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生物多様性スクール第4回「生物多様性とビジネス」開催報告――生物多様性のおかげで、ビジネスもできる!

この記事のポイント
国連の生物多様性条約第15回締約国会議(第二部)が開催される2022年は、生物多様性の保全に向けた、世界の新しい枠組みが作られる、重要な1年になります。ビジネスの世界においても、すでに無視できない重要な要素、キーワードとなっている、この「生物多様性」について、日本でもさらに理解を拡げ、環境破壊を回復に転じる「ネイチャー・ポジティブ」な流れを創造していくため、 WWFジャパンは2022年1月より、全6回のオンラインセミナー「生物多様性スクール」を開始。4月27日には、「生物多様性ビジネス」をテーマに第4回を開催しました。

注目される「生物多様性」の今

ゲストには、株式会社レスポンスアビリティの代表取締役 足立直樹氏をお招きしました。ビジネスと企業活動の切り口から考える生物多様性について、スクール当日の講演概要をお伝えします。

開催概要: 生物多様性スクール 第4回「生物多様性とビジネス」

日時2022年4月27日(水) 16:00 ~ 18:00
場所・形式Zoomによるオンラインセミナー
主催WWFジャパン
参加登録者数1137名

なぜ企業は生物多様性に取り組むべきか?

WWFジャパン事務局長の東梅貞義は、生物多様性になぜ企業が取り組まなければならないのか、最近の重要な動きを紹介しました。

世界93の国と地域の首脳は、2030年までに生物多様性減少の傾向を反転させると「リーダーズプレッジフォーネイチャー(Leaders’ Pledge for Nature)」で約束し、日本政府も参加しています。
また、2030年までに陸域海域それぞれの30%を保全する目標「High Ambition coalition for nature」には52の国と地域の首脳が宣言し、各国がそうした取り組みへの投資を表明しています。

2つのD「Dependency(自然への依存)」「Disclosure(企業の情報開示)」が政治家や投資家が注目する世界の流れであり、企業は取り組みを求められると語りました。

生物多様性(自然)が、すべてを支えている

足立直樹氏には、生物多様性とビジネスがどう関係するのかついてお話しいただきました。
国連の持続可能な開発目標(SDGs)のウェディングケーキ図にあるように、まず最も大切なのは、「生物多様性(自然)が、私たちの暮らしや社会のすべてを支えている」という認識です。経済的な持続可能性は、社会が持続可能でなければありえず、社会の持続可能性は生物圏が持続可能でなければありえません。つまり生物圏(自然)の中に社会があり、その中に経済があるということです。

人々の生活やそれを支える企業活動は生態系サービスに大きく依存していますが、それが自然資本(生物多様性)を傷つけています。世界のGDP84兆ドルのうち44兆ドルが自然資本に依存しており、このまま手を打たなければ、2030年には2.7兆ドルの損失があると言います。(出所:世界経済フォーラム(2020) “Nature Risk Rising:Why the Crisis Engulfing Nature Matters for Business and the Economy”)

こうした状況を、世界のビジネスリーダーはどうとらえているのか?
世界経済フォーラムの2021年のグローバルリスクレポートでは、総合的に心配されているリスクは、気候変動、感染症に次ぎ、3番目が生物多様性の喪失です。

生物多様性喪失の原因は?

世界では、生物多様性の喪失の流れが止まりません。原因は人間活動、すなわち企業活動が99.9%以上であると言います。

例えば、マレーシアのボルネオ島。1950年頃は島のほとんどが熱帯林だったのが、現在森林面積は半分以下にまで減少しています。ボルネオ島は日本の面積の約2倍なので、過去70年ほどで日本の国土面積と同様の森林が消えてしまったことになります。
その原因の一つがプランテーションの開発。世界中で、木材、パーム油、大豆、牛肉、天然ゴム、カカオ、コーヒーなど、人々の暮らしを支えるコモディティ(原材料)の生産が、様々な動植物と豊かな生物多様性を支える自然の森林を破壊する大きな原因になっています。

