生物多様性の変化はどう測る? ~「生きている地球指数(Living Planet Index)」の解説
2026/10/08
- この記事のポイント
- 地球上に存在する、何百万種もの生きものたちは、今、どのような状況にあるのか。その問いに答えようと、すべての生物について、世界のあらゆる場所で、常に観測し続けようとしても、それは不可能です。そのため科学者たちは、「生物多様性指標」を活用して、地球上の生物多様性が時間とともにどのように変化しているのかを捉えています。しかし、こうした指標は、限られたデータや地域的な偏りを含むデータに基づいているため、不確実性も伴います。科学者たちは、どのようにしてこうした課題を克服しているのでしょうか。そして、「生きている地球指数(Living Planet Index:LPI)」のような指標が、変化する地球の生命の状況を把握する上でなぜ重要なのか、その仕組みと意義を解説します。
なぜ生物多様性の変化を測る必要があるのか
生物多様性は、人の社会を支える基盤です。水やきれいな空気、食料、薬、さまざまな資源を供給し、世界中の何十億もの人々の暮らしと健康を支えています。
バクテリアから海藻、クジラに至るまで、この生命の多様性こそが、生態系の回復力を支え、人類にも多くの恩恵をもたらしています。
だからこそ科学者たちは、生物多様性の健全性がどのように変化しているかを測定する方法を必要としています。それによって、生物多様性に対する重大な脅威を特定し、保全の取り組みを最も必要とする場所へ重点的に向けることができるからです。
こうした認識のもと、世界各国の政府は、生物多様性条約の「昆明・モントリオール生物多様性枠組(KM-GBF)」のもとで、2030年までに自然の損失を止め、回復軌道に乗せる(ネイチャーポジティブ)という目標に合意しました。
この目標に向けた進捗を確認するためには、自然界で起きている変化を、可能な限り正確に、かつ透明性の高い形で把握することが欠かせません。
しかし、生物多様性の状態を測定することは、思われているほど簡単ではないのです。

科学者はどのように野生生物をモニタリングしているのか
多くの生物種は、見つけること自体が難しかったり、個体数が少なかったり、人が立ちいるのが困難な場所に生息したりしています。
このため研究者たちは、野外調査や、リモートモニタリング、統計モデルなどを組み合わせながら、野生生物の状況を把握しています。
- 直接観察:野生生物を直接観察して数を把握する方法。地上で観察できる動物の場合、一定のルートに沿って生物を記録する「トランセクト調査」などの手法を用いたデータを基に、より広い地域の個体数を推定します。
- カメラトラップ:自動撮影カメラを設置し、野生動物を記録する方法。例えばトラでは、撮影された縞模様の違いから個体を識別できます。ただし、すべての個体が撮影されているわけではないため、撮影された点数や、撮影された地点の密度から、統計モデルを用いて総個体数を推定します。
- 代替指標:生物を直接観察する代わりに、代替となる指標を調べる調査方法です。例えば、オランウータンやウミガメ、ゴリラでは、巣やフンの数を調べることで個体数を推定できます。
- 新たな技術:衛星画像に写ったセイウチを市民科学者が数えたり、AIを活用してデータを分析したりするなど、新たな技術によって測定できる対象や範囲が広がり続けています。
しかし、このように多様で高度な手法を用いているにもかかわらず、モニタリングされているのは世界の生物多様性のほんの一部にすぎません。

地球上の生物種について、私たちはどれだけ知っているのか
生物種に関する知識は、研究対象となっている生きものや、その場所、調査した時期、手法、研究者などに応じて、さまざまな形で蓄積されています。このため、調査データは世界中で均等に存在しているわけではありません。
例えば、2017年の研究では、生物多様性に関する研究が温帯の脊椎動物種に偏る傾向にあることが示されました。また、生態学研究そのものや研究者も、高所得国に集中していることが分かっています。
さらに、生物多様性に関する大規模なデータバンクも、英語で出版された研究に大きく依存しています。他の主要言語の利用可能なデータが数多く存在するにもかかわらず、その多くが十分に活用されていないのです。
こうした偏りの結果、生物多様性に関する科学的な理解にはさまざまな空白が生じています。
例えば、IUCN(国際自然保護連合)の絶滅危惧種レッドリストでは、15%の種が「データ不足(Data Deficient)」に分類されています。これは、絶滅リスクを評価するために十分なデータがないことを意味します。
しかし、研究者たちは、こうした「データ不足」とされる種の半数以上が、実際には絶滅の危機に瀕している可能性が高いと推定しています。
このことは、実際の保全活動にも大きく影響します。データが不足している種は、保全の優先対象になりにくく、その結果、必要な措置が講じられないおそれがあるためです。

