【インタビュー】NPIマルコ・ランベルティー二氏に聞く、ネイチャーポジティブな未来への変革の道筋
2026/04/27
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- 7月に熊本で開催される「グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット」を前に、主催団体である「ネイチャーポジティブ・イニシアティブ(NPI)」のマルコ・ランベルティー二氏が来日しました。同氏はWWFインターナショナルの事務局長を務めていた時代(2014~2022)に、経済界を巻き込みながら「ネイチャーポジティブ」を世界共通の目標として打ち出すことを主導した人物。来日にあたり、WWFジャパン事務局を訪問し、スタッフがインタビューを行いました。ネットゼロと同時達成が必要な「ネイチャーポジティブな未来」への変革の道筋とは何か。企業を中心に注目が集まる「自然を測定すること」の意味、政府の役割、そして市民一人ひとりにできることとは——。世界を代表するオピニオンリーダーに話を聞きました。
ネイチャーポジティブ目標誕生の背景
マルコ・ランベルティー二氏が代表を務める「ネイチャー・ポジティブ・イニシアチブ(NPI)」は、WWFなどの自然保護分野の団体に加え、TNFDなどビジネスや金融分野の国際的な枠組みやプラットフォームも参画するマルチステークホルダー・イニシアティブです。
NPIのミッションは、世界目標としての「ネイチャーポジティブ」の一貫性を保ち、様々な主体が取り組みを進める上での共通かつ実践的なガイダンスを提供することにあります。
現在、NPIが主導する「自然の状態(State of Nature)」を測る指標の最終化に注目が集まっており、7月には熊本でNPIと国際自然保護連合(IUCN)日本委員会が主催する「グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット」も開催されます。
2026年4月16日WWFジャパン事務所にて、NPIとIUCN日本委員会が7月に熊本で主催する「グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット」の記者向けレクチャーを開催。(左)NPI主宰・マルコ・ランベルティーニ氏;(中)IUCN日本委員会会長・道家哲平氏;(右)WWFジャパン自然保護室長・山岸尚之。
ランベルティー二氏は、NPIの立ち上げ以前の2014年から2022年まで、WWFインターナショナルの事務局長を務めていました。
ネイチャーポジティブの概念がまだ存在しなかった2020年前後、世界経済フォーラムなどを通じて経済界に働きかけ、ネイチャーポジティブを世界的な目標として広める中心的な役割を果たしました。
2022年には、国連生物多様性条約(CBD)で「昆明・モントリオール生物多様性枠組(KM-GBF)」が採択され、「2030年までに生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せる(ネイチャーポジティブ)」が196か国の国際合意となりました。

WWFインターナショナル事務局長在任時のマルコ・ランベルティーニ氏(2014年、WWF‑UK)
――ネイチャーポジティブの目標を打ち出そうとしていた当時、あなたはこのムーブメントがどこまで広がることを期待していましたか。現在のスピードや規模は、その期待と比べてどう映っていますか。
(ランベルティーニ氏) とても良い質問ですね。
正直に言えば、私は特に「期待」はしていませんでした。
というのも、新しいビジョンや新しい方向性について語り始めるとき、「成功するチャンス」と「失敗するリスク」を天秤にかけ始めてしまうと、その分析に捕らわれて行動できなくなってしまうからです。
私たちは当時、これが「必要だ」ということだけははっきり分かっていました。
つまり、自然に関する世界共通の目標、自然のためのグローバル・ゴールが欠けており、それが必要だった。それがすべての出発点でした。

WWFジャパン事務局でインタビューに答えるランベルティー二氏
「成功するかどうか」を議論する必要はなかった。とにかく、できる限りのことをやってみよう、という姿勢でした。
その意味で、WWFであることは非常に重要でした。
なぜなら、信頼と制度的な支えがあり、また、同じ志をもつ組織を集める力があったからです。NPIは決してWWF単独の取り組みではなく、大規模な連携による共同イニシアチブでありたかった。
そして今振り返ると、私たちは当初想像していた以上に良い位置にいます。

