国連1.5度オーバーシュート報告書
2026/10/02
- この記事のポイント
- 世界の平均気温は、産業革命以前と比べて、既に1.4度上昇し、数年以内に、パリ協定の目標である1.5度を超えてしまうことがほぼ不可避となる中、国連環境計画(UNEP)は2026年9月「オーバーシュート報告書」を発表しました。オーバーシュートとはなにか、どのようなリスクがあり、どのように対策をしなければいけないのか。本記事では、報告書の一部を紹介します。
1.5度を超える世界をどう乗り越えるか、国連の新たな報告書
2026年9月2日、国連環境計画(UNEP)は新しい報告書、「オーバーシュートを抑制する:1.5℃超過への対応と、そこから戻るための道筋(※1)」を発表しました。
世界の平均気温は、産業革命以前と比べて、既に1.4度上昇したと言われています。数年以内に、パリ協定の目標である1.5度を超えてしまうことがほぼ不可避となる中、新たに発表されたこの報告書は、「オーバーシュート」を最小限に抑えるための緩和策や1.5度を超える世界におけるリスクや影響、そしてそれらへの適応策などを報告しています。
※1仮訳。原題はLimiting Overshoot : Navigating exceedance of 1.5°C and pathways towards return
https://www.unep.org/resources/limiting-overshoot-navigating-exceedance

オーバーシュートとは
現在、国際社会は、世界の平均気温の上昇を、産業革命以前と比べて1.5度以内に抑えることを目標としています。
もともと2015年に採択されたパリ協定では、気温上昇を2度より十分に低く抑えるとともに、1.5度に抑える努力を継続することが目標とされていましたが、2018年に国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が公表した特別報告書では、1.5度と2度の上昇では気候変動の影響が大きく異なることが示され、目標強化の必要性が叫ばれるようになりました。
参考:IPCC1.5度報告書発表:気温上昇1.5度における影響と達成の道筋
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/3750.html
こうした動きをうけ、2021年イギリス・グラスゴーで開催された国連会議COP26で世界の気候変動対策の基準を、事実上、1.5度目標にシフトすることが合意されました。
参考:COP26閉幕!「グラスゴー気候合意」採択とパリ協定のルールブックが完成
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/4747.html
こうした国際目標のもと、各国政府や自治体、企業、学術界、市民など様々な主体は気候変動対策のための努力を加速してきました。しかし、現状では仮に各国の国際約束がすべて守られる最も楽観的なシナリオですら、気温上昇は1.8度まで上がるという厳しい予測がされています。

2024年には初めて世界の平均気温が、単年で1.5度を超えました。パリ協定の目標は、単年ではなく数十年単位の長期平均で評価されるため、この時点ではまだ、パリ協定の目標の1.5度を超過したとは言えませんが、それが間近に迫っていることは間違いありません。
一方で、自然の力や技術的な方法を活用することで大気中の二酸化炭素を除去すれば、一度上がってしまった平均気温を下げることは不可能ではありません。このような炭素除去等を活用することで、1.5度を一時的に超過したのちに、また1.5度以下まで戻ってくる経路のことを気候科学の世界では「オーバーシュート」と言います。
オーバーシュート(Overshoot)の意味
英語でオーバーシュート(Overshoot)という言葉は、一般的には「ある限界や目標を突破すること」といった意図で使われます。
しかし、気候科学の文脈では、オーバーシュートという言葉は、特定目標気温を超過する1時点のことを示すというよりは、「いったん特定の気温目標を超過した後に、一定期間を経て再びその目標以下に戻る経路」を意味する言葉として用いられてきました。
UNEP報告書では、用語の意味を明確にするため「オーバーシュート・ピーク・下降経路(Overshoot Peak and decline pathway)」とも呼んでいます。この経路は4つの段階に分けられます。
①超過(Exceedance): 平均気温が上昇し1.5度を超える段階
②ピーク(Peak/Plateauing stage):平均気温が頭打ちとなり、横ばいとなる段階
③下降(Decline):ピークに達したのち、平均気温が低下する段階
④安定化(Stabilization stage):再び平均気温が1.5度以下となり、安定する段階
それぞれの段階では、気候変動の影響や、緩和策、適応策に求められる役割や課題が異なると指摘されています。

