「インドネシア・エビ養殖業改善プロジェクト」8年間の取り組みの成果と現在地(~2026年6月)
2026/10/15
- この記事のポイント
- 日本の食を支えるエビ。その主要な生産地の一つが、世界最大のマングローブ面積を有するインドネシアです。マングローブ林は、さまざまな生きものを育む生物多様性の宝庫。一方、エビ養殖池への転換などにより、その減少が大きな問題となってきました。WWFジャパンとWWFインドネシアは2018年7月に、日本生活協同組合連合会、現地のエビ加工会社や生産者とともに、「インドネシア・エビ(ブラックタイガー)養殖業改善プロジェクト」を開始。環境・社会面に配慮した、責任あるエビ養殖業への転換に向けて取り組んできました。本記事では、2026年6月までの取り組みの進捗と今後の展望をご報告します。
日本の食とつながるインドネシアのエビ養殖業
エビは、家庭での年間購入量でもサケ、マグロと並び、日本の食に欠かせない水産物です。
エビフライや天ぷら、寿司など、さまざまな料理に使われ、子どもから大人まで幅広く親しまれています。
一方、日本で消費されるエビの多くは海外からの輸入に依存しており、インドネシアはその主な調達先のひとつ。
日本でのエビ消費は、インドネシアでの生産に支えられており、両者は深く結びついているのです。

2025年の日本のエビ類輸入量(財務省「貿易統計」をもとに作成)。インドネシアは輸入量第3位で約15%を占め、日本のエビ消費を支える重要な生産国のひとつです。
インドネシアにおけるエビ養殖業は、人々の食を支えるだけでなく、地域住民の重要な生計手段となっています。
そのため、養殖業の持続可能性を高めることは、自然環境の保全だけでなく、生産者の安定した暮らしを支えることにもつながります。
そしてその実現には、生産国であるインドネシアだけでなく、エビの消費を通じて生産現場とつながる日本の企業や消費者の選択が、大きな役割を担っています。

インドネシアで養殖されているエビ(ブラックタイガー)。日本にも多く輸出されています。
こうした背景から、WWFジャパンとWWFインドネシアは、自然環境や地域社会、労働環境に配慮した責任あるエビ養殖業への転換に向けて、関係者との協議を行ないました。
その後、2018年7月に、インドネシアのスラウェシ島南スラウェシ州で、現地加工会社PT. BOMAR(以下、ボマール社)と、その調達先である日本生活協同組合連合会(以下、日本生協連)との協働による「インドネシア・エビ(ブラックタイガー)養殖業改善プロジェクト」を開始。
本プロジェクトでは、責任ある養殖業を認証する国際的な認証制度「ASC(水産養殖管理協議会)」の基準にもとづき、生産方法の改善に加え、養殖池への転換によって失われたマングローブ林の再生を進めてきました。
2021年には、ジャワ島中部ジャワ州へ活動を拡大し、同じく日本生協連の調達先であるPT. MISAJA MITRA(以下、ミサヤミトラ社)とともに、エビ養殖業の改善に着手。さらに、養殖用稚エビの生産に利用される天然親エビ資源の持続可能性にも着目し、スマトラ島アチェ州で天然親エビ漁業の改善にも取り組んできました。

プロジェクトの現場となるインドネシア。(1)スラウェシ島南スラウェシ州でのエビ養殖業改善、(2)ジャワ島中部ジャワ州でのエビ養殖業改善、(3)スマトラ島アチェ州での天然親エビ漁業の改善に取り組んでいます。
マングローブが支える豊かな生物多様性と人々の暮らし
マングローブ林は、熱帯・亜熱帯の沿岸域に広がるヒルギ類の樹種で形成される森林の植生です。
これは、海と陸をつなぐ独自の自然環境で、さまざまな野生生物の生息地や採食場所として、豊かな生物多様性を支えています。

インドネシア沿岸域に広がるマングローブ林
インドネシアでも、エビやカニ、魚類に加え、哺乳類、爬虫類、両生類、鳥類など、多様な生きものが息づいています。
実際に中部ジャワ州のプロジェクト現場では、ビロードカワウソやミズオオトカゲ、カニクイガエル、ヒメアオカワセミなどが確認されています。

