金融機関向けエンゲージメント支援ツール「ネイチャーポジティブに向けた投融資チェックリスト」
2025/08/21
- この記事のポイント
- 2025年8月、WWFジャパンは「ネイチャーポジティブに向けた投融資チェックリスト」を公開しました。これは、金融機関が投融資先企業の環境・社会リスクをバリューチェーン全体で把握し、エンゲージメントを促進することを目的として作成されました。今回公表するチェックリストはコモディティに着目し、パーム油、木材、紙、天然ゴム、水産資源、コットン、ペットを対象としています。事業会社の取り組み状況を段階的に把握し、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)開示にも活用できるようなリスク管理と透明性の向上によって、取り組みの改善を促します。
バリューチェーンにおける取り組みを確認するために
「ネイチャーポジティブに向けた投融資チェックリスト」の目的
現在、銀行やアセットマネージャー(資産運用会社)等の金融機関が、投融資先とのエンゲージメントを実施するにあたっては、事業会社の環境・社会面のリスクの把握と対応の確認を含むことが主流になってきています。その際に扱うテーマについて、これまで気候変動や人権といった課題が取り上げられてきましたが、自然資本、生物多様性、ネイチャーポジティブといった自然関連課題に対話の領域が広がってきました。自然関連課題は幅広いですが、事業会社が影響を与えかねない自然にとっての負のリスクがバリューチェーン上にある場合が多いことから、その取り組み状況を確認し、エンゲージメントの主題とする動きが強まっています。
こうした、環境保全と企業のリスク低減につながるエンゲージメントを促進し、ひいてはネイチャーポジティブを目指す投融資の拡大を支援するため、WWFジャパンは2025年8月21日 、金融機関向けの「ネイチャーポジティブに向けた投融資チェックリスト」を発表しました。
ネイチャーポジティブに向けた投融資チェックリストはこちら(PDF形式)
ネイチャーポジティブ投融資チェックリスト【パーム油】
ネイチャーポジティブ投融資チェックリスト【木材】
ネイチャーポジティブ投融資チェックリスト【紙・紙製品】
ネイチャーポジティブ投融資チェックリスト【天然ゴム】
ネイチャーポジティブ投融資チェックリスト【水産物】
ネイチャーポジティブ投融資チェックリスト【コットン】
ネイチャーポジティブ投融資チェックリスト【野生生物(ペット/簡易版)】
これらのチェックリストは、下記のようなエンゲージメントが、有効な形で行なわれることを目的に作成されたものです。
- 金融機関が、ネイチャーポジティブを目指した課題に対して、事業会社がどのように取り組んでいるかを構造的に把握すること
- 金融機関と投融資先企業との継続的な対話(エンゲージメント)を促進し、金融機関が求める改善の見える化を行うこと
- 投融資先よって最低限実施されるべき取り組みを示し、透明性のある取組の進捗を段階的に確認すること
このチェックリストは以下のような場面での利用が想定されます。
- 新規投融資時のESGリスク確認(スクリーニング/初回対話)
- 既存投融資先との定期的なエンゲージメント(例:年1回のレビュー)
- 各社の進捗管理と比較分析のベース資料として
- 自社のポートフォリオにおける自然資本・サステナビリティ関連の取り組み把握

対象となるコモディティ
このチェックリストでは、バリューチェーン上で以下のコモディティを取り扱う事業会社を対象としています。
ネイチャーポジティブ投融資チェックリスト【パーム油】(PDF形式)
該当する主なセクター:食品(特に加工食品全般、外食、製油)、化学(オレオケミカル 、消費財(洗剤、石鹸、化粧品等の日用品))
、医薬品(サプリメント・製薬)、商社、小売業、電力・ガス(バイオマス発電)
ネイチャーポジティブ投融資チェックリスト【木材】(PDF形式)
該当する主なセクター:建設、商社、不動産、その他製造(建材、家具等)、小売業
ネイチャーポジティブ投融資チェックリスト【紙】(PDF形式)
