金融セクター向けマネー・ローンダリング対策支援:違法な野生生物取引(IWT)撲滅に向けた日本語版トレーニングコース完成

この記事のポイント
違法な野生生物取引(IWT)などの環境犯罪は、マネー・ローンダリング、詐欺、汚職など重大かつ組織的犯罪と関連した国際犯罪の一つです。こうした犯罪に対処するため、マネー・ローンダリング対策をIWTに活用することで、野生生物に関する犯罪行為の撲滅を目指す動きが加速しています。WWFでは、金融セクターにおけるIWT対策を支援する取り組みを進めています。その一つ、ACAMSとのパートナーシップにより制作した金融機関の実践者向けのトレーニングコースを紹介します。
目次

違法な野生生物取引とマネー・ローンダリング

世界で違法取引の対象となっている野生動植物は少なくとも6,000種に上ります。

牙や角、毛皮などが高値で取引される、ゾウ、サイ、トラといった大型動物から、ローズウッドなどの希少木材、ウナギやキャビアなど食用品から、ペット利用されるオウムやカメやカエル、薬用成分として利用される植物など、多種多様です。

IWT(Illegal Wildlife Trade)とも呼ばれる違法な野生生物取引は、野生生物の利用や取引に関する国内外の法規制に違反して行なわれる環境犯罪です。

環境犯罪は、他にも違法・無報告・無規制(IUU)漁業や違法な木材伐採・取引、違法な鉱物採掘や廃棄物・化学物質の取引などが含まれ、薬物犯罪、偽造品犯罪、人身売買に次ぐ世界界第4の国際犯罪として認識されています。

参照:UNEP-Interpol 2016

違法な野生生物取引は、持続可能ではない取引として、また、取引の背後には過剰な動植物の捕獲・採取が伴い、生物多様性喪失の一因となり、多くの野生生物を絶滅の危機に追い込んでいます。

また、生計の手段として野生生物を利用している地域コミュニティから、資源や収益創出の機会を奪うことにもなります。

主に途上国などでの農村地域では、たんぱく源や燃料源として、また、伝統医療用などに野生生物を採集し、利用したり収入源にしている場合があるからです。

さらに、こうした違法な取引は、定められた必要な手続き、たとえば検疫や通関手続きを踏まずに行なわれるため、動物由来感染症(人獣共通感染症)の病原体を人知れず持ち込んでしまうなどの公衆衛生上のリスクを高めることもあります。

そして、税金や関税を逃れる行為でもあるため、政府の財源の減少にもつながります。

ローリスク・ハイリターンの犯罪行為

違法な野生生物取引は、摘発されるリスクが低く、その上収益や報酬が高い、ローリスク・ハイリターンの犯罪としてみなされています。

また、マネー・ローンダリング、詐欺や汚職などとも密接に関連しているため、撲滅に向けては関連犯罪を含めた包括的なアプローチが必要となっています。

中でも違法な野生生物取引に関わるマネー・ローンダリングは、すなわち金融犯罪でもあります。

マネー・ローンダリングとは、犯罪行為で得た資金を正当な取引で得た資金のように見せかける行為のことで、口座を転々とさせたり、不動産や宝石などに形態を変えて出所を隠したりすること。

よく知られているところでは、違法薬物や人身売買などで得た収益を隠すために、反社会的勢力など犯罪組織が行なっている例があります。

マネー・ローンダリングへの対処などが不十分なことで、野生生物の違法取引で得た収益により、、違法取引業者や犯罪組織が潤い、さらなる犯罪行為に繋がっていきます。

そのため、野生生物の違法取引対策としても、マネー・ローンダリング対策の促進は重要な要素になっているとの認識が、近年は広がっています。

ACAMSとWWFの取り組み

2020年6月、マネー・ローンダリング対策における国際基準を策定する政府間会合FATF(金融活動作業部会)は、報告書『Money Laundering and the Illegal Wildlife Trade』を発表。

その中で、違法な野生生物取引による犯罪収益の規模やリスクの大きさとは対照的に、ほとんどの国の政府、民間セクターにおいて、違法取引対策の優先度が未だ低いことが明らかになりました。

この評価を受け、関係機関において取り組みを強化する動きが進んでいます。

WWFも金融セクターの取り組みの支援を開始。

2020年8月には、金融犯罪の防止を目的とした国際専門家協会ACAMS(公認AMLスペシャリスト協会:Association of Certified Anti-money Laundering Specialists)とパートナーシップを締結し、連携した取り組みを開始しました。

ACAMSは、金融犯罪防止専門の国際会員制組織で、マネー・ローンダリングや金融犯罪防止に関する知識とスキル向上のため、180カ国・地域以上に有する会員向けにトレーニングと認定を提供しています。

そして、この連携のもと、金融セクターにとっては、まだ十分ではない、野生生物の違法取引問題に対する認識を高め、マネー・ローンダリング対策が推進されるよう、関係機関に向けたトレーニングの仕組み開発やツールの作成に着手しました。

▼関連情報:
違法な野生生物取引の撲滅をめざすACAMSとWWFのパートナーシップ

金融セクター向けIWTトレーニングコース

2020年10月には、ACAMSとWWFとで協働して開発したトレーニングコース『Ending Illegal Wildlife Trade-A Comprehensive Overview』(英語版)をACAMSの無料オンライン認定トレーニングコースとして提供開始。2022年7月には中国語のコースが完成しました。

また2022年9月7日には、日本語版のトレーニングコースも公開され、受講可能となりました。

▼ACAMS無料オンライン認定トレーニングコース
『違法な野生生物取引の撲滅』日本語版(外部サイト)

