アジアのネコ科動物を脅かす違法取引──25年の分析から見えた課題と希望
2025/11/14
- この記事のポイント
- アジアに生息するトラやヒョウなどのネコ科動物は、違法な取引や密猟によって深刻な脅威にさらされています。WWFなどの国際団体が共同で作成した最新の報告書『The Trade in Asian Big Cats(2000–2024)』は、過去25年間の取引データを分析し、犯罪の巧妙化や種ごとの傾向、そして保護のために必要な対策を明らかにしました。
WWFなどの国際的なNGOが協力して発表した報告書『The Trade in Asian Big Cats(2000–2024)』は、アジアに生息するネコ科動物に対する違法取引の実態を25年にわたり分析した調査成果をまとめたものです。本報告書は、2025年11月にウズベキスタンで開催されるワシントン条約第20回締約国会議(CITES CoP20)に向けた重要な資料として位置づけられています。
調査の対象となったのは、トラ、ヒョウ、ユキヒョウ、ウンピョウ、ライオン、アジアチーターの6種で、いずれもCITES附属書Iに掲載されており、国際商業取引は禁止されています。しかし、報告書によれば、違法取引は依然として活発で、しかも巧妙化・分散化が進んでいます。
犯罪ネットワークに組み込まれる野生ネコ科動物の取引
報告書では、2000年から2024年までに確認された違法取引・密猟事例は3,564件にのぼり、特に2019年以降の5年間で全体の4分の1以上が報告されています。長期的には、違法取引の件数は増加傾向にあり、2020年にピークを迎えました。一方で、一回あたりの押収量は減少しており、これは大規模な押収から小規模で頻繁な取引へとシフトしていることが示唆されます。報告書では、この傾向の背景として、取引の分散化や摘発回避のための戦術的変化が挙げられています。
違法取引はインド、中国、ネパール、タイ、インドネシア、ベトナム、ロシア、マレーシアの8カ国に集中しており、これらの国々が取引の中心地となっています。また、違法取引は単一種ではなく、複数種を同時に扱う傾向が強く、トラの代替としてヒョウやライオンが用いられるケースも多く見られます。こうした取引は、薬用、装飾品、ペット需要など多様な目的に支えられており、ウェブサイトやSNSを通じた販売も増加しています。
種ごとの違法取引の傾向と脅威
報告書では、各種ネコ科動物の保全状況と違法取引の傾向が詳しく分析されています。
トラ(Panthera tigris)
推定個体数は5,574頭(Global Tiger Forum発表データ)。違法取引では皮、骨、爪などの高価な部位が主に対象となり、2000~2024年の間に3,268〜4,402頭が違法取引されたと推定されています。特に骨は伝統薬としての需要が高く、タイやラオスの繁殖施設からベトナムへ密輸される事例も報告されています。また、オンライン上ではトラの骨酒や皮が販売されており、SNSが取引の温床となっています。違法取引の件数は2010年代後半にピークを迎えた後、近年はやや減少傾向にあります。その要因としては、法執行の強化や監視体制の改善が一定の効果を上げている可能性が考えられます。

ベンガルトラ(インド)
ユキヒョウ(Panthera uncia)
推定個体数は約4,000頭。違法取引では皮が65%を占め、骨や歯、爪も伝統薬市場で流通しています。中国、モンゴル、パキスタンなどでの押収事例が多く、特に中国では2007年と2016年に大規模な皮の押収がありました。2017年以降、押収数は大幅に減少しており、違法取引の報告件数も減少傾向にあります。報告書では、この減少は法執行の成果である可能性がある一方で、報告漏れや検出能力の限界によって実態が把握されていない可能性もあるとしています。

ユキヒョウ(パキスタン)
ウンピョウ(Neofelis nebulosa、Neofelis diardi)
ウンピョウは、ユーラシア本土にすむウンピョウ(Neofelis nebulosa)と、島しょ部にすむボルネオウンピョウ(Neofelis diardi)の2種がいますが、合計で1万頭未満と推定されています。違法取引では皮が主な対象ですが、近年は歯や骨、爪などの部位も押収されており、取引の多様化が進んでいます。2014年にカンボジアでの大量押収により件数が急増した後、全体としては減少傾向にあります。近年はタイ、インド、インドネシアなどで継続的に報告されており、地域によっては取引が根強く残っていることが示されています。

