人とクマの未来をつくる ― 棲み分けを実現するための方法とは
- この記事のポイント
- 日本の各地でクマと人の「あつれき(軋轢)」、すなわち遭遇事故等を含む問題が多発しています。その背景にあるのは、里山の荒廃や地方人口の減少、それに伴うクマの分布域の拡大です。これに対し、政府は2026年2月、「特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン(クマ編)」案を発表。個体数管理(削減)を強調した対応方針を明らかにしました。しかし、ただクマの数を減らすだけでは、この問題は解決できません。人とクマの共存に向け、棲み分けをどう実現するのか。その長期的なビジョンが今、必要とされています。これを実現する上でのカギとなる取り組みについて考えます。
多発するクマの出没 その理由は?
日本には現在、北海道にヒグマ、本州と四国にツキノワグマが生息しています。
クマ類(以下、クマ)の生息状況は地域ごとに異なりますが、近年、四国を除く多くの地域で、分布域が拡大し、個体数も増加傾向にあることが報告されています。
こうした変化の背景には、主に次のような理由があります。
- 特に地方の人口減少、それに伴う、
- 「里山」など中山間地域での人間活動の低下
- 耕作放棄地や放置林の増加
- 狩猟人口(ハンター)の減少・高齢化 など
特に、もともと山地に広がっていたクマの分布域と、都市部など市街地の間に広がっていた「中山間地域」の林業や農業の衰退、そして高齢化と人口減少は、クマと人の間にあった「緩衝地帯」を消失させ、クマの行動圏を大きく広げる要因になりました。
また、地方のハンターの高齢化や減少も、クマに対する狩猟圧を低下させ、クマが人間を怖がる理由や機会を失う一因になっています。
さらに、クマの食物であるブナ類といった木の実の不作など、環境的な原因が重なることで、クマの大量出没が生じていると考えられています。
クマの行動圏が拡大した結果、2025年にはクマによる人身被害が過去最多を記録。通学や買い物といった日常生活、さらには観光にも不安が広がることになりました。
日本におけるクマの出没問題は、もはや「自然保護問題」の枠を超えた、社会全体で取り組むべき重要な課題となっています。
クマをめぐる政府の動き:新しいガイドラインと政策転換
この状況を受けて、日本政府はその対策の強化を進めています。
特に、2023年に相次いだ市街地でのクマの出没以降、次のような重要な動きがありました。
- 2024年4月:鳥獣保護管理法の指定管理鳥獣にクマを指定。その結果、国がクマ対策に積極的に関与・支援することが決定。
- 2025年2月:鳥獣保護管理法を改正。市街地中心部にクマが現れた場合に迅速に対応するための「緊急銃猟制度」を創設。
- 2025年11月:「クマ被害対策パッケージ」を発表。市街地からクマを排除し、人とクマの棲み分けを図る政策を打ち出す。
そして、2026年2月には環境省が「特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン(クマ編)令和7年度版案(以下、ガイドライン案)」を発表しました。
北海道にはヒグマの亜種であるエゾヒグマが生息しています。オスは体長2m、体重300kg以上にもなります。
ツキノワグマ。千葉県を除く本州全域と四国の一部に生息しています。体長1.2~1.5mで体重は60~150kgほど。ヒグマの半分以下の体格です。
ガイドラインとは何か?
