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生きている地球レポート2022 ー ネイチャー・ポジティブな社会を構築するために ー

この記事のポイント
いま私たちは、生物多様性の損失と気候変動という2 つの危機に直面しています。『生きている地球レポート2022』は、自然環境の悪化と気候変動の深いつながり、2 つの危機が人類と生物に及ぼす影響、公平で持続可能な未来の構築を主要テーマとしています。私たちの暮らしは生物多様性と安定した気候に大きく依存しているにも関わらず、自然を改変し、動植物の生息環境を破壊しています。生物の減少と気候変動が加速することで、人類への災害も増大すると予想されます。自然を回復傾向に向かわせる「ネイチャー・ポジティブ」な未来のために、『生きている地球レポート2022』は、今がその2 つの危機に対応できる最後のチャンスであることを示しています。
目次

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『生きている地球レポート2022』(英語版フルレポート全訳)の表紙

世界が直面する2つの危機

生きている地球レポート2022 (Living Planet Report 2022)

気候と生物多様性の危機は表裏一体の関係

産業革命以前に比べ、地球の気温は既に1.2℃上昇しています。今後、温暖化を1.5℃未満にとどめない限り、気候変動が生物多様性損失の主要な原因となり続けることが予想されています。さらに、気候変動により、生物の生息地と食物がなくなることで、種が絶滅するという事態も起こっています。気温が1℃上昇する度に、こうした生き物の消滅がさらに増えると予想されます。

図1 は、地球温暖化がそれぞれの温度上昇に達した場合に、局地的絶滅が生じるリスクが高い種数の割合を示しています。種数の減少割合が大きくなるほど、生態系の劣化や気候変動が後戻りのできない転換点に達してしまい、地球の温暖化はますます急速に進んでしまいます。

気候変動と生物多様性の損失という2 つの危機はどちらも、人類が地球の資源を持続可能でないレベルで消費していることが要因です。この2 つの危機は、表裏一体のものであり、別々の問題として扱い続ける限り、どちらの問題にも効果的に対応できないことが分かっています。

図 1 産業革命以前と比較した陸上及び 凡例淡水域における生物多様性の損失予測 出典:Warren, 他,20181 より作成された Parmesan, 他,20222 の図2.6

生物多様性の損失は危機段階:生きている地球指数は1970 年から69%低下

自然と生物多様性の健全性を測る指標「生きている地球指数LPI)」は、地球全体で脊椎動物(哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類)の個体群で構成され、継続的な減少が続いています。最新の報告は、1970年から2018 年の間に、LPI が平均69% 減少したことを示しています(図2)。今回のLPI は、5,230 種、約32,000 個体群という過去最大のデータを基に、ZSL(ロンドン動物園協会)と共に調査。LPI によって、個体群の相対的な推移だけでなく、個体群の減少の主原因である生態系の変化を知ることができるため、自然が中長期的にどう変化しているのかを理解することができます。

図2 生きている地球指数は1970 年〜2018 年の間に69%減少 出典:WWF/ZSL,20223

とりわけ、世界の淡水域の野生生物個体群の傾向が示すLPI は、最も深刻な打撃を受け、平均83% 減少しています(図3)。淡水は、生活用水、食料の安全保障、産業利用など4、私たちの生存5 にとって不可欠なものです。人類の半数以上は川や湖などの淡水域から3km 圏内で生活していますが6、そのために汚染や取水、野生生物の乱獲などが生じやすく、淡水種の生物多様性を脅かす原因となっています7

図3 淡水域の「生きている地球指数」は1970 年〜2018 年の間に83%減少 出典:WWF/ZSL,20223

LPI は、世界の地域ごとに、生物種の個体群の変動を分析しています。地域別に見ると、最も減少率が大きかったのは、中南米(94%)です(図4)。

図4 IPBES の分類に基づいた地域別の「生きている地球指数」(1970 年〜2018 年) 出典:WWF/ZSL,20223
© naturepl.com / Gavin Hellier / WWF
© Day's Edge Productions / WWF-US

人類は地球1.75 個分の自然資源を過剰消費

森林、草原、湿地、海洋などの生態系は、食料・飼料、医薬品、エネルギー、繊維など人間の生活に不可欠な恩恵をもたらしています。また、生態系は気候の調節、淡水の浄化、花粉媒介、土壌再生などの作用によってバランスを保ち、人間に癒しやインスピレーションも与えています。人類は生態系に依存し、自然なしでは生存できないにも関わらず、自然資源を過剰消費し、地球環境を維持する生態系サービスを乱用してきました。

