©Mutai Hashimoto / WWF-Japan

ネイチャーポジティブ・サミット2026 サイドイベント「自然の移行計画の推進とスケール化」開催報告

この記事のポイント
WWFジャパンは、ネイチャーポジティブ・サミット2026のサイドイベントとして「自然の移行計画の推進とスケール化」を開催しました。TNFDによる最新の国際動向の紹介に加え、企業および金融機関による実践事例やパイロットテストの経験を共有し、自然関連課題を経営戦略や移行計画に組み込むための実務的なアプローチや課題について議論しました。
目次

企業・金融機関による自然の移行計画の実践と課題

WWFジャパンは2026年7月15日、熊本で開催された「ネイチャーポジティブ・サミット2026」のサイドイベントとして、「自然の移行計画の推進とスケール化(Enabling and Scaling Nature in Transition Planning)」を開催しました。自然の移行計画をテーマに、国際動向や企業・金融機関の実践事例、今後の課題について議論を行いました。
冒頭ではWWFジャパン事務局長の東梅貞義より、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)が掲げるネイチャーポジティブの実現には、企業と金融機関の双方の変革が不可欠であり、その実践ツールとして自然の移行計画が重要な役割を果たすとのメッセージが示されました。

当日の様子
©Chisato Jono / WWF-Japan

当日の様子

「自然を移行計画へ統合するための国際動向」

基調講演:TNFD事務局 Director of Market Engagement、キャンディス・ドット氏

TNFD事務局のドット氏からは、2025年に公表されたTNFDの「Guidance on nature in transition plans」を中心に、自然の移行計画をめぐる国際動向を紹介しました。
同氏は、自然関連課題への対応を新たな個別テーマとして扱うのではなく、既存の気候移行計画の中へ統合していくことが重要であると強調しました。TNFDのガイダンスは「自然のための独立した移行計画」を求めるものではなく、自然・気候・社会的側面を統合的に考慮した経営戦略への転換を促すものと位置付けられています。

また、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)が掲げる2030年までの自然損失反転という目標の達成に向けて、企業や金融機関による具体的な行動計画の策定が重要になっていると説明しました。さらに、TNFDが実施したパイロットテストには15社が参加し、その経験から「まず自社の自然への依存と影響を理解すること」が移行計画策定の出発点であるとの知見が共有されました。企業にとっては、LEAP評価等を通じて重要課題を特定し、優先順位を明確にすることが重要であると述べました。

「ネイチャーポジティブな世界の実現に向けたブリヂストンのアプローチと移行計画」

(株)ブリヂストン サステナビリティ戦略統括部門 
統括部門長 稲継明宏氏
稲継氏講演資料(PDF形式

ブリヂストンの稲継氏からは、同社の自然・気候を統合したトランジションプランについて説明がありました。
発表では、ブリヂストンがカーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの実現に向けた取組を進めていることや、TNFDを含む国際的なガイダンスやフレームワークに沿って、気候と自然を統合したトランジションプランを策定していることが紹介されました。
同社はタイヤ事業を中核としており、その主要原材料である天然ゴムや、製造工程などに関わる水資源を自然分野における重点テーマとして位置付けています。発表では、同プランの中核となる天然ゴムに関する取組として、小規模農家支援やSBTs for Nature(SBTN)の試行が紹介されました。天然ゴムは同社の事業を支える重要な資源であり、その生産の多くを小規模農家が担っていることから、小規模農家が直面する生産性や生計に関する課題への対応は、持続可能な天然ゴム調達の観点からも重要なテーマであると説明されました。
なかでも、WWFジャパンと協働で進めるインドネシアの天然ゴム小規模農家支援プロジェクトでは、樹液採取技術の研修などを通じて生産性向上と生計改善を図るとともに、森林減少の抑制や生態系保全にも貢献していることが紹介されました。また、アグロフォレストリーの推進などを通じて、生態系保全と農家の生計向上の両立を目指していることも説明されました。
さらに、同プロジェクトを活用したSBTNの試行では、自社の活動が国際的な自然関連の目標や指標設定と整合していることを確認するとともに、地域の状況に応じた土地利用だけでなく、小規模農家の生計向上など、人と自然の双方の視点を考慮することの重要性についても知見が得られたと説明しました。稲継氏は、天然ゴムのサプライチェーンでは自然、気候、社会課題が相互に密接に関係していることから、これらを統合的に捉えることが重要であり、自社の事業と直接関係するテーマから着実に取り組みを進めていく考えを共有しました。

