【WWF声明】クマ被害対策において、緊急施策にとどまらない長期的視野での「自然と共生する社会」の実現を
2025/11/14
近年のクマの大量出没により被害にあわれた方々、そしてご遺族の皆様に心よりお悔みとお見舞いを申し上げます。あわせて、現場や関係機関で対応にご尽力されている皆様のご努力に、深く敬意を表します。
人の命と安全を守るための緊急的対策は急務です。同時に、クマ問題を考えるにあたっては、「保護」か「駆除」かの二項対立ではなく、日本の国土において野生動物との共存を目指すための長期的な取り組みの視点が重要であるとWWFジャパンは考えます。
2025年の日本におけるクマ被害とその対策の現状
日本には、北海道にヒグマ、本州と四国にツキノワグマが生息しており、絶滅の恐れがある個体群を有する四国を除いて、クマ類の個体数と分布は過去数十年の間に拡大しています*1。特に2000年代以降、人の生活圏における出没や人身被害が増加し、2023年(令和5年)は過去最多を記録しました*2。東北では今年、ツキノワグマの食物となるブナ科の堅果(どんぐり類)が凶作だったことなどにより、秋に市街地にクマが多く出没し、死者数が全国で過去最多の13人に上っています(2025年11月5日時点)*3。
政府は増加する被害に対処するため、2024年に「クマ類による被害防止に向けた対策方針」*1、および関係省庁による「クマ被害対策施策パッケージ」*4をまとめました。また、同年に鳥獣保護管理法でクマ類を「指定管理鳥獣」に指定し(※)*5、今年2025年には法改正により人の日常生活圏での緊急猟銃が可能となりました*6。さらに、10月30日に開催された関係閣僚会議で、関係省庁に追加的・緊急的な対策を盛り込んだ対策パッケージのとりまとめと予算措置の検討等が指示され*7、11月14日に新たなパッケージが決定し、年度内のロードマップ作成等が指示されました。
クマ被害増加の背景にある日本の問題 ~中山間地域の課題と気候変動
人とクマ類との軋轢がここまで深刻化した背景には、人口減少、少子高齢化、都心への一極集中といった現代日本の構造的問題に加え、地方では過疎化が進み、中山間地域での人間活動の減少、里地里山の荒廃、耕作放棄地の拡大などにより、クマが暮らす奥山と人の生活圏の緩衝地帯が徐々に失われてきたことがあります*1。実際、過去50年の里地里山の管理・利用の縮小や耕作放棄地の増加は、クマのみならず、イノシシやニホンジカなどの野生動物と地域社会との間でも、軋轢を増加させる要因の一つになってきました*8。
また、カキやクリなどの放任果樹が増加するなどで、人間の生活圏周辺がクマ類に適した環境に変化したほか、緩衝地帯での人との接触が減少したことにより、クマが人に警戒心を抱かなくなったとも指摘されています*1。狩猟人口の減少による狩猟圧の低減も、こうしたクマと人の距離を近づける要因になっていると考えられ、今後この人を恐れないクマが世代を重ねることで、今年と同様の被害が、断続的に繰り返される可能性もあります。
気候変動の影響も、クマの問題には関係しています。近年、降雨量や気温の変化等を通じて世界各地で一次産業や生態系にも徐々に影響を及ぼし始めていますが、日本のクマについても、積雪量の減少などによる分布域の拡大や*9、食物となるブナ科の結実(どんぐり類の生産量)が影響を受けている可能性が指摘されています*10。
クマの大量出没の問題は、これら複数の要因の総合的な作用の結果であると考えられ、捕獲や駆除などの頭数管理や、人の生活圏周辺での出没防止策、出没時の緊急対応といった短期的な対応のみでは、根本的な解決は期待できないといえます。
クマとの「軋轢(あつれき)」の解消と共存に向けて
クマをはじめとする野生動物との軋轢の増加は、止まらない日本の生物多様性の劣化という問題の一側面でもあります。
こうした背景を踏まえた問題の根本的な解決のためには、長期的視野でのクマとの共生、および「自然と共生する社会」に向け、地域社会・経済に根差した形で、生物多様性保全を主要な政策と統合させていくことが重要です。また、このような取り組みの基盤として、科学的な知見蓄積のための調査・モニタリングを全国で強化することが急務です。もちろん、気候変動対策の歩みも止めてはなりません。
特に、地域において、土地・空間計画をベースに、一次産業をはじめとする多様な人間活動と、野生動物の生息域である自然環境を総合的視点で捉え、課題解決を導き出す「ランドスケープアプローチ」が重要です*11。そして国は、クマ被害への短期的な緊急対策と同時に、こうした長期的取り組みに対しても、地方自治体等への継続的な支援と、知見の共有を強化すべきです。
