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企業の「水リスク」対応に必要な5つの視点

この記事のポイント
あらゆる産業に欠かせない資源「水」。しかし、その健全性や安定した供給が今、世界各地で脅かされています。淡水資源の過剰な利用と、水そのものの母体である河川や湖沼、その流域に広がる森林といった、水を取り巻く自然環境が急激に失われているためです。こうした「水リスク」に対応するため、WWFは2013年に「ウォータースチュワードシップ」を開始。多くの先進的な企業と共に、水リスクの回避と水資源の持続可能な利用に取り組んできました。近年さらに注目されるようになったこの「水リスク」に、企業はどう対応するべきなのか。「ウォータースチュワードシップ」が示す、5つの重要な視点を紹介します。
目次

失われる世界の淡水生態系と「水リスク」

失われる世界の淡水生態系

今、世界の各地で湖や河川、湿地、またその流域に広がる森林や草原など、淡水をとりまく自然環境が、大きく劣化、減少しています。

WWFは2020年に公開した『生きている地球レポート(LIVING PLANET REPORT)』で、世界の淡水の自然の豊かさが、1970年と比較して84%減少していることを指摘しました。

この劣化の度合いは、陸域や海洋の自然の劣化よりも、はるかに深刻です。

また、世界の淡水の自然に依存して生きる野生生物種も、その1/4以上が絶滅の危機にあるといわれています。

©️Staffan Widstrand Wild Wonders of China WWF

マナヅル

こうした淡水の危機は、主に農業や工業による過剰な水資源の利用、それに伴う汚染、そして河川改修や大規模なダム建設といった開発などにより生じています。

また、水の流れをはぐくむ周辺の「流域」全体で、広く森林破壊や農地、牧草地などへの土地の変換が行なわれていることも、大きな原因となっています。

そしてその影響は、多くの人の暮らしに及び始めています。
経済協力開発機構(OECD)によれば、2050年には、深刻な水不足にさらされる流域の人口は、世界人口の約40%以上となる可能性もあるといわれており、今後のさらなる深刻化も懸念されています。

このような現状は、淡水に大きく依存するさまざまなビジネスにも、深刻な「水リスク」をもたらすものといえるでしょう。

水リスク

水リスクは、大きく物理リスク(渇水、水質汚染、洪水等)、規制リスク(条例等による各種規制)、評判リスク(文化および生物多様性の重要性、風評被害等)に分類されます。
日本やタイなどアジア地域では洪水リスクが取り上げられる傾向にありますが、アフリカ地域では干ばつなど渇水リスクが取り上げられることもあります。またブラジルでは地表水が1990年代と比較すると15%以上も減少しているといった報告もあります。
流域ごとにリスクは異なりますし、企業または事業によって考慮する必要のある水リスクは異なってきます。

企業の水リスクを考えるカギ「ウォータースチュワードシップ」

求められる「流域」保全の観点

河川などの水環境は、その源流域にある森や山岳地帯から、湖や海などの最下流域まで、一つの大きなつながりを持っています。

この水の流れがつなぐ自然を「流域」あるいは「集水域」と呼びます。

WWFがIUCN(国際自然保護連合)などと共に提唱した「淡水生態系の緊急回復計画(2020年)」でも指摘している通り、この水のつながりを絶つことなく、「流域」という観点で保全しなければ、人にとっても生物にとっても欠かせない健全な水環境は、維持することができません。

このため、自社ビジネスが利用する水資源を保全し、「水リスク」の回避を目指す企業にも、自社の工場での対策だけでなく、より広い「水のつながり」を意識した取り組みが求められます。

また、そのためには上流や下流で同じ流域の水を利用している人たちがいますから、そうした人々やコミュニティ、ビジネスや行政の関係者との連携も欠かせません。

つまり、淡水生態系の保全を行なう上で重要なことは、「流域に関連する、さまざまなステークホルダーと共同で取り組む」という観点で臨むことなのです。

持続可能な水利用管理プログラム「ウォータースチュワードシップ」

こうした「水リスク」対応の取り組みを支援するため、WWFと世界各国の企業が推進しているプロジェクトでは、「ウォータースチュワードシップ(Water Stewardship)」に則った取り組みを展開しています。

