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ポスト・コロナの金融をリードする「TNFD」の視点

この記事のポイント
「生物多様性」の保全をより強く意識し、そうした取り組みを重視する企業を高く評価する動きが、国際的に高まっています。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の例をはじめ、自然破壊に由来すると考えられる感染症の増加・拡大が、経済や産業に、甚大かつさまざまな影響を及ぼしているという認識が、広がり始めているためです。生物多様性保全の国際標準の必要性が指摘され、「TNFD(Task Force for Nature-Related Financial Disclosure:自然関連財務情報開示タスクフォース)」の策定を目指す動きも加速する中、金融界においても生物多様性の保全が、今後の企業評価と、投資を判断する重要な視点の一つして、主流化しようとしています。
目次

重要性を増す「環境」を意識した投資戦略

近年、世界の金融界では、積極的な環境配慮に取り組む企業を、有効な投資の対象とする動きが強まっています。

その大きな動きの一例といえるのが、国際金融機関や世界主要国の中央銀行および金融関連の省官庁による、国際金融の監督機関FSB(金融安定理事会)が設立した、「TCFD:気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」の提言です。

TCFDは、2017年に発表した報告書「TCFD提言」の中で、民間・公的金融機関、企業などに対し、気候変動(地球温暖化)に関連したリスクと機会にかかわる4項目(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)について開示することを要請。
各国の金融政策にも大きな影響を与えました。

日本でもこの動きを受け、経済産業省や環境省が、その導入を促すためのガイドやツールを公開。

また、民間の投資ファンドの間でも、この気候変動に対する企業の取り組みが、投資価値を決める大きな要素として定着しつつあります。

なぜ金融において「環境」が重視されるのか

なぜ、投資家は企業による気候変動への取り組みを重視するのか。
その理由は、気候変動に伴うさまざまな課題が、あらゆる産業、ビジネスに、甚大な影響をもたらし、結果として金融界にとってもリスクとなるためです。

近年、日本でも毎年のように豪雨や大型台風などの異常気象が発生し、自国の経済にも途方もない打撃を与えていることからもわかる通り、気候変動がもはや南太平洋の島国の問題だけではないことは明らかです。

日本気象協会のまとめによれば、1998年~2017年の10年間に、気候変動による自然災害で生じた世界の経済損失は2兆2500億ドル(約252兆円)。

こうした危機的な状況の中、金融界がこの問題を重視する傾向は、気候変動への対応がビジネスの継続、発展において、欠かすべからざる大きな課題であることを示しています。

その意味でTCFDは、世界のビジネス、金融に変革と新たな視点をもたらす、大きなきっかけとなるものでした。

「自然」「生物多様性」という新しい視点

しかし、こうしたビジネスに影響を及ぼす環境問題は、気候変動だけではありません。

実際、金融をめぐる分野では「気候変動対策だけでは足りない」という指摘が久しくなされてきました。

特に、対応が必要とされてきたのは「自然」そのものの保全、そして「生物多様性」への配慮です。

人の健康やあらゆる社会・経済活動を支える、さまざまな「生態系サービス」の母体となっているのは、陸上、また海洋、さまざまな水系に広がる地球上の生物多様性です。

国連は2020年6月に出した報告書『Beyond 'Business as Usual' Biodiversity Targets and Finance(平常のビジネスを超えて:生物多様性目標と資金)』の中で、世界の国々の国内総生産の半分以上が、この生態系サービスに強く依存していると推定。

その一方で、生態系サービスの消失が、年間で少なくとも4,790億ドル(約51兆円)の経済損失をもたらしていると指摘しています。

開発や右肩上がりの発展ばかりを追求した、現代の経済活動が、その「原資」にあたる自然を食いものにし、環境全体を深刻な危機に追い込んできた結果です。

「新型コロナウイルス感染症」が示した環境問題のリスク

生物多様性の消失に伴う、経済やビジネスへの悪影響を考えれば、「自然」への配慮、多様な環境の保全を意識した投資の在り方が問われるようになるのは、当然のことと言えるかもしれません。

しかし、この「環境」はESG投資の柱の一つとして位置付けられているものの、企業が効果的な生物多様性保全のため、具体的に何をすべきなのか、気候変動の場合のTCFD提言に相当するような、明確な指針がいまだ示されていない点は大きな課題です。

