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ワシントン条約第74回常設委員会に寄せて。日本の象牙取引対策の行方

この記事のポイント
2022年3月7日~11日かけてワシントン条約の常設委員会が開催されます。日本に関連のある議題の一つ象牙について、日本政府は条約事務局に、国内措置の実施状況に関する報告書を提出しています。2019年の第18回締約国会議で採択された決定に基づいて作成された報告書、その内容を中心に、国際的にも国内市場の在り方が問われている日本の象牙取引の問題について整理します。

ワシントン条約常設委員会

今、世界では多くの野生生物が、絶滅の危機に瀕しています。

IUCN(国際自然保護連合)がまとめ、発表している「レッドリスト」によれば、絶滅のおそれが高いとされる野生生物の種数は、約4万種。

そのうちおよそ8,500種が、ペットや食品、医薬品の原料などを目的とした、人間による取引の影響を受けているとされています。

こうした取引は、生息地での密猟や過剰な採取を引き起こすのみならず、各国の法律や規制にも反する形で、違法に行なわれることも少なくありません。

こうした問題への国際的な取り組みの一つに「ワシントン条約(CITES:絶滅のおそれのある野生動植物の国際取引に関する条約)があります。

この条約は、絶滅のおそれのある野生生物の国家間の取引、すなわち輸入や輸出を規制することで、その保全を図ることを目的としたもので、現在、日本をはじめとする184カ国の国・地域が加盟しています。

2022年3月7日~11日にかけて、このワシントン条約の第74回常設委員会(SC74:74th meeting of the Standing Committee)が開催されます。

ワシントン条約では約3年ごとに、国際取引の規制対象となる野生生物種を選定し、決議する締約国会議(CoP:Conference of the Parties)が開催されますが、この常設委員会は条約の運営を担う年次会議。
CoPで決議された決定事項の進捗の報告も行なわれるなど、条約の遵守状況について議論される、重要な国際会議の一つです。

常設委員会の様子(写真はSC69)。決議できるのは各国の政府代表だけですが、WWFのようなNGO(非国家組織)もオブザーバー参加し、発言することができます。
©TRAFFIC

常設委員会の様子(写真はSC69)。決議できるのは各国の政府代表だけですが、WWFのようなNGO(非国家組織)もオブザーバー参加し、発言することができます。

ワシントン条約と日本の象牙取引

ワシントン条約の中で日本として関連が深い議題としては、ペットとして利用される動物に関係する問題や、サメやウナギといった水産種の取引、国際的にも日本の国内市場の在り方が問われている象牙が代表的です。

象牙については、今回の常設委員会でも議論が予定されています。

提案されている議題は多数あり、象牙の違法取引の分析を担っているETIS(ゾウ取引情報システム)の運用に関するレビュー(Doc.12)や、違法取引の関与度の高い国に策定が求められている「NIAP(国内象牙行動計画)」のレビュー(Doc.28-4)、各国が保有する在庫の管理や破棄について(Doc. 61-01, 61-02)など多岐に渡ります。

特に、アフリカゾウの止まない密猟や象牙の密輸を解決するための条約の取り組みとして、各国が状況報告を求められている内容もあり、締約国の積極的な関与が重視されています。

また、2016年の第17回締約国会議(CoP17)で、ゾウの取引に関する決議10.10に「ゾウの密猟や象牙の違法取引に寄与している国内市場については、閉鎖を求める」という勧告が追加されたことを受け、国際取引に留まらず、各国・域内での取引や市場をどう管理・規制していくのかについても注目が集まっています。

実際、この数年の間に、象牙の市場規模の大きな国・地域(中国、香港、台湾)は、各国内・域内での取引禁止措置を実施。
象牙製品が頻出するアンティーク市場の活発な欧州(EU、イギリス)でも、原則国・域内取引禁止の法案が可決されました。特に世界最大の象牙市場を有する中国での国内取引の禁止を定める法律が成立したことは大きな転換点となり、法的な措置の実施や検討が進んでいます。

このワシントン条約の決議10.10については、各国の国内政策にまで踏み込む、従来の条約の枠組みから逸脱したものと捉え、批判する声がある一方、すべての締約国が国内象牙市場を閉鎖するべきだ、というより強い措置を提案する国もあり、議論はいまだに続けられています。

しかし、これまで以上の対策を実施することの必要性については、各締約国も共通して重要視していることから、前回2019年に開催された第18回締約国会議(CoP18)では、国内象牙市場を有する国として、密猟や違法取引に寄与することがないように講じている措置の報告をするよう求める決定(Decision 18.117-18.119)が採択されました。

問題が指摘される日本の象牙市場

そうした中、日本国内の象牙市場が、世界的に大きな注目を集めています。
日本は、ワシントン条約で象牙の国際取引が禁止される1989年より前に、過去に合法的に輸入した象牙の在庫を大量に抱えている国。

他国・地域が自国・域内で象牙取引の禁止政策を進める中で、現在も、合法的に国内取引が可能な市場を有する、特異な国となっています。

この状況について、日本政府は、国内で現在取引されている象牙が、国際取引禁止以前に輸入されたものであることから、今アフリカで起きている大規模なアフリカゾウの密猟とは関係がなく、現状の日本国内の規制や取引については、問題が無いとしています。

しかし、実際には密輸された象牙が日本国内に持ち込まれた場合、それを識別する十分な手段や、流通を規制するルールは存在しておらず、さらに、日本から海外へ象牙を違法に持ち出す違法輸出の問題が発生しています。

