金融機関向けマネー・ローンダリング対策情報サイト「違法な野生生物取引(IWT)金融対策ツールキット」の日本語版公開

この記事のポイント
武器、麻薬、人身売買などに次ぐ国際的な組織犯罪に位置付けられる「違法な野生生物取引(IWT)」。近年の国連総会やG7、FATFの呼びかけを受け、各国の金融セクターは、マネー・ローンダリング防止の枠組みにIWT対策を有効に組み入れることが求められています。WWFは政府や民間パートナーと共にこの国際的取り組みを支援しています。この度、日本の金融機関等向けに、IWT対策の情報サイト「違法な野生生物取引 金融対策ツールキット」を日本語で公開しました。
目次

▼「違法な野生生物取引 金融対策ツールキット」のサイト(外部リンク)
https://themisservices.co.uk/iwt

IWTと金融セクターの役割

違法な野生生物取引(Illegal Wildlife Trade: IWT)は、マネー・ローンダリング、詐欺、汚職などの他の形態の重大かつ組織的な犯罪と密接に関連しています。

犯罪組織のローリスク・ハイリターンな収益源となっているIWTは、特にアジアの経済成長に伴う需要増を受けて世界各地で拡大し、その規模は、年間推定70~230億ドル(約9,100億円~3.0兆円* 1米ドル=130円で換算)に上ると言われます。

IWTの代表的な例が、装飾品として取引される象牙、伝統薬として利用されるサイの角やセンザンコウの鱗、食用とされるウナギの稚魚(シラスウナギ)、希少木材のローズウッドなど。これらの中には、麻薬取引など他の違法取引と交わる例も確認されています。

押収された象牙、中央アフリカ共和国
© Andy Isaacson / WWF-US

押収された象牙、中央アフリカ共和国

野生生物を搾取し、生物多様性を脅かす環境問題のひとつであるIWT。しかし、その影響は環境に留まらず、多大な社会的・経済的損失と害悪をもたらしています。

こうした認識のもと、IWTを重大な国際犯罪と認識し、各国に組織的犯罪としての対策を求める国連決議も採択されています。

▼関連リンク
国連やG7のIWT対策へのコミットメントについてhttps://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/4701.html

マネー・ローンダリング対策の観点では、FATF(金融活動作業部会)が2020年6月に発表したIWTに関する現状分析と提言『Money Laundering and the Illegal Wildlife Trade』が国際的に重要なガイダンスを提供しています。

FATFレポート『Money Laundering and the Illegal Wildlife Trade』(2020年6月)

50ヵ国と民間機関、市民団体から集められた事例にもとづくFATFの分析では、IWTによる犯罪収益の規模やリスクの大きさとは対照的に、ほとんどの国の政府、民間セクターにおいてIWT対策の優先度が未だ低いと評価されています。

この背景としては、関係当局や金融機関はじめマネロン対策規制の対象となる事業者(以下、金融機関等)にIWTに関する十分な知識がないことや、法制度が未対応であるケース、また、IWTリスクを把握し対策に盛り込むためのリソースが不足していることなどが原因にあります。

こうした現状を踏まえ、G7では、加盟国政府がIWTのマネー・ローンダリング対策の実質的取り組みを進めること、その過程で、市民社会や民間部門と連携することに合意しています。

▼関連リンク
2021年コーンウォールサミット・2030年自然協約(外務省のサイト)https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100200085.pdf

押収された密猟者の武器。アフリカ中西部のガボンにて
© WWF / James Morgan

押収された密猟者の武器。アフリカ中西部のガボンにて

国際的なIWT対策における金融セクターの役割は極めて重要です。金融機関等から、より多くの、質の高い「疑わしい取引の届出」を提出することで、法執行機関はIWTに関する資金・収益のフローを調査し、犯罪組織の摘発や収益の没収につなげることができます。

WWFやTRAFFICでは、野生生物取引に関する知見を活用し、政府や国際機関、マネー・ローンダリングや金融犯罪対策を専門にする民間のパートナーと連携して、実践的なツールの提供や呼びかけを行っています。

