日本企業気候アクションの現在地
2025/10/08
- この記事のポイント
- 企業の科学に基づく温室効果ガス削減目標の国際的認定であるSBT (Science Based Target)。この認定を取得する日本企業の数は2025年10月には2000社を突破し、5年間で20倍にも増えました。世界を牽引する日本企業のSBT取得状況の現在地ついて、詳しく解説をします。
日本企業のSBT、2000社を突破
企業脱炭素の国際スタンダードSBT
企業の科学に基づく温室効果ガス削減目標の国際的認定であるSBT (Science Based Target)。WWFジャパンでは、これまで企業の気候変動対策の取組状況を示す一つの指標として、SBTの取得状況をモニタリングしてきました。

SBTiにおける企業ネットゼロの考え方(出典:SBTiガイドラインをもとにWWFジャパン翻訳・一部編集)
2015年に取り組みが始まって以降、全世界でSBT認定を取得した企業、または2年以内に取得することを約束(コミット)した企業は急速に増えてきており、2025年1月にはその数は世界全体でついに10000社を超えました。
日本企業の数をみると、2020年時点では100社でしたが、2025年10月には2000社を突破しました。この5年間で20倍に増えたことになります。SBT認定・コミットした企業の数で日本は世界1位になっています。

SBT取得及びコミットをした日本企業の数の経年変化(SBTi公表資料よりWWFジャパン集計)
野心的なネットゼロを掲げる企業
5年~10年先の削減目標を定める中短期SBT認定に加えて、企業としてネットゼロに達する目標年を定める、ネットゼロ基準においてSBT認定を取得する企業も着実に増えてきています。
2025年10月現在で、世界全体ではネットゼロ基準でSBTを取得した企業は2151社、このうち日本企業は91社に上ります。
特に注目なのが、2050年よりも前、特に2040年よりも前をネットゼロ目標年に設定する企業が少しずつ増えてきている点です。多くの企業が2050年ネットゼロ目標を掲げる中、それよりも10年以上前倒しでネットゼロ目標を設定する企業は、先進企業として脱炭素をリードしていくことを示した非常に野心的な企業と言えます。日本においても、2025年10月現在で、13社が2040年度もしくはそれ以前でネットゼロSBT認定を受けています。
企業名 | ネットゼロ目標年 |
---|---|
ソニーグループ株式会社 | 2040年度 |
アサヒグループホールディングス株式会社 | 2040年 |
オリンパス株式会社 | 2040年度 |
株式会社ベルシステム24ホールディングス | 2040年度 |
富士通株式会社 | 2040年度 |
booost technologies株式会社 | 2035年 |
株式会社NTTデータグループ | 2040年度 |
日本電気株式会社 | 2040年度 |
武田薬品工業株式会社 | 2040年度 |
株式会社電通グループ | 2040年 |
東京エレクトロン株式会社 | 2040年度 |
KDDI株式会社 | 2040年度 |
NTT株式会社 | 2040年度 |
世界をリードする日本の中小企業
昨年に引き続き、特に日本の中小企業によるSBT認定取得の伸びが大きく、2024年10月時点で1007社だった日本の中小企業は、2025年10月時点では1590社にまで増えています。
中小企業のSBT認定取得が多いのは日本企業の特徴でもあり、全世界でみると認定・コミット企業に占める中小企業の割合は約42%であるのに対し、日本の場合は約79%が中小企業です。

SBT取得・コミットする企業の大企業・中小企業・金融機関の内訳。日本は中小企業のSBT取得が多いことが特徴となっている。(SBTi公表資料をもとにWWFジャパン作成)
日経平均構成銘柄企業の状況
2024年10月時点で、日経平均構成銘柄企業225社中、51.6%(116社)が認定取得またはコミットをしていましたが、2025年10月時点での増加はわずか1社に留まり、52%(117社)となりました。構成銘柄の変更による影響もありますが、中小企業の大きな伸びと比較すると、日本を代表する大企業のSBT認定取得コミットの伸びは鈍化しています。
また、日経平均構成銘柄企業の半数以上が認定取得・コミットをしているものの、認定取得・コミットをしている企業の業種に偏りが見られます。

