菅義偉新首相へ望むこと


更新日:9/16

自民党の総裁選においては、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による経済の停滞を、いかにして回復させていくかが、最大の焦点となった。一方で、激甚化する気象災害に見舞われる日本として急務であるはずの脱炭素化に真摯に取り組む姿勢を見せる候補はいなかった。早ければ2030年には産業革命前に比べて地球の平均気温が1.5度の上昇に達し、少なくとも洪水に見舞われる人口が現状の2倍になるといった悪影響が見込まれる中、温暖化を含めた環境問題はもはや欠かすことのできない政治的重要課題である。
菅新首相に最も求められることは、コロナ禍からの経済復興時に、単なる「過去の姿を取りもどす復興プラン」ではなく、温暖化対策も含めたサステナブルな社会づくりを目指す復興プラン「グリーン・リカバリー」を目指すことである。
安倍政権は「経済と環境の好循環」を唱えながらも、実質的には「環境は経済の制約」として扱われ、その政権下では環境問題対応は十分には進展しなかった。今やESG投資が世界を席巻する時代、菅新首相は、掛け声倒れで終わった安倍前首相の「環境は経済のコストではなく、競争力の源泉」をまさに実践していくことが求められている。
WWFジャパンは、新首相に、以下の5点を強く求める。

1.脱炭素化を含む環境問題を新政権の最重要課題の一つとして位置づけ、経済復興策と明確に連動させること

日本がこれまで打ち出してきた新型コロナからの経済復興策には、環境と連動させた政策はほとんど見られない。欧州連合やドイツ、フランス、イギリス、カナダなど世界の先進国は、コロナ禍からの経済刺激策の中で、企業の救済に気候変動に関する情報の開示を求めるなど、グリーン・リカバリーを具体的な施策として打ち出している。脱炭素化は今や巨大な経済成長策である。240兆円規模の大規模な経済刺激策が動くこの機会は、日本企業が乗り遅れてしまっている脱炭素社会へ移行する最大の機会である。

2.温暖化対策を含む環境問題を、日本企業の国際競争力の源泉として明確に捉え、脱炭素・循環型社会への移行につながる施策へ誘導すること

日本は過去の高度経済成長期の成功神話にとらわれたまま数十年来てしまった。高度成長を支えた重厚長大産業は、今やGDPの10%にすぎないにもかかわらず、いまだ産業界全体の代表として脱炭素化への施策の導入や変化を阻み、日本経済全体が停滞している。新型コロナウイルスによって有無を言わさず、遅れていたデジタル化や、ステークホルダー重視型の企業経営へ移行しつつある今こそ、環境を経済の制約と捉える呪縛から解き放ち、日本企業の国際競争力の源泉として位置づけるべきである。停滞気味の国の政策とは対照的に、企業はパリ協定と整合した意欲的な取り組みを進めている。ESG投資が主流化する中で、日本企業の生き残り策としても、環境を重視した経営へ移行するように、政府の方向性を明確に示すことで予見性を与え、誘導する政策を打ち出すべきである。

3. 経済(エネルギー選択を伴う)と環境問題とを一体化して議論し、施策化できる体制を構築すること

日本において脱炭素化が進まない最大の理由は、強大な権力を持つ経産省が、エネルギーを管轄し、そのあとで環境省が環境施策を立案せざるを得ないという構造的な問題にある。温室効果ガスの9割以上がエネルギー起源である日本においては、エネルギー選択を伴う経済と脱炭素化を同時に検討できる体制を整えねば、脱炭素化へ向かう世界経済の覇者になることは到底望めない。
そのため、経済(エネルギー選択を伴う)と環境問題とを一体化して議論し、施策化できる体制を構築することが肝心である。そのためには、リーダーたる首相が脱炭素化への方針を明確に打ち出した上で、議論の場を設定したり、省庁における検討体制を再編したりする必要がある。

4.脱炭素化へ向かうための温暖化対策の基本法を制定し、具体的な計画を実施する体制を構築すること

パリ協定を実施するための強力な政策の根拠となる法律が日本にはまだない。依然として、京都議定書時代の古い「地球温暖化対策の推進に関する法律(温対法)」を、必要最小限の改正とともに据え置いている状態である。脱炭素化を明記したパリ協定に温対法の改正で場当たり的に対応している状態を速やかに解消し、温暖化対策に関する基本法を制定し、日本の温暖化対策に法的根拠を与えるべきである。
具体的には、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」を発展させ、緩和に関する法律として位置づけ、さらに適応法を包含して、地球温暖化対策に関する基本法として制定するべきである。その中には下記のような明確な長期目標やそれにつながる中短期の数値目標を明示することとし、それらに沿って実施計画を立てる体制を構築することが必要である。

基本法に内包するべき内容例
①温室効果ガス「2050年実質ゼロ」の長期目標の明記
②温室効果ガス2030年国別目標を引き上げ、明記
③温室効果ガス削減目標と整合的なエネルギー見通しの数値
④排出量取引制度などの有効な政策の導入
⑤3~5年などの定期的な見直しを含めた実施計画の策定、炭素予算の配分

5.パリ協定の実施に関する国際協力に貢献すること
 
パリ協定は世界ほぼすべての国が参加して今世紀なるべく早い脱炭素化を目指す国際条約であるが、その実効性は各国の実施にかかっている。日本はこれまでの消極的な姿勢を改め、パリ協定の実施に向け国際的に貢献していくべきである。そのためにはまず2021年末のCOP26に向けて、日本自身の取り組み強化が欠かせない。すみやかに現状の不十分な2030年の26%削減目標(2013年比)を引き上げ、パリ協定に早期に再提出するべきである。さらに2050年実質ゼロの目標を国内で明確にし、パリ協定へ長期戦略も出し直すべきである。自らの取り組み強化をもって、各国の削減目標引き上げ機運を高め、パリ協定の有効な実施に向けて世界をリードするべきである。また、こうした明確な脱炭素化のビジョンを世界に向けて示すことが、ひいては国内のあらゆるステークホルダーが安心して温暖化対策を進めるための強力な後押しへとつながる。

安倍政権下では、2020年の削減目標は1990年の基準年に比べて減少どころか、増加させる目標としたほど、環境問題は後回しにされてきた。これらは日本の産業にとっても、市民にとっても国民生活に大きく関わる問題であるにも関わらず、その決定にステークホルダーが意味ある形で関わる機会も設けられなかった。新政権下では、国民がその決定に参加できる透明なプロセスを確保するべきである。
欧州は、グリーン・ディールの下で脱炭素化に沿った金融・ビジネスの方向性を明示することで、したたかに主導権を握ろうとしている。ESG投資の潮流が世界的に強まる中、日本が産業競争力を維持・向上していくためには、環境重視の政策が欠かせない。2020年、パリ協定の実施年に入った今誕生する新政権は、日本の産業が将来的に国際競争力をもつためにこそ、「環境を成長の源泉」として捉えた政権運営をしていくべきである。

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