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水素等・CCSの役割と限界

この記事のポイント
日本政府は現在、水素・アンモニアやCCSなどの新技術を開発・活用し、電力を含めたエネルギー利用からの二酸化炭素の排出を減らすことを目指しています。しかし、それらは本来、排出削減が困難な分野(製造業・運輸業等)に限定して用いられるべきです。電力の脱炭素化には再エネの導入拡大こそが最優先です。本記事では、水素・アンモニア、CCSの抱える課題やそれらの社会実装を推進する法案の改善点、再エネの導入拡大に向けて必要な政策を解説します。
目次

1.再生可能エネルギー以外でエネルギーを脱炭素化?

政府が注目する水素・アンモニアやCCS

温室効果ガス(GHG)排出量の削減に向けた努力が世界中で続くなか、日本も削減目標を掲げて取り組んでいます。

日本では、GHG排出量全体のうち、電力や燃料などのエネルギー利用からの二酸化炭素(CO2)の排出が約85% (*1)を占めるため、排出削減には、省エネの推進や、太陽光や風力といった再生可能エネルギー(以下、再エネ)導入が重要です。

政府もそれらをある程度推進していますが、加えて、再エネ以外のさまざまな新しい燃料・技術を活用しようとしています。

その代表格が、燃やしてもCO2を排出しないとされる「水素・アンモニア」と、排出されたCO2を回収して地中などに封じ込める「CCS(Carbon dioxide Capture and Storage:二酸化炭素回収・貯留)」です。

政府は、これらの製鉄所や火力発電所などでの活用を推進して、エネルギーの脱炭素化を目指そうとしています。

水素・アンモニアやCCSの活用を目指す法案

この動きをより加速させるべく、政府は2024年1月から開かれている国会に2つの法案を提出しました。

1つ目が「水素社会推進法案」で、再エネで作ったグリーン水素に限らない形で「低炭素水素等」を定義づけ、その普及拡大に向けた価格支援などを行なうための枠組みを定めるものです。

もう1つが「CCS事業法案」であり、CCSを実施するために必要な許可制度・規制を定めるものです。

衆議院では2024年4月9日にこれらの法案が可決され、参議院で議論が進められています。

政府や一部の事業者は、火力発電所で水素・アンモニアを燃やすことでCO2を出さない「ゼロエミッション火力」を実現すると標榜しています。
©Rob Webster / WWF

政府や一部の事業者は、火力発電所で水素・アンモニアを燃やすことでCO2を出さない「ゼロエミッション火力」を実現すると標榜しています。

2.水素・アンモニアとCCSは分野を限って使うべき

このように政府は、水素・アンモニアやCCSの活用に邁進していますが、これらの技術を“分野を選ばず大規模に活用する”ことは、エネルギーの脱炭素化を目指す上で問題を孕んでいます。

例えば、素材系製造業や運輸といった排出削減が難しい産業では、それらを用いた削減方法を模索し、導入していく余地はあります。

しかし、これはあくまでも、既存の削減技術が乏しい分野に限った話。

逆に、再エネという確立した技術が存在する電力部門の場合、水素・アンモニアやCCSを活用することは、次の「3つの理由」から妥当ではありません。

  1. 排出削減効果が乏しく不確実性がある
  2. 経済性が乏しい
  3. 自然環境や人体への悪影響が懸念される

理由1:排出削減効果が乏しく不確実性がある

国連に設置された専門機関「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)によると、今世紀末までに世界の気温上昇を1.5度に抑えるために世界全体で許されるCO2の累積排出量は500 Gt とされています(*2)。

他方で、既存の火力発電所等から排出されるCO2は耐用年数が終わるまでに660 Gt、計画中のものを含めると850 Gt に達すると推定されており(*3)、火力発電の排出量だけでさえ、前述の累積排出量を超えてしまいます。

上記を踏まえれば、化石燃料を燃焼して発電する火力発電所を使い続ける余地はなく、可能な限り早期に化石燃料の使用をやめていく必要があります。

現に、2023年11月から12月にかけて開催されたCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)でも、化石燃料からの転換を加速させていくことが国際的に合意されました。

日本でも、エネルギー利用から生じるCO2排出量のうち、発電に伴うものが半分以上。これを抑えていくためには、今ある再エネ技術を駆使して、2030年に向けて電力の脱炭素化を早急に進める必要があるのです。