このガイドラインとは、都道府県がそれぞれ策定することになっている「特定鳥獣保護・管理計画」の中で、国の方針のもと、何を定め、実施すべきかをまとめたものです。

各都道府県は、個体数が著しく減少/増加、または生息地の範囲が減少/拡大している鳥獣の保護/管理に関する計画(特定計画)を定め、その計画に基づいた施策を実施します。
出典:環境省. 野生鳥獣の保護及び管理
いわば、国のこのガイドラインは、都道府県が科学的、体系的な計画を策定、実施できるよう、計画の方向性や基準設定の考え方を示したもの。クマに対する各都道府県の政策を左右するものといえるでしょう。
実際にクマなどの鳥獣が出没し、あつれきが生じている地方の現場において、どのような対応が取られるかは、安全確保と被害軽減の観点はもちろん、野生動物保護の点からも非常に重要です。
ガイドライン案が示す政策の転換
クマのガイドラインはこれまでにも策定され、3回の改定が行なわれてきました。
今回の4回目となる改定では、これまで同様、ゾーニング管理や誘因物の除去など環境管理対策の重要性も言及される一方、大きく異なった方針が打ち出されています。
従来のガイドラインでは、クマによる人身被害を防止するため、一定の捕獲を認めつつも、「捕獲個体数の上限」を設けることで、捕獲を必要最小限にとどめる方針を掲げていました。
しかし、今回のガイドライン案では、より「個体数管理」つまり捕獲による対応の強化を重視する方向性が示されています。
ガイドライン案の主なポイントは以下のとおりです。
(1)保護管理ユニットごとの広域管理
- 都道府県の境界を越えた個体群のまとまりを単位として管理する広域の「保護管理ユニット」のうち特に軋轢の大きいユニットでは、目標個体数に向けて個体数管理(つまり削減)を行なう。
- 保護管理ユニットにおける成獣個体数が400頭以上の場合は軋轢の防止につながる目標個体数を設定するなど具体的な数値基準に沿った個体数管理を行なう。
(2)ゾーニングによる個体数管理
- 市街地や農地などは、クマを排除すべき「排除エリア」と定義する。排除エリアにクマが出没した場合には捕獲等により排除する。
- 排除エリアの周囲には「管理強化ゾーン」を設け、重点的な個体数管理ができる。
(3)個体群管理、生息環境管理、被害防除対策
- 個体群の分布や密度など目的に合わせた調整を行なう。
- コア生息地及び緩衝地帯において人工林の針広混交林化や広葉樹の植林等による森林の造成を行なう。
- 管理強化および排除エリアの里地里山林や耕作放棄地のヤブや下草の払いなど、クマが生息・滞在し辛い環境の整備をする。
- 電気柵や防護柵などの設置や、放任果樹や生ごみなど誘因物の管理を行なう。
このガイドライン案が採用されれば、都道府県はこの方針のもと、クマの個体数管理に積極的に取り組むことになります。
人的な被害を抑えるための対応が必要であることは間違いありません。
しかし、長期的な視点で見た時、このガイドライン案に示された個体数管理強化の方針が、人とクマの良い形での共存につながるのかは、疑問の残るところです。

クマと人、棲み分けには何が必要か
クマの出没と被害がこれほど続いたことは、日本では例がありません。その状況の中で目指すべきことは、人とクマがよい形で棲み分けられ、その状態が長期的に維持されることです。
その実現のために必要な考え方、取り組みが4つあります。
【1】生態系と社会の変化を踏まえた考え方
クマの問題は、地方の人口減少・高齢化・耕作放棄地の増大・里山管理の低下といった社会構造の変化、そして、どんぐりなど堅果類の凶作など、環境や生物多様性に関係した多様な要因が、複雑に絡み合って発生しています。
今後さらに地方の高齢化や一次産業の衰退が進み、狩猟圧も下がった場合、人を怖がらない世代のクマが増え、さらに子孫を増やすことで、さらなる遭遇事故の発生につながることが懸念されます。
また、増加したシカがもたらす森林の食害によってクマの食物となる植物が減少したり、気候変動の影響でブナやミズナラなどのどんぐりの凶作の周期が変化することも、クマの行動範囲や出没パターンを変える大きな要因になり得ます。
つまり、クマの問題を解決するためには、ただクマや自然のことだけを考えるでは不十分です。
地域の人々の暮らしや、社会構造の変化、そして気候変動による堅果類の豊凶サイクルの変化までを見据えた「棲み分け」のための総合的で、長期的な視点が必要です。
これは、各都道府県などの自治体の取り組みだけで実現できるものではありません。国が明確な方針を掲げ、政策をリードする必要があります。

【2】個体数削減を対策の「目的」にしないこと