WWFインターナショナル事務局長在任時のマルコ・ランベルティーニ氏(2014年、ブラジル)
まず何より、世界がこの目標に合意したこと。それ自体が驚くべきことでした。
そして、何より重要なのは、その合意が意味するもの――社会が自然に注意を払い始めたという事実です。
次に、企業セクターの反応です。
これは本当に驚くべき変化です。企業は、自社のビジネスにとって自然がいかに重要か、つまり自然のマテリアリティ(重要性)を理解し始めています。数年前と比べても大きく様変わりした状況です。
ランベルティーニ氏らの著書『Becoming Nature Positive』(2025年)は、ネイチャーポジティブの世界目標が誕生した背景を起点に、現世代が直面する生物多様性の危機と、社会変革に向けた道筋を、現在進行中の国際議論と実践に根ざした視点から詳述している。NPI公式サイトにて無料公開中。
企業は何のために自然を測るのか
――ネイチャーポジティブに向けた取り組みを測定可能にすることが鍵となる中で、「自然の状態」を測る指標に注目が集まっています。 一方で、多くの企業では、これがTNFD対応、すなわち情報開示における必要事項として受け止め、開示そのものが目的化してしまっているようにも見えます。
(ランベルティーニ氏) 開示には二つの側面があります。
一つは、企業が社会・投資家に向けて何を語るか、という外向きの開示です。
しかし私にとって、より重要なのは、企業自身に向けた開示です。
企業が自らの依存やリスクを理解しなければ、行動を変える必要性を実感することは難しい。 規制や社会的責任も動機にはなりますが、必ずしも強力ではありません。
最も強力な変革のドライバーは、自然が自社のビジネスにとってどれほど重要かを理解することです。
自然への影響は、最終的に自社への影響になる。この認識を、ビジネス分析や投資判断に組み込む必要があります。
企業は常に変化に投資しています。
新技術やサプライチェーン、新製品に投資するのは、そこにリターンがあると考えるからです。
ネイチャーポジティブも同じで、「コスト」ではなく「投資」として捉えられなければなりません。
そのためにも、自然への影響・依存関係を明らかにすることは、単に外向けの情報開示はなく、企業内部の学習と意思決定を支える重要なツールなのです。
社会のルールを変えるのは誰か
――ネイチャーポジティブの世界目標は、「パリ協定」がエネルギー分野にもたらしたような変革を起こす必要があると強調されていますね。その実現には企業だけでなく、ルール作りやインセンティブ設計など、政府の役割が不可欠です。政府が最優先で取り組むべきことは何でしょうか。
(ランベルティーニ氏) まず必要なのは、文化的な意識の転換です。
政府も、企業も、個人も、自然を「美しく、そこにあって当然のもの」と捉えがちです。しかし、その「当たり前」こそが問題なのです。
自然の喪失は、気候変動と同じく社会全体のリスクです。政府の役割は、社会をそのリスクから守ることにあります。
1970年代の公害規制を思い出してください。当時、企業は川や海に汚染物質を排出していました。
しかし、人々が公害は社会に害をもたらすと理解したとき、規制が導入されました。政府が介入したのです。
自然の損失についても、同じことが起きる必要があります。
2014年、ジュネーブの国連で行われた記者会見においてWWFの『生きている地球レポート』を発表したランベルティーニ氏(WWFインターナショナル事務局長在任時)。2年に1度公表される同レポートの最新版(2024年)では、1970年以降、世界の野生生物個体群の規模が平均で約73%減少したことが示されている。
政府は、規制を導入し、それを効果的なインセンティブと組み合わせなければなりません。
中国が再生可能エネルギーで行ったことは、その一例です。国家レベルで、大規模な技術投資を行い、市場形成を通じて価格を下げ、結果として世界を変えました(もっとも、副作用やひずみがないわけではありません)。
食料システムなどでも同様のことが必要です。
さらに重要なのは、既存の有害な補助金やインセンティブを転換することです。
現在、各国政府は年間約2.4兆ドルの補助金を、自然を破壊する活動に出しています。
それを自然再生型農業などに振り向ければ、変革は一気に加速します。
新たな規制を導入するだけでなく、旧来の制度を見直すことがより重要なのです。
自然に価値をつけるとは
――「自然の価値」を考えるとき、ビジネスでは定量化や貨幣価値換算が重視されます。一方で、個人のレベルでは体験から生まれる「つながり」や「大切に思う気持ち」が重要です。ここに矛盾はないでしょうか。
(ランベルティーニ氏) これは私の最も好きなテーマのひとつです。
自然に価格を付けるというのは、非常に痛みを伴う議論です。
自然は私たちが必要とするすべてであり、欠かすことのできない存在です。私たち自身も、自然の一部です。
そのようなものに、どうやって価格をつけられるのでしょうか。これは非常に難しい問いです。
一方で、現在の経済の中では、自然は「壊された時」にしか価値がつきません。
伐採された木材、食卓にならぶ魚、花でさえ――いずれも、生きている状態ではなく、死んだ自然です。私たちは、自然に対するコストを払うことなく、商品化してきました。
だからこそ、自然に価値を付ける必要があります。
そうでなければ、自然は開発に負け続けてしまうからです。