他方、水素やアンモニアの燃焼技術やCCS技術は開発途上です。2030年までに大規模に商業利用する目処は立っていません。

将来これら技術で削減するからといって既存の化石燃料・火力発電所を温存し使い続けると、2030年まではおろか、それ以降も大量のCO2を排出し続けてしまうことになります。

なお一部では、火力発電所において水素・アンモニアを混ぜて燃やすことで、CO2排出を減らそうとする取り組み(混焼)もあります。

しかし、それらの水素やアンモニアは現状、化石燃料から作られており、実際には排出削減につながりません(*4)。将来的には再エネから作ることも検討されていますが、今は違うのです。

例えば、石炭火力発電にアンモニアを20%混ぜる方法では、2030年に先進国の電力部門が満たすべき排出水準の5倍排出されるという試算があります(*5)。

また、CCSはそもそも、貯留に適した場所が日本には乏しい可能性も指摘されています。

現状で日本にあると推定されている貯蔵可能量のうち、4分の3以上は適性がまだ確認されていません(*6)。更に、日本は地震も多く、漏洩なく貯留し続けられるかは慎重な吟味が必要です。適地が限られているのであれば、代替技術がある火力発電からの排出分は貯留せず、排出削減が困難な部門を優先するべきではないでしょうか。

世界の気温上昇を1.5度に抑えるために、責任と能力を有する先進国として日本も、野心的な排出削減が求められます。
© Richard Barrett / WWF-UK

世界の気温上昇を1.5度に抑えるために、責任と能力を有する先進国として日本も、野心的な排出削減が求められます。

理由2:経済性が乏しい

CO2の排出削減を進めていく上では、限られた資金を効率的に用いていくことも求められます。この観点でも、再エネに軍配があがります。

2030年時点でCO2を1t削減するのに必要な金額を比較した分析には、アンモニアを石炭火力に20%混ぜる場合、150~250ドル(22,500~37,500円)になると試算するものもあります (*7)。

また、石炭火発からの排出を減らす選択肢の中ではCCSが経済性を持つものの、それでも石炭火発そのものを廃止して再エネ、特に太陽光を導入する方がその2~3倍は経済優位性があるとしています。

このように高くつく取り組みに、政府は多額の予算をつけようとしています。

実際、水素・アンモニア等の値段を下げる補助金として、今後22年の長きにわたり4,570億円の支出を想定しています(*8)。CCSにも、2024年度予算のみで少なくとも100億円近くが計上されています(*9)。更には、火力発電所でのアンモニアやCCS活用に向けた技術開発に166億円が計上されている(*10)点は大きな問題です。

官民問わず、資金の流れを排出削減効果の確実な再エネ・省エネに振り向けることが重要です。
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官民問わず、資金の流れを排出削減効果の確実な再エネ・省エネに振り向けることが重要です。

理由3:自然環境や人体への悪影響が懸念される

アンモニアやCCSは、温暖化以外の観点からも自然環境や健康に悪影響を及ぼす可能性があります。

アンモニアは眼や皮膚への有害性、アレルギーのほか、水生生物に対しても非常に強い毒性があるため、慎重な管理と取り扱いを要します(*11)。

石炭火力で用いる場合、呼吸器系疾患を引き起こすPM2.5等が、20%の混焼で67%増加、50%の混焼で167%増加するとの報告もあります(*12)。漏洩時の大きな被害なども懸念され、万全の管理体制が必要です。

また、CCSについて、日本では、まだ未知数である海底下の地中貯留も多く想定されています(*13)。他方、海洋生態系は微妙なバランスの上に成り立っており、CO2が漏れた場合のリスクが短期・長期の両方で懸念されます。そのため、慎重なアセスメントが求められるとともに、仮に実施する場合には継続的・長期的なモニタリングが欠かせません。

万が一CCSを海域で実施する場合には、海洋の環境や生態系を損なうことがあってはなりません。
© Cat Holloway / WWF

万が一CCSを海域で実施する場合には、海洋の環境や生態系を損なうことがあってはなりません。

3.再エネ・省エネ・電化を進めることが本筋

以上のような問題から、エネルギー、特に電力の脱炭素化では、水素・アンモニアやCCSの役割は限定的であるべきです。

既に確立した技術でコストも安い再エネ・省エネをまずは最大限導入していく。また、再エネを活用しやすいように電化も並行して進めつつ、なお余剰電力が生じれば、再エネ由来のグリーン水素を作って一部の製造部門や運輸部門などで利用する。CCSについては、真に脱炭素の難しい部門に限定して最小限の活用に留める。こうした優先順位づけが必要です。