ビロードカワウソ。IUCNのレッドリストで「危急種(VU)」に選定されています。

ミズオオトカゲ。インドネシア各地のマングローブ林などに広く生息しています。
また、マングローブ林は、高波や高潮などの影響を軽減する防災・減災機能をもち、沿岸地域の人々の暮らしを守る役割も果たしています。
さらに近年は、大量の炭素を吸収・貯留するブルーカーボン生態系としても世界的に注目されており、気候変動の緩和にも貢献しています。
一方で、こうした豊かなマングローブ生態系は、世界中で減少を続けています。
世界最大のマングローブ面積を有するインドネシアでも、1980年代以降、エビ養殖池の拡大などに伴って沿岸域の土地利用の転換が進み、貴重なマングローブ林が失われてきました。

インドネシアのマングローブ面積の推移(国連食糧農業機関(FAO)「The world’s mangroves 1980-2005」をもとに作成)。1980年から2005年の間に、約130万ヘクタールのマングローブ林が失われたと推定されています。
エビ養殖業は地域の経済や人々の暮らしを支える産業となっていますが、その発展が自然環境へ負荷を与えてきた側面があることも事実です。
そのため、生産者が安定して生計を維持しながら、マングローブ生態系の保全・回復にもつながる、環境・社会面に配慮した責任あるエビ養殖業への転換が求められています。
日本で消費されているエビの背景には、この豊かな自然環境があります。
だからこそ、食を通じてつながる日本の企業や消費者も、生産現場でのエビ養殖業の改善を支えていくことが重要です。
難航するマングローブの再生
プロジェクトでは、エビ養殖池への転換によって失われたマングローブ生態系を回復させるため、長年にわたり再生活動を進めています。
しかし、一度失われたマングローブ林を再生させることは容易ではありません。種子や苗木が定着するまでには一定の時間がかかり、再生活動後も継続的なモニタリングや維持管理が欠かせません。
特に近年は、気候変動の影響とみられる異常気象がマングローブ再生の大きな課題となっています。
実際に南スラウェシ州では、高波や高潮によって苗木が流されるといった被害が発生するなど、再生活動が想定どおりに進まないこともありました。

高波の影響を受けたマングローブの苗木
こうした経験を踏まえ、マングローブの再生がうまくいかなかった原因の調査を行ないました。
その結果、苗木がその場所の土壌に適していなかったり、高波によって損傷したりするといった自然環境による要因に加え、漁業や船の航行によって苗木が傷ついたり、新たなエビ養殖池の造成によって失われてしまうなど、人為的な要因もあることが分かりました。
プロジェクトでは、こうした教訓にもとづき、再生場所の選定や管理手法を見直し、より効果的なマングローブの再生に取り組んできました。
これまでに南スラウェシ州および中部ジャワ州で累計31.98ヘクタールの再生を実施し、2026年6月時点で、そのうち24.19ヘクタールでマングローブの活着(生存)を確認しています。これは、サッカー場の広さで換算すると、約34面分に相当する面積です。

南スラウェシ州でのマングローブ再生活動。地元政府、生産者、地域住民、学生など、幅広い関係者の参加が得られています。

再生したマングローブのモニタリング。苗木の高さを測定し、成長状況を確認しています。
また、マングローブ林の再生は、生物多様性の保全だけでなく、気候変動の緩和、地域社会の防災・減災など、多面的な効果をもたらします。
こうした取り組みは、自然の力や生態系を活用して環境問題や社会課題に対処する「Nature-based Solutions(NbS:自然を活用した解決策)」にもつながります。
本プロジェクトでは、今後も地域社会とともにマングローブ生態系の回復を進め、その価値を可視化しながら、NbSの推進にもつなげていく予定です。
異常気象に向き合う南スラウェシ州の現場
南スラウェシ州のプロジェクト現場では、この数年間、気候変動が一因と考えられる異常気象への対応が大きな課題となってきました。
実際、乾季に例年以上に雨が降らず干ばつが続いたことで、養殖池の塩分濃度が大きく上昇し、その結果、エビに強いストレスがかかり大量死が発生。この経験を踏まえ、貯水池の整備や水質モニタリングの強化など、塩分濃度上昇への対策を進めました。
しかし、その後の雨季に開始した生産では、今度は例年以上の大雨による洪水が発生。養殖池からエビが逸出し、乾季に続き再び、生産を中断せざるを得ませんでした。