「自然の移行計画に関するMUFGの取り組みとパイロットテストから得られた知見」

(株)三菱UFJフィナンシャル・グループ 経営企画部 サステナビリティ企画室 室長 山口剛史氏
山口氏講演資料(PDF形式

MUFGの山口氏からは、金融機関の立場から自然資本とどのように向き合い、自然の移行計画をどのように捉えているかについて説明がありました。
発表では、MUFGが「自然資本・生物多様性の再生」を優先課題の一つとして位置付けていることが紹介されました。また、金融機関にとって自然との関係は、自らの事業活動だけでなく、顧客の事業活動やサプライチェーンを通じても生じており、顧客の自然への依存や影響がMUFG自身のリスクと機会にもつながることが説明されました。そのため、自然関連リスクの管理対応に加え、金融や非金融サービスの提供を通じて顧客の取組を支援し、新たなビジネス機会の創出をめざしていることが紹介されました。
自然関連のリスクと機会を把握するための取組として、MUFGでは融資ポートフォリオを対象とした分析を実施しています。発表では、業種ごとの自然資本への依存度と影響度を評価したうえで重要セクターを特定し、さらに工場などの立地情報を踏まえたロケーション分析を行うアプローチが紹介されました。また現在は、顧客ごとの拠点レベルで物理的リスクを評価できるよう、分析の高度化も進めているとの説明がありました。
さらに、自然の移行計画に関するパイロットテストへの参加を通じて、自社のアプローチと自然関連トランジションプランニングとの関係を確認するとともに、多様な業種・地域の企業が自然資本にどのように取り組んでいるのかについて理解を深めたことが共有されました。
その中で得られた学びとして、企業ごとに自然との関係性が異なるため、一律のアプローチには限界があり、顧客ごとの状況に応じた対応が必要であることが挙げられました。また、ネイチャーポジティブへの移行経路や進捗を測る単一の指標が存在しないことから、分析だけではなく顧客との継続的な対話が重要であると強調しました。山口氏は、MUFGの役割は顧客を評価・選別することではなく、その取組を理解し必要な支援を提供することであり、顧客の移行が進むことがMUFG自身の移行にもつながるとの考えを共有しました。

「自然の移行計画の普及と今後の展望」

WWFインターナショナル ニコラス・ポーレン
WWFインターナショナル講演資料(PDF形式

WWFインターナショナルのポーレンからは、自然の移行計画を取り巻く国際的な動向と今後の展望について説明がありました。
発表では、TNFDの「Nature in Transition Planning」ガイダンスの公表以降、自然を既存の移行計画に組み込む取組が世界的に広がりつつあることが紹介されました。また、ESRS、ISSB、NGFSなどの国際的な制度や基準においてもトランジションプランへの言及が進んでおり、この分野が急速に発展していることが説明されました。
さらに、ネイチャーポジティブへの移行を実現するためには、企業レベルの移行計画だけでなく、業界・国レベルの移行経路や、地域単位で多様な主体が協働するランドスケープアプローチなど、複数のレベルでの計画が相互に連携することが重要であると指摘しました。企業の移行計画とセクター別・地域別の取組を結び付けることで、より実効性の高い変革につながるとの考えが共有されました。
また、WWFとCDPが実施した調査プロジェクトの成果として、自然を移行計画に組み込む取組の普及に向けては、ガイダンスのさらなる調和や整理、企業の実務能力向上、事例の共有、政策との連携が重要であることが紹介されました。加えて現在、企業、金融機関、ガイダンス策定機関、NGOなどが参加する非公式のワーキンググループにおいて、こうした課題への対応や、自然を移行計画に組み込む取組を支えるネットワークのあり方について検討が進められていることも共有されました。
ポーレンは、自然の移行計画は新たな枠組みを作ることが目的ではなく、既存の取組や知見をつなぎ、企業や金融機関が実践しやすい環境を整えていくことが重要であると強調しました。

