SBTi企業ネットゼロ基準の第二版が公開
2026/06/12
- この記事のポイント
- 企業の脱炭素を後押しする国際的スタンダードであるSBTiが、新しい「企業ネットゼロ基準第二版」を公開しました。2021年の第1版発行以降初めての包括的な更新となる今回の新基準は、科学的信頼性と企業の実施可能性のバランスを取りながら、大きな進化を遂げました。新基準の注目点とWWFの評価を解説します。
進化した企業脱炭素の国際スタンダードSBTi
2年にわたる包括的な改定プロセス
企業が科学に基づく温室効果ガス削減目標(SBT : Science Based Targets)を策定することを支援する国際認証機関であるSBTiが、2026年6月11日に新しい「企業ネットゼロ基準」を公開しました。
2024年からスタートしたこの改定の作業は、2回の大々的なパブリック・コンサルテーションや世界中の多数の専門家が参加するワーキンググループにおける議論など、2年にも及ぶ包括的なものでした。
こうしたプロセスを経て策定された新基準は、大きな進化を遂げています。

新基準のポイント
科学的信頼性と実施可能性のバランスを追求
以下のように構成される新基準の中で、特に注目の点は次の通りです。

スコープ1
ドラフトにもあった通り、資産移行という目標設定方法が新たに追加になります。これにより、設備更新のサイクルが必ずしも線形的な削減経路に一致しない企業でも目標設定がしやすくなります。
スコープ2
排出量削減または低炭素電力調達の二つの手法で目標設定が可能です。特に多くの企業から懸念の声が上がっていたスコープ2の時間的マッチングについては、義務ではなく任意となりました。一方で、時間的マッチングに一定程度取り組む企業には、認証プログラムを設けることになっています。供給可能性(deliverability)の要件もありますが、適用には例外も設けられるなど一定の柔軟性が認められました。
スコープ3
削減が難しいとされているスコープ3は、排出量削減や排出強度の削減に加えて、サプライヤーや顧客、販売する製品性能の整合性に関する目標や活動固有等の設定方法が用意されています。選択肢が増えることで企業にとって柔軟性が増しました。
実施ヒエラルキー導入
目標設定・実施の選択肢が増えたことに対応して、「実施ヒエラルキー」を導入することで企業が優先してとるべきアクションについても明確化しました。実施ヒエラルキーでは、直接的なアクション(自社やバリューチェーン内での削減)がまず最優先され、その次にシステムレベルでのアクション(例:送電網や供給エリア、物流ネットワークなどのシステム内部で対策をすること)、そしてセクターレベルでのアクションの順に、対策をとることが求められています。

継続的排出の責任
目標に沿って排出削減を進めつつも、継続的に排出されるGHGに対して、企業は任意で追加的な「貢献」をすることができます。例えば、排出削減や除去、将来的な緩和技術への先行投資、低炭素技術の研究開発、適応、損失と損害への支援など、様々な方法が可能となり、条件を満たせば、SBTiが企業のこうした取組を認証するという新たなプログラムも用意されました。
新基準による目標の認定は、2027年第一四半期からスタートしますが、2027年中は移行期として従来の第1版基準でも目標認定は可能です。2028年第一四半期からは、新基準に完全移行する計画になっています。
WWFの評価
SBTi企業ネットゼロ基準は、引き続き信頼性の高い最高水準の基準
SBTi企業ネットゼロ基準は、従来の「目標設定ツール」から進化を遂げ、バリューチェーン全体における脱炭素の可能性を切り開く新しい手段と柔軟性を備えた、脱炭素実践のためのフレームワークとなったと言えます。
科学に基づき、シンプルであり、そして経済システムに変革をもたらすための投資を引き出すことができる基準を目指してWWFも改定をサポートしてきました。
発表されたSBTi新基準は、科学的信頼性を確保しつつも、企業の現実的な課題にも応えるバランスの取れた内容であり、効果的に排出削減が期待できる気候アクションへの企業投資を加速させる可能性を持つ、企業脱炭素の「ゴールド・スタンダード」、つまり最高水準の基準であると言えます。
改定のプロセスでも、企業、科学者、環境NGOなど様々なステークホルダーを広く巻き込んだ大規模なコンサルテーションを実施し、包摂性を重要視した点も評価ができます。

大きな改善点
新基準の変更点の中でも、WWFでは特に以下の点を評価しています。
(1) 「実施ヒエラルキー」の導入
新基準では、企業が優先的にとるべき対策を階層的に示す、「実施ヒエラルキー」が明記されました。新基準では目標設定の方法や実施方法に柔軟性が追加されましたが、実施ヒエラルキーが示されることで、企業は最も重要でインパクトのあるアクションを優先することがしやすくなります。
(2) 目標設定方法のオプション拡大
企業の事業やバリューチェーンの事情を反映した目標設定が可能となります。これまでより削減のハードルが高いとされてきた、スコープ3やスコープ1についても、企業がとれる戦略が増えたことになります。
(3) バリューチェーンにおけるアクションの柔軟性
市場手法(エネルギー属性証書やコモディティ証書など)の活用により、企業の対策の選択肢により柔軟性を持たせました。こうした市場手法はルールを守りながら活用すれば、グリーン鉄鋼やSAF(持続可能な航空燃料)といった低炭素コモディティや技術の需要を喚起し、市場の拡大を通じたセクターレベルでの変革を促すことができます。
(4) バリューチェーンを超えた貢献
自社目標の達成に加えて、継続的排出への責任の認証プログラムが創設されました。認証プログラムというインセンティブが新たに設定されたことで、これまでよりも企業による気候変動対策と自然保全への投資を促す可能性を持つ仕組みとなりました。
(5) 特にスコープ3に関してはよりシンプルなプロセスが導入されました。ドラフト版では選択肢が増えることで、柔軟性は増しましたが、逆に複雑さも増し、ステークホルダーへの説明が難しいという問題もありました。新基準では可能な限りシンプルにすることで、柔軟性とのバランスがでています。

今後改善が求められる点も
新基準は、従来の基準になかった新しい選択肢や柔軟性を導入しています。しかし、そのためより複雑さが増した一面もあります。
また環境属性証書などの市場手法の役割についても、詳細はまだ明確にはなっていません。
こうした点については、企業が迷うことがなく実施に移れるように、早急に追加的なガイダンスの整備が求められます。

企業の脱炭素アクションを加速できるか鍵
日本企業のリーダーシップを示すチャンス
新しい企業ネットゼロ基準は、科学が求める気候アクションと企業実務の間の溝をつなげるガイダンスとして、企業が脱炭素の取組を加速する可能性を持ちます。
日本はSBT認定を取得・コミットする企業の数で世界1位です。新基準のもと、日本企業の取組が一層進み、世界をリードしていくことが期待されています。



