーシップで策定された責任投資原則「Principles for Responsible Investment(PRI)」。投資の判断や株主の行動に、環境・社会・ガバナンスの要素を組み込むことをうたった原則です。賛成するならば署名をと世界の投資家に呼びかけ、現在では4,800以上の機関投資家が署名し、その資金総額は計100兆ドルにも及びます。PRIの誕生から16年、たとえば企業に気候変動対策を求めるNGOの株主提案に賛成票を投じるなど、投資家の認識と行動と文化も徐々に変わってきました。

世界最大の機関投資家であり、日本の国民年金と厚生年金の積立金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も2015年にPRIに署名し、ESG投資の指数を採用しました。これは、日本の金融やビジネスに非常に大きな影響を及ぼしました。

気候変動分野で進む金融の取り組み

続いて水口氏は、近年取り組みが活発な気候変動分野での金融機関や投資家から企業へ向けての働きかけ(エンゲージメント)の数々を紹介しました。

投資家が連合を組み、世界で二酸化炭素排出量が大きい100社への働きかけから始まった「Climate Action 100+」や、投融資先企業の二酸化炭素排出量を合計し、全体でネットゼロにすることを目指す「Net Zero Alliance」など。

なぜこうした動きが今、盛んになっているのか?

その理由は、脱炭素の問題はシステム全体に関わる問題であるため、脱炭素が実現していかなければ、長い目で見た時、金融も損失を被るからです。

金融機関がこの脱炭素を推進するためには、投融資先である企業などの情報が必要になります。そこで、企業の情報開示の仕組みを整えていこうという動きが「TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報に関するタスクフォース)」です。TCFDはもともと、企業による自発的な取り組みを求めるものでしたが、近年各国で法制化の動きが起きています。

日本でも、2022年4月1日に東京証券取引所の市場が再編され、新市場のひとつとして「プライム」市場が発足しましたが、ここに上場する企業(1800社以上)に対しては、TCFDと同等の情報開示を求めるようルールが設定されました。

注目されるTNFDとは

このTCFDに代表される脱炭素に向けた動きと同じ「システムの変革」を、自然(生物多様性)でやっていこうというのが、WWFもパートナーとして関わっている「TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示に関するタスクフォース)」です。2021年6月に発足し、2022年3月15日に、ベータ版(ドラフト)が公表されました。TNFDベータ版には、世界の経済価値のおよそ半分(約44兆ドル)が自然資本に依存しており、自然関連のリスクと機会の情報開示の枠組みをつくることで、資金の流れをネイチャー・ネガティブ、すなわち自然環境に負荷を与えるビジネスから、「ネイチャー・ポジティブ」へとシフトさせると書かれています。

なお、脱炭素の場合には、二酸化炭素という計測可能な単一の指標がありますが、生物多様性について何を指標にすべきかは、関心を呼んでいる課題です。

最後に水口氏は、りそなアセットマネジメントでの実際のエンゲージメントの事例として、パーム油をめぐり、より環境に配慮した企業活動が行われるよう働きかけを行なっていることを紹介。こうした動きがシステム全体で起こり、大きな変化となっていくことが重要と語りました。

環境NGOの視点から考える金融機関の役割と責任

WWFジャパン金融グループ長の橋本務太からは、「環境NGOの視点から考える金融機関の役割と責任」について、お話しました。
WWFが金融機関に対して期待していることの一つは、脱炭素や生物多様性など、環境や社会に配慮した「投融資方針」を設定・公開し、投融資先に環境配慮を求めていくこと。二つめは、環境配慮のために資金を必要としているところへ、優先的に資金を融資することです。
生物多様性については、2030年までに年間約20兆円の資金が不足していると言われており、社会の血液であるお金を必要なところに循環させることが求められます。

また、具体的なWWFの金融への取り組みの例としてはパーム油について紹介しました。
WWFは、環境破壊のリスクのあるパーム農園や森林伐採等の現場で活動をしているため、金融機関がどういう点に気を付けて方針をつくるべきか、そして投融資先企業の事業活動について、どのように企業と対話をするべきかなどの情報を持っています。
さらに、企業が調達するパーム油の生産が、森林減少につながっていないことを確認するために、金融機関がどういうポイントを見れば判断できるのかなどの技術的な情報を提供することで、金融機関を通した企業の生物多様性への取り組みを推進しています。

橋本が指摘したもう一つの重要な点は、生物多様性の問題では、「どの場所で」問題が起きているのか、という地域を見る視点です。これも脱炭素とは大きく異なるポイント。
例えば、インドネシアのスマトラ島の中でも、開発による環境負荷が小さい場所と、高い場所があります。温室効果ガスをどこで排出・吸収しても量は同じという気候変動の問題に比べて、自然や生物多様性の問題では、ある行為が「どこで」行われているかということがとても重要です。そうした保護価値の高い自然についての情報提供ができるのもWWFの強みです。

