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西ヒマラヤにおけるユキヒョウ保護 活動報告(~2023年12月)

この記事のポイント
アジアとヒマラヤの高山帯に分布する絶滅危惧種ユキヒョウ。その生態や生息状況は、今もなお多くが謎に包まれています。WWFジャパンは2021年より、WWFインドによるユキヒョウの保護調査活動を支援。生息地の現場で特に問題になっている、ユキヒョウと地域住民の間で生じている「あつれき」の解消を目指しています。WWFインドが2023年7月から12月までの6カ月間に行なった取り組みについて報告します。
目次

インドのユキヒョウは718頭! 初の全国調査の結果が明らかに

2024年1月30日、インド政府はインド国内のユキヒョウの生息状況に関する最新の調査報告書を発表しました。

これは、インド野生生物研究所が中心となって行なわれた、SPAI(The Snow Leopard Population Assessment in India)と呼ばれるプログラムによるもので、今回の調査で報告された、インド国内の野生のユキヒョウの推定個体数は、718頭。

WWFインドも、公式パートナーとしてこの取り組みに参画し、2019年から2023年までの5年間にわたり、各地での調査活動に携わりました。

この調査では、まずインド環境・森林・気候変動省(MoEFCC)が、過去の国内のユキヒョウ個体群の調査を基に、生息域の評価を実施。

そして、特定した各生息域内に1,971カ所の自動の調査用カメラ(カメラトラップ)を設置し、そこで得た202万点の動画・写真データを基に、ユキヒョウの生息数を推定しました。

SPAIの調査で撮影された野生のユキヒョウ。インドのシッキム州にて
© Forest & Environment Department, Govt of Sikkim/WWF India

SPAIの調査で撮影された野生のユキヒョウ。インドのシッキム州にて

これには森林や野生動物の専門家、ボランティアらも参加。インド国内でユキヒョウが生息可能と考えられる地域の70%以上をカバーするフィールドで、のべ1万3,450kmを踏査しました。

このような協力体制のもと、インドで国内のユキヒョウの生息状況が詳しく調べられ、総合的な報告として発表されたのは、今回が初めてのことです。

西ヒマラヤのラダックで、ユキヒョウの調査用カメラが捉えた、ヒマラヤアイベックス。調査ではユキヒョウだけでなく、その獲物となる草食動物など多くの野生動物の生息状況を示す情報が収集されました。
© Sascha Fonseca / WWF-UK

西ヒマラヤのラダックで、ユキヒョウの調査用カメラが捉えた、ヒマラヤアイベックス。調査ではユキヒョウだけでなく、その獲物となる草食動物など多くの野生動物の生息状況を示す情報が収集されました。

重要性が確認された、西ヒマラヤのユキヒョウ個体群

2024年1月に発表された、このSPAIの報告では、ユキヒョウの地域ごとの推定個体数が明らかにされました。

その中で、最大の個体数が記録されたのは、西ヒマラヤのラダック地方です。

その数は477頭で、今回の調査で示されたユキヒョウの総数の半分以上を占め、次点のウッタラーカンド(124頭)、それに続くヒマーチャル・プラデーシュ(51頭)と比較しても、群を抜いた数となりました。

このことは、ヒマラヤ山系に生息するユキヒョウ個体群の保全を図る上で、西ヒマラヤでの取り組みが重要な意味を持つことを物語っています。

ヒマラヤ西部に連なるラダックの山並み
© J.Mima/WWF Japan

ヒマラヤ西部に連なるラダックの山並み

西ヒマラヤ・ラダックでの取り組み

この西ヒマラヤのラダックでは、現在WWFインドの西ヒマラヤフィールドチームが、WWFジャパンの支援を受けて活動を行なっています。

この地域で起きている問題のひとつが、ユキヒョウやオオカミなどの野生動物による、ヒツジやヤギなどの家畜の襲撃。殊に、放牧や家畜の毛を利用した毛織物の生産を生業とする地域の人々にとって、これは暮らしに直結する深刻な問題です。また家畜を殺された報復として、野生動物を駆除が行なわれるケースも確認されています。

