生物多様性保全を「地域の仕組み」に変える――滋賀県が進めるネイチャーポジティブの実践
2026/06/17
- この記事のポイント
- ネイチャーポジティブの先進的な取り組みを進める滋賀県。WWFジャパンでは今回、滋賀県庁の皆様への取材を通じて、県内で展開されている取り組みについて伺いました。滋賀県では、企業や金融機関、森林、農業、研究機関、地域住民など多様な主体をつなぎながら、生物多様性保全を「地域の仕組み」として実装する挑戦が進められています。全国の自治体にとっても多くの示唆を与える先進事例としてご紹介します。
「全社会的アプローチ(Whole of Society Approach)」の地域レベルでの実践
ネイチャーポジティブの先進的な取り組みを進める滋賀県。WWFジャパンでは今回、滋賀県庁の皆様への取材を通じて、県内で展開されている取り組みについて伺いました。
滋賀県では、企業や金融機関、森林、農業、研究機関、地域住民など多様な主体をつなぎながら、生物多様性保全を「地域の仕組み」として実装する挑戦が進められています。
これは、国際的にも重要視される「全社会的アプローチ(Whole of Society Approach)」を地域レベルで実践する取り組みともいえます。WWFジャパンは、ネイチャーポジティブの達成には、様々な主体が一体的に協力するこのアプローチが、必要不可欠であると考えています。抽象論ではなく、具体的な文脈でそのアプローチに積極的にチャレンジしているという意味で、全国の自治体にとっても多くの示唆を与える先進事例として、ご紹介します。
世界的な課題である生物多様性の損失
気候変動と並び、生物多様性の損失は世界的な課題となっています。WWFの『生きている地球レポート2024』によると、1970年から2020年の間に、生物多様性の健全性を測る数値「生きている地球指数(LPI)」が73%減少したことが明らかになりました。
こうした中、2022年に採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組(KMGBF)では、「2030年までに自然の損失を止め、反転させる(ネイチャーポジティブ)」という目標が掲げられました。世界規模課題の解決には、地域レベルでの取り組みや課題解決が不可欠です。日本国内でも、地域におけるネイチャーポジティブの具体的な実践が求められています。

中でも、先進的な取り組みを展開しているのが滋賀県です。
滋賀県では、琵琶湖を中心に、住民の環境意識が育まれてきたという歴史がありますが、今、森林、農地、河川、企業活動、研究機関、市民活動をつなぎながら、生物多様性保全を地域全体の仕組みとして実装しようという動きが進んでいます。
WWFジャパンでは今回、滋賀県庁への取材を通じて、県内で進む複数の取り組みについてお話を伺いました。
企業活動を生物多様性に関する政策・金融の仕組みとつなぐ「しが生物多様性取組認証制度」「しがネイチャーポジティブネットワーク」
滋賀県では、2025年より、企業を始めとした多様な主体による自然関連の取り組みを後押しする「しがネイチャーポジティブネットワーク」を推進しています。これは、環境省の「自然共生サイト」の制度と連動し、県内で自然共生サイトを有する企業、地域団体、大学や行政機関等による情報共有や連携の場づくりを目的とするものです。
さらに、実は、国際目標で「2030年までのネイチャーポジティブ実現」が掲げられる以前―――2018年より、滋賀では企業を後押しする取り組みがありました。
滋賀県独自の取り組みである「しが生物多様性取組認証制度」は、『生物多様性の保全と自然資源の持続的な利活用に取り組む事業者』を県が認証する仕組みで、現在約70企業が認証を受けています。例えば、直接保全活動に取り組む企業や、事務所の脱炭素化に取組む企業、森づくりに取り組む企業などその活動は様々。認証を受けた企業は、大規模な取り組みを行う企業だけでなく、地域に根差した中小企業も含まれている点が特徴です

しが生物多様性取組認証制度(滋賀県ホームページ, https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kankyoshizen/shizen/14003.html)

また、より多くの事業者に取得を促すため、認証取得企業へのインセンティブづくりを進めているそうです。
その一例として、2026年4月には、滋賀銀行と連携したESGファイナンス「しが トライ・リンク・ローン」が開始されました。「カーボンニュートラル」、「ネイチャーポジティブ」、「サーキュラーエコノミー」の3要素に資する目標等をKPI(重要業績評価指標)として設定し、その達成状況に応じて融資条件が変動する仕組みの融資商品です。 なお、これらの3要素をKPIとするESGファイナンスは国内初とのこと。
自治体と両輪となって、地域金融機関が入ることで、中小企業をはじめ地域のさまざまな経済活動へ裾野を広げる動きとして注目が集まります 。
●しが生物多様性取組認証制度|滋賀県ホームページ
●しがネイチャーポジティブネットワーク|滋賀県ホームページ
●しがネイチャーポジティブネットワーク|note
「守る」から「活かす」へ、森林と企業活動つなぐ――「琵琶湖森林づくりパートナー」と「琵琶湖企業の森コンソーシアム」
滋賀県の約半分は森林ですが、高齢化や担い手不足により、十分な森林整備が難しい地域も増えています。こうした課題を背景に進められているのが、「琵琶湖森林づくりパートナー」と「琵琶湖企業の森コンソーシアム」です。
「琵琶湖森林づくりパートナー」は、企業や団体が地域と協定を結び、森林整備や木材利用、森林空間の活用に取り組む制度です。近年は植樹等の施業への参加や資金提供による森林づくりだけでなく、森林空間を社員教育や人的資本経営に活かしたいという企業の関心も高まっています。背景には、企業が単なる寄付ではなく、「なぜ自社が森林に関わるのか」というストーリー性を重視するようになったことがあります。また、森林所有者と企業のマッチングでは、「無理なく続けられる関係性」を大切にしており、コーディネーターの役割を担う団体が間に入り、三者協定となるケースもあります。