終わりに、生物多様性と金融について個人でできることとして、年金や貯金などがどのように運用されどんな企業にわたっているのか、どのように使われているのかを考えていくことの大切さを指摘。生物多様性をはじめESGに配慮した活動に、貯金や年金からの投融資が行なわれているのか、いないのか。そうしたことが、より多くの人の関心事になることで、企業の情報開示の仕組みが整備され、一般の方にもわかりやすく判断できる将来が来るのではないか、と締めくくりました。

ディスカッション

金融機関とNGOとの関わりについて

井田氏: エンゲージメントの事例として登場したりそなアセットメントマネジメント(AM)の取り組みにはNGOも関わり重要な役割を果たしている。TNFDを動かしていく上で、金融機関も視野を広げていかなければならないのか?

水口氏:金融機関、運用機関の中でNGOと関わりを持つ人は増えている。りそなAMの場合は、会社として方針をつくったこと、また社員個人が活発に活動していたという両方の影響があり、会社の文化が変わったと言える。運用機関によって濃淡はあるが、NGOとの関わりは増えている印象がある。金融機関からNGOへの理解は深まってきているため、NGO側もパートナーになれるように、企業や金融機関、経済活動に対する理解を高めることが大切。

TNFDについて

井田氏:TNFDの今後をどう見るか?TCFDのように数値化してシナリオを作っていくことが必要なのか?

水口氏:TNFDベータ版には、シナリオを考慮して、戦略を分析するようにと書いてあるが、一方で、シナリオについて詳しく説明しているわけではない。今後ガイダンスが出される予定。シナリオガイダンスに関わらず、気候変動も生物多様性の問題も企業にとってリスクであるため、情報開示をし、金融機関側もそれを見ていかなければならない。企業活動が行なわれる場所が重要なので、例えば工場の立地、現在料調達の場所などに注目し、状況が変化した場合に事業活動がどうなるか、など自社なりのシナリオを作って分析をすることが必要。

井田氏:TNFDへの対策はいずれ必要になるが、二酸化炭素排出量と比較して非常に難しいのではないか。NGOの立場としてどう考えるか?

橋本:トレーサビリティ(追跡可能性)が大きなテーマで、さまざまな商品について原材料を生産している現場で環境配慮が十分なのか、働いている人の権利が守られているのかを追跡できることが大切。企業にとっては、ある程度までは標準化されたルールの中でやる必要があるが、固有の問題については、現場に詳しいパートナーも必要になってくる。現場を持つNGOとして、WWFも一緒に解決を目指すパートナーでありたい。

TNFDにおける日本の立ち位置は

井田氏:日本企業は、自然資本へのリスクについて欧州等に比較すると危機感が不足しているのではないか?

水口氏:社会の構造の違いがあるのではないか。日本では社会全体で気候変動や生物多様性についての危機感が、欧州ほど高くないと感じる。しかし、PRIやCDP(Carbon Disclosure Project)の本部があり、ダスグプタ・レビューが出された英国であっても、すべての人々の意識が全般的に高いわけではない。階級社会の中で、影響力が大きく責任ある立場の人々が懸命に取り組んでいる印象がある。日本でも意識が高い人々の発言力が高まることが重要。

橋本:個々の担当者や現場レベルでは危機感はあると思うが、企業全体が取り組んでいるようには見えないと感じることがある。海外の仕組みをただ日本に持ってくるのではなく、日本の中でうまくいくものが求められる。一方、ガラパゴス化していない、国際的に認められる仕組みである必要がある。

私たち一人ひとりにとって

井田氏:一般市民が、こうした生物多様性に関するお金の流れの変化について認識を高めていくためには何が重要か?

水口氏:メディアがきちんとした発信をすることが重要。ESG投資が最近話題になったのは、日経新聞をはじめマスコミが急に取り上げ始めたことも理由の一つ。マスコミに情報が出てくると皆考え始めるので、報道の役割は大きい。また私自身の立場にも関わるが、教育の役割も大切。大きなシステムが変わりつつあるということ、全ては自分たちに跳ね返ってくるということを、長期的な視点できちんと教えていく必要があると思う。

おわりに

井田氏は、我々の預金、年金、株式への投資などのお金が、巡り巡ってどのように使われ我々の暮らしや環境にどう戻ってくるのかを考えること、またTNFDの動きなどをそうした視点で考えることが非常に重要、と締めくくりました。

グラレコについて

このたび、グラレコ(グラフィックレコーディング)アーティストのainiさんに、スクールのポイントを絵にまとめてもらいました!

★今後の生物多様性スクール
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