新刊紹介『気候変動政策をメディア議題に―国際NGOによる広報の戦略』

この記事のポイント
WWFジャパンの気候変動問題の専門ディレクター、小西雅子の新著『気候変動政策をメディア議題に――国際NGOによる広報の戦略』(ミネルヴァ書房)が、2022年3月に刊行されました。国際政治や経済など、多分野で重要度を増す気候変動をめぐる報道は、どう変化してきたのか。またその中でWWFジャパンはどのような広報戦略を主導し、変化を生み出してきたのか。本書はその取り組みを社会科学的研究として結実させた一冊です。
目次

『気候変動政策をメディアの議題に――国際NGOによる広報の戦略――』

『気候変動政策をメディアの議題に――国際NGOによる広報の戦略――』
著者 小西雅子
発行 ミネルヴァ書房
発行日 2022年3月31日
https://www.minervashobo.co.jp/book/b600274.html

革新的な広報戦略はなぜ生まれたのか

本書の著者である、WWFジャパン気候変動グループの専門ディレクター小西雅子は、アナウンサーから気象キャスターを経て、アメリカの大学院に学び、2005年に国際NGOであるWWFの日本事務局であるWWFジャパンに入局しました。

しかし、ここで小西は、NGOの社会的地位がアメリカと日本では大きく異なることに衝撃を受けます。

日本の環境NGOは高い専門性をもつにもかかわらず、社会的な認知度も政策形成に与える影響力も低いままだったからです。

2年後の2007年、インドネシアのバリで開催された、国連の気候変動会議(COP13)に参加した小西は、日本の主要メディアがこの会議の重要な成果を報じない、という事態に遭遇しました。

その背景には、日本のメディアがもつ構造的な問題――記者クラブ制度によって政府からの情報源に依存する体質がありました。

小西は考えます。日本のメディアが気候変動をより正確に報じるようになるためには、メディアが政府の情報だけに頼らないよう、情報源を多様化することが必要だと。

気候変動問題において、メディアは重要な役割を果たしています。

市民はメディアを通して気候変動に関する情報を知り、関心を高め、世論を形成していきます。

また、地方自治から国政、国際政治までさまざまなレベルの政策形成においても、主要メディアの報道は主要な情報源になっているからです。

しかし、この当時、日本のNGOはメディアから情報源として認識されていませんでした。そこで小西は、まったく新しい広報戦略を考案し、実行に移すことにしたのです。

「戦略的背景広報」の誕生

2008年、WWFジャパンは新しい広報活動をスタートさせました。この戦略は、気候変動交渉に関する報道記事の正確度を高め、より多様な視点をもつようになることを目的に、主要メディアの記者が取材能力を向上させるサポートに徹するという手法を採用しました。

そのため、毎月、東京のオフィスで主要メディアの記者を対象にしたメディア向け勉強会「WWFスクール」を開催し、国際交渉の場である国連気候変動会議(COP)の開催中には毎夕、記者ブリーフィングを開催しました。

どちらの活動においても、記者たちの取材能力の向上をめざし、客観的で事実に基づいた研究成果、国際機関からの情報をバランスよく提供していきました。

それは、パフォーマンスやデモのような抗議活動を通して団体の主張を訴えるNGOの伝統的な広報戦略とは異なる、まったく新しい広報戦略でした。

小西たちはスクールが終わるたびに成果を分析して改善するという試行錯誤を重ねながら、新しい広報戦略を軌道に乗せていきます。

その実践を通して、ただ自らの主張を訴えるのではなく、記者の立場に立ち、彼らが必要な多様な情報を、タイムリーなトピックに関連づけて提供するなどの手法が確立しました。それが、「WWF戦略的背景広報」です。

本書で詳述される「WWF戦略的背景広報の5つの方針」は、NGOだけでなく、企業や行政などのあらゆる組織で応用することができます。そのため、学術書でありながら、広報担当者の実用書としても読まれています。

©WWF Japan

小西雅子COP21パリ会議で記者ブリーフィング中

メディアという広報の対象を知る

メディアを活用した広報活動を行うためには、まずメディアのことを知らなければなりません。本書のすぐれたメディア分析は、その期待に応えています。

記者クラブ制度など、メディアを取り巻く日本独特の制度や課題については多くの研究があります。

小西はその成果を踏襲しつつも、先例のない研究を行うため、日本の環境報道の黎明期から活躍した主要メディアの編集委員や論説委員9人にインタビューを行ない、記者たちの動機や関心、情報源や取材手法などを聞き出しました。

豊富なインタビューを通して、自らを成長させるために研鑽を積みながら、理想と現実の葛藤に苦悩し、社内の熾烈な競争を勝ち抜いて環境報道を確立してきた記者たちの個人史が、日本の環境報道の歴史と重なることが明らかになります。

メディアの内部事情、記者個人の関心や信条などに迫ったメディア像はこれまでになく、メディアを対象とした広報業務に携わる担当者で興味を惹かれない人はいないでしょう。

そしてNGOもメディアも変わった

WWFジャパンの戦略的背景広報は、気候変動問題の取材に苦慮していた記者たちに歓迎され、各社の担当記者のほぼ全員がWWFスクールに参加し、COP開催中の記者ブリーフィングにも参加するようになっていきます。

一方、当初は異を唱えていたNGOスタッフは、記者の参加率が高まるにつれて協力的になり、複雑な国際交渉を記者たちにわかりやすく伝える努力をするようになります。

もともと高い専門性をもっていたNGOは、次第にメディアの信頼を獲得していきました。

やがて、COP開催中に政府とNGOの記者ブリーフィングの時間が重なると、記者たちは政府代表団に対して「われわれは政府とNGOの両方のブリーフィングに参加したいから時間を重ねないでほしい」と要請するほど、NGOは重要な取材源とみなされるようになります。

こうして、WWFが戦略的背景広報を開始する前の2007年には、NGOの専門性を評価していなかったメディアは、2011年ごろまでにはNGOの解説と評価に耳を傾けるようになり、NGOスタッフがメディアに登場することが常態化していきます。

記者の能力向上と取材サポートを中心にした戦略的背景広報が、NGOとメディアの双方に変化をもたらし、気候変動に関する報道を変えたのです。

NGOとメディアの相互作用を通して、互いがともに成長し合う過程を描いた本書が、環境NGOやメディアに関心をもつ方々はもちろん、企業や自治体、政府などで広報戦略を担う方々にお役立ていただけることを願っています。

©WWF Japan

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