さらに、無計画な家畜の放牧の拡大が、ユキヒョウなどの獲物であるバーラルやウリアルといった野生の草食動物から、すみかや食物を奪ってしまう問題も発生。これによるが、家畜への被害を増やす一因になっていると考えられています。

こうした人と野生動物のあつれきにより、ユキヒョウの生息が脅かされる状況を変える取り組みとして、WWFインドではラダックで2023年7月から12月までの6カ月間に、WWFジャパンの支援のもと、主に次の活動を展開しました。

  1. ラダックに生息するユキヒョウの調査
  2. ラダック・チャンタンでの環境保全と野生動物保護およびパトロール活動の強化
  3. 人と野生動物の「あつれき」が生じている地域でのコミュニティとの連携の向上
  4. ユキヒョウとオオカミ、およびその獲物となる草食動物の保全活動にかかわる関係者の意識向上
  5. 西ヒマラヤにおける気候変動の影響に対する理解の促進
ラダックでの調査の様子。現場は氷点下30度にもなり、クリーク(小川)も完全に凍り付いています
© WWF India

ラダックでの調査の様子。現場は氷点下30度にもなり、クリーク(小川)も完全に凍り付いています

1.ラダックに生息するユキヒョウの調査

ラダック東部のハンレの周辺2,500平方キロメートルに、72の調査地点を設定し、145台の自動カメラ(カメラトラップ)を設置。

また、ユキヒョウなど肉食動物について、対象地域の住民100名に対し、聞き取り調査を行ない、行動範囲や個体数についての推定を行ないました。

今後は、複数の調査員によるダブルオブザーバー調査も実施しつつ、これらの取り組みで収集したデータを分析すると共に、その結論に基づいた保全戦略の立案に取り組みます。

カメラトラップの設置作業。ユキヒョウなどの野生動物の通り道を見極め、設置します。
© WWF India

カメラトラップの設置作業。ユキヒョウなどの野生動物の通り道を見極め、設置します。

2.ラダック・チャンタンでの環境保全と野生動物保護およびパトロール活動の強化

放牧地の管理を強化していくため、地域の住民を対象とした参加型の協議を行なうと共に、地元の若者による野生動物保護活動への参加を促進しました。

対象とした地域は、ラダック中部のチャンタンで、域内の全10集落で、人と野生動物のかかわりと、放牧の在り方について、長期的なビジョンを考える会議を実施。さまざまな世代の住民のべ596名の参加を得ました。

また、環境と野生動物の保護・調査に携わる若者を育成するプログラム「マウンテン・ガーディアン」を開始。選抜した地元の若者6名にそのためのトレーニングを実施しました。

今後は、地域での会議を通じた具体的なビジョンの策定と、「マウンテン・ガーディアン」プログラムの本格的な実施に向け、活動を継続する予定です。

3.人と野生動物の「あつれき」が生じている地域でのコミュニティとの連携の向上

ユキヒョウをはじめとする野生動物の保護活動に対する、地域の人々の理解を促進し、協力関係を強化するため、家畜の被害を防止する施策を実施しました。

特にチャンタンの南東部ニョマ周辺の6地点では、家畜への被害が他の地域よりも頻発していることが明らかになったため、その対策のための現地調査を行なっています。

また、肉食動物の侵入を防ぐことのできる、共同で使える家畜小屋を設置するなど、地域コミュニティとの協議を通じた対策も検討し、その効果を検証していく予定です。

住民の方々との協議。こうした連携の強化を通じ、野生動物との共存に向けた地域としてのビジョンづくりを進めています。
© WWF India

住民の方々との協議。こうした連携の強化を通じ、野生動物との共存に向けた地域としてのビジョンづくりを進めています。

4.ユキヒョウとオオカミ、およびその獲物となる草食動物の保全活動にかかわる関係者の意識向上

この取り組みでは、学生を対象としたプログラムを実施し、自分たちが暮らす地域の生態系に対する理解の促進を目指しました。

特に4月3日~9日の「世界野生生物週間」と、10月23日の「世界ユキヒョウの日」には、大規模な普及イベントを実施。地域の学校や公立大学、ラダック大学から約150人の学生が参加しました。