このトレーニングコースは、4つのモジュールから成り、銀行や金融機関がマネー・ローンダリングのリスクを軽減する上で考慮すべきことを、違法な野生生物取引の視点においてまとめています。

また、紹介されるアフリカやアジアでの深刻な事例にフォーカスした、国際社会における違法な野生生物取引の課題や事例について学びながら、この問題の関連リスクについても、視野を拡げる内容となっています。

© Dr Sanjay K Shukla / WWF-International
© Martin Harvey / WWF

アフリカとアジア間の代表的なIWTでは、センザンコウの鱗、象牙、犀角(サイの角)が挙げられる。消費地としてアジアの闇市場で取引されるため、生息地であるアフリカで密猟が起きている。左:センザンコウ、右:象牙と犀角

モジュールの前半では、違法な野生生物取引の概況やそのサプライチェーンにおける資金の流れ、この問題の特徴を学び、違法な野生生物取引が社会に及ぼす影響を理解していきます。

後半では、犯罪類型の理解や、高リスク産業やレッドフラグの把握から、質の高い「疑わしい取引の届出」*がいかに重要か、事例を通じて理解できるよう、わかり易く解説しています。

*疑わしい取引の届出:各国法律により、該当する金融機関等に義務付けられている届出。不審な取引に関する口座情報などの報告を関連当局(資金情報機関:FIUなど)に行なうもの。STR:Suspicious Activity Report、SAR:Suspicious Transaction Reportとも呼ばれる。

本トレーニングコースは特に、金融セクターにおいて、マネー・ローンダリング対策に、直接携わる担当者や金融犯罪に関わる行政担当者にとって有用なものとなっています。

しかしそれと同時に、この内容は、企業等のシニアマネジメント層や取締役会における理解促進にも役立つものでもあります。

近年は、違法な野生生物取引のリスクを特定・評価し、金融犯罪対策の枠組みに組み込むことが、ビジネス全体のリスク管理においても重要とみなされるようになってきたためです。

2019年、収益700万ドルを超える象牙(100頭以上相当)と犀角(35頭相当)の違法取引に関与した疑いで犯罪組織の構成員3名をアメリカの政府当局が起訴。ウガンダ出身のクロマーという人物は、マネー・ローンダリングの罪に問われ、麻薬取引と関係のある人物とも繋がっていた他、捜査からはケニアの金融システムを利用して送金していたことが明らかになっている。2022年8月19日、クロマーに63カ月の禁固刑が確定した。

WWFジャパンの取り組み

違法な野生生物取引をはじめとする環境犯罪は、生物多様性の危機の要因のひとつとして認識されている上に、マネー・ローンダリングの観点では金融犯罪でもあり、金融セクターにとってもリスクとなるという認識は、急速に広がりつつあります。

WWFジャパンでは、こうした認識が日本にも根付き、関連するセクターで違法な野生生物取引におけるマネー・ローンダリング対策が進むように、ACAMS×WWFによるトレーニングコースの日本語化をはじめ、日本の金融セクターでの問題への理解の対応の促進に向けた支援を手掛け、有効なツールを作成するなどの取り組みを進めています。

日本の金融セクターにおいて、まず求められることは、違法な野生生物取引の特徴を理解すること。そのための一助となるように、引き続き取り組みを続けていきます。

▼日本の金融セクターにおける取り組みを支援するためのガイダンス:WWFジャパン作成オリジナル資料
『環境犯罪と違法な野生生物取引:日本の金融セクター向けガイダンス』


▼ガイダンスを紹介する記事
金融機関のESG・金融犯罪対策で注目される環境犯罪と違法な野生生物取引とは?‐日本の金融セクター向けWWFガイダンス

ガイダンス資料は、IWTの国際動向の他に、特に日本のリスクを概説し、実際に金融機関などで活用できるリソースや日本語のツールを紹介しています。


▼関連のイベントでの情報提供
また、関連業界向けに情報を届ける活動として、2022年9月7日、8日の両日に開催されたACAMS日本コンファレンス「継続的なマネー・ローンダリング/金融犯罪対策-現状と課題」内のセッション、『ESGフォーカス:環境犯罪、違法野生動物取引をめぐる組織犯罪の新たな脅威の現状と取り組み』にて登壇。

第13回目となるこのコンファレンスは、日本における金融犯罪対策強化に向けて最新の情報を業界関係者に提供する場です。

本年は、9つのセッションから成り、国内外の規制当局の動向や金融犯罪における課題、解決に向けた手段や展望などについて、官民からなる講演者によって知見・ベストプラクティス・課題などが共有されました。

WWFジャパンからは、違法な野生生物取引と金融セクターとの繋がりについて解説。

違法な野生生物取引をリスク分野として認識し、対策を講じることの重要性を示すと同時に、対策において有効な業界向けツールの紹介を行ないました。

また、本セッションでは、実際に対策を講じている海外が本拠地であるオーストラリア・ニュージーランド銀行グループ(ANZ)より、具体的な事例と共に実際に実刑判決まで至った野生生物の違法事例の紹介などがされました。

オーストラリアでは、国としても野生生物取引に関する厳しい措置を講じていることもあり、この課題についての先進的な事例として示され、日本においてはまず、野生生物に起きている違法行行為について「気づく」ことが解決の第一歩であるとの共有がありました。

▼ACAMS日本コンファレンス「継続的なマネー・ローンダリング/金融犯罪対策-現状と課題」
主催:ACAMS
参加者:280名以上

金融犯罪取引における新たな視点として、違法な野生生物取引がしっかりと対策の中に盛り込まれるよう、今後も働きかけを続けていきます。

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