WWFジャパン事務所でインタビューに応えるランベルティー二氏
問題は、「どうやって価値をつけるのか」という点ですが、今のところ、うまい方法論は普及していません。
ただ、現在私たちは家庭で使う「水」に当たり前のように対価を払っています。これは昔からそうだったわけありません。
水のように直接利用するものに限らず、自然はあらゆる形で私たちの生活を支えています。その価値を、私たちはもっと認識する必要があります。
森の木々、海の魚、鳥たちについても、同じように生活との「つながり」を見出していかなければならないのです。

WWFインターナショナル事務局長在任時のランベルティーニ氏(2014年、WWFシンガポール)
――若い世代は自然と触れ合う機会が減り、消費とデジタルに囲まれています。ますます、自然の価値を感じにくくなっていくのではないかという懸念もあります。
(ランベルティーニ氏) 確かに、若い世代や、都会に住む人々が、以前より自然から切り離されているというのは事実です。
しかし、私は、必ずしも悲観的ではありません。
というのも、自然との接触が少ない人ほど、自然への憧れや愛着を抱くこともあるからです。
私自身は、森に囲まれた場所に住んでいますが、自然のすぐそばで暮らしている人ほど、逆に、自然についてあまり心配しない場合もあります。日常的に見慣れていたり、自然との共存は簡単ではないこと知っていたりするからかもしれません。
むしろ最大の問題は、消費と自然破壊のつながりが見えないことです。
スーパーで買う肉がどこから来ていて、どのような自然破壊と結びついているのか、多くの人は知りません。
そのつながりを可視化していくことが、今最も重要な課題です。

WWFジャパン事務所でインタビューに応えるランベルティー二氏
一人ひとりができること
――世界中のWWFのサポーターや、一般市民がネイチャーポジティブな未来に向けてできることは何でしょうか。
(ランベルティーニ氏) 市民一人ひとりができることは、三つあります。
一つ目は、伝えること。自然とネイチャーポジティブの重要性を、家族や友人に話すことです。
二つ目は、自然の重要性を理解しているリーダーに投票すること。
三つ目は、消費を見直し、ライフスタイルを持続可能にすること。極端である必要はありませんが、できる範囲で変えることです。
特に三つ目は、一人ひとりが取り組むことで、大きな影響があります。それだけで大きな違いを生み出すことができると確信しています。
――ありがとうございました。
インタビュー後記
ランベルティー二氏が語った、ネイチャーポジティブに向けた転換の視点、そして、企業、政府、市民、それぞれが取り組むべきテーマは、WWFが世界中で推進している活動とも重なります。
WWFジャパンでは、引き続きさまざまな主体と協力をしながら、ネイチャーポジティブ達成に向けた活動を行っていきます。