国の中核政策を通じた「人と自然が共生する社会」への加速を求める
WWFジャパンは、地域住民の安全を守るために、緊急の対応としてクマの捕獲・駆除を含む対策を取らざるを得ないケースがあると考える一方、問題の抜本的な解決のためには、より長期的な視野に立った、科学的知見に基づく個体数管理や、政策の強化と地方行政への支援、自然や野生動物に対する理解の普及が必要であると考えます。特に政府の対策においては、クマの出没が増加した根本原因ともいえる人口減少下の国土における自然保護の課題、そして「自然と共生する社会」の実現に向けた真剣な取り組みが求められます。
その具体的対応として、WWFジャパンは、「第6次環境基本計画」*12が目指す「循環共生型社会」、および「生物多様性国家戦略2023~2030」*11が描く「自然と共生する社会」の将来ビジョンと、現状との間にある大きなギャップの解消を求めています。
生物多様性国家戦略には、人口減少による里山の荒廃といった社会課題への解決策として、生物多様性の社会経済への主流化と、国・地方自治体・農林漁業者・専門家・地域住民などの多様な主体の連携によるランドスケープアプローチを掲げていますが、そうした施策を確実に実行し効果をあげるには、支援・実施体制の確保や目標設定を強化する必要があります。
また、今回のクマ問題の中で課題となったように、個体数の一貫した形での把握など、野生生物や生物多様性に関する科学的知見の蓄積強化を長期的な視点の下で行い、政策に実装するための実施体制と予算の拡大が、政府には求められます。
日本の生物多様性の保全に向けた、ビジョンの実現を目指す取り組みの実効性を高めるためにも、政府には、関連政策の実施状況と効果の点検を確実に行なうこと、とりわけCBD(国連生物多様性条約)下での取り組みのレビュープロセスの一端として現在実施されている生物多様性国家戦略の中間評価*13については、形式的な手続きにとどめることなく、本格的な改善に向けた検討や地域での実行支援に着手することを求め、WWFジャパンは働きかけを続けていきます。
※四国の個体群を除くクマ類を2024年5月に指定。集中的かつ広域的に管理を図る必要があるとして、環境大臣が定めた鳥獣(指定管理鳥獣)について、都道府県又は国が捕獲等をする事業(指定管理鳥獣捕獲等事業)を実施することができる。
(参考資料)
*1 環境省(2024).クマ類保護及び管理に関する検討会「クマ類による被害防止に向けた対策方針 ~クマとの軋轢の低減に向けた、人とクマのすみ分けの推進~」
*2 環境省(2025). クマ被害対策等に関する関係閣僚会議資料「クマ被害対策等について」
*3 環境省(2025). 「令和7年度のクマの出没や被害状況について」
*4 環境省、農林水産省、林野庁、 国土交通省、警察庁(2024). 「クマ類による被害防止に向けた対策方針(令和6年2月)を踏まえた クマ被害対策施策パッケージ」
*5 環境省 指定管理鳥獣捕獲等事業
*6 環境省 緊急猟銃制度
*7 内閣官房(2025). クマ被害対策等に関する関係閣僚会議
*8 環境省(2021). 「生物多様性及び生態系サービスの総合評価 2021 (JBO 3: Japan Biodiversity Outlook 3)」
*9 Baek, S.-Y., Amano, T., Akasaka, M., & Koike, S. (2025). The range of large terrestrial mammals has expanded into human-dominated landscapes in Japan. Communications Earth & Environment, 6(1), 292.
*10 Shibata, M., Masaki, T., Yagihashi, T., Shimada, T., & Saitoh, T. (2020). Decadal changes in masting behaviour of oak trees with rising temperature. Journal of Ecology, 108(3), 1088–1100.
*11 環境省(2023).「生物多様性国家戦略 2023-2030」
*12 環境省(2024).「第六次環境基本計画」
*13 環境省(2025).「生物多様性国家戦略2023-2030の実施状況の中間評価(案)」及び「生物多様性条約第7回国別報告書(案)」に関する意見募集(パブリックコメント)について