動き始めた世界

世界は生物多様性への取り組みに動き始めています。2020年、国連が「生物多様性サミット」を開催したほか、世界食糧機関(FAO)などの国連の専門機関も生物多様性に関する報告書を発行。そして2022年秋に開催予定の生物多様性条約条約(CBD)の第15回締約国会議(COP15)第二部では、生物多様性の2030年目標(GBF)が採択予定で、現在それに向けた交渉が進んでいます。GBFには21の目標があり、そのいくつかが企業活動に非常に大きく関係します。

気候変動に関しては「Carbon Neutral(カーボンニュートラル)」を目指さない企業は生き残れなくなったと言えます。そして、生物多様性に関しては「Nature Positive(ネイチャー・ポジティブ)」つまり、生物多様性を今より豊かにすることに貢献できない企業は失格とされる時代になりつつあります。

パラダイムシフトが進む英国と欧州、日本企業は危機感を

ネイチャー・ポジティブのためには、パラダイムシフトが必要です。

環境の中に社会があり、社会の中に経済があるというこうした考え方は、2021年に英国で発表された報告書『ダスグプタレビュー』を契機に、急速に広まりつつあります。
各国の政策を進めると同時に、企業が持続可能な消費と生産を進めていくことが求められます。

ダスグプタレビューを受けて英国では、森林を破壊して作った可能性がある原材料「森林リスクコモディティ」は商品に使えないという法律が2021年11月に策定されました。企業は自社の商品が森林破壊にかかわっていないということを確認し、情報提供すること(デューデリジェンス)を求められるのです。
また欧州委員会でも、企業へのデューデリジェンス義務化が提案されており、今後指令になり、各国法に展開される見込みです。つまり欧州市場では、生物多様性に配慮せず森林破壊に加担した商品は今後販売できなくなるのです。

企業はどうすればいい?

現在、ISO(国際標準化機構)は生物多様性保全の規格化を進めています。投資家は2020年「生物多様性のためのファイナンス協定」を発足し、世界の機関投資家90社以上が参加しています。
また、生物多様性にかかわる企業の情報開示の枠組み「TNFD (自然関連財務情報開示タスクフォース)」が2023年秋に策定される予定です。

生物多様性への取り組みはビジネスチャンスでもあります。世界経済フォーラムは、ネイチャー・ポジティブな経済を目指せば、2030年までに毎年10兆ドルのマーケットと4億人の雇用を生むと試算しています。

ネイチャー・ポジティブに向けて、企業はビジネスモデルの変革を求められます。
まずは自社の事業と生物多様性との関わりを分析・整理することが初めの一歩となるでしょう。

国際環境NGOの視点から考える企業の責任と役割

WWFジャパン マーケットグループ長の古澤千明は、世界の森と海で起こっている生物多様性の現状と、企業、消費者、NGOがどのように取り組んでいくべきかについて語りました。
森については、足立氏と同様、主に7つのコモディティの生産が森林減少の要因となっている点を指摘。また海については、漁業資源の33%が乱獲状態、60%が限界まで漁獲されている状態で、漁獲の余地があるのは7%のみという危機的な状況を紹介しました。

WWFは、消費者をはじめ人々の暮らしを支える企業活動自体を否定しているわけではなく、企業の生産と調達が自然に配慮される形で行なわれることが重要と考えています。
そのため、生産地が抱える課題を知らせたり、改善策の提案といった企業への働きかけを行なっています。

また、企業をつくったものを最終的に手にするのは、一人ひとりの消費者であり、消費者の役割も決して小さくはありません。サステナビリティに取り組んでいる企業を応援したり、取り組んでいるのかわからない企業については問い合わせをしたり、関心を持っていることを伝えることが大切と強調しました。

最後に、マーケット全体を変えるためには、WWFや一部の企業や消費者の力では成しえないことで、皆で力を合わせる必要がある、皆と一緒なら達成できる(Together possible)ということを伝えました。

ディスカッション

モデレータの井田氏が、足立氏と古澤に質問を投げかけながら、ディスカッションを行ないました。参加者からの事前質問が特に多かったテーマも含まれます。質疑応答のポイントを抜粋してご紹介します。

日本企業の課題は

井田氏:日本企業の状況は?