例えば建築物の屋根に太陽光パネルを載せるなど、電力の脱炭素化のために今できることは数多くあるはずです。
© WWF-US / Paul Fetters

例えば建築物の屋根に太陽光パネルを載せるなど、電力の脱炭素化のために今できることは数多くあるはずです。

水素社会推進法案・CCS事業法案は改善が必要

上記の問題点や優先順位に鑑みると、国会で議論が進む水素社会推進法案・CCS事業法案は、例えば次のように改善されるべきです。

■水素社会推進法案
 ・支援対象を再エネ由来のグリーン水素に限ること
 ・基本方針や計画の認定基準の項目として、水素・アンモニアを利用する事業分野を限定して挙げ、火力発電への水素・アンモニア混焼事業は支援対象から除外すること

■CCS事業法案
 ・CCS事業の許可制度では、CCSを実施しなければ排出削減が極めて困難なことを客観的データに基づき申請事業者に証明させる等、最小限の分野での利用に留めること:このとき、電力部門は原則除外すること。
 ・海洋以外の場合にも環境大臣の事前同意を必要とすること:その際には区域指定や計画策定の段階から環境アセスメントを必須とし、影響が大きい場合には事業を予め中止できるようにすること
 ・事業者のみならず、事業者から独立した第三者機関により、継続的かつ長期的なモニタリングを実施すること

再エネ・省エネ導入を加速させるための政策を

以上に加えて政策の改善も必要です。
2024年度中にはエネルギー政策の根幹をなす「エネルギー基本計画」が改定されます。その中で、再エネ・省エネの最大限導入へ方向性を明示することが必要です。

具体的にはまず、世界全体で2030年までにGHG排出量を43%減、2035年までに60%減(いずれも2019年比)というIPCCの示す水準を上回る形で、GHGの排出削減が目指されるべきです。

そのためにも、COP28での国際的な合意に基づいて、再エネ導入量を可能な限り早期に3倍にすること、同時に全ての石炭火力発電所は2030年までに廃止することが求められます。

更に、そうしたエネルギーの構成を実現するための具体策として、GHG排出に金銭的負担を課すカーボンプライシングや、建築物への太陽光パネル設置義務化などの政策が盛り込まれる必要もあるでしょう。

今、日本では、水素やアンモニア、そしてCCSは、新しいエネルギー社会の象徴であるかのように脚光を浴びています。しかし、それは脱炭素、すなわち気候変動の影響を食い止めることのできる、万能の手立てではありません。

実際に異常気象などをおさえ、パリ協定の1.5度目標を達成していくためには、再エネ・省エネ・電化を中心に据えたエネルギー政策の改善こそが必要なのです。

(*1) 国立環境研究所温室効果ガスインベントリオフィスのデータ(日本の温室効果ガス排出量データ(1990~2021年度)確報値)
(*2) IPCC 第6次評価報告書 統合報告書 B.5.2
(*3) IPCC 第6次評価報告書 第三作業部会報告書 B.7.1
(*4) 例えば、気候ネットワーク(2021)『水素・アンモニア発電の課題:化石燃料採掘を拡大させ、石炭・LNG火力を温存させる選択肢』
(*5) TransitionZero (2022). “Coal-de-sac: The role of advanced coal technologies in decarbonising Japan’s electricity sector”, p. 8
(*6) Oil and Gas Climate Initiative (2022). “CO2 Storage Resource Catalogue Cycle 3 Report Appendix B: Asia”, p. 28
(*7) 前掲4, pp. 54-55
(*8) 経済産業省(2024), 「令和6年度予算の事業概要(PR資料:GX推進対策費)」, p. 7
(*9) 経済産業省(2024), 「令和6年度予算の事業概要(PR資料:エネルギー対策特別会計)」, pp. 126-127
(*10) 前掲9, p. 124
(*11) 製品評価技術基盤機構 GHS総合情報提供サイト
(*12) CREA (2023). “Air quality implications of coal-ammonia co-firing”, pp. 8-9
(*13) 資源エネルギー庁(2022)「CCSの事業化に向けた今後の論点整理」(第1回 CCS長期ロードマップ検討会 資料4), p. 11

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