「ウォータースチュワードシップ」はWWFが開発した、企業が自ら水環境の保全に参画し、持続可能な水利用の管理を推進していく上で重要な取り組みを、段階的に示したプログラムです。

ここで示される複数の段階に整理された取り組みを実施することで、企業は自社が利用する淡水資源をより適切に管理し、優れた水利用管理者になることが可能になります。

ウォータースチュワードシップが示す取り組みの段階

ウォータースチュワードシップでは、企業が取り組む必要のある行動として、環境流量の回復や水質の改善、自然な流れの保全と回復などを提言しています。

これらは、WWFやIUCNが「淡水生態系の緊急回復計画」の中で求めている緊急措置の内容にも共通した要素です。

中でも、「環境流量」についての取り組みは、「流域」の保全の根幹をなすものといえるでしょう。

環境流域とは、上流から下流までの環境・社会・経済的な便益を保証するに十分な水量を川に残すことを指します。

たとえば、上流側で農業用水・工業用水・水道水(家庭)などの水の使用量が増えたら、下流域では水資源の枯渇や、生息域の破壊・劣化が起こります。

つまり、「流域」の観点に立ってこうした事態を防ぎ、持続可能な水の利用を進めることで、生態系の維持を保証し、人や野生生物にとって最適のバランスをもたらす水管理が可能となるのです。

WWFやIUCNが「淡水生態系の緊急回復計画(2020年)」の中で求めた6つの緊急措置。ビジネスにもかかわる要素が多くあります。

「ウォータースチュワードシップ」の現在地

WWFはこれまで、ウォータースチュワードシップ推進のため、AWS(アライアンス・フォー・ウォータースチュワードシップ)、CEOウォーターマンデート、CDPウォーターといった、ビジネスに重要な影響力を持つ評価や情報開示に関連した取り組みの支援を行なってきました。

また、先進的な企業の中には、個別にウォータースチュワードシップを導入し、自社操業部門で水使用量などの削減を、意欲的に進めている例もあります。

そうした取り組みを実践する企業の方針や、水リスクへの対応のノウハウは、現在確実に蓄積されつつあります。

しかしその一方で、淡水をめぐる問題は、今も多く解決されないまま、深刻化しています。

世界の主な河川流域の多くで、水資源が劣化し、淡水の生物多様性が失われ続けているのです。

企業の取り組みが進んでいるにもかかわらず、問題が解決に向かっていない理由は何でしょうか?

原因の1つは、企業の取組みがウォータースチュワードシップの、特定のステップに集中していることです。

実際、段階として3番目にあたる「自社の水利用管理を最適化する」については、活動を行なっている企業が多く、またそうした取り組みを自社の方針として表明(コミットメント)する例も見られます。

しかし、ここにばかり集中しても「流域」全体の問題解決にはなりません。

「水リスク」を流域全体として把握し、低減するためには、やはり自社のみで管理改善できる範疇を超え、多くのステークホルダーと協働した上で、取組みを進めることが必要なのです。

水リスク対応すべき「5つの視点」

WWFは今後、ウォータースチュワードシップを活用した企業の取り組みを、3段階から4段階、5段階へと大きく広げていくことを目指しています。

そのためには、先行した取り組みを行なっている企業に対し、水リスクを「流域」の視点で、改めて見つめなおしてもらう機会を提案する必要があるでしょう。

また、水リスクへの取り組みを、幅広く展開してゆくには、取り組み自体に対する認識を変えていくことも大事です。

これは従来のような、自社の手の届く範囲で、水リスクを低減させる、というアプローチではなく、むしろ新たなビジネスチャンスとして捉え直すアプローチを模索する、ということです。

新たな資金調達方法を確立し、同業他社にも参入を呼びかけ、サプライヤーを支援すると共に、「流域」の観点に立った取り組みを大幅に拡大してゆく。

その実現のために今後、WWFは先進的な企業などと連携し、次の「5つの視点」を重視した、水リスクへの取り組みを進めてゆきたいと考えています。

水リスク対応のカギとなる「5つの視点」

  1. ステークホルダー、サプライヤー、業界団体との「協働」
  2. 適正な取り組みの規模を確保するための「資金調達」
  3. 流域内で活動する企業や同業他社との協力の「調整」
  4. 自社操業部門が直接かかわる水域だけでなく、流域全体を考慮した「目標設定」
  5. その流域を領国に含む各国の政府を含めた関係者による、持続可能な水利用と流域保全のための「ガバナンス」の確保

