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ネイチャー・ポジティブなビジネス主流化に レポート「生物多様性とビジネス-危機的現状とビジネスの可能性-」

この記事のポイント
生物多様性を回復に向かわせる「ネイチャー・ポジティブ」を目指すためには、民間セクターの役割が欠かせません。ビジネス界に対する市民社会の監視の目も厳しくなってきており、事業活動による生態系サービスへの影響と依存、ならびにリスクと機会をいち早く検討する必要性が高まってきています。このような背景を受けて、WWFジャパンはアクセンチュアがまとめたレポート「生物多様性とビジネス - 危機的現状とビジネスの可能性- 」の策定に協力しました。本レポートでは、民間セクターにおいて生物多様性の保全を自社事業の中で取組み、促進し、SBT for NatureやTNFDの考え方に即して実施するよう促すことを目指しています。
目次

生物多様性の現状

気候変動や生物多様性の損失という世界的危機が顕在化し、また人間社会や経済が自然や生物多様性と密接に関連し、依存しているという事実が、さまざまな場面で認識され始めています。

生物多様性は、世界経済の基盤です。世界経済フォーラムは、世界のGDPの50%以上に相当する44兆ドルの価値創出が、自然、生物多様性、およびそれが支えるサービスに依存していると推定しています。

一方で、生物多様性は危機に瀕しており、その最大の要因は、人間による土地、淡水、海の利用変化、乱獲、気候変動、汚染、侵略的外来種であり、100万種が絶滅の危機に直面している可能性があります。哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、魚類の個体数変動が示す生物多様性の豊かさは、1970年から2016年の間に平均68%減少。
陸地の表面積の75%が人間活動によって劇的に変化し、海域の66%が大きな影響を受け、そして湿地帯の85%が人間の活動によって失われています。

自然界の破壊を食い止めるだけでなく、世界の経済を 「ネイチャー・ポジティブ」なものへと転換させる必要があるという認識が広まってきています。政府は企業が活動するための政策的枠組みを設定しますが、民間セクターには、自然を重視する経済へと転換し、加速させるという大きな責任があります。

© WWF

自然に配慮したビジネスモデルへの道を拓く

ビジネス界に対する市民社会の監視の目も厳しくなってきています。生物多様性条約、EUグリーン・ディール、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)、科学的根拠に基づく目標ネットワーク(SBTN)など、政治・制度的枠組みに関わる新たな取り組みがここ数年でかなり加速しています。

企業が責任を持って行動し、生物多様性の保全により強いコミットメントをするよう、Business for Natureや持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)のような企業を主体として構成される団体からの声も年々強くなってきています。

2019 年に発表された生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)のグローバルアセスメントでは「生物多様性損失の5つの直接的要因(土地利用変化、直接搾取、気候変動、汚染、侵略的外来種)は、社会的な価値観や行動による間接的な変化の要因(人口動態・社会文化、経済・技術、制度・ガバナンス、紛争・伝染病)に起因している」としています。

つまり人間活動による要因が、生物多様性損失を引き起こしていることになります。

事業活動における自然への影響と依存を把握し、科学的根拠に基づいたアプローチで、バリューチェーンや様々な事業活動拠点における生物多様性のリスクと機会を理解することが重要です。これらは、事業会社が生態系に配慮したビジネスモデルを構築するための戦略的な意思決定を行なう上でも非常に重要です。

上記のような背景をうけて、今回WWFジャパンはアクセンチュアが実施する「生物多様性とビジネス - 危機的現状とビジネスの可能性- 」レポートの策定に協力しました。

今回の取組においては、特に民間セクターにおいて生物多様性の保全を自社事業の中に取り込み、促進し、SBT for NatureやTNFDの考え方に即して実施するよう促すことを目指しています。

@ アクセンチュア「生物多様性とビジネス - 危機的現状とビジネスの可能性- 」

日本企業を対象とした生物多様性取組に関する調査

生物多様性に対する依存と生物多様性の減少による自社事業への影響を理解することは、事業活動の将来的なリスクと機会を把握することにつながると考えられます。

レポート「生物多様性とビジネス - 危機的現状とビジネスの可能性- 」作成に先立ち、アクセンチュアとWWFジャパンは日本企業に対してヒアリングを実施しました。

調査対象企業において生物多様性への影響のみを把握している企業はおよそ26%であり、また自社への影響を念頭に対応を取組検討している企業は21%、自社及び生物多様性への影響共に把握しているのは22%でした。なお、特に特定の原材料に事業が大きく依存している企業においては、自社および生物多様性への影響ともに把握している傾向がみられました。(詳細についてはレポートを参照)

このように企業により把握の程度に差が生じた要因としては以下が挙げられています。

  • 事業存続における生物多様性の重要度に対する認識が異なる
  • それ故に、影響把握手段が確立していない中、自社独自のツールを開発するなど、それにかける労力に違いがある

自社への影響把握範囲を広げる際の障壁として、以下のような課題も示されています。

  • 仲介業者からサプライチェーン上流の情報を取得する仕組みがない
  • 情報の取得にかかわる調査依頼に関して、取引の大きさや企業規模、また生物多様性保全に関する理解度により、取引に関して対応可能範囲に差が生じている
  • 安定供給を優先的に考えざるを得ないことから、供給元が変動しやすい
  • 小売りでは仕入れメーカー側の責任領域に対して干渉が難しい
  • 複数産地の原料を混合する場合や取り扱い原料数が多い場合なども、サプライチェーン上流からの情報を得ることが困難である

