西ヒマラヤにおけるユキヒョウ保護 活動報告(~2026年6月)
2026/10/29
- この記事のポイント
- インド亜大陸の北西部に位置する西ヒマラヤの高山帯は、ユキヒョウが生息する世界有数の重要な景観の一つです。しかし近年は、気候変動や放牧地の拡大、家畜の増加などにより、貴重な植生や独自性の高い生態系が変化。さらには家畜を襲う野生動物と地域住民の間で、深刻な「あつれき(軋轢)」が生じるなど、多くの問題が発生しています。WWFはこの地域で、ユキヒョウとヒマラヤの自然の保全を実現する取り組みを展開。生態系全体を守りながら、人々の暮らしと野生動物の共存を実現する活動を行なっています。2026年6月までの1年間に行なった取り組みと、その成果を報告いたします。
西ヒマラヤで起きている問題
西ヒマラヤの高山帯では、現在、ユキヒョウをはじめとする野生動物の生息環境が、開発や放牧の拡大、さらには気候変動など、さまざまな問題によって脅威にさらされています。
その深刻な原因の一つが、地域住民と野生動物との間で生じている「あつれき(軋轢)」。
ユキヒョウやオオカミなどによる家畜への被害は、放牧に依存する地域住民の暮らしに深刻な影響を及ぼすため、こうした野生動物を害獣と見なす認識を生み、保護を難しくしてしまう問題につながっています。
また、気候変動や放牧する家畜が増えたことで、高山の草原や湿地などの植生が失われ、生態系にも変化が起き始めています。
殊に、標高5,000mを超える高地では、こうした実態の調査や、放牧などの管理が困難であるため、対策の検討も容易ではありません。
さらに、冬期は積雪も多いため、ユキヒョウをはじめとする野生生物の調査や保護は、さまざまな困難にさらされています。

凍結した川の上を歩く調査スタッフたち。厳寒期には氷点下30度にもなります。
ユキヒョウとの共存を目指して ~WWFの活動
こうした問題を解決するため、WWFジャパンは2021年より、WWFインドが取り組む西ヒマラヤでのユキヒョウ保護プロジェクトを支援。WWFジャパンの「ユキヒョウ・スポンサーズ」の皆さまのご支援を得て、多年にわたる活動を展開してきました。
2026年6月までの1年間にも、WWFは、ラダック地方のチャンタンやハンレ、ザンスカールといった地域で、ユキヒョウの個体数調査や獲物動物のモニタリング、地域住民との協働による放牧地管理、人と野生動物の共存対策を推進。
ユキヒョウの生息状況を確認したほか、地域社会による保全への参加を得ながら、家畜被害の軽減を実現するなど、さまざまな活動成果を挙げてきました。
一年間の主な取り組みの内容は、以下の通りです。

1.ユキヒョウの生息状況調査とモニタリング
約2,600平方キロにおよぶエリアで、野生動物の自動撮影ができるカメラを用いたカメラトラップ調査や、ダブル・オブザーバー法による調査を実施。ユキヒョウの獲物となる草食動物個体数の推定や、地域の利用状況を分析し、ユキヒョウの生息状況の把握を進めました。設置したカメラトラップの設置地点は45カ所にのぼりました。
数年にわたり継続してきたこうした取り組みの結果、長期モニタリング体制の構築に向けた、基礎データの収集が完了しました。
成果:
ハンレ地域では推定14頭のユキヒョウの生息を確認。生息密度は100平方キロあたり0.5頭という推定を明らかにしました。これは、2023年以降続けてきた調査の結果とも傾向が一致しており、ユキヒョウがこの地域に安定して生息している状況を裏付けたものといえます。今後の調査と保全の基準となる重要なデータの基準値になることが期待されます。
課題:
一方で、広大かつ過酷な高山の環境の中では、継続的な調査活動が困難で、大きな労力とコストが必要になります。長期的な調査体制を維持・確立するためにも、現地への支援が求められています。

2026年2月にカメラトラップで撮影されたユキヒョウ
2.獲物動物と生息地のモニタリング
ユキヒョウの主な獲物となる野生の草食動物、さらにその生息環境である、高山の草原や湿地の調査を実施しました。
ザンスカール地方では、現地政府の担当部署の職員と一緒に、高山の湖沼や湿地の調査も行ない、これらの地域の主な生態系の現状把握につながるデータの収集と評価を進めることができました。
成果:
調査の結果、草食動物では、1,062頭のキアン(チベットノロバ)、80頭のチベットガゼルを確認しました。また、高標高に散在する湿地環境の基礎データを整備し、将来の保全計画に活用できる情報を蓄積しました。
また、現地政府の関係者らと一緒に調査に取り組んだことで、人材の開発や能力育成にもつなげることができました。
課題:
こうした標高の高い山岳地帯では今後、気候変動によって、急激な環境変化が起きる可能性があります。現在確認できている、植生や水環境の変化を、継続的に追跡・調査する必要があります。