日本の金融機関のリスク

金融機関等にとって、IWTのリスクを特定・評価し、金融犯罪対策の枠組みに組み込むことは、ビジネス全体のリスク管理においてとても重要です。

さらに昨今は、IWTを含む環境犯罪をESGリスクの一部と捉え、組織のESG戦略に組み込む視点も求められています。

日本の金融機関等がIWTのリスクを評価するにあたって、まずIWTの特徴を理解することが欠かせません。ここで、意識すべき視点がいくつかあります。

1. IWTの収益フローは物理的なサプライチェーンが関わる国・地域に限定されない「国際的な脅威」である
2. 他国でIWT対策が進むにつれ、対策の遅れた国や金融機関や支払いスキームが利用されるリスクが高まる
3. 日本でも犯罪組織の収益源となっている、あるいは今後なり得るIWT等の環境犯罪が存在する。

東京。日本政府が「世界に開かれた国際金融センター」の実現を目指す中、IWTのような国際的リスクへの対応は今後益々重要度を増す。
© Michel Gunther / WWF

東京。日本政府が「世界に開かれた国際金融センター」の実現を目指す中、IWTのような国際的リスクへの対応は今後益々重要度を増す。

IWTのリスクは事業者ごとに異なるため、各社事業のプロファイルに照らしたリスク評価が必要になります。

特に、大手金融機関は、海外拠点を通じて国際的なIWTリスクに直接さらされているほか、アジアの金融ハブとしてIWTの収益フローに利用されるリスクがあります。

また、国内に目を向けると、指定暴力団等の犯罪組織が、ナマコやアワビなど水産物の密漁*を大規模な収益源としてきたことも知られています。

*水産物のうちシラスウナギやアワビ、ナマコなどワシントン条約対象種と関連種はIWTの文脈で語られることがあるが、水産物全般では「漁業犯罪(Fisheries Crime)」や、「IUU漁業」(違法行為(Illegal)の他に無報告(Unreported)・無規制(Unregulated)を含む)が広義の用語として用いられる。

南アフリカで犯罪組織により密漁されたアワビの貝殻が海岸に打ち寄せられている様子。アワビやナマコは高級食材としての需要がある香港や中国本土へ違法取引される。
© Peter Chadwick / WWF

南アフリカで犯罪組織により密漁されたアワビの貝殻が海岸に打ち寄せられている様子。アワビやナマコは高級食材としての需要がある香港や中国本土へ違法取引される。

中でもナマコは高級食材として中国向けに輸出され、2000年以降、継続的に犯罪組織が関与する密漁の摘発事例が各地で報告されています(図1)。

報道によると、2015年に青森県むつ市で発覚した事件では、ナマコの売り上げ金約2億円が暴力団に渡ったとみられるほか、密漁による水揚げ量は2015年3月~9月だけで58トンに上ったと推定されます。

このように、組織犯罪による密漁が漁業従事者や水産資源に与える影響は深刻なものとなっています。

図1:組織犯罪の関与を示すナマコの密漁事例の各都道府県分布(2000年~2022年4月の報道からWWFジャパン調べ)。組織的な水産物の密漁が資源の減少を引き起こしていることから、2020年12月1日施行の改正漁業法で罰則が大幅に強化(3年以下の懲役又は3000万円以下の罰金)されたが、「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(組織的犯罪処罰法)」の前提犯罪(長期4年以上の懲役刑若しくは禁固の刑が定められている犯罪)には当たらない。このため、マネー・ローンダリング対策の観点では法整備上の課題があると考えられる。

図1:組織犯罪の関与を示すナマコの密漁事例の各都道府県分布(2000年~2022年4月の報道からWWFジャパン調べ)。組織的な水産物の密漁が資源の減少を引き起こしていることから、2020年12月1日施行の改正漁業法で罰則が大幅に強化(3年以下の懲役又は3000万円以下の罰金)されたが、「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(組織的犯罪処罰法)」の前提犯罪(長期4年以上の懲役刑若しくは禁固の刑が定められている犯罪)には当たらない。このため、マネー・ローンダリング対策の観点では法整備上の課題があると考えられる。

この他、日本が関わるIWTには、アジアやオーストラリアはじめ世界各地からのペット目的の希少動物の密輸や、中国に向けた象牙の違法輸出などがあります。

これらは、暴力団の組織的な関与こそ知られていませんが、海外の密輸ネットワークとのつながりが指摘されたり、国内で犯罪グループの組織的な関与が示唆されたりと、リスク分野となっています。