この他、さまざまな年齢層を対象とした、ユキヒョウとその保護に関する短編アニメーション映画の制作に着手。ストーリーと絵コンテの制作を開始しました。

この映像作品は完成後、ユキヒョウやオオカミとの「あつれき」にかかわっている利害関係者の意識向上に活用する予定です。

5.西ヒマラヤにおける気候変動の影響に対する理解の促進

ヒマラヤの自然は世界で最も気候変動(地球温暖化)の影響を強く受けることが懸念されている環境の一つです。

実際、各地では平均気温の上昇に伴う氷河の融解や、その解けた水が溜まって形成された氷河湖が決壊することで、自然環境や人の暮らしに大きな影響が生じています。

気候変動による環境の劇的な変化は今後、この地域のユキヒョウの保護においても、重要な課題となってくることは間違いありません。

そこで、地域で放牧を営むコミュニティに対し、気候変動やそれに伴う異常気象に対する正しい理解を広め、適切な適応戦略を考えていく取り組みを開始しています。

2023年12月までに、専門知識を持つ外部の関係者との協力関係を構築。チャンタンで放牧を営む人々に対する、気候変動への脆弱性を調査するためのアンケートと、コミュティ向けのガイドを作成しました。

今後は地域を対象としたデータの収集とその分析を実施し、それに基づく適応戦略の策定を目指します。

西ヒマラヤの山々。気候変動は、地域の人の暮らしにも、深刻な影響をもたらします。
© J.Mima/WWF Japan

西ヒマラヤの山々。気候変動は、地域の人の暮らしにも、深刻な影響をもたらします。

ユキヒョウの未来を守るために

2024年1月に発表されたインド政府による調査結果などにより、謎に包まれていた野生のユキヒョウの実情は少しずつ明らかになりつつあります。

その中で重要なことは、特に保全活動に力を入れるべき地域を特定し、そこで生じている問題を解消していくことです。

WWFが西ヒマラヤのラダックで、日本からの支援と、地域の方々との協力のもと展開している活動も、そうした問題に対する取り組みの一つといえるでしょう。

個体数は決して多くないユキヒョウですが、その分布域は広大です。

それぞれの地域の状況に応じた活動が必要とされる一方、そうした違いを超えて共通した課題や、保全に活用できる手立てや情報を共有していくことも、ユキヒョウの未来を守る上での重要な取り組みです。

西ヒマラヤでの活動を確実に展開しながら、その知見を他の生息域での保護活動の現場とも共有し、より広域でユキヒョウの保護活動が成功するように、WWFは今後も国際的なネットワークを活用した取り組みを行なっていきます。

WWFジャパンの「野生動物アドプト制度」について

WWFジャパンは、絶滅の危機にある野生動物と、その生息環境を保全する世界各地のプロジェクトを、日本の皆さまに個人スポンサー(里親)として継続的にご支援いただく「野生動物アドプト制度」を実施しています。
現在、支援対象となっているのは、アフリカ東部のアフリカゾウ、ヒマラヤ西部のユキヒョウ、南米アマゾンのジャガーの保護活動。今回ご報告した取り組みにも、ご参加いただいている皆さまより寄せられたご支援が活用されました。
この場をお借りして、心より御礼申し上げます。
また、この活動の輪を広げていくため、ご関心をお持ちくださった方はぜひ、個人スポンサーとしてご支援に参加いただきますよう、お願いいたします。

野生動物アドプト制度について詳しくはこちら

【寄付のお願い】ユキヒョウの未来のために|野生動物アドプト制度 ユキヒョウ・スポンサーズ

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