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ネイチャーポジティブ実践に向 けた手引き‐「森林破壊・土地転換ゼロ」を事例 に‐ 報告書の発表

この記事のポイント
大きな注目を集めた2022年12月の国連生物多様性条約第15回締約国会議(CBD-COP15)を受け、2023年1月11日WWFジャパンは、企業がこれから目指すべきネイチャーポジティブの実践をテーマにした報告書を発表しました。これは、主に農林畜産物の生産活動に関連して生じる森林破壊や土地転換を防ぎ、減少傾向にある自然を回復に転じさせるために、サプライチェーンの中流や下流で調達を行なう企業が、どのような行動をとるべきか、その内容をまとめたものです。
目次

脱炭素とネイチャーポジティブ

2022年12月、国連生物多様性条約第15回締約国会議(CBD-COP15)が大きな注目を集め閉会しました。

地球の自然損失は依然として危機的状況にあり、国連や政府のかけ声だけではなく企業の取り組みも加速させていく必要があることが再確認されました。

そうした中、近年、森林を取り巻く国際社会の潮流として際立つのが、森林と気候変動との密接な関係、保全すべき対象に森林以外の自然生態系(サバンナや湿地、草地など)も含める必要性を強調する動き、さらに、減少する生物多様性を回復に転じさせようとするネイチャーポジティブという考え方、の3つです。

2021年の国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP26)では「グラスゴー宣言」が採択され、日本を含む140を超える署名国が2030年までに世界の森林減少を食い止めるために協力することに合意しました。その翌年のCOP27では、グラスゴー宣言に署名した26か国と欧州連合によって「Forest and Climate Leader‘s Partnership(FCLP:森林・気候リーダーズ・パートナーシップ)」が立ち上がるなど、気候変動に関する国際的な議論の中で森林の重要性が広く認知され、生物多様性と気候の両方の観点から森林保全が語られるようになってきました。

特に気候の観点では、従来から森林の炭素貯留機能が着目されてきた一方で、森林破壊は炭素排出につながることも忘れてはならない事実です。熱帯の森林減少にともなう排出量は、国にたとえれば、中国、アメリカに次ぐ世界第3位の排出国に相当します。つまり、炭素の吸収源の観点からも、排出源という観点からも、今ある森林の減少を防ぐことが極めて重要なのです。

また近年では、森林以外の自然生態系の炭素貯留機能にも注目が集まっています。たとえばセラードと呼ばれる、アマゾンに隣接する熱帯性のサバンナでは、推定で約137億トンの炭素がストックされ、その7割が根や土壌に貯蔵されているといわれます。

森林だけでなく、セラードのような豊かな生態系をもつサバンナや草原地帯、地中に大量の炭素を蓄える泥炭湿地などを、農林畜産物生産のために農地や牧草地に転換(土地転換)することは、気候変動対策と生物多様性保全の両面において、悪影響を及ぼすリスクがあります。

ネイチャーポジティブを現実のものとするためには、まず森林破壊や土地転換による自然生態系の消失を食い止め、さらに回復に転じさせる必要がありますが、残念ながら、世界全体では、森林もセラードのような自然生態系も、回復に転じるどころか失なわれ続けています。

「森林破壊ゼロ」から「森林破壊・土地転換ゼロ」へ

国連食糧農業機関(FAO)の報告によれば、毎年約1,300万ヘクタールもの森林が消失していると報告されています。また別の機関の報告書によれば、年代や地域によって変化はあるものの、森林破壊の約4割が、農林畜産物の生産が要因となっていることも明らかになっています。

世界24カ所の森林破壊の「最前線」。森林減少の大半は、ラテンアメリカ、サハラ以南のアフリカ、東南アジア、オセアニアに集中している ©WWF

長い間、国際的な議論や民間企業の取り組みのなかでは、土地転換という課題の対象として、森林に焦点があたってきたことで、「森林破壊ゼロ」が共通の目標となっていました。しかし、前出のとおり、地上で重要な自然は森林だけではありません。サバンナや湿地なども含めた、重要な自然生態系の減少や劣化も、森林と同様に食い止めるべきという考えから、「森林破壊・土地転換ゼロ」が急速に広がってきています。

例えば、南米最大のサバンナ地帯であるセラードでは、2020年までの20年間で、総面積の15%、日本で言えば、本州・九州・四国を足した面積に匹敵する2,900万ヘクタールが放牧地や大豆農場に転換されたことにより失われました。

これ以上自然を失わないためには、森林破壊や土地転換の大きな要因である農林畜産物のサプライチェーンを持続可能なものに改善することが急務といえます。

世界の農林畜産物における日本の責任

日本人は、世界で起こる森林や自然生態系の破壊に無関係といえるでしょうか。

日本は多様な農林畜産物を海外からの輸入に頼っており、食料だけを見てもカロリーベースの自給率は38%(2019年度)しかありません。その他、木材や紙の原料となるパルプ、天然ゴムなど、生活に欠かせない多くの原材料を輸入していることから、日本の消費も、海外の自然環境に負荷をかける一因であることは明らかです。

