自然と人のより良い未来へ:BASAMO事業の学びと次への挑戦
2026/01/28
- この記事のポイント
- 環境問題、労働問題、人権問題は、現代社会が直面する複雑かつ重要な課題であり、相互に深く関係しています。なかでもその影響を最も受けやすいのが、地域で暮らす子どもたちです。こうした課題に分野横断的に向き合うため、WWFは2023年12月よりセーブ・ザ・チルドレンと協力し、インドネシア・スマトラ島リアウ州においてパイロット事業「BASAMO」(地方語であるムラユ語で「一緒に」を意味します)を開始しました。本事業では、環境・労働・人権という三つの課題を同時に捉え、地域とともに改善の方向性を探る取り組みを進めてきました。BASAMO事業は2025年4月に終了しましたが、本取り組みを通じて得られた学びは、今後の事業形成や連携のあり方にとっても大きな示唆を与えるものです。本記事では、事業終了にあたり、現地視察を通じて見えてきた成果と課題、そして今後に向けた可能性についてご報告します。
インドネシア・スマトラ島、リアウ州クアンタン・シンギンギ県は、豊かな熱帯林と伝統文化を有する一方、パーム油生産の拡大に伴う森林劣化や生計の不安定化、また子どもを取り巻く教育・保護の課題に直面しています。
こうした複合的な課題に対応するため、WWFと子ども支援専門の国際NGOであるセーブ・ザ・チルドレン(SC)は協働で、2023年11月から2025年4月までの18か月間、「BASAMOプロジェクト」を実施しました。
※これまでの「BASAMOプロジェクト」に関するブログ記事:
➡【インドネシア:WWF とSCの連携プロジェクトの開始】(2023)
➡【インドネシア:スマトラ島で自然と子どもたちが共生する未来へ】(2024)
➡ 【インドネシア:環境と人権問題解決に向けた可能性】(2025)
「BASAMO」とは、現地ムラユ語で「一緒に」を意味する言葉です。その名のとおり本プロジェクトは、子ども、教師、農家、地域リーダー、行政など、多様な人々が立場を越えて協働し、持続可能な地域の未来をともに築くことを目指してきました。
本事業は、「子どもたちと地域の持続可能な未来をともに築く」という願いを出発点に、以下の3つの柱を軸として展開されました。
- 子どもたちへの、持続可能な開発のための教育(ESD)の普及
- 小規模農家による、持続可能な農業・生計手段の構築にむけた支援
- 子どもの権利の尊重と推進
本記事では、BASAMOプロジェクトで実施されてきた主な取り組みとその成果を振り返るとともに、現時点で見えてきた課題や、今後に向けた展望についてご報告します。
教育から始まる、地域の変化
本プロジェクトの中核を担ったのが、「持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development:ESD)」です。学校教育にESDの考え方を取り入れ、子どもたちが自分たちの地域の自然や暮らしを題材に学ぶ「文脈学習(Contextual Learning)」が導入されました。

森で学ぶ子どもたち
プロジェクトが終盤を迎えたある日、事業地のグヌントアル校(SMPN 3 Gunung Toar)を訪れた際、当時の校長は次のように語ってくれました。「ESDを学んでから、先生たちは地域の森や川を授業に取り入れるようになりました。子どもたちも楽みながら学んでくれました。」かつては教科書中心だった授業が、今では地域の自然や文化を教材とした“生きた学び”へと大きく変化しています。教育の一環として、子どもたち自身が森を歩き、川の役割を調べ、村の暮らしに目を向ける中で、「自分の地域の未来に関わっている」という実感、すなわち主体的に考え行動する力を育む学びの環境が整いつつあります。

授業風景の様子
この変化を支えたのが、地域の自然環境や文化を基盤に構成された「ローカル・カリキュラム」の草案です。BASAMOプロジェクトでは、このカリキュラムづくりの過程に、子どもたち自身が参加し、その声を反映させるという参加型のアプローチを導入しました。さらに、各学校の教員や校長、地域の伝統的リーダーを対象に、ESDに関する研修や教材開発のサポートを行ない、学校現場における変革を後押ししてきました。
また、地域の伝統文化である「リアウ・マレー文化(Budaya Melayu Riau)」の継承を目的に、教科担当者のワーキンググループ(MGMP)も各地区に設置しました。これにより、教材の標準化や教員の指導力向上、学校間の連携も進められました。
こうした取り組みの中で、特に注目を集めたのが「文脈学習(Contextual Learning)」と呼ばれる新しい試みです。これは、森林や地域環境が抱える課題とESDを結びつけた体験型の学習手法で、教師・生徒の双方から高い評価を得ています。
これらの成果として、事業対象校であったフル・クアンタン校(SMPN 1 Hulu Kuantan)とグヌントアル校(SMPN 3 Gunung Toar)の2校が、環境に配慮した学校づくりを進めるインドネシアの国家イニシアティブ「アディウィヤタ校(Sekolah Adiwiyata)」への登録を果たしました。環境局による評価が実施され、BASAMOプロジェクトは、教職員向け研修の実施や進捗管理の支援を通じて、両校の取り組みを継続的に支えることができました。
暮らしを支える、持続可能な生計づくり
農業分野では、稲・ゴム・パーム油といった地域の主要農作物を対象に、より環境に配慮した栽培技術や土壌管理、施肥方法などに関する研修を実施し、150人以上の小規模農家が参加しました。
中でも注目されたのが、プロジェクトの一環として試験的に設置された、フクロウの巣箱を活用した、自然由来の害獣対策です。米やアブラヤシ(パーム油の原材料)の農地において、農薬に頼らず野ネズミ被害の軽減を図るこの取り組みは、環境負荷を抑えた農業の実践例として、地域内外から関心を集めています。こうした変化は、農業研修やデモ農園での体験学習を通じて、農家の間に「自然と共に生きる農業」への理解と関心が着実に広がってきていることの表れでもあります。
また、プロジェクトでは、地域の主力作物である米、ゴム、パーム油を対象とした研修を実施し、150人以上の農家が新たな栽培技術や土壌管理、施肥の方法等を学びました。
米およびパーム油生産に関わる、脆弱な小規模農家を対象としたトレーニング教材
さらに、ゴム農家によるグループ化も進められ、なかでも「インダルン・ジャヤ」グループでは、女性が中核メンバーとして活躍しています。彼女たちは、村の開発計画会議(Musrenbangdes)にも参加するようになり、地域の意思決定に自らの声を届け始めています。
このほかにも、3つの対象村で立ち上げられた「地域貯蓄貸付グループ(VSLA)」では、住民たちが毎月少額ずつお金を積み立て、必要に応じて互いに融資を行う仕組みが導入されました。プロジェクト終了時点で、合計約5500万ルピア(日本円にして約50万円)が積み立てられており、教育費や農業への再投資などに活用されています。こうした取り組みを通じて、家計における「急な出費に備える力」が育まれ始めています。
また、VSLAの活動は、住民たちの金融リテラシー、の向上にもつながっており、収支管理や計画的な貯蓄、資金の活用に関する理解が深まることで、自立した生計づくりや、貧困の連鎖を断ち切るための基盤形成にも貢献しています。
この取り組みは村中でも高く評価されており、家族福祉チーム(TP PKK)を通じて、他村への展開に向けた検討も進んでいます。さらに、今後の拡大を担うVSLAトレーナー候補として4名が育成されるなど、自立的な地域づくりに向けた基盤が形成され始めています。
BASAMOプロジェクトで支援してきた「農業・金融・ジェンダー」を横断するこれらの取り組みは、小さくとも確かな地域の変化を生み出しつつあります。