パネルディスカッション

①実践企業が語る動機・課題・成功のポイント

パネルディスカッションでは、「なぜ自然の移行計画に取り組んだのか」「策定プロセスで何が課題だったのか」を中心に議論が行われました。
稲継氏からは、社内外のステークホルダーに対して自社の方向性を明確に示すことが導入の大きな動機であったことが紹介されました。また、最初から完璧を目指すのではなく、自社事業との関連性が高いテーマに優先的に取り組む重要性が共有されました。

山口氏からは、自然関連課題に関する顧客企業との対話を進める上で、トランジションプランのフレームワークが共通言語として機能している一方、自然分野では企業ごとの状況が多様であることが紹介されました。分析より丁寧な個別対話が必要になることが課題として挙げられました。

ポーレンからは、多くの企業はゼロから出発するのではなく、すでに実施している自然関連施策や方針を整理・統合することから始められるとの見解が示されました。また、政策や業界ロードマップが完全に整備されるのを待つのではなく、まず着手すること自体が重要であるとのメッセージが共有されました。

②「まず始めること」が共通メッセージ
最後に登壇者から、これから自然の移行計画に取り組む企業への提言が示されました。

山口氏は、「まず自社にとって重要な自然関連課題を特定し、仮説を持って顧客との対話を始め、顧客の取組を理解すること」を推奨しました。

稲継氏は、「事業との関連性が高く、実際にインパクトを生み出せる領域に焦点を当てること」が重要であると強調しました。

ポーレンは、「まずLEAP評価などを通じて自然関連課題を理解することが出発点であり、そのうえで組織内の知識や体制づくりを進めてほしい」と呼びかけました。

登壇者全員に共通していたのは、完璧な答えを待つのではなく、まず自社の現状を把握し、小さくても具体的な行動を始めることが重要であるというメッセージでした。

自然の移行計画は、TNFDの公表以降、国際的な議論や実践が急速に進展している一方で、多くの企業にとってはまだ新しいテーマでもあります。本セッションを通じて、企業や金融機関が自社の自然関連課題を理解し、それを経営戦略や事業計画へ統合していくことの重要性と、そのための具体的なアプローチが共有されました。
また、登壇者からも繰り返し強調されたように、自然の移行計画は最初から完璧な計画を作ることが目的ではありません。まずは自社にとって重要な自然との接点を把握し、既存の取り組みを整理しながら、優先度の高いテーマから着実に行動を進めていくことが重要です。
WWFジャパンはこれまでも、企業のTNFD対応や自然資本評価、サプライチェーンにおける自然関連課題への対応、ランドスケープレベルでの取り組みなどを支援してきました。今後も企業や金融機関による自然の移行計画の策定・実践を今後も積極的に支援し、ネイチャーポジティブの実現に向けた変革を後押ししていきます。

開催概要

ネイチャーポジティブ・サミット2026 サイドイベント
「自然の移行計画の推進とスケール化(Enabling and Scaling Nature in Transition Planning)」
主催:WWFジャパン
開催日時:2026年7月15日(水)14:15~15:15
会場:熊本城ホール 会議室
参加者数:約50名

この記事をシェアする

人と自然が調和して
生きられる未来を目指して

WWFは100カ国以上で活動している
環境保全団体です。

PAGE TOP