人とクマの棲み分けには、クマの個体群が健全な個体数と適切な生息域を保てるようにする一方、人の生活圏に過度に侵入しない状態をつくることが欠かせません。
現在それが実現できていない理由は、過去30年余りの間に、全国でクマの分布域が拡大してきたことにあります。その結果、従来確認されていなかった地域にもクマが姿を見せるようになり、人の生活圏への侵入リスクが増す形になりました。
加えて、クマが生息する環境、つまり生息域の拡大は、それまで分断され、抑えられていたクマの個体群を統合させ、繁殖機会を拡大し、個体数をさらに増加させる可能性にもつながっています。
今回のガイドライン案でも地域個体群の安定を目指す、とあるように、個体数管理を目的とせず、あくまで分布域の拡大を防ぐための手段として位置付け、進めるべきです。
増え続けるクマを捕獲し続けるだけでは、長期的な共存を実現することにはつながりません。被害を防ぐためには、捕獲が避けられないケースは確かにありますが、その規模を必要な範囲を超えないように抑えることが必要です。
【3】科学的な個体数調査の手法を統一すること
分布域を適切な規模で管理できたとしても、その中でどれくらいのクマが生きられるのか、個体群を存続させるためには、どれくらいの個体数を維持する必要があるのかを把握しなければ、適切な保護管理と棲み分けはできません。
しかし日本では、クマ(特にツキノワグマ)が全体でどれくらい生息しているのか、正確なデータはなく、またそれを取得するための調査手法も確立できていないのが現状です。
現在、クマの個体数調査は、都道府県ごとに独自の方法で実施されています。
体毛などのサンプルを収集して行なうヘアトラップや、調査用自動カメラを使ったカメラトラップ、目撃情報の収集など、使う手法や調査頻度、その精度が、地方自治体によって大きく異なるため、全国規模でデータを揃えることが出来ないのです。
また、クマは時に100 km以上も移動することがあります。そのため、県境を越えて移動した同じクマを、それぞれの自治体の調査で重複して数えてしまう「ダブルカウント」が発生する可能性もあります。
保護管理政策を適切に行なう上で欠かせない、「どれだけのクマが、どこに生息しているのか」という個体数データを、確実に手に入れるために、国は予定している調査手法の確立と、個体数調査を早急に実施することが求められます。

秋田県と青森県にまたがる白神山地。
地域個体群は、遺伝や生息環境の特徴によって区分された動物のまとまり。2つの県にまたがる地域個体群の政策は都道府県の枠を超えた連携が必須となる。
【4】「クマ」対策のための人材育成と体制の充実をはかること
ここまで述べてきた通り、クマをめぐる状況は、環境的、社会的にも絶えず変化しています。
こうした不確実性の中で、計画的にクマの保護管理を行なうためには、基礎情報の収集だけでなく、施策の効果を検証し、必要に応じて計画を見直す「順応的管理」が欠かせません。
そして、この順応的管理を実現するためには、人材の育成が何よりも重要です。
実際、ガイドライン案でも個体数管理だけでなく、ゾーニングの設定や誘因物の撤去など生息環境管理や被害防除など都道府県が行なう対策は多岐にわたります。こうした計画の立案と実施を担う都道府県は、科学的な評価を行なえる専門家や、それを支える組織体制・予算を確保する必要があります。
しかし現状では、鳥取県や兵庫県など一部を除き、都道府県の大半では、野生鳥獣の生態に精通した職員や専門組織が配置されていません。
その結果、限られた人員・予算で調査、対策、住民対応を同時に担わざるを得ず、計画の科学性や継続的な実施が困難となっています。
今回のガイドライン案で「個体数管理」が明確に示されることになった背景にも、これまで都道府県の保護管理計画の実施が十分ではなかったことがあると考えられます。
浮き彫りになっている、制度的な枠組みや行政の体制整備の遅れを解消し、計画や施策の実施改善を進めていくためにも、人材の育成は急務です。
長期的な視点に欠かせない「ランドスケープアプローチ」
クマをめぐる課題は多く残されていますが、これまでの対策の中で進んできた面も確かにあります。
たとえば、2024年にクマが「指定管理鳥獣」に指定されたことで、国が都道府県のクマ対策を財政面から支援する仕組みが整いました。
しかし、専門人材の確保や科学的な調査・分析には時間がかかり、制度が整ったからといって、すぐに実効性のある施策が実施できるわけではありません。
何より、社会的、環境的な複合的要因で発生しているクマ問題を、根本的に解決していくためには、より長期的で明確なビジョンに基づいた政策が必要です。
それを実践する手法として、WWFジャパンでは「ランドスケープアプローチ」を重視しています。