該当する主なセクター:繊維、パルプ・紙、商社、小売業(通販事業者を含む)、サービス(出版・教育)、その他製造(文具)、紙の包装材を使用する全セクター
ネイチャーポジティブ投融資チェックリスト【天然ゴム】(PDF形式)
該当する主なセクター:ゴム(タイヤ)、自動車、輸送用機器、陸運・空運、商社、小売業(主にアパレル系の靴-ラバーブーツウやシューソール)
ネイチャーポジティブ投融資チェックリスト【水産物】(PDF形式)
該当する主なセクター:水産、食品、商社、小売業、飲食業、飼料製造(魚粉を主原料とする肥料を含む)、医薬品(サプリメント)
ネイチャーポジティブ投融資チェックリスト【コットン】(PDF形式)
該当する主なセクター:繊維(アパレル、テキスタイル、寝具)、化学、商社、その他製造(家具)、小売業
なお、対象となるコモディティの生産に直接関与している事業(例:農場経営、林業経営、漁業など)は、本チェックリストによるトレーサビリティ確認の対象とはなりません。
コモディティの生産に直接関与している企業との対話にあたっては、外部調達する原材料に主眼を置いて使用してください。なお、ほとんどの指標は、企業全体あるいは調達全体に関わる考え方や取り組みを確認するものであり、生産主体の企業であってもチェックリストの全体的な活用は可能です。

その他の留意すべきセクター
上記のコモディティとは別に、個別に注意すべき業種と課題として、ペット産業による野生生物の調達があります。不適切に実施されれば、希少な生き物の絶滅に繋がる恐れがあり、密輸といった違法行為への加担や、感染症の拡大、動物福祉といった観点での懸念もあります。
以下は簡易的なチェックリストですが、ペットに関連する事業が融資先等にある場合には、初期的な確認に利用することができます。
ネイチャーポジティブ投融資チェックリスト【野生生物(ペット/簡易版)】
チェックリストの構成
簡易版以外のチェックリストは以下の3部構成で、対象となるコモディティ毎に異なる留意事項を記載しています。
1.概要(事前資料)
2.【パートA】社内体制(チェックリスト本体)
- 組織体制、ミティゲーションヒエラルキー、人権対応
- 自社拠点での水利用(オフィスでの水利用以外の、ビジネスに関連した水利用がある場合のみ)
3.【パートB】重点確認項目(チェックリスト本体)
- 当該方針の有無、目標設定、トレーサビリティ、リスク分析等のコモディティの固有テーマ
- 複合的な環境課題の初期的な確認
なお、パートAについては、どのコモディティのチェックリストも同じ内容となっています。ある事業会社に対して、複数のコモディティについてエンゲージメントを実施する場合には、パートAを繰り返して確認する必要はありません。
チェックリスト本体には、複数の指標が用意されています。
これらの指標は、★の数に応じて、一般的な難易度の順に並べられています。★1つの指標は既に実施されているべき最低限の内容、★2つが直近で実施されるべき「必須」の内容となっています。★3つ以上は、直ちに実施することができなくても、目指すべき方向性を示した内容となります。
企業の取組状況を把握する際には、どの段階に該当するかを確認することで、実施状況や成熟度をある程度見極めることが可能です。
また、次年度に向けた取り組みの方向性を確認することにも使用できます。各指標にチェック欄を設けてありますが、★2つまでは実施/未実施の確認に活用し、事業会社における取組が早期に実施されるよう、金融機関からも働きかけることが期待されます。
一方で、★3つ以上の項目については、どのようにして実施していくべきか、改善のための課題の確認など、機械的にチェックしていくばかりでなく、対話のきっかけとなるような使い方が期待されます。

概要(事前資料)
【概要】には以下の情報があります。まずこれらを参照してから、実際にチェックリストを使用してください。
- 問題の把握(このコモディティ・テーマで)WWFジャパンがサプライチェーン・バリューチェーンで確認すべきと考える問題・課題
- 利用できる認証制度
- 利用できるツール