この5つの重要な視点について、詳しく説明しましょう。

【視点その1】ステークホルダー、サプライヤー、業界団体との「協働」

ウォータースチュワードシップの段階4以降に取り組みを広げていくためには、他社、NGO、流域開発計画担当(主に行政)との連携・協働が重要なカギになります。

そのため、「流域」を一つの単位とした、複数のステークホルダーによる協働体制の構築が求められます。

サプライチェーン全体を視野に入れた対策も重要です。

たとえば、自社に関係するサプライチェーンのうち、高い水リスクに直面するサプライヤー(たとえば渇水リスクの高い地域で農産物を生産している農家、洪水リスクの高い地域で工場を操業するICT関連工場など)がある場合、これを中心に技術的、資金的なサポートに取り組む必要があります。

また、自社がもし、業界内で先行的に水リスクへの取り組みを進めている場合は、業界全体で使用するガイドラインやツールに、ウォータースチュワードシップを反映してゆくよう、リードする役割も期待されます。

【視点その2】適正な取り組みの規模を確保するための「資金調達」

広大な「流域」、または「サプライチェーン全体」という観点を踏まえた取り組みに、企業が対応する場合、資金調達が大きな課題となります。

しかし、そうしたコストを製品やサービスに単純に上乗せしてしまうと、取り組み自体の規模が小さくなったり、内容も薄くなり、成果が期待できない可能性が出てきます。

そこでWWFは、企業に可能な資金の調達を促進していきたいと考えています。

例えば、資金を提供する金融機関や公的機関では最近、企業の水に関連した事業や水リスクに対応するための取り組みに資金を提供する際に、その内容にグリーンインフラの導入が検討されているかどうかを重視する傾向があります。

これは、グレーインフラだけでなく、省エネや節水など経費削減の観点から見たグリーンインフラを、金融機関や公的機関が、水リスクを緩和する上でも賢明な解決策の1つになり得ると考えており、企業にとってはそのための工夫や知見の積極的な取り込みが、資金調達に有利に働く可能性がある、ということです。

またその企業のサプライチェーン全体で、取り組みを加速するための資金調達の成功例も出ています。

例えば、繊維関連企業などの特定のセクターでは、サプライチェーンの取り組みを進めるための資金を、社債の発行などによって賄っています。

特に、サプライチェーン全体の中での取り組みを考えた時、多くのサプライヤー企業がウォータースチュワードシップの2番目の段階「自社の経済活動による環境負荷やリスクへの理解」に留まってしまうことが少なくありません。

そうした中、次の3の段階の「自社内での水利用管理の最適化」に取り組みを拡げ、サプライチェーン全体でみたときに水リスクの大きな部分で実際のアクションを進めてゆくためには、この社債などを使った、さらなる資金の調達が必要になります。

こうした企業による社債の活用は、気候変動対策では先例がありましたが、最近は水に焦点をあてた事例が出始めています。

WWFは今後このような事例が増えていくと考えています。

【視点その3】流域内で活動する企業や同業他社との協力の「調整」

ウォータースチュワードシップは流域全体を視野に入れた取り組みを促進する仕組みです。

しかし、これを活用する企業の中には、流域内で限られたステークホルダーとの協力を志向し、それが結果的に取り組みの失敗や停滞につながっている事例が散見されます。

例えば、このようなケースです
・ ある流域で企業が水リスクへの取り組みを始めるにあたり、協力を約束したステークホルダーと1対1で、新たな協定を結んだ。
・ しかし、その流域には、もともと同じく水リスクに対応するために交わされた、他のステークホルダーたちによる協定が存在していました。
・ 結果的に、この2つの協定は上手く連携できず、効果的な取り組みが実現できなかった。

