タイの森に新たな希望をもたらす仔トラ「ガンマ」
2025/12/03
- この記事のポイント
- 2023年末、タイのクロンラン国立公園の奥深くで、2頭の小さな子トラがこの世に生を受けました。母親は、この保護区で初めて子育てに成功したという記録を持つ「F19」と呼ばれるからメスでした。この時産まれた2頭のうち、1頭に「ガンマ」という名前が与えられました。腰のあたりに、ギリシャ文字「γ(ガンマ)」の形をした縞模様があったからです。それ以来、ガンマはWWFが長年活動してきたクロンラン国立公園におけるトラの新たな世代の象徴となったのです。
変わりゆく森で育つガンマ
誕生後、カメラトラップはガンマと家族の姿を捉え始めました。写真には、母親の後を追って歩いているところや、背の高い草むらで忍び歩きを練習する様子、WWFタイとDNP(国立公園・野生動物・植物保全局)がサンバーやガウルなどの草食動物の回復のために復元した草原を探検する様子が捉えられていました。
ガンマとその兄弟はよく、タイ西部森林群(WEFCOM)の重要なエリアであるクロンラン国立公園やクロンワンチャオ国立公園の間を行き来する姿が見られました。
こうした写真の一枚一枚が、トラ保全にとっては小さいけれども重要な成果です。仔トラの生存は、森が回復している最も強固な証拠の一つだからです。
しかし、母親の縄張りを離れ、自分の縄張りを見つけるために新たな土地に足を踏み出していくステージは、オスのトラにとって非常に危険な時期です。
突然の失踪:不安な日々
2025年1月、ガンマは生後約16か月になっていました。若いオスが母親の縄張りを離れ、自分の縄張りを探し始める頃でした。
そしてある日突然、ガンマは姿を消しました。写真も足跡も、何の痕跡もありません。
これと同じ時期、新しい大人のオスがF19の縄張りに入ってきていました。これは「子殺し」を引き起こす可能性がある自然な行動で、オスは自分の子ではない仔トラを殺すことがあります。
ガンマは無事に親離れを果たしたのでしょうか?それとも命を落としてしまったのでしょうか?
その行動を追い続けてきたスタッフたちは、数か月の間、最悪の事態が起こっていないことを祈るばかりでした。
一枚の写真がすべてを変えた
2025年11月、クロンラン国立公園から遠く離れたランサン国立公園のカメラトラップが、力強い若いオスの姿を捉えました。その体には、あの縞模様―見紛いようもないガンマ型の模様がくっきりと浮かび上がっていました。

ランサン国立公園でとらえられたガンマの姿
ガンマは生きていたのです。
しかも、母親の縄張りを離れ、北方へと移動していました。
生後約26か月のガンマは、クロンラン国立公園からクロンワンチャオ国立公園を経てランサン国立公園に至る70kmの長い旅を果たしていたのです。

ガンマの生まれた場所と最近確認された場所
オスのトラは獲物や繁殖相手を求めて長距離を移動します。彼の旅はまだ終わっていないかもしれません。ランサンを新しい縄張りに選ぶかどうかは、これからです。
しかし、確かなことがあります。ガンマはトラの一生の中で最も困難な時期を乗り越えたということです。
トラ保全にとって大きな3つの意味
1. タイにおけるトラ回復が前進していること
若いオスの死亡率は、他と比べて非常に高くなります。ガンマが成獣まで生き延び、優位なオスを避け、新しい国立公園に到達したことは、トラが移動できるほどに森林同士がつながっており、地域全体で個体群回復が進んでいることを示しています。
2. ガンマはクロンラン国立公園で生まれた初めての仔トラ
10年以上、クロンラン国立公園にはメスのトラがいましたが、繁殖は確認されていませんでした。その理由は獲物不足、特にシカの仲間のサンバーの数が少ないことにありました。
しかし、2022年にDNPとWWFタイがシカの再導入を開始してから状況は一変しました。
F19はシカ放獣ゾーンを中心に縄張りを持ち、そこで子育てに成功しました。ガンマの誕生は家族の節目であるだけでなく、獲物回復がトラの繁殖に直結することを示す生態学的証拠となったのです。
さらに注目すべきは、家族の長い移動の歴史です。
F19はかつてトゥンヤイ・ナレスワン(東)野生生物保護区からクロンランへ移動して来ました。
そしてガンマはクロンラン国立公園で生まれ、今度はさらに北のランサンへと旅立ちました。
この移動の歴史がDNAを通じて世代を超えて受け継がれ、かつてのトラの道を再びつないでいるかのようです。
3. メーウォン-クロンランは広域のトラ供給源になりつつある
WWFスタッフも著者となっている最近の科学論文(Steinmetzほか 2025年『Ecological Applications』)では、「トラの繁殖率が低い地域でも、そこで産まれた仔トラが生き延びて他の地域へ分散すれば、トラ全体の個体群の回復に貢献できる」と述べられています。
ガンマはまさにその証拠です。
WWFが長年トラ保全に取り組んで来たメーウォン国立公園とクロンラン国立公園は、互いに隣接した国立公園ですが、どちらもトラの個体数が少なく、長らく他の地域からの移入を受け入れる「シンク」となっていましたが、獲物回復とシカ再導入によって条件が改善し、今やトラを他地域へと送り出し、ランサンなど周辺保護区の回復を支える「ソース」、すなわちトラの母体の地域となりつつあるのかも知れません。
2024年10月。親離れを間近に控えたガンマとその母親F19
小さな仔トラ、大きな希望
独特な縞模様を持つ小さな仔トラから、タイの森で自分の居場所を切り開く若き探検者へ。
ガンマの物語は、彼自身の強さだけでなく、メーウォン国立公園・クロンラン国立公園の森におけるトラ回復が新しい段階に入ったことを示しています。
ガンマの生存物語はこう語っています:
- 草食動物回復のために復元された草原は機能している
- シカ再導入はトラの繁殖を促している
- コリドーでつながった森林はトラの分散を可能にしている
- タイの森にトラが帰ってきている
ガンマの旅はまだ続いています。
しかし今日のところはひとまずガンマのことを祝福しましょう。
単なる一頭のトラとしてではなく、粘り強い保全活動の成果の象徴として。
クロンランからランサンへ、ガンマは森が再び命を取り戻す物語の主人公の1頭です。