その中で、2019年末、世界を揺るがす大きな問題が生じました。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的なパンデミックです。

新型コロナウイルス感染症は、世界各国で過去に同じく大きな被害をもたらした、エボラウイルス病(エボラ出血熱)やSARS(重症急性呼吸器症候群)と同じ、「動物由来感染症」であることが疑われています。

そして、こうした感染症が発生し、拡散する要因として指摘されるようになったのが、森林などの自然環境の破壊です。

失われる自然と、そこに潜む新たな危機

世界の森林は1990年以降、熱帯を中心に、17万8000平方キロが伐り拓かれ、自然が失われてきました。

また、農地開発などに伴う森林の分断も深刻です。
世界の森の70%は、今や林縁部から1キロ以内の範囲に収まってしまうほどに、小さく分断されてしまっており、今後この状況は、よりひどくなると予想されています。

これは、それまで人の立ち入らなかった自然の奥地まで、開発の手が及ぶようになり、人や家畜が野生動物と接触する機会が増えたこと、そして同時に、その野生動物たちが持つ未知の病原体との接触を、新たに生むきっかけになったことを示すものです。

野生動物を取引する東南アジアのマーケット。食用、ペットなどさまざまな用途で取引されるこうした生きた動物の取引や密輸は、感染症を拡大する大きなリスクをはらんでいる。
©TRAFFIC

野生動物を取引する東南アジアのマーケット。食用、ペットなどさまざまな用途で取引されるこうした生きた動物の取引や密輸は、感染症を拡大する大きなリスクをはらんでいる。

動物から人に感染する、しかも危険な動物由来感染症が、20世紀の後半から頻発するようになった背景には、こうした激化する自然破壊の問題があったと指摘する声が、今、国際的にも高まっています。

今のままの経済活動と環境破壊の継続が、新たな別の感染症のパンデミックを引き起こす可能性も考えられる中、自然や生物多様性の保全は、気候変動への対策と同様、ビジネスの継続にとって必要不可欠な要素であるという認識が、世界では確実に広がりつつあります。

求められる「TNFD」の視点

世界の金融機関は、自然環境の損失を招き、生態系サービスを低下させるようなビジネスへの投資をサポートするのではなく、むしろその保全を促進する上で重要な役割を担っています。

その最初の一歩となる、企業による情報開示のガイドラインを求める動きが、活発化しています。

すなわちTCFDと並ぶ、TNFD(Task Force for Nature-Related Financial Disclosure:自然関連財務情報開示タスクフォース)の実現を求めるものです。

2020年7月21日には、イギリス、スイス、さらに10の金融機関が、このTNFDの策定をめざす非公式会合に参加を表明。

TCFD事務局もこれに協力しているほか、WWFもUNDP、UNEP FI、熱帯林保全に取り組んできたイギリスのシンクタンクGlobal Canopyなどの各機関とともに、その支援に力を入れています。

TNFD(Task Force for Nature-Related Financial Disclosure)公式サイト

世界の自然保護には、生物多様性を損なうリスクを明らかにしつつ、自然保護とその回復を支える政策、規制、制度を導入する一方、森林破壊や漁業資源の乱獲を引き起こす問題のある補助金の撤廃など、負の連鎖を止める力が求められます。

TNFDには、これらに加え、透明性と独自性を担保した情報開示のルールを定めることと、企業による生物多様性保全の新しい国際標準をもたらすことが期待されます。

また、2021年には、延期された第15回生物多様性条約締約国会議(CBD-COP15)の開催も予定されていますが、こうした国連交渉の場においても今後、金融と生物多様性のつながりは、強く意識されていくことになるでしょう。


パンデミックなどの危機を未然に防ぐ上でも欠かせない、自然や生物多様性を守る取り組み。

ビジネス界がこれを積極的に推進し、投資家もその観点でより厳しく企業を評価するようになれば、自然破壊に回る世界の資金は減少し、自然を回復、再生させる道は確実に開かれることになります。

そうした動きが今後、ポスト・コロナの世界にあって、金融の大きな潮流を形成していくことは、間違いありません。

WWFが提唱する人と自然の新しい関係 ウィズ/ポストコロナ時代を見据えて

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