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2022年7月「レッドリスト」更新 チョウザメの危機が深刻に

この記事のポイント
2022年7月21日、IUCN(国際自然保護連合)は、絶滅のおそれのある世界の野生生物のリスト「レッドリスト」の最新版を発表しました。今回のリストの更新で、絶滅の恐れが高いとされる絶滅危機種に選定された野生生物の種数は4万1,459種。また、アジアと北米大陸の大河川の流域や沿岸域に生息する、大型の魚類チョウザメ類の深刻な危機が、あらためて明らかにされました。
目次

2種が野生絶滅 チョウザメに迫る危機

2022年7月21日に更新された「レッドリスト」では、合計27種のチョウザメ類、およびヘラチョウザメ類の3分の2が、深刻な絶滅の危機にあり、すでに2種については野生の個体が絶滅したことが明らかにされました。

野生絶滅が確認されたのは、いずれも中国の長江に生息する固有種のヨウスコウチョウザメ(Acipenser dabryanus)およびハシナガチョウザメ(Psephurus gladius)の2種です。

また、中央アジアやヨーロッパでも、ドナウ川をはじめ黒海やカスピ海、アラル海に注ぐ大河川の流域で、減少や地域的な絶滅が確認されています。

ドナウ川河口で漁獲されるチョウザメ。ヨーロッパでは古くから、チョウザメ類は重要な水産資源とされ、漁獲されてきた。
© Tudor Ionescu

ドナウ川河口で漁獲されるチョウザメ。ヨーロッパでは古くから、チョウザメ類は重要な水産資源とされ、漁獲されてきた。

ヨーロッパでは、生息が確認されていた8種のチョウザメ類のうち、7種がレッドリストの「CR:近絶滅種」、すなわち最も絶滅危機の高いランクに選定され、残り1種も、前回より危機レベルの高い「EN:絶滅危惧種」に選定されました。

中央アジアでも、かつて内水面として世界第4位の規模を持っていたアラル海が、過去半世紀の間続いた、灌漑農業を目的とした過剰な水資源の利用などにより、海の面積の8割が消滅。

海域に生息していたチョウザメの個体群は全て姿を消し、アラル海に注ぐ河川に生息する3種のチョウザメも、絶滅寸前の危機にあります。

危機の原因は「キャビア」そして「流域管理の失敗」

チョウザメはもともと、その卵が高級食材の「キャビア」として、高値で取引されることから、地域によっては100年以上にわたり乱獲が続けられてきました。

また、個体数の著しい減少に伴い、各国がチョウザメの漁獲を禁止し、国際取引が規制されるようになってからも、密漁や密輸(違法取引)が横行。

「レッドリスト」でも長年にわたり、その問題がもたらす危機が指摘されてきました。

さらに今回、チョウザメ類の絶滅と、絶滅寸前の危機に追い込む大きな要因として強調されているのは、流域管理の失敗、です。

大型魚類で海や河川を回遊するチョウザメは、時に川を1,000キロにもわたって遡上し、産卵します。そして、生まれた卵や、孵った稚魚も、その流れを下りながら成長し、次の世代を育みます。

つまり、チョウザメという魚は、沿岸域やそれにつながる河川、湖沼などの流域の自然が、つながった形で維持されていなければ、生きていくことができません。

しかし、近年は灌漑農業や工業、ダム開発などをはじめとする、さまざまな形での水資源の利用が各国で拡大。水量が減少・枯渇し、流域の各地が分断される事態が生じてきました。

IUCNのチョウザメ類専門家グループで共同議長をつとめるアルネ・ルードヴィッヒ氏は、現在のチョウザメの危機の原因は、多年にわたる流域管理の失敗がある、と指摘します。

「チョウザメの保護が失敗している事実は、各国政府が自国の河川を持続可能な形で管理できていないこと、そして、この大河川を象徴する魚を保護し、地球規模の自然の喪失に歯止めをかける、という公約に背を向けていることを示すものです。
そのためにチョウザメ類は、世界で最も絶滅の危機に瀕している生物種のグループになってしまいました」

ドナウ川流域で行なわれているホシチョウザメの調査活動。長距離を回遊するチョウザメ類の行動調査は、この魚を保全する上で欠かせない。
© WWF Bulgaria

ドナウ川流域で行なわれているホシチョウザメの調査活動。長距離を回遊するチョウザメ類の行動調査は、この魚を保全する上で欠かせない。

ヨーロッパの保全政策も奏功せず

保全策が十分に機能しなかった事例は、今回ヨーロッパでも新たに認められました。

黒海、カスピ海とその流入河川に生息するフナチョウザメ(Acipenser nudiventris)が、ドナウ川の中流域で絶滅し、EU圏内から姿を消したのです。

EUではこれまで、チョウザメ類の減少を受け、ベルン条約(欧州の野生生物及び自然生息地の保全に関する条約)や、それに基づくチョウザメ保全のための行動計画などに基づき、保全に意欲的な姿勢を見せてきました。