三つの対象村それぞれの「村開発計画」を踏まえたプログラム策定ガイド
子どもたちの声が、学校と地域を変える
子どもの権利の尊重と推進も、本プロジェクトの重要な柱の一つでした。学校では「子ども保護チーム(TPPK)」と生徒会が連携し、いじめ防止や安心できる学校環境づくりに主体的に取り組むようになりました。
その結果、いじめ件数の減少傾向が報告されるなど、前向きな変化が見られています。子どもたちは話し合いを通じて、「どのような行動が相手を傷つけるのか」「安心できる学校とは何か」を自ら考え、提案を行いました。
こうした動きは学校内にとどまらず、村や地域の開発計画にも子どもたちの声が反映され始めています。「子どもフレンドリーな村づくり」への参加を通じて、子どもたちは地域の未来を担う存在として認識されつつあります。
一連の取り組みを通じた経験は、子どもたちを「守られる存在」から「社会を支える存在」へと育てる土台となっています。その過程で、子どもたちの視点が学校の方針に影響を与え、さらには地域社会の考え方や価値観にも変化をもたらしつつあります。子どもたち自身が「社会を変える力」を持ち始めている—その希望は、リアウ州の小さな学校から確かに芽生え始めています。
次のフェーズに向けた課題と抱負

WWFとSCの合同チームによる会議の様子
BASAMOプロジェクト終了後の2025年10月には、本プロジェクトの企画から実施、評価までに関わったインドネシアおよび日本のWWFとセーブ・ザ・チルドレンの事業関係者がオンラインで集い、これまでの成果と学びを振り返りました。
そこでは、WWFの自然保護・生物多様性に関する専門性と、セーブ・ザ・チルドレンが蓄積してきた子どもの権利や教育支援の知見が結びつくことで、「自然と子ども」「生計と教育」「文化と未来」といった、分野を横断する学びが生まれてきたことを改めて確認しました。
また、地域に根付く自然資源の持続的な利用に関する知恵が、ESDや子どもの参画を通じて、生物多様性の保全や気候変動といった国際的課題ともつながり、学校や地域に新たな視点をもたらす可能性があることも再認識されました。
一方で、これらの取り組みを定着させ、成果を地域全体へと広げていくためには、制度面での位置づけや担い手の育成・能力強化といった課題が残されていることも共有されました。また、プロジェクトにおける子どもへの直接的な活動は主に学校内に限られていたため、児童労働に対する直接的な介入にはまだ至っていません。
これまでは最悪の形態の児童労働を防ぐための啓発が中心であり、すでに発生している事例への是正や救済対応は今後の課題です。特に、違法な金採掘やパーム油プランテーションにおける児童労働の存在が確認されていることから、実態を把握するためのモニタリング体制の構築や、村レベルでのコミュニティベースの子ども保護メカニズムの強化が不可欠です。
今後は、ESDやローカル・カリキュラムの主流化、女性の参画機会の拡大、VSLAをはじめとする住民主体の取り組みの定着、そして児童労働の予防と対策といった課題に焦点を置きつつ、その担い手の継続的な育成と多様化、他地域への展開を可能とする体制づくりに、関係者が引き続き連携して取り組んでいく必要があります。
BASAMOは今、地域の人々の心と日常に根を張り、確かな芽を育て始めています。この芽を、森のように広く、深く、持続可能な未来へと育てていくために、私たちは次のフェーズに向けた検討と準備を進めています。この歩みを、ぜひ皆さんと「一緒に(BASAMO)」続けていけたら幸いです。
本事業は、皆さまからのご支援により実施されています。これからも、BASAMO事業の学びを通じて、支援者の皆様と共に、持続可能でより良い未来を目指して一歩ずつ前進していきたいと思います。