人類は現在、地球の1.75 個分に相当する生態系資源を過剰消費しています。図5 の通り、地球の「バイオキャパシティ」に対して、人間の「エコロジカル・フットプリント」は75% も超過しており、今の生活水準を続けるためには、地球1.75 個分の自然資源を必要としてしまいます。エコロジカル・フットプリントは地球のバイオキャパシティを超えては、中長期的に持続可能ではありません。カーボン・フットプリントは増加しており、現在の政策のままでは、2100年までに約+3.2℃の気温上昇が起こり10、気候変動の生物多様性への悪影響が予想されています。

図5 1961 年~ 2022 年の地球全体のエコロジカル・フットプリント(人間の地球資源に対する需要)とバイオキャパシティ(生態系による地球資源の再生能力8)および、土地利用別、活動別のエコロジカル・フットプリント9
図6 岐路に立つ地球の気候と生物多様性と人間

生物多様性の損失は、農林産品の供給を維持して温室効果ガスを吸収する生態系の能力をさらに低下させます。気候変動の危機と生物多様性の危機は相互に影響し合って悪化することから、一方の問題を解決するには、もう一方の問題も考慮する必要があります11

今後数十年間、これまでの対応を続けていては、さらなる気候変動と生物多様性の損失を招き、結果として自然からの恩恵を失うことになります。人類がこれまで通りの社会経済の仕組みを継続することはすでに不可能です。図6 に示すように、生物多様性の損失を招く主な直接的要因には、化石燃料の採取、森林や海洋などの開発による生息地の減少、乱獲を招く動植物資源の過剰消費、汚染、侵略的外来種などがあります。

さらに間接的な要因として、人口増加、社会文化的背景、急速な経済成長、技術開発、不十分な制度・体制、既存の価値観などが挙げられ、これらの間接的要因によって、エネルギー、食料、その他原料の需要激増が起こります。

気候変動と生物多様性損失の同時解決がカギ

2030 年までに生物多様性の損失を反転させ、ネイチャー・ポジティブを達成するためには、貴重な森林・淡水・海洋生態系を保護区などで守ったり森林破壊を防いだりするような地域ベースでの環境保全活動に加えて、生物多様性を減少させ続けてきたこれまでの生産や消費のあり方を根本から変革するような、経済社会の変革および政策を組み合わせていくことが必須となります。

図7 2030 年までのネイチャー・ポジティブに向けた自然のための測定可能な世界目標<br>出典:Locke et al.,202112

近年の中長期的に生物多様性回復を世界規模で実現できる可能性を探る生物多様性シナリオ研究では、生物多様性損失の要因に対応し、その他の持続可能な開発目標との相乗効果やトレードオフを考慮した長期戦略の検討が行われつつあります。ある調査では、自然を回復傾向に向かわせ、気候変動を食い止め、世界の人口増加に対応する食料を確保するためには、従来の自然環境政策や現場での自然保護アプローチだけではネイチャーポジティブ実現には不十分であることが分かりました13

まずは、環境問題の分野横断的な性質を認識し、気候変動と生物多様性の両者に有益なwin・win の解決策を模索することで、気候変動が生物多様性損失の主要な要因となることを防ぐことが重要です。その上で、生物多様性損失の直接的要因と間接的要因からの影響(図6)や、その他の持続可能な開発目標との相乗効果やトレードオフを考慮に入れることが必要です。

未来への道

生物多様性の損失要因は複雑かつ分野横断的であり、これまでの生産・消費、政策決定、金融における仕組みを根本から戦略的に変革していく必要があります。そのためには、政府、企業、社会の指針となる、共通の世界目標への国際合意が必要です。各国政府が、国際目標へ合意し、整合した国内目標の設定に合意すれば、ネイチャー・ポジティブの実現は手の届くものになります。これが私たちに与えられた最後のチャンスとなるでしょう。生物多様性の保全とは、「単なる生き物の保全」のことではないのです。

世界の食料供給システムのような、生物多様性の損失要因に対処し、気候変動と生物多様性の両者に有益なwin・win の解決策を模索することで、すべての人にとって公平な未来を実現するための緊急の行動が求められています。

© Greg Armfi eld / WWF-UK

『生きている地球レポート』は、WWFが1998年以降発行する地球環境の現状を示す報告書です。このページとファクトシートは2022年版報告書『生きている地球レポー
ト2022 - ネイチャー・ポジティブな社会を実現するために』(英語名:Living Planet Report 2022 ‒ Building a nature positive society)をもとに作成しました。