東南アジアの市場で販売されるコツメカワウソ。2016~2019にかけて日本のペットブームでタイからの密輸が頻発した。国内で高額で販売され、大きなマージンを稼げることから組織的な密輸が行われたと見られている。
©L. Gomez/ TRAFFIC

東南アジアの市場で販売されるコツメカワウソ。2016~2019にかけて日本のペットブームでタイからの密輸が頻発した。国内で高額で販売され、大きなマージンを稼げることから組織的な密輸が行われたと見られている。

世界で7000種以上の動植物が対象となっていると言われるIWT。多様なサプライチェーンや収益フローは、需要と供給、犯罪組織のダイナミクス、輸送ルートにおける取締リスクなどとともに常時変化しています。

金融機関等はIWTのリスクを固定的に捉えるのではなく、常に最新情報に基づき対策を講じていく必要があります。

「違法な野生生物取引 金融対策ツールキット」

2022年3月に、金融機関のIWT対策を支援する情報サイトとして公開されたのが、「違法な野生生物取引 金融対策ツールキット(Illegal Wildlife Trade Financial Toolkit)」です。

▼「違法な野生生物取引 金融対策ツールキット」のサイト(外部リンク)
https://themisservices.co.uk/iwt

このツールキットは、イギリス政府主導のパートナーシップのもと、WWFも参加した官民共同プロジェクトで作成されたものです。

現在、英語のほか、中国語、アラビア語、日本語に翻訳がされ、様々な国の金融機関や規制・執行当局にガイダンスを提供しています。

▼解説動画はこちら

ツールキットのホーム画面。6つのメインパネルにアクセスができる。

ツールキットのホーム画面。6つのメインパネルにアクセスができる。

ツールキットは、6つのパネルから構成され、金融機関等がそれぞれのニーズに合わせてコンテンツや外部リソースの案内を参照できるようになっています。

1. 違法な野生生物取引(IWT)について
2. 戦略的フレームワーク
3. レッドフラグ(危険信号)
4. IWTと闘う世界からの声
5. リスク評価
6. 届出・報告


「戦略的フレームワーク」のパネルでは、IWTに対する組織としてのレスポンスの構築を支援する目的で、「リスク評価と戦略」、「ポリシーと手順」、「システムとツ―ル」、「トレーニング」等、ステップごとのガイダンスやリソースを提供しています。

ツールキットのパネルのひとつ「戦略的フレームワーク」で紹介するコンテンツ一覧。

ツールキットのパネルのひとつ「戦略的フレームワーク」で紹介するコンテンツ一覧。

また、6つのパネルのうち「リスク評価」は、組織の対応の重要なファーストステップを形成します。ツールキットでは、基本的なアプローチやグッド・プラクティスのガイダンスとともに、「United for Wildlife金融タスクフォース*」が提供するIWTリスク評価のテンプレートも紹介しています。

*United for Wildlifeについては、こちらのセクションを参照。

IWTのレッドフラグ

ツールキットの中でも特徴的なコンテンツが「レッドフラグ(危険信号)」です。

金融機関がIWTに関する疑わしい取引を発見するためには、組織が運用するマネー・ローンダリング対策のシステムでIWTを効果的に検知できるようにする必要があります。このために、具体的なレッドフラグの知識が役立ちます。

ツールキットでは、IWTの中でも特に国際的にインパクトの大きな「アフリカからアジア」のIWTフローでよくみられるレッドフラグを、以下の項目に分けて紹介しています。

■ 地理的なレッドフラグ
■ 輸送に関わるレッドフラグ
■ 顧客プロファイルでのレッドフラグ
■ 取引におけるレッドフラグ
■ 貿易取引に便乗したマネー・ローンダリング(TBML)のレッドフラグ
■ 汚職のレッドフラグ
■ eコマースのレッドフラグ