つまり、こうした「調整」の失敗が、大きな機会損失を生じることにつながる、ということです。

調整の失敗を避けるためには、流域全体での協力や連携を始める前に、その流域内にどのようなステークホルダーが存在し、協力する動きがあるのかを、あらかじめ把握しておくことが重要です。

また、業界というまとまりで見ても、水リスクへの対策を推進する業界団体として、SAC(サステナブル・アパレル・コーリション)、BIER(飲料業界環境ラウンドテーブル)、ICMM(国際金属・工業評議会)などがあり、さらに増加しようとしています。

こうした団体も通じて、同業他社に積極的に参加を呼び掛けるなど、業界全体としての取り組みを進めることも、水リスクへの対応としては重要です。

【視点その4】自社操業部門が直接かかわる水域だけでなく、流域全体を考慮した「目標設定」

現在、ウォータースチュワードシップの第3の段階「自社内での水利用管理の最適化」に焦点をあてた活動に取り組む企業が増えています。

しかし一方で、「流域」保全の重要なステップである第4段階「他の企業、政府、NGOなどと協力した水リスクへの対応」と第5段階「多様なステークホルダー、政府・行政と協力した持続可能な流域管理の実現」が実現できなければ、水リスクへの本質的な対応としては不十分といわねばなりません。

そこでWWFは、第3段階にあたる「自社操業部門の改善」を、流域の改善につなげてゆくための検討や検証を進めていきたいと考えています。

全ての企業が、すべての施設の効率化を目標としているところから、必要とされる施設に焦点をあてる目標にシフトしてゆき、流域全体を考慮して水使用量/節水量目標を設定してゆくこと。

これが、世界の流域の保全における、大きな課題となっています。

この課題解決に向けて、先行している企業の中には、世界の各流域の水リスクを総合・項目別に評価できるツール「WRF(Water Risk Filter)」などを活用した情報に基づき、他企業とも共通理解を促進している事例もあり、その流れが大きくなってゆくと考えられます。

【視点その5】その流域を領国に含む各国の政府などを含めた関係者による、持続可能な水利用と流域保全のための「ガバナンス」の確保

水に関連した「ガバナンス」は、持続可能な流域とするための重要な要素として、常に課題とされているポイントです。

ウォータースチュワードシップを先進的に進める企業にとっても、これは注力するに値する課題です。

事業を展開する企業が、関係するステークホルダーと連携するだけでなく、その協力を通じ、済的な側面をふまえて、水環境と流域の保全強化を、政府への働きかけ、求めていく。

こうした動きは、ウォータースチュワードシップの第5段階に相当する取り組みであり、今後の水環境の保全の主流となる、重要な要素の一つです

また、政府だけではなく地域コミュニティとの関係も同様です。

この関係性は、今後激甚化・頻発化が懸念される集中豪雨などを含めた、水害の防災・減災の基盤にもなりえるため、今後ますます重視される傾向にあると考えられます。

「水リスク」対策に向けた今後の取り組み

今回紹介した、水リスクに対応する上で重要な「5つの視点」に基づいた取り組みは、一部はすでに先駆的な企業によって実施されています。

しかし一方で、それらの取り組みの多くが「自社」のみで実施できる範囲、すなわち、ウォータースチュワードシップの第3段階にとどまっており、より多角的なステークホルダーの巻き込みを必要とする、「流域」全体を広く視野に入れた取り組みについては、まだ実例が乏しいのが実情です。

また、その状況では、ビジネスにも影響を及ぼす「水リスク」の問題が、根本的には解決できないことも、明らかです。

こうした課題を企業が解決していくためのツール「ウォータースチュワードシップ」が、環境保全団体であるWWFだけでなく、金融機関などのパートナーによって、共同で開発・推進されてきたことは、「水リスク」への取り組みが今や、企業活動や経済活動に直結する、重要な課題となっていることの証左と言えるでしょう。

WWFは今後も、「水リスク」の課題を解決するカギである、淡水生態系の保全を実現していくため、持続可能な水の利用管理プログラムを推進していきます。

またその中で、企業による水に関連した目標の設定や、方針・戦略の検討に有益な情報、レポートなどの発信を行なってゆきます。

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