日経平均構成銘柄企業225社のうち52%にあたる117社がSBT認定取得・コミット。(SBTi公開資料よりWWFジャパン作成)
関連情報:最新の日経平均構成銘柄企業のSBT取得状況/CDPスコア一覧
プライム市場上場企業をみてみると
東京証券取引所プライム市場に上場している日本企業1612社(2025年10月現在)のうち、約18%の企業がSBT認定取得または2年以内に認定取得することにコミットしていることがわかりました。
SBT取得状況 | 企業数 | 割合 |
---|---|---|
1.5度認定 | 231 | 14.3% |
WB2度認定 | 20 | 1.2% |
2度認定 | 3 | 0.2% |
コミット | 43 | 2.7% |
未取得/コミットなし | 1315 | 81.6% |
プライム上場企業数 | 1612 | 100.0% |
さらに、長期目標に関するネットゼロ基準でSBT認定を取得している企業は59社(約3.7%)でした。
ネットゼロSBT認定 | 企業数 | 割合 |
---|---|---|
ネットゼロSBT認定取得 | 59 | 3.7% |
コミット | 6 | 0.4% |
未取得 | 1547 | 96.0% |
プライム上場企業数 | 1612 | 100.0% |
業種別の傾向は?
日本取引所グループによる17業種別にSBT取得・コミット率を見てみると、「医薬品」(42.4%)が1位に、次いで「電機・精密」(41.7%)が2位、「建設・資材」(40.8%)が3位という結果になりました。40%以上の企業が取得・コミットしている業種はこの3つのみで、4位「自動車・輸送機」(27.5%)、5位「不動産」(18.4%)が続きました。
一方で、取得が遅れる業種は「商社・卸売」(6.6%)、「金融(除く銀行)」(4.0%)、「エネルギー資源」(0%)、「電力・ガス」(0%)、「銀行」(0%)となりました。
業種区分 | 企業数 | 認定コミット数 | 割合 |
---|---|---|---|
医薬品 | 33 | 14 | 42.4% |
電機・精密 | 156 | 65 | 41.7% |
建設・資材 | 125 | 51 | 40.8% |
自動車・輸送機 | 51 | 14 | 27.5% |
不動産 | 49 | 9 | 18.4% |
食品 | 75 | 13 | 17.3% |
素材・化学 | 147 | 30 | 20.4% |
機械 | 112 | 19 | 17.0% |
情報通信・サービスその他 | 367 | 50 | 13.6% |
鉄鋼・非鉄 | 41 | 4 | 9.8% |
運輸・物流 | 55 | 6 | 10.9% |
小売 | 132 | 12 | 9.1% |
商社・卸売 | 122 | 8 | 6.6% |
電力・ガス | 22 | 0 | 0.0% |
金融(除く銀行) | 50 | 2 | 4.0% |
エネルギー資源 | 10 | 0 | 0.0% |
銀行 | 68 | 0 | 0.0% |
調査結果からの示唆
「技術」の国ニッポンを支える企業の頑張り
今回のSBT認定取得・コミット状況を調査して見えてきた点は、医薬品、電機・精密、建設・資材、自動車・輸送機といった技術集約度の高い製造業で、より取組が進んでいる点でした。これは、日経平均構成企業およびプライム上場企業の両調査結果に共通する結果でした。この傾向は、日本で中小企業が大きく伸びていることとも関係しています。SBT認定取得をしている日本の中小企業は、電機・精密、建設・資材、自動車・輸送機といったSBT取得をしている大企業のサプライチェーンを支える企業群が多く含まれているのです。
SBT認定取得企業数で世界2位、3位のイギリス・アメリカと比較すると、これらの国ではITやソフトウェア、プロフェッショナル・サービスといった非製造業の企業がSBTの取得をリードしています。それに比べ、日本は非製造業よりもサプライチェーンの裾野が広い製造業において大企業のSBT取得・コミットが進んだことが、世界と比較しても非常に多くの中小企業にSBTに浸透した要因と考えられます。まさに、バリューチェーンを通じた脱炭素のドミノが日本で現実となっているのです。
高排出・重要セクターの取組の遅れがより鮮明に
電力セクター
一方で、脱炭素社会に移行するために重要な役割を担う電力・ガスセクターや金融・銀行セクター、また高排出な産業群である鉄鋼・非鉄、商社・卸売セクターの取得が伸び悩んでいるのは、これまでと変わりませんでした。
特に電力セクターは、他の産業の脱炭素にも大きな影響を及ぼすため、特に脱炭素化が急がれますが、日本の大手電力会社では野心的な目標設定が進んでいないことは大きな懸念点です。九州電力のみが2023年にSBT認定を取得していましたが、SBTiによると残念なことに現在では同社はSBT認定を取り下げています。
金融セクター
また、投融資先への大きな影響力を持つ金融・銀行セクターのSBT取得が遅れているのも残念な点です。特に大手の銀行では、既存の化石燃料関連事業や多排出セクターへの投融資がSBT取得のボトルネックになっている可能性があります。しかし韓国や香港、台湾は大手の金融機関が多くSBTを取得しており、日本の金融機関もこういった金融機関の取組を参考にSBT取得をすることが期待されます。
一方で、日本の金融機関も、自社の投融資先企業へのエンゲージメントの一つにSBTを活用しているケースも多くあり、SBT普及にポジティブな影響を与えている側面もあります。
総合商社
総合商社は、化石燃料を含め扱うコモディティが非常に多く、バリューチェーン全体での環境へのフットプリントが大きいセクターです。特に化石燃料(オイル・ガス)を多く扱う総合商社の場合、それがSBT取得のボトルネックになっている可能性もあります。
さらに、一部の大手総合商社では、2030年や2035年におけるGHG排出削減目標においてカーボンクレジットや削減貢献量を組み込んでいるケースが散見されています。これは国際スタンダードから大きく逸脱した動きであり、グリーンウォッシュとみなされてしまう懸念があり、早急の軌道修正が求められています。
そのような中、豊田通商がSBT取得しているのは注目に値する点です。扱うコモディティが非常に多く、バリューチェーン全体(スコープ3)での排出削減が難しいとされる総合商社においても、SBTを取得・実行していくことは可能であるということを示すものです。
脱炭素社会の実現を牽引する日本企業
企業の脱炭素アクションは、単に自社の温室効果ガス排出削減をするだけではなく、バリューチェーン全体での取り組みが求められます。日本の大企業がSBT認証・コミットを行うことは、サプライチェーンを通じて業界全体や、海外へも脱炭素のドミノ効果を生み出します。
さらに日本企業のSBT認定取得が増えることは、政策の後押しにもつながります。日本政府が国連に提出したGHG削減目標であるNDCは、IPCCが求める水準を下回る目標となっており、十分に野心的であるとは言えません。しかし、足元ではこれだけの多くの日本企業がSBTを取得し、また一部の企業については2040年以前にネットゼロを達成することを目標とするなど、本気で脱炭素を進めています。政策が停滞する中、いまや企業の野心的な目標が脱炭素社会の実現を進める推進力となっているのです。
本調査に多大なる協力を賜った2024年度インターン生の岩瀬梨紗子さんに感謝申し上げます。