しかし、チョウザメをめぐる状態は、大陸全体としてみても、悪化の一途をたどり続けており、フナチョウザメのみならず他の種についても、減少や地域的な絶滅が相次いでいます。

また、フナチョウザメはEUの生息地指令の保護対象種とされていましたが、この対象種となる野生動物が、EU圏内で絶滅した例は、過去に鳥類1種、哺乳類1亜種のみで、今回の絶滅が、それに続く3つ目の事例となりました。

WWFでチョウザメ国際担当チームを率いるベート・ストリーベル・グライターは、EUで生き残っている他のチョウザメ類を保全するためには、チョウザメが上流から下流を自由に移動できるようにする措置を含めた、全欧州での行動計画が緊急に必要だ、と指摘。

その上で、「ヨーロッパ各国政府やEU機関が、河川の連結性を回復し、主要河川のチョウザメ生息地を保護・復元するために今すぐ行動を起こさなければ、より多くのチョウザメ類が、絶滅することになる」と警鐘を鳴らしました。

絶滅寸前の危機にあるヨーロッパチョウザメ(Acipenser sturio)。かつてはヨーロッパ沿岸のほぼすべての海域に広く分布していたが、現在はフランスのガロンヌ川流域でしか、生息が確認されていない。
© WWF / Hartmut Jungius

絶滅寸前の危機にあるヨーロッパチョウザメ(Acipenser sturio)。かつてはヨーロッパ沿岸のほぼすべての海域に広く分布していたが、現在はフランスのガロンヌ川流域でしか、生息が確認されていない。

「流域」の保全とチョウザメの未来

危機的な状況の中、今回のレッドリストの更改に際しては、わずかながらもチョウザメにとって朗報ともいえる情報も明らかにされました。

ジョージアではリオニ川で近年、フナチョウザメの生息が確認されるようになったことを受け、同国ではリオニ川とこの川が注ぐ黒海の沿岸で、チョウザメの保護区を拡大。EU側では姿を消してしまったこのチョウザメを保全する、新たな一歩を踏み出しました。

また、イタリアでも、地中海東部のアドリア海沿岸とその流入河川に分布し、すでに絶滅したのではないかともいわれていたアドリアチョウザメ(Acipenser naccarii)が、30年ぶりに確認されたほか、中央アジアのウズベキスタンのアムダリア川流域でも、1996年以降記録のなかった、アムダリアチョウザメ(Pseudoscaphirhynchus kaufmanni)が、2020年に再確認されました。

北米大陸では、長期的な保護活動が継続されており、フレーザー川ではシロチョウザメ(Acipenser transmontanus)をはじめとするチョウザメの個体数が安定・微増している、との報告もあります。

これらのチョウザメの生息に関する情報は、保護活動の成果だけでなく、偶発的な生存の確認によるものですが、それでも、保全活動の強化によって、その回復に期待が持てることを示すものでもあります。

チョウザメの未来を守るためには、さまざまな産業での水利用や、開発の在り方を早急に見直し、国境を越えて流れる大河川の「流域」を、一つのつながった自然として捉え、保全していくことが必要です。

WWFはそのため、IUCN、WSCS(World Sturgeon Conservation Society:世界チョウザメ保全協会)、さらには水利用とその責任について、先進的な取り組みを志向する企業と協力し、科学的研究や、流域での環境意識の向上を含む、保全プロジェクト推進に尽力しています。

「チョウザメの個体数が回復し、健全な川と地域社会が存在する未来を築くか。これまでの誤った政策に固執して、チョウザメのいない死にゆく流域の未来を作るか。私たちにはこの2つの選択肢があります」(WWFチョウザメ国際担当リーダー:ストリーベル・グライター)。

ドナウ川で行なわれている、ロシアチョウザメの放流事業。しかし、こうした取り組みだけでは、一時的に個体数が回復するとしても、保全できたことにはならない。チョウザメ類がこの先も永続的に自然の中で生きられるかどうかは、水の流れのつながり、「流域」の環境を守れるかどうかにかかっている。
© WWF-Bulgaria

ドナウ川で行なわれている、ロシアチョウザメの放流事業。しかし、こうした取り組みだけでは、一時的に個体数が回復するとしても、保全できたことにはならない。チョウザメ類がこの先も永続的に自然の中で生きられるかどうかは、水の流れのつながり、「流域」の環境を守れるかどうかにかかっている。

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