ボルネオウンピョウ(ボルネオ)
ヒョウ(Panthera pardus)
違法取引されたヒョウは4,571〜5,075頭と推定され、皮のほか、爪や骨が取引されています。報告書によれば、違法取引件数は年々増加しており、2020年には2010年頃の約3倍に激増しました。一方、中国では2000〜2008年に705件の押収があったのに対し、2017〜2024年には32件と大幅に減少していました。中国が1993年にトラの骨の取引を禁止したことで、代替品としてヒョウの骨が薬の材料として使用されるようになったことが、2000年代初頭の押収件数の増加の要因となったと考えられています。近年の減少は、法執行の強化や市場の変化、あるいは報告体制の改善による影響である可能性があります。

ヒョウ(インド)
ライオン(Panthera leo)
アジアのライオンはインドのギル森林にのみ生息し、個体数は891頭(2025年時点)と回復傾向にあります。違法取引の報告は少ないものの、爪や歯の取引が確認されており、2024年にはギル国立公園での密猟事件で20人が有罪判決を受けました。また、アフリカ産ライオンの骨がトラの代替品としてアジア市場に流通しており、アジアのライオンにも影響を及ぼす可能性があります。

インドライオン(インド)
アジアチーター(Acinonyx jubatus venaticus)
イランにのみ生息し、推定個体数は30〜40頭。違法取引の報告は少ないものの、過去にはイラン国内でチーターの子どもが押収された事例があり、密猟のリスクは依然として高いとされています。アフリカ産チーターの取引が活発であることから、アジアチーターへの波及的な影響も懸念されています。

チーター(写真はアフリカのチーター)
対策と提言
アジアのネコ科動物を違法取引から守るためには、国際的な協力のもと、法制度の整備、取り締まりの強化、そして需要の削減という3つの柱に基づいた対策が必要です。
法制度の強化
違法取引を防ぐには、各国が野生動物保護に関する法律を整え、違反者に対して十分な罰則を科すことが重要です。報告書では、野生動物犯罪を「重大犯罪」として扱い、資産の差し押さえやマネーロンダリング対策などの法的手段を活用することが推奨されています。
また、繁殖施設には、違法取引に関与するリスクがあるため、施設の登録、検査、個体識別などの管理強化が必要です。オンライン取引への対応も急務で、SNSやECサイトを通じた違法販売を規制する法整備が重要です。
取り締まりの強化
違法取引の摘発には、警察や税関などの関係機関が連携し、情報を共有して捜査を進めることが不可欠です。報告書では、情報主導型捜査やDNA鑑定、金融調査などの高度な手法の活用が効果的であるとされています。
また、国境を越えた協力も重要です。密輸ルート上にある国々が合同捜査や情報交換を行うことで、広域的な犯罪ネットワークの摘発につながります。
需要の削減
違法取引の背景には、伝統薬や装飾品としてのネコ科動物製品(毛皮、爪、牙、はく製など)への需要があります。政府や業界が一貫したメッセージを発信し、使用を禁止・否定する姿勢を示すことが重要です。
中国やベトナムでは、伝統医療関係者と連携し、代替品の普及や啓発活動が進められています。また、学校教育やSNSを活用したキャンペーンも効果を上げています。
地域住民の生活環境にも目を向ける必要があります。貧困や仕事の不足が密猟の動機になることがあるため、自然と共存しながら暮らせるような支援が求められています。

アジアのネコ科動物が安心して暮らせる未来のために
本報告書では、アジアに生息する代表的なネコ科動物6種の違法取引の状況や課題が明らかとなりました。その中には、違法取引が減少したケースも見られ、保全活動が成果をあげた可能性が示されました。しかし、どの種も予断を許さない状況にある事には変わりはなく、アジアにはさらに他のネコ科動物も暮らしています。WWFは、これらの提言が各国で実行されるよう、国際社会と連携しながら働きかけを続けています。