干ばつの影響による塩分濃度の上昇で死亡したエビ

大雨により冠水したエビ養殖池
直近の生産でも異常気象によるリスクは依然として大きく、安定した生産は容易ではありませんが、これまでの経験をもとに試行錯誤を続けています。
このように、生産現場では、干ばつと洪水という異なるリスクの双方への対応が求められるようになっています。
異常気象そのものを止めることはできませんが、こうしたリスクに対応するためにも、水質管理や疾病対策、生産記録の管理など、ASC基準にもとづく改善の重要性はますます高まっています。
継続的なモニタリングによって異常を早期に発見し、迅速に対策を講じることは、生産の安定化だけでなく、気候変動への適応力向上にもつながります。
南スラウェシ州のプロジェクト現場では、関係者とともにこうした課題に向き合い、根気強く改善を進めてきました。

養殖池の水質のモニタリング
中部ジャワ州でのASC認証取得がもたらしたもの
南スラウェシ州で困難な状況が続く一方、本プロジェクトの大きな成果のひとつが、中部ジャワ州の現場でのASC認証の取得です。
ASC認証のエビ基準は、7つの原則と100を超える要件で構成されており、特にプロジェクトで対象としている小規模零細の養殖業において、生産者だけでこれらをすべて満たすことは容易ではありません。
プロジェクトでは、生産者とともに、稚エビを入れる前の養殖池の準備から、池入れ後の水質管理、定期的なエビの成育状況のモニタリングなどの取り組みを粘り強く進めてきました。
その結果、大きな課題となっていた生残率(池に入れた稚エビが大人まで育つ割合)が、プロジェクト開始前の10%前後から25%を超える水準へと大きく改善。
こうした改善の積み重ねにより、2024年3月、小規模なブラックタイガー養殖業でのASC認証の取得が実現しました。

養殖池での池入れ前の準備作業。養殖池の乾燥や土壌管理などを行ない、エビの生産に適した環境を整えています。

エビの成育状況のモニタリング。定期的にエビの大きさや健康状態を確認し、適切な生産管理につなげています。こうしたエビや養殖池の適切な管理が、周辺環境への負荷を抑えることにもつながります。
このASC認証の取得は、生産者、現地エビ加工会社、日本生協連などサプライチェーンの関係者とWWFが一体となって取り組んできた成果です。
特に、取り組みを進める中で、実際にエビを輸入し販売してきた日本生協連は、定期的な進捗会議への参加や現地視察などを通じて継続的にプロジェクトに関与してきました。
こうしたサプライチェーンにおける関係者の積極的な関与は、現地のエビ加工会社や生産者の改善意欲の維持・向上にもつながり、長期間にわたる取り組みを支える大きな後押しとなりました。

エビ生産者の方々、ミサヤミトラ社、日本生協連、WWFインドネシア、WWFジャパンのプロジェクト関係者。生産現場の視察や改善状況の確認、意見交換などを重ね、さまざまな立場の関係者が協力して、ASC認証の取得に向けた取り組みを共に進めてきました。
認証を取得した養殖池は地域全体から見れば一部に過ぎませんが、継続的な支援と改善によってASC認証の取得を実現できたことは、小規模零細の養殖業の現場でも、環境・社会面に配慮した責任あるエビ養殖業が可能であることを示す大きな一歩となりました。
この成果をもとに、2025年9月には追加の養殖池でもASC認証を取得し、認証対象となる養殖池は、当初の4名の生産者が管理する6面から、9名の生産者が管理する12面、21.9ヘクタールへと拡大しました。
また、こうした成果は現場での主体性向上にもつながり、生産者自身が水質データを確認し、生産記録を管理しながら、養殖方法の改善に取り組めるようになってきています。
今後は、生産者や現地のエビ加工会社が主体となって、こうした改善を継続していける体制をつくっていくことが重要です。
これまでの取り組みで得られた経験や成果をもとに、関係者との対話を重ねながら、エビ養殖業の持続可能性の向上に向けたあり方を検討していきます。
養殖の持続可能性を支える、天然親エビ漁業の改善
ここまで報告してきた養殖の改善に加え、その養殖を支える天然資源にも目を向ける必要があります。
インドネシアでのエビ(ブラックタイガー)養殖業では、養殖池に池入れする稚エビを生産するため、その親エビとして、天然のブラックタイガーが海で漁獲されています。
つまり、養殖池での改善が進んでも、そこに入れる稚エビを手に入れるために、親エビが過剰に漁獲されるようなことが起きれば、海の環境に配慮した責任あるエビの生産とは言えません。
そのためプロジェクトでは、エビ養殖業の基盤となり、その持続可能性にも直結する天然親エビ漁業の改善にも取り組んできました。
現場であるスマトラ島アチェ州は、養殖用稚エビの生産に利用される天然親エビの主要な漁場ですが、これまで漁業管理の仕組みが十分に整っていませんでした。
そこで、天然親エビ漁業を対象とした漁業改善に取り組み、漁獲のモニタリングや漁業者への持続可能な漁業に関する研修を実施。
さらに、漁業者や行政機関との対話を重ねながら、漁業管理に関する話し合いを進めました。
それにより、天然親エビを対象とした漁業管理計画の策定に向けたワーキンググループがつくられ、関係者による協議が継続的に行なわれる体制が整いました。
その結果、2023年3月、アチェ州における天然親エビの漁業管理計画が、州知事令として承認されました。
ブラックタイガーを対象とした漁業管理計画が策定・承認されるのは、インドネシアで初めてのことです。
これは、これまで十分な管理体制が整っていなかった天然親エビ漁業において、持続可能な利用に向けた大きな前進です。