1.5度を超過することは「ゲームオーバー」ではない
世界の平均気温は既に1.4度程度上昇しているとされています。また過去の平均気温をみると、これまで10年ごとに約0.25度の上昇が観測されています。さらに、2026年以降残された炭素予算(平均気温の上昇を1.5度以内に抑えられる、排出可能な温室効果ガス(GHG)の量)は約130ギガトンCO2程度しかなく、数年以内に1.5度を超過してしまうのは、ほぼ避けることができないと言われています。
しかし、1.5度を超過することを、パリ協定の失敗と捉え、気候変動対策を放棄することがあってはなりません。1.5度目標を諦めるのではなく、オーバーシュート経路のピーク気温を少しでも低く、そして少しでも早く1.5度以下の水準に戻ってくることができるかが、これからの勝負となります。そのためには、より一層、温室効果ガスの大幅な削減(緩和策)と気候変動の影響への準備(適応策)を進めていく必要があるのです。
1.5度を超えた世界のリスク
1.5度を超過することは「ゲームオーバー」ではありませんが、同時に危険な領域に突入することも紛れもない事実です。1.5度の超過が目前に迫る中、IPCCによる報告書で評価されていた影響は既に世界中で顕在化しています。
生態系への影響
1.5度を超えると生物多様性への影響は急激に現れる懸念があります。これは長期的な気候変化に加えて、極端な現象(森林火災、洪水、干ばつ等)が起きることによって引き起こされます。また一部の生態系はわずかな気温上昇にも非常に弱く、いったん失われると、気温が後で下がっても元に戻らない可能性が高いとされています。

2017年にスマトラ島で発見されたタパヌリ・オランウータンは野生個体数が800頭未満で、世界で最も個体数の少ない大型類人猿とされています。2025年11月、極端豪雨により生息地で大規模な地滑りが発生。樹上生のオランウータンが逃げる余地はほぼなく、ここに生息していた個体群の約11%(推定58頭)が地滑りに巻き込まれた可能性があるとされています。単一の極端気象イベントが種の絶滅のリスクを一気に上げてしまうことを定量的に示した事例。写真は同じスマトラ島のスマトラ・オランウータン。
温水サンゴは1.2度の気温上昇が限界とされ、既に大規模な白化現象が確認されています。また海洋酸性化により、サンゴの成長や骨格形成能力が低下する可能性が指摘されており、いったん1.5度を超えてから再び1.5度に戻るオーバーシュートのシナリオであっても、今世紀末までにサンゴ礁が広範囲に残る可能性は低いと評価されています。ただし気温上昇を2度未満に抑えることができれば、一部の回復の可能性は残るとされています。
同様にアマゾン森林の減少や高緯度地域の樹木化、アフリカでの樹木の優勢化など森林生態系も影響が懸念されており、これらも気温が低下した後も元の状態には戻らない可能性があります。

白化したサンゴ。温水帯のサンゴ礁生態系は、既にもとに戻ることのできない転換点(ティッピング・ポイント)を超えたとされ、多くが消滅してしまうと予測されている。気候変動により失われた生態系は、その多くが仮に気温が下がったとしても元に戻ることはない。
生態系のミスマッチ
オーバーシュートのステージ(気温上昇・ピーク・気温低下)によって変わる気候条件にあわせて生物種の分布変化が加速し、捕食者と被食者の分布がずれてしまったり、季節的な出現タイミングがずれるといった、生態系のミスマッチが起きる可能性が指摘されています。
また今世紀半ばまでに、世界の陸上の自然保護区の半数以上が大きな気候帯の変化に直面することが予測されています。こうした変化に対応するためには、気温上昇、ピーク、そして下降に伴う生物種の分布変化を見越した、予防的な保全アプローチの導入が重要で、陸域・海域両方で生態学的連結性を高めることが必要です。保護地域のネットワークを強化・拡大し、自然保護区を重要な「気候インフラ」として認識することが求められています。