実際、この日本の市場から海外への象牙の違法輸出は、中国などの税関で多数報告されており、国際的な象牙の闇市場を活性化させる一因になることが懸念されています。

従って、日本としては、これらを防止、阻止するための効果的な措置を実施することが、非常に重要になっています。

2020年の押収データにより特定された取引ルート。中国が関係する2020年の押収65件の中で、日本が出所であった事例が最多であったことが示されている。<br>出展:USAID WILDLIFE ASIA COUNTER WILDLIFE TRAFFICKING DIGEST: SOUTHEAST ASIA AND CHINA, 2020

2020年の押収データにより特定された取引ルート。中国が関係する2020年の押収65件の中で、日本が出所であった事例が最多であったことが示されている。
出展:USAID WILDLIFE ASIA COUNTER WILDLIFE TRAFFICKING DIGEST: SOUTHEAST ASIA AND CHINA, 2020

日本からの報告

こうした状況の中、日本政府は CoP18の決定に従い、今回のSC74に向けて、条約事務局に対して、国内での措置の実施状況に関する報告書を提出しました(Doc.39 Annex 5)。

報告書では、1)日本の国内の象牙取引を規制している種の保存法(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律)を2018年に改正し、象牙を取り扱う事業者の管理規制を強化したこと、2)2019年7月より全形牙の登録審査を厳格化したこと、3)国内市場のパトロールを含む事業者や訪日客向けへの国外持出防止の周知、などが報告されています。

しかしこの報告についてWWFでは、次のような理由から、日本の国内市場が違法取引に寄与しないための措置としては不十分と考えています。

  • 2018年の法改正については、法的措置の実施ではあるものの、事業者の管理規制に留まり、国内の取引自体が見直されたものではない
  • 日本からの違法輸出の実態把握がされておらず、違法取引の対応について法的枠組みでの措置はなされていない

またこの他にも、事業者が保有する在庫量と、登録申請のあった全形牙の量について報告がされているものの、これが日本国内の在庫象牙の全容を示すものになっていないことや、事業者の保有する在庫自体のトレーサビリティが担保されていないことが問題です。

日本では、個人が所有している象牙が数多く存在していることや、消費者が手にする製品から原材料の合法性を確かめることができないのが実情です。

これらの問題は、長年、日本の象牙をめぐる課題とされてきましたが、未だに適切な対処がなされていません。

1970年代~80年代にかけては、日本が世界最大の消費・輸入国。1951年からの累積輸入量は6,000トン以上と試算されている。
©WWF / Folke Wulf

1970年代~80年代にかけては、日本が世界最大の消費・輸入国。1951年からの累積輸入量は6,000トン以上と試算されている。

SC74を前に条約事務局が公表している評価からは、日本を含む10か国・地域の政府からの報告(オーストラリア、EU、香港、イスラエル、ニュージーランド、南アフリカ、タイ、イギリス、ジンバブエ)に対して、一定の進捗を確認したものとして、
また、各国の国内市場についての介入は、条約の適用範囲内に留めることが適切との見解を再度示した上で、追加の施策は求められていません。

一方で、国内にある在庫管理や近年活発なオンライン取引への対処の重要性について、指摘がされています。

また、現状の日本の象牙市場を問題視する声は、少なくありません。

今回のSC74では、日本を含む10カ国からの報告と、事務局からの評価を元に、参加する締約国によって議論が行なわれ、その結果が、次回の締約国会議CoP19に報告されることになります。

2022年11月に開催が予定されているCoP19では、未だに象牙の国内市場を有する国々に対して、どのような取り組みを実施することが求められるのか、新たな決議案の提案が出るのか、などが注目されます。

日本の象牙取引の課題について:『岐路にたつ日本の象牙取引』

国内の新たな動向:自治体(東京都)の取り組み

国の対応に対し、不十分な点が指摘される一方で、象牙の日本からの違法輸出が発生している事態を重く受け止めた東京都が、自治体、そして国際都市として進める取り組みがあります。

2020年1月には、象牙の違法取引への対処や国内取引規制について検討するため、「象牙取引規制に関する有識者会議」を発足。東京都としてこの問題に対し、どのような取り組みを行なうべきか、内容を一般に公開した形での検討を行なってきました。

また、東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催を契機に、日本からの象牙の海外持出を防止するための施策を国と連携して開始。普及啓発を中心に、事業者へも協力を仰ぎながら既存の象牙規制の周知に力を入れています。

WWFジャパンと、WWFジャパンの野生生物取引監視部門であるTRAFFICは、有識者メンバーとして都の有識者会議に参加。
国の政策に先行した、都として独自の取り組みを検討する動きを歓迎すると共に、会議での検討をふまえ、具体的かつ効果的な施策・政策を実際に実行するよう求めてきました。

東京都の有識者会議は、これまで6回が開催され、次回の第7回をもって終了の予定ですが、WWFジャパンとTRAFFICは、会議の中で特に、都が進める取り組みが普及啓発に留まらず、都条例など法的枠組みによって実施されるよう提案をしています。

象牙取引規制に関する有識者会議第5回 資料7 東京都への提案

事業者のおよそ20%が存在することからも、効果的な取り組みの実施と、先行事例として国の対策促進の後押しとなることが期待されます。

象牙問題の解決には、国際的な協調と合意、そして各国内での取り組みの双方が必要です。

WWFはワシントン条約会議での議論の進展を追いつつ、国内政策の改善に向けた取り組みを継続していきます。

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