天然親エビの漁業管理計画の策定に向けた関係者会合。こうした協議の積み重ねが、インドネシア初となるブラックタイガーを対象とした漁業管理計画の策定につながりました。
こうした取り組みに加え、天然親エビの生息環境を含む海域を対象に、海洋保護区の設立に向けた取り組みも進めています。
行政機関や漁業者団体、地域住民などとの協議を重ね、約4万7,000ヘクタールを対象とする海洋保護区の計画案について、関係者間で合意が形成されました。
養殖現場での改善から始まった取り組みは、天然親エビ資源の管理だけでなく、海洋保護区の設立支援へと発展し、マングローブ林をはじめとする沿岸生態系を含む海域全体の持続可能な利用と保全へと広がっています。

アチェ州における海洋保護区(MPA)の計画案について協議する関係者会合。行政機関や漁業関係者などとの協議を重ね、約4万7,000ヘクタールを対象とした海洋保護区の計画づくりが進みました。
日本の「食」とつながる持続可能なエビ養殖業に向けて
インドネシアでのエビ(ブラックタイガー)養殖業は、地域の重要な生計手段として発展してきた一方、マングローブ生態系をはじめとする自然環境への負荷や、近年の生産性低下などにより、その持続可能性の確保が大きな課題となっています。
そこで重要となるのが、自然環境や地域社会、労働者に配慮した責任ある養殖業へ転換していくことです。
インドネシア産ブラックタイガーの主要な輸入国である日本の消費者が、責任ある方法で生産されたものを選び、こうした取り組みを支えることは、生産現場での改善を後押しし、世界的にも重要なマングローブ生態系や豊かな生物多様性を守ることにつながります。
また、現地からエビを調達する日本企業にとっても、サプライチェーン全体のトレーサビリティやサステナビリティを確保することは、調達先の生産方法や自然環境への影響を把握し、リスクに対応するとともに、将来的な安定調達や事業継続を考えるうえでも重要です。

ジャワ島中部ジャワ州の対象養殖池で生産された、ASCラベル付き「殻付ブラックタイガー」。ASC認証水産物を選ぶことは、生産現場での持続可能性の向上やそのための改善を後押しすることにもつながります。
環境・社会面に配慮した責任あるエビ生産の実現は、一朝一夕に達成できるものではありません。
サポーターの皆さまからのご支援によって、WWFは8年以上にわたりインドネシアでのエビ養殖業の持続可能性向上に向けて、幅広い取り組みを続けてきました。
気候変動も関係すると考えられる異常気象の影響などもあり、特に南スラウェシ州の現場では思うように改善が進まないことも少なくありません。
それでも、中部ジャワ州におけるASC認証の取得や、マングローブ再生の進展、天然親エビ漁業の管理強化など、着実に成果を積み重ねてきました。
今後もWWFは、日本とインドネシアをつなぐエビ養殖の持続可能性向上に向けて、養殖の生産現場から、その周辺の沿岸域や海域までを視野に入れた取り組みを進めていきます。
日本の「食」とつながるインドネシアの生産地での活動を通じて、人と自然が調和して生きられる未来を目指す。こうした歩みを支えてくださっているサポーターの皆さまに、あらためて感謝申し上げます。