足立氏:受け身の企業が多いと思う。物事が決まったら従うが、最初に動こうとする企業は少ない。本来はそこにビジネスチャンスがある。最初に動くのはハイリスク・ハイリターンで、追随するのはローリスク・ローリターン。しかし、そうした追随する姿勢は、将来的にはローリターン・ハイリスクになるかもしれない。問題は企業の短期的思考。企業の中長期計画は通常3年だが、10年、20年先を見ないといけない。現場の方が目の前のことに取り組むのは当然だが、経営層がいかに長期的な視点を持つかが重要。

井田氏:トップマネジメントの関与について、海外の参考事例は?

足立氏:サステナビリティや気候変動の会議には、海外では企業トップが参加し、台本なしで発言する。経営者の仕事とは、本来はそうあるべき。社長が時間を本質的なことに使えるように皆で支えることが必要。気候変動、生物多様性の問題は長期的に考えないといけない。また、メディアの役割にも期待したい。日本ではこうした問題の報道が少ないが、報道されなければ、企業も経営者も消費者も知らない状態が続く。企業トップは日経新聞は読んでいるので、そういうところで自然資本の危機等について何度か報道されれば影響力は大きい。

井田氏:人間は結局、地球環境の中で生きていかないといけない。生きものに関わっていない人を探すほうが難しいほどだが、自分の足元を切り崩している状況。なぜ間違ったのか?

古澤:情報が足りないのでは。先進国の都市部では、自分の生活がいかに自然と関わっているのか見えづらいし、身をもって知る機会も少なく、危機感を覚えない。先進国の都市部の我々より途上国で自然に依存して暮らしている人のほうが、危機感や感度が高いように感じる。

NGOの役割は

井田氏:企業の人は、現場を知ることが重要。NGOは企業に現場を見せる手伝いができるのでは?

古澤:WWFも重視しているポイント。企業の方は自分の眼で見て、腹落ちしてからでないと、たとえ自社内であっても他の部署の方などに説得力を持って伝えるのが難しくなってしまうかも知れず、現場を案内することは大切と考えている。飛行機で頻繁に行くのは時代に合わなくなるかもしれないが、今後はオンラインも活用できるのでは。

消費者の声の重み

井田氏:一般消費者には何ができるのか?消費者が動かないことが企業の免罪符になっているようだが、市民としてできることは?何に注目すべきか?

足立氏:自分が使っているものがどこから来ているか意識すること。FSCやRSPOなどの認証マークはわかりやすい仕組み。お店や企業に取り組みについて聞いてみることも重要。日本の企業はとても真面目なので、お客様相談室への質問はきちんと対応するし、他部署や経営層にも伝わる。皆さんが思っている以上に影響力がある。社外からの声が複数になると、消費者がこういうことを考えるようになったと理解してもらえる。

古澤:消費者の声は、本当に大事!企業のサステナビリティ部門の人と話すと、消費者からそうした声はないと頻繁に耳にする。サステナビリティ部門から、調達の部署や経営層にこうした取り組みが必要と伝えるよりも、顧客から言ってもらうほうが効果的な場合も多い。顧客一人ひとりの声は重視されていて、すぐに反応がなくても必ず届いていると思うので、ぜひ声を上げてほしい。

井田氏:思っている以上に、消費者は力を持っているのかもしれない。チョイスとボイスが大切。購買活動などの選択とともに、様々なところで声を上げていくことが大切。自分たちの声を届ける場はもっとあっていいと思う。

(おわり)

絵で分かる、スクールのポイント!

グラレコ(グラフィックレコーディング)アーティストのainiさんに、今回のスクールのポイントを絵にまとめてもらいました!

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