生物多様性指標は何を示すためのものか
こうした状況の中で今、「生物多様性指標」が注目されています。
これは、生きものに関する膨大な情報を数値として集約することで、時間の経過に伴う変化の傾向を追跡しやすくするために用いられます。
この指標はあくまで入手可能な科学的根拠(エビデンス)に基づく「シグナル」であり、地球上のすべての生物種の情報を網羅するものではありません。その意味で、生物多様性の現状を示す、完全な指標ではない、という点について留意する必要があります。
実際、生物多様性にはさまざまな側面があるため、それぞれ異なる側面に着目したさまざまな指標が存在します。
- 絶滅リスク(Extinction risk):特定の野生生物種が近い将来に絶滅する可能性の高さを示す指標
- 生物多様性の完全性(Biodiversity intactness):現在の生態系が、そこに生息する種の多様性と個体数の観点から、本来の自然で錯乱されていない状態と比べてどの程度維持されているかを示す指標。
- 個体数(Abundance):ある特定の地域に存在する特定の生物種の個体数。種数(どれだけ多くの異なる種がいるか)とは関係なく、特定の種の個体の多さ(または個体群(※)の大きさ)を表す指標。
※個体群(population)とは、ある地域に同じ時期に存在する同一種の個体の集まりをいう。一般的に、個体間に交配などの相互関係があり、同じ種の他の個体群と区別できる集団を指す。
また、WWFの『生きている地球レポート(Living Planet Report)』では、生物多様性の異なる側面に着目した、広く使用される指標を紹介しています。
- レッドリスト指標(Red List Index):種の絶滅リスクの世界的な変化傾向を示す指標。
- 生物多様性完全性指標(Biodiversity Intactness Index):生態系が本来の自然な状態からどの程度変化したかを推定する指標。
- 生きている地球指数(Living Planet Index:LPI):脊椎動物の個体群の個体数(abundance)が時間の経過とともに平均してどのように変化したかを測定する指標。
国際的な指標は、自然の変化について科学が何を示しているかを伝える上で重要な役割を果たしています。なかでも重要なのは、これらの指標が生物多様性の異なる側面を測定しているにもかかわらず、いずれも同じ悪化傾向を示しているということです。
生物多様性の変化のすべての側面を捉えられる単一の指標はありません。そのため『生きている地球レポート』は、生物多様性の異なる側面を測定する複数の補完的な指標を取り上げ、世界的な変化の傾向をより包括的な形で示しています。

「生きている地球指数(LPI)」を理解する
生物多様性指標をめぐる科学的な議論は当然起こるものであり、手法を継続的に改善し、強固なものにしていくうえで重要なプロセスの一部でもあります。
こうした議論を通じて、指標の手法は継続的な検証と改良が行なわれてきました。
しかし、どのような議論や検証があるとしても、生物多様性が深刻な圧力にさらされている、という現状に対する科学的な共通の認識が変わるわけではありません。
例えば2026年版の『生きている地球レポート』では、ロンドン動物学恊会(Zoological Society of London: ZSL)が算出する「生きている地球指数(LPI)」により、モニタリング対象となった脊椎動物の野生個体群が、1970年から2022年の間に世界で平均して73%減少したことが示されています。
LPIは、対象となるすべての個体群の変化率を平均して算出することで、生態系の健全性の全体的な動向を捉えることができます。
また、これによって、個体数の非常に多い種が全体傾向を過度に左右することを防ぎ、同時に、個体数の少ない希少種の傾向が過小に評価されることを防いでいます。
このように、生物多様性の豊かさがどう変化したのかをモニタリングすることは重要です。なぜなら、個体数の変化は、生態系の深刻な変化を示す他の指標よりも早い段階で検出できるからです。
一方で、データの収集から公表までにタイムラグが存在するため、この指標が自然界で起きている変化をリアルタイムで反映することには課題があります。
個体数の増加率や減少率の程度には、大きなばらつきがあります。世界全体のLPIは減少傾向を示していますが、これは指標に含まれるすべての個体群が減少していることを意味するわけではありません。
一例として、2026年版『生きている地球レポート』では、個体群のおよそ半数が安定または増加傾向にあり、それとほぼ同数の、残りの半数は減少傾向にありました。それにもかかわらず、LPI全体が減少傾向を示しているのは、減少している個体群の減少幅が、増加している個体群の増加幅を上回っているためです。
LPIは通常、変化の傾向を分かりやすく要約して伝えるために、単一のヘッドライン指標として示されます。しかし、その結果が誤解されてしまうこともあります。
例えば、世界のLPIは、これまでに失われた動物の総数や種数を示すものとして誤って報じられることがありました。しかし実際には、モニタリング対象となった脊椎動物の野生個体群の規模が、平均して減少してきたことを示しています。
LPIで用いられているこのような集計方法は、地域や場所ごとに異なる複雑な現実を、ある程度単純化せざるを得ません。
しかし、そのことには、重要な意義があります。何千ものモニタリング対象の個体群の変化を集約することで、LPIは生態系の、世界規模での大きな傾向を示しているのです。