これらのレッドフラグの多くは、「アフリカからアジア」の主要なIWT以外にも共通する一般的なレッドフラグとして使用することができます。

一方で、日本の各金融機関等が固有のリスクを把握するためには、事業地域や形態に特化したより精密な情報も必要になります。

ツールキットのパネルのひとつ「レッドフラグ」で展開するコンテンツの一部。

ツールキットのパネルのひとつ「レッドフラグ」で展開するコンテンツの一部。

日本の金融機関が参加できる他の取り組み

今回、日本語版が制作されたツールキットの他にも、金融機関のIWT対策を支援するさまざまなガイダンスやリソースが国際的に展開されています。

United for Wildlife

イギリス王室の基金The Royal Foundationが2014年に立ち上げた「United for Wildlife(UfW)」は、ワシントン条約や世界税関機構、インターポール、 UNODC 、 UNEP などの国際機関をはじめ、ACAMS*やWWF、TRAFFICといったIWT対策に取り組む複数の民間企業・団体が参加する国際的なパートナーシップです。

*ACAMS : Association of Certified Anti-Money Laundering Specialists(公認AMLスペシャリスト協会)

UfWの下には、「輸送」と「金融」の2つのタスクフォースが立ち上がっていて、このうちの「金融タスクフォース」に、IWTのマネー・ローンダリング対策に取り組む金融機関(2021年9月時点で44社)が参加しています。

金融タスクフォースでは、2018年に「マンションハウス宣言」を採択し、金融セクターでのIWT対策の普及、IWTに関わる疑わしい取引検知のための社内トレーニング、当局への届出、ポリシー強化など、6つの取り組みにコミットしています。

▼関連サイト(外部リンク)
「マンションハウス宣言」(UfWのサイト)
https://unitedforwildlife.org/wp-content/uploads/2018/09/UfW-FT_Declaration_FINAL.pdf

United for Wildlife(UfW)のサイト
https://unitedforwildlife.org/

「金融タスクフォース」 (UfWのサイト)
https://unitedforwildlife.org/projects/financial-taskforce/

今後、日本の金融機関からもUnited for Wildlifeへの参加が期待されます。

United for Wildlifeの金融タスクフォース参加機関(2022年6月時点)

ACAMS提供のIWTトレーニングコース

WWFでは、ACAMSとのパートナーシップのもと、セミナー等での啓発やキャパビル支援も協働実施してきました。

特に、金融機関等での活用が推奨される実践的なツールが、IWTのオンライントレーニングです。セルフペースで受講可能なコースとしてACAMSから無料で提供されており、現在、日本語版の製作も進めています。

■ ACAMS Ending Illegal Wildlife Trade - A Comprehensive Overview(金融機関向け)
https://www.acams.org/en/training/certificates/ending-illegal-wildlife-trade#overview-35d65314

■ Ending Illegal Wildlife Trade – A Practical Guide for Law Enforcement(法執行機関向け)
https://www.acams.org/en/training/certificates/ending-illegal-wildlife-trade-a-practical-guide-for-law-enforcement

ACAMS・WWFのIWTオンライントレーニングコース(A Comprehensive Overview)の紹介。IWTの概要や、IWTの資金的側面、金融機関へのリスク、ケーススタディなどを学ぶことができる。

ACAMS・WWFのIWTオンライントレーニングコース(A Comprehensive Overview)の紹介。IWTの概要や、IWTの資金的側面、金融機関へのリスク、ケーススタディなどを学ぶことができる。

2021年9月16日~17日には、ACAMSジャパンの年次イベント「FATF 第 4 次対日相互審査後の継続的なマネー・ローンダリング / テロ資金供与 / 制裁 / 金融犯罪対策 - 現状と課題」の中で、ACAMSとWWF, ECOFEL*により、日本で初となるIWTをテーマにしたパネルセッションも開催されました。

▼関連リンク
「FATF 第 4 次対日相互審査後の継続的なマネー・ローンダリング / テロ資金供与 / 制裁 / 金融犯罪対策 - 現状と課題」について(ACAMSのサイト)

* Egmont Centre of FIU Excellence and Leadership (エグモント・グループは各国の金融情報機関(FIU)が参加する非公式なフォーラム)

IWTのマネー・ローンダリング対策は、日本を含め多くの国でまだ始まったばかりです。

今後、効果的な取り組みを進めて行くためには、金融セクターにおけるIWTの認知度をあげること、そして、各国、業界、事業者のレベルで、固有のIWTリスクに応じた対策を方針やプロセスに取り込んでいくことが必要です。

WWFでは引き続き、官民のパートナーとともに、金融セクターの取り組みを支援していきます。

この記事をシェアする

人と自然が調和して
生きられる未来を目指して

WWFは100カ国以上で活動している
環境保全団体です。

PAGE TOP