気温の変化により、動物たちの移動パターンや分布も変わってくる可能性がある。こうした変化に対応するためには、気温上昇、ピーク、そして下降に伴う生物種の分布変化を見越した、予防的な保全アプローチの導入が重要で、陸域・海域両方で生態学的連結性を高めることが必要となる。
水資源への影響
オーバーシュート、ピーク、下降の各段階で、水資源は降雨パターン、水の流れ、人間の水利用・管理の変化によって影響を受けることが予測されます。加えて、森林の劣化や土地利用変化は、水量や水質に長期間影響し、特に気温がピークに達している時の森林火災の増加は、その後何年も水資源に悪影響を与える可能性があります。また森林構成の変化によって蒸発散や保水機能が変わり、水利用可能量も変化する可能性があります。
さらに氷河の縮小や永久凍土の融解も、水資源システムに長期的影響を及ぼし、将来的に気温が下がっても、水の供給パターンは以前と同じには戻らない可能性が指摘されています。

食料安全保障への脅威
気候変動は農業に大きな影響を及ぼし、生産性の著しい低下を引き起こすとともに、数十億人の食料安全保障と生計を脅かすことになります。モデル分析では、気温が0.5℃上昇するだけでも、多くの地域で農業生産性が低下することが示されており、適切な適応策が講じられなければ、2050年までに世界の食料生産は最大14%減少する可能性があると予測されています。一時的に1.5度を超過した後、再び1.5度へ戻ることを目指すシナリオであっても、農業システムは長期にわたるリスクにさらされる可能性があります。
気候変動による食料の入手可能性や食生活の質の変化は、栄養に関連する疾病や栄養不足人口の増加を引き起こすと推定されています。影響を受ける人数は、うまく適応策を進め気温上昇の程度も比較的小さい場合には数千万人規模である一方、気温上昇が大きく適応策を適切に進められない場合には数億人規模に達する可能性があります。さらに、こうした影響は、低所得国・低所得世帯に強く表れやすいとされています。

社会・経済システムに波及する影響
気温上昇からオーバーシュートのピークまでの間に引き起こされる生態系変化は、さまざまな分野へ波及すると考えられています。例えば、流域森林の劣化は、水力発電や飲料水へのアクセスを損なう可能性があります。ミツバチなどの受粉者(ポリネーター)の減少は、食料生産を低下させ、沿岸生態系の劣化は、人々やインフラを高潮や海岸侵食のリスクにさらします。
またピーク気温の前後で極端気象の頻度や強度が変化する中で、社会がどのように変容し、社会規範や文化、人間関係などがどのような影響を受けるか理解が十分でないことも多く存在します。
こうした影響の多くは、気温が下降し始めた後も残り続ける可能性が高く、気温の超過、ピーク、そして下降の各段階を通じて社会システムは影響を受け、混乱をきたす懸念があります。