- 参加が推奨される枠組み等
- 事業会社の取り組みで良く見られる誤解、その他金融機関向け注記
【パートA】社内体制
【パートA】社内体制では、以下の確認項目を設定しています。原則として、セクターを問わず共通の確認項目となっていますが、セクター毎の留意事項がある場合があります。
各ステップの番号はあくまで目安であり、事業会社のベストプラクティスの進展や、新たなモニタリングツールが利用可能になるなどの進捗によって、将来的により高度な質問を追加することも想定されます。あるいは、人権についてはより詳細な確認の手順を既に持っているので、そちらを継続して使用するといったことも可能です。
詳しくは各コモディティのチェックリストを参照して下さい。
ステップ | 指標番号 | 難易度 | 確認項目 |
---|---|---|---|
1.社内体制 | A-1-1 | ★ | 従業員へサステナビリティや持続可能な調達・環境保全の研修機会を提供している。 |
A-1-2 | ★ | 自然関連の責任を経営レベルの職位または委員会に割り当てている | |
A-1-3 | ★ | 定期的なTNFD開示をしている/TNFD(アーリー)アダプターである。 | |
A-1-4 | ★★ | 環境・人権NGOなどを含む、外部有識者との定期的な意見交換の場を設けている。外部有識者との意見交換が原材料調達やデューデリジェンス等を担当する部署に届き、実際の運用に反映される体制がある。 | |
2.ミティゲーションヒエラルキー1 | A-2-1 | ★ | バリューチェーンを含むネガティブインパクトの低減が再生や回復に優先することを対外的に表明している。 |
A-2-2 | ★★ | B-2-2、B-3-2、B-4-2の全てが実施されている。 | |
A-2-3 | ★★★ | 生産者やサプライヤーへの改善支援を行っている。 | |
A-2-4 | ★★★★ | 該当するコモディティ/イッシューについて、回避、削減を超えたNPの取り組みを実施している。 | |
3.人権対応 | A-3-1 | ★ | ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)、ILO条約やOECD多国籍企業ガイドライン等の国際規範を把握し、人権方針を策定している。 |
A-3-2 | ★★ | 自社による是正・救済が必要な場合、対応を実施し、その概要や件数を開示している。 | |
A-3-3 | ★★★ | IPLCや影響を受けるステークホルダーを含む、バリューチェーン全体を対象としたグリーバンスメカニズムを構築している。 | |
A-3-4 | ★★★ | バリューチェーン全体を対象とした人権デューデリジェンス実施体制を構築している。 | |
A-3-5 | ★★★★ | バリューチェーンで是正・救済が必要な場合、関連するサプライヤーや二次サプライヤーに対する対応を実施している。 |
【パートA】自社拠点での水利用
以下のステップ4については、A-4-0「自社拠点での水利用」が「有」の場合のみ、A-4-1からA-4-7を確認してください。ただし、オフィスでの水利用は対象としません。
ステップ | 指標番号 | 難易度 | 確認項目 |
---|---|---|---|
4.自社拠点での水利用 | A-4-0 | 自社拠点での水利用(オフィスを除く、農業や工業での利用)がある。 | |
A-4-0が「有」の場合、A-4-1からA-4-7を確認 A-4-0が「無」の場合、B-1-1へ | |||
A-4-1 | ★ | 自社拠点においてWater Risk Filter、Aqueduct等のリスクは空きのためのツールを用いた水リスク分析が行われている。 | |
A-4-2 | ★ | ・水量(水の効率的利用、渇水/水ストレス)についての分析が行われている。 ・自社拠点での水の効率的な利用や、汚染の防除の取り組みが実施されている。 |
|
A-4-3 | ★★ | 水ストレス(渇水)以外の指標(汚染・洪水・評判・ガバナンス等)についても分析されている。 | |