松田英美子
WWFジャパン 自然保護室 生物多様性グループ長






2022年11月国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)がエジプトで開催されます。気候変動は、生物多様性損失の5大要因のひとつで、近年、国際的な気候関連議論においても生物多様性への配慮が大きく取り上げられています。気候変動と生物多様性の損失は表裏一体。統合的なアプローチによる両課題への解決策が強く求められており、今回の『生きている地球レポート2022』でも提案しています。
新型コロナウイルス感染症のような人獣共通感染症と生物多様性の損失は密接な関連がありますが、皮肉にもコロナ対策で開催が大幅に遅れていた国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が、今年12月ようやくカナダで開催されます。生物多様性の損失を反転させ、ネイチャー・ポジティブな世界を確立するため、2030年生物多様性枠組みの合意を目指しています。

足立直樹氏
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役






これは不運な生きものたちや地球の現状を案じるレポートではなく、このままでは私たちの生活が立ち行かなくなるという警告。解決するためには、気温上昇を1.5度未満に、自然を今より増やさなくてはいけないが、そのためにはこれまでのような自然保護だけでは不十分で、経済の仕組みを変える必要がある。そして、経済や金融システムを変える動きはもう始まっており、それに乗り遅れれば企業は競争上不利になる。そのことがほとんど知られていないことが、日本にとっては最大の問題。次に絶滅するのは日本企業かもしれない。

1. Warren, R., J. Price, E. Graham, N. Forstenhaeusler, and J. VanDerWal. (2018). The projected effect on insects, vertebrates, and plants of limiting global warming to 1.5℃ rather than 2℃.
Science., 360(6390): 791-795.
2. Parmesan, C., Morecroft, M. D., Trsurat, Y., Adrian, R., Arneth, A., et al. (2022). Terrestrial and freshwater ecosystems and their services. In: Climate Change 2022: Impacts, Adaptation,
and Vulnerability. Contribution of Working Group II to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. Cambridge University Press.
3. WWF/ZSL. (2022). The Living Planet Index database. .
4. Bogardi, J. J., Dudgeon, D., Lawford, R., Flinkerbusch, E., Meyn, A., Pahl-Wostl, C., Vielhauer, K. & Vörösmarty, C. (2012). Water security for a planet under pressure: interconnected
challenges of a changing world call for sustainable solutions. Current Opinion in Environmental Sustainability, 4(1), 35‒43.
5. Strayer, D. L. & Dudgeon, D. (2010). Freshwater biodiversity conservation: recent progress and future challenges. Journal of the North American Benthological Society. 29(1), 16.
6. Kummu, M., de Moel, H., Ward, P. J. & Varis, O. (2011). How close do we live to water? A global analysis of population distance to freshwater bodies. PLoS ONE, 6(6), e20578.
7. He, F., Bremerich, V., Zarfl , C., Geldmann, J., Langhans, S. D., et al. (2018). Freshwater megafauna diversity: Patterns, status and threats. Diversity and Distributions, 24(10), 1395‒1404.
8. Lin, D., Hanscom, L., Murthy, A., Galli, A., Evans, M., Neill, E., Mancini, M. S., Martindill,J., Medouar, F.-Z., Huang, S., & Wackernagel, M. (2018). Ecological Footprint Accounting for Countries: Updates and Results of the National Footprint Accounts,2012‒2018. Resources, 7(3), 58.
9. York University, Ecological Footprint Initiative & Global Footprint Network. (2022).
National Footprint and Biocapacity Accounts, 2022 edition. Produced for the Footprint Data Foundation and distributed by Global Footprint Network.
10. IPCC. (2022). Climate Change 2022. Mitigation of Climate Change. Summary for Policymakers. Intergovernmental Panel on Climate Change.
11. IPBES. (2019). Global assessment report on biodiversity and ecosystem services of the Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services (Version 1). Zenodo.
12. Locke, H., Rockström, J., Bakker, P., Bapna, M., Gough, M., Lambertini, M., Morris, J., Zabey, E. & Zurita, P. (2021). A Nature-Positive World: the Global Goal for Nature, Naturepositive.org
13. Kok, M. T. J., Meijer, J. R., van Zeist, W.-J., Hilbers, J. P., Immovilli, M., Janse, J. H., Stehfest, E., Bakkenes, M., Tabeau, A., Schipper, A. M., & Alkemade, R. (2022). Assessing ambitious
nature conservation strategies within a 2 degree warmer and food-secure world [Preprint]

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