なぜ偏りと不確実性は生物多様性科学につきものなのか
複雑なシステムを対象とする研究では、バイアス(偏り)や不確実性が生じることは避けられません。このため、科学者は生物多様性を測る際、こうした点を必ず考慮する必要があります。
個体数に関するデータにおける偏りや不確実性の原因:
- データの偏り(時期、地域、分類群によってデータ量に偏りがあること)
- 一部の個体群ではモニタリング期間が短いこと
- 調査ごとに異なる手法が用いられていること
- 個体群規模の自然な違い
- 種によって見つけやすさ(検出しやすさ)が異なること
LPIの算出に用いられるデータセットは、年々拡充されています。2026年版のLPIは、5,790種・35,803個体群の傾向のデータをもとに算出されています。しかし、このデータは、モニタリングが充実している種や地域に偏っています。また、野生個体群のデータの充実度は、年代によっても異なります。
このため、LPIでは1970年を世界共通のベースラインとしています。年代が古くなるほど、信頼性の高い、比較可能なデータが少なくなるためです。
例えば、ヨーロッパや北米では、多くの生物多様性の損失が1970年よりも前に発生しました。そのため、現在の個体群の規模が安定している場合でも、それは健全な生態系を示しているのではなく、すでに過去に大きく損なわれてしまった生態系の状態を反映している場合があります。
つまり、LPIが示す結果は、これらの地域で人間によって引き起こされた生物多様性の減少の実際の規模を、過小評価している可能性があるということです。

LPIは野生生物データの不足をどう補うのか
地域ごとの偏りに対応する方法のひとつが、新たなデータを継続的に追加することです。
特に、これまで十分に反映されてこなかった種や地域のデータを追加することで、LPIの精度や信頼性をさらに高めることができます。
とはいえ、新たなデータが使用可能となり、LPIのデータベース(Living Planet Database)に追加できるようになるには何年もかかることがあります。
このため、LPIを算出する際には、データ量の違いによる影響を考慮する必要があります。そこで科学者たちは、しばしば「重み付け(weighting)」と呼ばれる手法を用いています。これにより、各地域のデータをより適切に指標へ反映できるようになります。
LPIでは、より多くの種が生息する地域や分類群に、より大きな重みが置かれます。
これは完璧な解決策ではありませんが、例えば熱帯地域のデータは、温帯地域のデータよりも世界全体の指数に大きく反映されることになります。
この手法の目的は、不確実性を完全になくすことではなく、偏りをできるだけ小さくすることにあります。
モニタリング期間の短いデータや、利用可能な範囲が限られている野生生物の個体群のデータも、不確実性の要因となります。
こうしたデータを除外するという選択肢もありますが、不完全なデータを取り除くことには欠点もあります。
なぜなら、モニタリングが十分に行われていない地域や、限られたデータしか存在しない地域が分析から除外されてしまい、指標としての代表性が損なわれるおそれがあるからです。
例えば、資金確保が難しかったり、モニタリングが始まったばかりであったりする熱帯地域が反映されなくなってしまいます。
もちろん、データベース全体ではなく一部のデータのみを用いたり、異なる重み付け手法を用いたりすれば、結果は変わります。
しかし、LPIでは、できる限り多くのデータを使用するとともに、データの一部を除いた場合に結果がどのように変化するかを確認する定期的な検証を行なう、という手法を採用しています。
こうした検証結果は、『生きている地球レポート』の技術補足資料として公開されています。
【参照資料】Technical Supplements of the Living Planet Report

進化し続ける科学
LPIは、個体群や地域レベルの調査・研究をもとに構成されており、生物多様性の減少だけでなく回復も記録しています。
マウンテンゴリラ、アオウミガメ、ヨーロッパバイソンなど、保全活動の成果が実り、個体数が回復した明確な事例も存在します。
継続的な保全活動と、それを支える政策や地域コミュニティの参加があれば、生物多様性の回復は可能なのです。
30年近くにわたり、『生きている地球レポート』は、地球環境の現状を示唆し、さまざまな政策を改善する強力なツールとして活用されてきました。
1998年の初版発行以来、LPIは査読付き学術論文や政策文書の中で2,000回以上、引用されています。
さらに、LPIは昆明・モントリオール生物多様性枠組(KM-GBF)のモニタリング指標のひとつにもあげられています。このLPIの算出手法は、査読を経て公表されており、継続的に改善されています。
不確実性があるからこそ、科学者はデータの限界を明確にし、結果が特定の前提条件にどの程度左右されるのかを検証するとともに、手に入れたより良いデータや根拠をふまえて手法を改善していく必要があります。
用いる手法によって推定値の大きさが変わることはあります。しかし、複数の指標が示す全体的な傾向は一致しています。それは、自然が世界中で継続的な圧力にさらされているということです。

データから行動へ!
すべての生き物を、すべての場所で測定しなくても、今、行動を起こす必要があることは明らかです。
科学が示す結論は明確です。世界規模の指標は、現在講じられている対策が、状況をより安定した方向へと導くのに十分なものか、それとも、より深刻なリスクへと向かわせているのかを見極める手がかりとなります。
いま問われているのは、生物多様性の減少が起きているかどうかを詳細に議論することではありません。
むしろ、その知見をどれだけ迅速かつ効果的に行動へ結びつけ、生物多様性の早急な回復を実現できるかなのです。
※本稿は、WWFインターナショナルの記事『Tracking nature: how scientists measure biodiversity trends』(ダウディ・スンバ(WWFインターナショナル自然保護担当チーフオフィサー)による解説)(2026年8月17日掲載)を翻訳・編集したものです。