チベットノロバの群。西ヒマラヤの厳しい環境に適応した草食動物の一種です
3.地域主体の放牧地管理と保全のためのガバナンス構築
地域住民の方々や、行政関係者、女性グループ、若者、宗教関係者など、ユキヒョウが生息する地域の多様な主体と協働し、「チャンタン・ビジョン」策定と実施準備を進めました。
このビジョンは、野生動物の生息にも配慮した、放牧地の管理を確立するため、WWFと地域住民が検討し、取りまとめてきた、将来のビジョンです。
成果:
この1年間では特に、「ビジョン」の文書作成・公開準備が進み、地域主体の管理体制づくりに向けた協議が進展しました。
これは、自然と文化を守りながら持続可能な地域振興を両立する長期的なビジョンであり、その理解の広がりは、住民による参加型の保全とガバナンスの基盤になることが期待されます。
課題:
「ビジョン」の確立に向けた、行政機関や地域コミュニティとの調整に、長い時間を要しました。また、これを具体化し、制度化していくまでには、さらなる知見と時間が必要です。継続的な取り組みと、それを支える支援が求められています。不可欠となっています。
4.人と野生動物の共存を目指して
ユキヒョウやオオカミによる家畜への被害を軽減するため、安全な家畜の防獣囲い(プレデタープルーフ・コラル)の設置や、むやみな駆除に頼らない対策の普及を進めました。
特に、これまで被害が多いとされてきた地域では、対策を集中的に実施。その効果検証も実施しました。
成果:
放牧地で8基の防獣囲いを整備。さらに動物除けのフォックスライトなどの導入を併せて行なった結果、事前・事後の比較調査で、住民の野生動物への認識が改善し、評価指数が0.78から0.83へと向上。実際に、家畜被害の減少も確認できました。
課題:
効果は得られましたが、現状では対応できている地域が限定されています。取り組みの成果を定量的に検証しながら、今後、より多くの地域へ展開していく必要があります。

まだ防獣囲いをしていない、石積みの家畜の囲い。家畜を狙うユキヒョウやオオカミは、夜、こうした場所にやってきます。
5.地域の人材育成と保全意識の向上
学校や大学での環境教育イベントを実施したほか、実際に保全活動に関与する若者たちを対象としたプログラム「マウンテン・ガーディアンズ」の育成支援を行ないました。
この結果、地域の若者が、ユキヒョウなどの調査・保全活動に参画する機会が拡大。今後の定着を図っていきます。
成果:
100人を超える学生が、ユキヒョウの保全を支える啓発活動に参加。地域の若者が、「マウンテン・ガーディアンズ」の一員となり、モニタリング要員やコミュニティと政府や外部機関との接点の役割を担い始めています。
課題:
若者の継続的な参加を促し、長期的な保全活動を担える人材として定着させていく仕組みづくりが必要です。

調査用のカメラトラップを設置するマウンテン・ガーディアンズのメンバー。保全を永続的なものするためには、人材の育成が欠かせません。
ユキヒョウの未来を守る ~今後に向けたWWFの取り組み
2026年7月以降も、WWFはユキヒョウを含む野生動物の生息状況の長期モニタリングを継続し、獲物となる草食動物や生息地のデータを収集。これらを統合した、科学的な保全計画の強化を進めます。
また、防獣囲いなど、駆除に頼らない野生動物被害への対策効果を検証し、対象地域を拡大することで、人と野生動物の共存をさらに推進していきます。
また、「チャンタン・ビジョン」の実施についても、これを支える地域主体の管理組織づくりや若手保全人材の育成を後押しし、地域社会が主体となってユキヒョウと自然を守り続けられる仕組みの構築を目指します。
厳しい自然環境の中でも、科学と地域の知恵を組み合わせながら、ヒマラヤ固有の生態系と人々の暮らしを未来につなげていくこと。それが、このWWFのユキヒョウ保護活動が目指すゴールです。

担当スタッフより:ご支援いただいた皆さまへ
野生生物グループ:若尾慶子

厳しい寒さと険しい山々に囲まれたヒマラヤ高地で生きるユキヒョウ。
その未来を守る取り組みを、WWFと共に支えているのは、現地の地域コミュニティや研究者、行政機関の関係者、そして日本から応援してくださっている「ユキヒョウ・スポンサーズ」の皆さまです。
この1年間も、無事にその取り組みを終えることができました。
2026年2月には、現地でユキヒョウの保護プロジェクトを主管するWWFインドのスタッフも来日、その際にも、日本のサポーターの皆さまに対し、深く感謝の言葉を述べておりました。
ユキヒョウに限りませんが、保護活動は、変化や成果が出るまでに長い時間を要します。これを、多年にわたり継続的にご支援くださることは、私たちにとって何よりも大きな力です。
ここにあらためて、WWFインドとWWFジャパンのスタッフを代表して、皆さまに御礼を申し上げます。
ヒマラヤの自然を取り巻く課題は今なお大きく、ユキヒョウと人々が共に生きられる未来の実現には、継続的な取り組みが欠かせません。
私たちはこれからも、科学的な調査と地域社会との協働を通じて、このかけがえのない生態系を守る活動を続けていきます。
ユキヒョウが100年後の未来にも、自由に駆け抜けるヒマラヤの大自然を守るために、これからもWWFの活動を見守っていただければ幸いです。