気温が下がる過程においても、課題は多い
仮に、気温の低下とともに、元に戻る(可逆的である)ことができる変化であったとしても、気候の変化への適応には数十年かかり、気温の低下にあわせて再び適応しなおす必要があります。
例えば媒介感染症(マラリアなど)の分布変化による新たな健康リスクが発生する可能性
があります。また、高温環境向けに適応した農業システムは、再び適応を迫られる可能性もあります。
リスクや影響が気温低下とともに減少するとしても、それに伴う移行は必ずしも円滑には進まず、大きな混乱や不確実性が生じる可能性が指摘されています。
最優先は変わらず、今すぐ排出削減を進めること
こうした影響を最小限に抑えるには、オーバーシュートのピーク気温を少しでも低く抑え、1.5度を超える期間を少しでも短くすることが重要です。そのためには、今、排出削減を大幅に推し進めることが不可欠です。
炭素除去は重要。でも、万能薬にはならない
気温上昇がピークに達した後、反転させるには非常に長い時間がかかります。地球の平均気温を 0.1度下げるためには、累積で約220GtCO₂のネット・ネガティブ排出(排出量より除去量が上回る状態)が必要とされています。そのためには炭素除去(CDR)が必要になりますが、仮に年間10GtCO₂という非常に野心的な規模で炭素除去が実現したとしても、気温低下の速度は10年で約0.05度程度にしかなりません。現在の気温上昇の速度(約0.25度/10年)を鑑みると、今後10年間で進む気温上昇を下げるためには、単純計算で約50年かかる可能性があるということになります。
一方で、現在の炭素除去の規模はまだ非常に小さく、世界全体の植林によるCO2の除去量は、年間約2.2ギガトンCO2です。仮に現在と同じ規模の植林・森林管理を継続した場合は、上記の計算に基づくと、平均気温をわずか0.1度下げるのに、約100年かかることになります。
また気候変動そのものにより自然の炭素除去の能力が低下する悪循環も懸念されています。干ばつ、森林火災リスクの増加、病害虫の発生などは、森林などに貯留された炭素の維持を困難にし、炭素貯留の逆転リスク(再放出リスク)を高めます。海洋ベースの炭素隔離手法についても、その炭素貯留能力は海面上昇、海水温上昇、生態系劣化の影響を受けやすく、将来的な吸収ポテンシャルが制約される可能性があります。さらに炭素除去のための土地利用が食料安全保障と競合してしまう懸念もあります。

自然を保全・回復していくことは生物多様性の保全や気候変動対策の観点から非常に重要です。しかし現在の世界全体の植林によるCO2の除去量は、年間約2.2ギガトンCO2で、単純計算で平均気温を0.1度下げるには100年かかることになります。現在の気温上昇は10年で0.25度上がっていると考えると、全く追いつきません。何よりも排出削減を優先しなければいけないのです。
大気中の二酸化炭素を吸収し地中に埋めるBECCSやDACCSと呼ばれる新しい炭素除去技術も研究開発が進んでいますが、こちらも大きな限界があります。CO₂を安全に貯留できる容量に限界があるためです。最近の研究では、CO2を地中に貯蔵できる容量は、1,500ギガトンCO2未満と推計されています。現在、国際社会が目指している2050年ネットゼロの世界でも、どうしても削減できない「残余排出」は排出され続けます。その残余排出量が多いと、これを吸収しネットゼロ状態を維持するだけも、長期的にはこの容量が限界を迎える可能性もあります。
つまり、炭素除去だけでは、大幅な気温低下は実現することはできません。そのため、何よりも重要となるのが、まずは排出そのものを減らすということになるのです。この10年で、化石燃料の使用削減を大幅に進め、再生可能エネルギーの利用を拡大することこそが、早期に1.5度以下に戻ってくる可能性を高める大きなポイントです。
1.5度目標は揺るがない
世界の平均気温が1.5度を超過してしまうことがほぼ確実となる中でも、1.5度目標が重要な基準であることは変わりません。平均気温が0.1度でも高くなれば、人と自然へのリスクは大きくなります。逆に、0.1度でも気温上昇を防げれば被害を減らし、早く1.5度以下の水準に戻ることができます。
いかにピークの気温を下げて、1.5度を上回る期間を短くすることができるか、そして、オーバーシュートの各ステージに応じた適応策を実施することが、今後の焦点となります。1.5度目標を諦めるのではなく、今こそ化石燃料からの脱却と再生可能エネルギーの拡大、そして自然の破壊を一刻も早く止めることを推し進めていくことが必要なのです。

オーバーシュートを少しでも低く、短くするには、化石燃料から脱却し、自然や地域と共生できる形で急速に再生可能エネルギーの導入を拡大していく必要があります。