さらに生物多様性への影響や自社への影響を把握する際の課題として、測定方法が統一化されていない、把握すべき情報範囲についても明確でない、といった点があることもわかってきました。

@ アクセンチュア「生物多様性とビジネス - 危機的現状とビジネスの可能性- 」

生物多様性への依存と影響、ビジネスリスクと機会

生物多様性の定量化における複雑さを踏まえたうえで、生物多様性のリスク検証・管理のための枠組みが生まれつつあります。

グローバルコモンズアライアンスにおいて検討が進められている科学的根拠に基づく目標ネットワーク(SBTN)は、企業が科学的根拠に基づく目標(SBT)を設定し、行動するための包括的な5つのステップからなるガイダンスを公表しました。

これらの新しい枠組みを適用しながら、高まるステークホルダーの要請に応えるために、企業は自然への影響と依存性を理解し、ビジネスにとって重要な課題を特定する、そしてリスクと機会を理解した上で、それらのリスクを最もよく管理するために力を注ぐべき場所と活動に優先順位をつけることが求められています。

WWFドイツが中心となって、2022年に公表した「ビジネスに対する生物多様性ガイド」によると、依存と影響、そしてビジネスリスクと機会について、以下のような整理がなされています。

生物多様性への依存と影響
事業活動と生物多様性の関係は、大きく二つに分けて整理されます。
(1)事業活動での生物多様性への依存
(2)事業活動が生物多様性に与える影響

すべてのビジネスは、水や繊維などの直接的な享受、受粉や水質調整、土壌肥沃などのビジネスを可能にする生態系サービスに「依存」しています。

あるいは、直接的ではないものの、バリューチェーンにおける第3者やその関連する事業会社を介して、ほとんどの事業活動が間接的に生物多様性に「依存」しています。

農業や水産・養殖業、製紙・パルプや林産業、鉱物産業、土地開発、エネルギー産業などは直接的に依存している産業としてあげられます。

これらの事業活動は、森林伐採や農地等への転換、土地開発による野生生物生息地の分断化、土壌・水質汚染、土壌の撹乱・圧縮、または、単一植林による遺伝的多様性の減少など、直接的または間接的に、またバリューチェーンの上流・下流での活動により、生物多様性に「影響」を与えていることを認識することが肝要です。

生物多様性に対するリスクと機会

生物多様性保全への必要性が高まる中、企業は、ネイチャー・ポジティブにむけたビジネスモデルとの整合性を高める方法を評価する必要があります。

自然への依存と影響を考慮しない企業は、コストの上昇に直面し、ネイチャー・ポジティブ・パラダイムがもたらす新たな機会に出遅れることが考えられます。

企業にとっての生物多様性リスクとは、地域や世界の生物多様性の状態がどうであるか(脅威の度合いや見込み)、企業が生物多様性にどれだけ依存しているか、あるいは影響を与えているか(曝露)、どれだけ適応する能力があるか(脆弱性)、という3つの要因によって決まります。

「機会」の面についても大事な注意点があります。
すでに起きてしまっている被害を修復・軽減することでもビジネスチャンスが生まれますが、生物多様性への悪影響を、回避したり、最小化したりするビジネスオプションこそが優先されるべきであるという点です。

被害が出る前に悪影響を回避したり、削減したりすることこそが優先されるべきという考え方(つまりミティゲーション・ヒエラルキー)は、今回のアクセンチュアレポートでも登場します。

@Church, R., Engel, K. Vaupel, W. M., 2022. A Biodiversity Guide for Business: Berlin, Germany WWF.

企業による生物多様性の保全、持続可能な利用、回復

コスト削減や業務効率の向上、新しいビジネスモデルや市場、製品、サービスからの収益源、ステークホルダーとの関係やブランド価値の向上など、企業が生物多様性の保全や利用、回復に関心を持つ理由は数多くあります。

生物多様性回復の機会は、生物多様性を繁栄させるために取るべき行動と、その解決に貢献する企業にとっての利益が交差するところに見出すことができると考えられます。

ただし、企業が果たすべき責任への取組が不十分な状態で、新規解決策や技術開発に取り組んだとしても、本来求められる対策とは言えません。

科学的な立証が不十分な技術などでは効果が期待できないグリーンウォッシュにつながる可能性があり、留意することが必要です。

@ アクセンチュア「生物多様性とビジネス - 危機的現状とビジネスの可能性- 」

取り組みはすでに始まっています

SBT for Nature では2020年よりコーポレートエンゲージメントプログラムを使い、事業会社を巻き込みながら実施検討が始まっています。

例えば、フランスの酪農会社Bel社の事例では、2020年にオランダの酪農者と協力しながら、ミティゲーション・ヒエラルキーを実践しています。

調査では、まず対象となる酪農地帯において重要な生態系への影響を把握し、生物多様性の減少を食い止めつつ回復力を高めるために必要な要素を科学的・社会的根拠に基づき決定し、その後目標を立てて、実施施策を検討しています。

またTNFDにおいても、LEAP(Locate, Evaluate, Assess, Prepare)プロセスに基づき、パイロットプロジェクトが実施されており、多くの事業会社にルールメイキングの参加を呼びかけています。

アクセンチュアが作成した「生物多様性とビジネス -危機的現状とビジネス可能性」は、特に日本国内においてSBT for NatureやTNFDの実施を目指す事業会社が増えてくることを見据え、またその活動を少しでも後押しすることを目的としています。
本報告書がネイチャー・ポジティブを目指す事業活動の一助になれば幸いです。

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