A-4-4 | ★★ | 将来予測(気候変動シナリオ分析を含む)に基づいた分析がされている。 | |
A-4-5 | ★★★ | WASH(水と衛生)や、洪水等の水が起因となる自然災害への対応がされている。 | |
A-4-6 | ★★★★ | 水ガバナンスへの働きかけを行っている(例えば、産官学+金融といった多様なステークホルダーと地下水保全の取り組みを行っている等)。 | |
A-4-7 | ★★★★ | 水関連の目標がローカルの状況を捉えたもの(Contextual Targets)となっている(例えば、自社のサプライチェーンの水リスク分析を元に、リスクの高さに応じた目標設定を、水量・水質・洪水・WASH(水と衛生)、水ガバナンスの5つのリスクカテゴリーで設定している)。 |
【パートB】重点項目
【パートB】重点項目は、各セクターにおけるバリューチェーン上の環境・社会的リスクと、それに対する企業の取り組み状況を確認するための対話ツールです。
本チェックリストの各ステップは、あらかじめ定められた順序に従う必要はなく、対象企業の状況や対話の流れに応じて柔軟に使用してください。
各ステップ(例:調達方針、トレーサビリティなど)は、セクターの特性や投融資先の状況に応じて、自由な順序で確認・対話を進めることが可能です。
たとえば、ある企業とはトレーサビリティに関する情報から話を始める方がスムーズなこともあれば、調達方針の有無や内容から確認する方が有効な場合もあります。
各ステップの番号はあくまで目安であり、対話の中で適宜変更したり、各金融機関で既に有している確認項目と統合するなどしても構いません。
ステップ | 指標番号 | 確認項目 |
---|---|---|
1.課題認識 | B-1-1 | 概要1の課題認識がある |
2.方針策定 | B-2-1 | ・当該コモディティについて、基本的な内容を含む調達等の方針がある;または ・「生物多様性」「ネイチャーポジティブ」「NP」などの方針の中で、当該の問題、課題、イッシューに言及している。 |
B-2-2 | 方針に必要な要素が網羅され、内容が国際標準に沿っている。 | |
B-2-3 | B-2-2に相当する方針の適用範囲が包括的である。 | |
3.方針に対応した目標設定と開示 | B-3-1 | 方針に基づく基本的な数値目標と達成年がある |
B-3-2 | 達成年の手前の中間目標がある | |
B-3-3 | 方針と目標が適切に一致している | |
B-3-4 | 方針「B-3-2」に対応する目標達成を目指している | |
B-3-5 | 該当する場合、国際基準に準拠した詳細目標を策定している | |
4.トレーサビリティ | B-4-1 | 質問票を送る等、一次サプライヤーヒアリングを開始している |
B-4-2 | 意味のあるデューデリジェンスが実施可能なレベルでトレーサビリティを把握している。(金額/ボリューム等で70%以上程度) | |
B-4-3 | トレーサビリティをGeo Locationレベルで把握(高リスクな地域をカバーし、金額/ボリューム等で70%以上程度) | |
5.デューデリジェンス | B-5-1 | 概要1の課題について、基本的なリスク分析を開始している。 |
B-5-2 | 概要2で挙げた信頼できる認証制度をデューデリジェンスに活用している。 | |
B-5-3 | 現地調査などテーマ毎の詳細なリスク評価や法的要件を超える先進的デューデリジェンスを実施している。 | |
6.クロスカッティング | B-6-1 | スコープ1~3のバリューチェーン全体で、GHG排出量(エネルギー起源GHG及び土地・生物由来GHG(土地利用変化からの排出を含む))を測定している。 |
B-6-2 | トレーサビリティに基づき原産地での水リスク(流域、排水システム、灌漑等)を特定・評価している。 | |
B-6-3 | 原産地において概要1の課題および水リスク以外の自然関連リスクを特定している。 |
本件に関するお問い合わせ
WWFジャパン 金融グループ
sustainable.finance@wwf.or.jp