これは農地、住宅地など人の暮らしや、クマを含む野生動物の生息空間、森林や河川の生態系が広がるエリアを、ばらばらに管理するのではなく、ひとつのまとまりとして捉え、その「つながり」中で、調整や設計を行なうものです。

つまり、生物多様性の保全と、地域社会の持続性を両立させる手法を重視し、特に、土地利用の在り方そのものを見直す枠組みとしての視点が重要です。
この視点としては、以下のような例が挙げられます。
- 人が安心して暮らせるエリアと、クマが生息するエリアを地域の都市計画などと併せて、長期的にどう配置、維持するか(棲み分けの設計)
- クマの生息域となる森林の中で、特に荒廃した人工林の管理と採餌環境の改善をどう行なっていくか
- クマを含む野生動物の生息域や移動経路となる里地里山の環境管理(放任果樹の伐採や下草刈りなど)を、どう行なっていくか
- シカやイノシシといった他の野生動物の個体数や分布域がクマにどのように影響しているか
- 生物多様性を損なわずに市街地へのクマの侵入リスクを減らすため、放棄された農地などをどう再活用し、管理を維持するか(小規模再生可能エネルギーの開発、地域資源の生産拠点の確立などを含む)
- 生物多様性の保全に配慮しつつ、河川敷、都市公園、防風林など、人が利用する自然エリアがクマの移動経路と重ならないよう、地域全体の緑地配置をどのように調整するか
ガイドライン案でもゾーニングなどクマと人の棲み分けなどランドスケープアプローチに通じる考え方も盛り込まれていますが、より社会と生態系のつながりを踏まえながら、クマと人を取り巻く環境を総合的に再設計していく視点が、これからの取り組みには欠かせません。
そして、このランドスケープ全体を見据えたクマ対策を実践していくためには、国がまず大きな方針を掲げ、地方自治体はその支援を活かしつつ、研究機関、NGO、地域住民らと協働し、取り組んでいくことが必要です。
人の安全や安心を守るため、人とクマの軋轢が著しい地域では個体数管理を優先した対応はやむを得ません。しかし、それは短期的な対策にすぎないことも、忘れてはならない事実です。
社会構造の変化と生態系のつながりを踏まえた、クマをはじめとする野生動物と人との共存に向けた未来づくりが、今こそ必要であるとWWFジャパンは考えます。
WWFジャパンではガイドライン案に対して改善を求める意見を提出しています。
「特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン(クマ編)」案に対するWWFジャパンのパブリックコメント
<参考資料>
- 環境省. (2018). モニタリングの評価と今後の検討の方向性.
- 環境省. (2024). クマ類による被害防止に向けた対策方針(概要)(案).
- 環境省. (2024). クマ類による被害防止に向けた対策方針.
- 環境省. (2026). 特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン(クマ編)令和7年版(案).
- 環境省. (2026). クマ類による人身被害について[速報値].
- 瀧井暁子, 高畠千尋, & 泉山茂之. (2020). ツキノワグマ亜成獣メスによる夏季における長距離移動. 哺乳類科学, 60(1), 95–103.
- Shibata, M., Masaki, T., Yagihashi, T., Shimada, T., & Saitoh, T. (2020). Decadal changes in masting behaviour of oak trees with rising temperature. Journal of Ecology, 108(3), 1088–1100.
- Takagi, S., Yokoyama, M., Hirose, Y., & Noguchi, K. (2022).
Development of a regional management system for Japanese black bear populations in northern Kinki and eastern Chūgoku. Hyogo Wildlife Monograph, 14, 1–29. - 日本クマネットワーク. (2014). ツキノワグマおよびヒグマの分布域拡縮の現況把握と軋轢抑止および危機個体群回復のための支援事業 報告書.
- 山崎晃司. (2017). ツキノワグマ すぐそこにいる野生動物. 東京大学出版会.
- 林野庁. (2024). 野生鳥獣による森林被害.