また、こうしたニーズの変化に加えて、「森林づくりに関心はあるが、何から始めればよいかわからない」という企業の相談をうけて立ち上げられたのが、「琵琶湖企業の森コンソーシアム」です。
「琵琶湖企業の森コンソーシアム」は、森林づくりに関心を持つ企業同士のネットワークとして機能しており、情報交換や学び合いの場となっています。すでに森林づくりに関わっている企業だけでなく、木材利用に関心を持つ企業や、まずは情報収集から始めたい企業も参加し、交流会やニュースレターを通じて、情報交換や企業同士の接点づくりも進められています。
森林を通じて、人と地域、企業が新たにつながっていく――。
企業と地域が継続的に関わる関係性を育てていこうとしている点が印象的です。
●琵琶湖森林づくりパートナー協定(森林所有者と企業の森林整備等に関する協定)|滋賀県ホームページ
●琵琶湖企業の森コンソーシアム|滋賀県ホームページ
琵琶湖と水田をつなぐ「魚のゆりかご水田」
滋賀県の生物多様性保全を語るうえで欠かせないのが、「魚のゆりかご水田」の取り組みです。滋賀県は国に先駆けて環境保全型農業への支払い制度を導入してきた経緯もあり、「環境こだわり農業」など、農業政策と生物多様性政策を一体的に進めてきた歴史があります。
「魚のゆりかご水田」
琵琶湖固有種であるニゴロブナなどは、春になると湖から水田へ遡上して産卵します。かつて琵琶湖周辺では、春になると魚たちが田んぼへ遡上し、水田で産卵する風景が当たり前に見られていました。しかし、農業の生産性を重視する圃場整備によって水田と排水路の落差が大きくなり、魚が田んぼへ入りにくくなるという経緯がありました。そこで滋賀県では、平成18年度から「魚のゆりかご水田プロジェクト」を開始し、排水路に「せき上げ式魚道」を設置することで、魚が水田へ上がれる環境づくりを進めてきました。
この取り組みは、「琵琶湖システム」が世界農業遺産に認定された背景の一つにもなっています。
担当者によれば、この活動を支えてきた原動力の一つが、「昔ながらの琵琶湖の田園風景を残したい」という地域の思いです。かつては田んぼと琵琶湖がつながり、人々の暮らしと自然が一体となった風景が広がっていました。多様な主体で構成される協議会を設立し、地域ぐるみで活動を続けてきたといいます。

一方で、活動の継続が課題となっています。取組開始当初から活動を支えてきた協議会メンバーがそのまま中心となっている地域も多く、高齢化が進む中、次世代の担い手をどう確保していくかが重要なテーマです。
この取り組みはニゴロブナを守るためだけのものではありません。春になると魚たちが琵琶湖から水田へ遡上する、かつて当たり前だった田園風景を取り戻し、地域の人々が大切にしてきた琵琶湖の景観や、人と自然が共に暮らしてきた営みを、次の世代へ引き継いでいこうとする挑戦でもあります。
琵琶湖と水田をつなぎ直すことは、自然環境の再生だけでなく、地域の記憶や文化を未来へつないでいくことにもつながっているのです。
●魚のゆりかご水田プロジェクト |滋賀県ホームページ
地域と研究をつなぐ「琵琶湖環境科学研究センター」
滋賀県では、研究機関もまた、生物多様性保全を地域の中で支える重要な役割を担っています。
県の研究機関である「琵琶湖環境科学研究センター」の1つの特徴は、研究を行政や研究者だけで完結させるのではなく、地域の多様な関係者とともに進めている点です。たとえば、ビワマスの遡上環境に関する取り組みでは、漁協、NPO、市役所、地域住民など、多様な主体が関わりながら活動が進められています。
ヒアリングでは、「様々な関係者がわいわいと一緒に取り組んでいる」という表現が印象的でした。
この言葉からは、行政主導のトップダウンではなく、地域の多様な立場の人たちが、それぞれの関心や思いを持ちながら主体的に関わっている様子が伝わってきます。

また、研究者が関わることで、行政だけでは築きにくい地域との対話や信頼関係が生まれている側面もあるといいます。
研究者は中立的な立場として受け止められやすく、多様な関係者をつなぐ役割も果たしています。さらに、研究成果を地域に還元する取り組みにも力を入れており、エコツアーやガイドブック、解説動画などを通じて、地域住民や子どもたちへの普及啓発にも取り組んでいます。
生物多様性保全を、専門家だけのものではなく、地域が一体となって支える営みとして進めている点も、滋賀県の大きな特徴といえそうです。

『愛知川流域のサイエンスエコツアーガイドBOOK』
最後に― 生物多様性を「地域の営み」にするために
今回のヒアリングを通じて見えてきたのは、滋賀県の取り組みが、単独の自然保護施策ではなく、「地域の営み全体」を通じて生物多様性保全を進めようとしている点です。
自治体、企業、金融、森林、農業、研究、地域社会――それぞれを個別に扱うのではなく、相互につなぎながら取り組みを進めています。まさに近江商人の「三方よし」の精神が根付いているようにも感じられました。
ネイチャーポジティブの実現には、国や地方行政だけで進めるというのではなく、国際目標にも掲げられているとおり「全社会的アプローチ(Whole of Society Approach)」が欠かせません。生態系から得ている自然の恵みは社会全体が享受するものです。だからこそ、社会全体を巻き込み、責任を分担しあい、取り組みを深化させていく必要がある――滋賀県の実践は、その一つの先進事例として多くの自治体に示唆を与えるものではないでしょうか。
WWFジャパンは、引き続き多様なアクターと協力し尊重しあいながら、生物多様性の保全に取組んでいきます。