WWFジャパンは、農林畜産物の一大消費地である日本の消費から森林破壊・土地転換を排除するため、日本企業に対してサステナブル調達を呼びかけてきました。

総合商社における調達の取組状況

WWFジャパンでは、農林畜産物のサステナブル調達に関する日本企業の取り組みについて把握するため、総合商社7社(伊藤忠商事株式会社、住友商事株式会社、双日株式会社、豊田通商株式会社、丸紅株式会社、三井物産株式会社、三菱商事株式会社)を対象として、取り組みの状況を調査しました。

商社が対象とされた背景には、この業界が農林畜産物のサプライチェーンにおいてグローバルな影響力をもつこと、また、日本企業の中では上流に位置していることがあります。

上記7社を対象として、木材・紙パルプ・パーム油の調達において「森林破壊ゼロ」にどの程度到達しているのかを評価しました。

同じく森林破壊の要因となっている牛肉や大豆、カカオなどについては、各社の取り組みが始まっていない、あるいは始めてから日が浅いためか情報がなく、今回は調査対象から除外しています。

調査は、①調達方針の内容、②方針の運用、③情報開示、の3分野において森林破壊ゼロ達成のために必要と考える41指標をAccountability Framework initiative(AFi)の原則に沿って設定。各社のウェブサイト上で公開されている情報をもとに3段階で評価しました。

総合商社7社における、木材・紙パルプ・パーム油の調達の取組状況評価(クリックすると拡大します)
©WWFジャパン


全体的に、①調達方針の内容に関する評価は高く、②方針の運用は低め、③情報開示は最も低い評価となりました。方針の策定は「スタート」に過ぎず、重要なのは方針で掲げた目標をどう確認・運用し、どこまで達成されているのかという点ですが、開示情報からはほとんど読み取ることができませんでした。

例えば、今回ほとんどの商社が「森林破壊ゼロ」方針を持っていることが確認できましたが、方針を正しく運用するためには、生産現場において問題がないことを確認する必要があるため、植林地や農園までのトレーサビリティが重要です。しかし、各社デューデリジェンスシステムは設定されている(指標I-1)ものの、指標I-2「DD項目に森林破壊ゼロに関する要素が設定されている」を満たす企業は、双日株式会社の木材と紙パルプのみという結果になりました。

同社は、「木材調達方針」を運用するため、まずは原産地までのトレーサビリティを確立した上で、方針で掲げる「合法性」、「保護価値の高い(HCV)森林の維持」、「人権への負の影響の軽減」、の3項目を細分化したチェックリストを用いて原産地の森林管理の適切性について評価しています。2番目の項目は、保護価値の高い森林を破壊しないことを意味します。木材という林産物自体を活用する木材生産においては、木を一本も伐らないことは不可能です。そのため、伐採にあたってはHCVの毀損を避け、維持・向上させることは森林破壊ゼロを目指すうえで非常に重要な意味をもつと考えられます。

それ以外の企業は、方針で森林破壊ゼロを掲げていても実際の運用でどのような確認・評価が行われているのか、十分な情報が公開されていないと判断せざるを得ませんでした。

※コモディティ別の考察など調査結果詳細は、ページ下部のレポートをご確認ください。

方針策定・運用・情報開示におけるステップごとのポイント ©WWFジャパン

ネイチャーポジティブを目指す世界で日本企業に求められること

国際的な潮流としてネイチャーポジティブが叫ばれるなか、現状では、減少し続ける世界の森林や自然生態系。だからこそ、企業が自然環境に配慮した生産そして調達を、自らの責任として行なうことへの社会的な要求はかつてなく高まっています。

2022年末に暫定的な合意がなされた「EU森林破壊防止法」のような新たな法規制、国際的なスタンダードとなりつつある TNFD(自然関連情報開示タスクフォース)や SBTN(自然に関する科学に基づく目標設定)などの新たなフレームワークの広まりは、企業が環境に対する責任から免れる余地のないことを物語っています。農林畜産物を扱う企業であれば、森林破壊や土地転換に立ち向かうコミットメントを調達方針という形で公表すること、そして、方針に整合する目標を確実に運用し、透明性をもって進捗を開示することが求められているのです。

もちろん、個社だけではない、サプライチェーンや業界をあげた取組みも必要となるでしょう。またより大きなスケールでのネイチャーポジティブ実現のためには、政府や民間企業、市民社会や学術界といった様々なアクターの垣根を越えた協働や、これまでに不可能であったことも可能にするイノベーション、そしてその挑戦を可能にする投資も重要です。

そうした中で2023年1月11日、WWFジャパンは、企業がこれから目指すべきネイチャーポジティブの実践をテーマにした報告書『ネイチャーポジティブ実践に向けた手引き‐「森林破壊・土地転換ゼロ」を事例に』を発表しました。

本報告書では、目指すべきネイチャーポジティブに向け、企業が果たすべき責任と期待される役割、そして具体的な取り組みを考えるうえで大切なことをまとめました。また、森林を取り巻く気候変動、生物多様性などの視点も交えて紹介しています。

企業の皆様に、ネイチャーポジティブを考えるうえでの手引きとして、ご活用いただけましたら幸いです。

© Andre Dib / WWF-Brazil

アマゾンの熱帯林が伐採される様子(2020年ロンドニア州)

© Adriano Gambarini / WWF-Brazil

ブラジル、バイーア州の大豆農場

報告書のダウンロードはこちら

報告書『ネイチャーポジティブ実践に向けた手引き‐「森林破壊・土地転換ゼロ」を事例に』PDF形式

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