「生物多様性国家戦略 2023-2030 中間評価」及び「第7回国別報告書」案に向けたパブリックコメントに意見を出しました
2025/12/17
- この記事のポイント
- 「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」は生物多様性を守るための世界目標で、世界の自然の損失を食い止めるために各国が実現を目指すべき23のターゲットが示されています。WWFジャパンは、世界に広がるWWFのネットワークの一翼として、GBFの国際目標を日本国内での実現のため、さまざまな働きかけをおこなっています。今回は、政府の「生物多様性国家戦略(NBSAP)中間評価」および生物多様性条約(CBD)事務局に提出する「第7回国別報告書」案のパブリックコメントに意見を提出し、国内政策を国際目標に整合させることを訴えました。
生物多様性を守る世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」
1970年から50年の間で、地球上の生物多様性の豊かさは約7割が失われました。気候変動と生物多様性の損失、2つの危機により、地球環境は、危険な転換点(ティッピング・ポイント)に直面しています。
『生きている地球レポート2024』発表 自然と生物多様性の豊かさが過去50年間で73%減少 - 地球は危険な転換点に直面、2030年までの取り組みが鍵 - |WWFジャパン
その危機が高まる中、2022年、生物多様性条約(CBD)の第15回締約国会議(COP15)で、生物多様性保全のための国際目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組(Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework、以下GBF)」が合意されました。
この中で、2030年までに、「自然の損失を止め、回復軌道に乗せること(ネイチャーポジティブ)」が約束されました。

GBFには、「ネイチャーポジティブ」実現のため、2030年までに達成すべき23の「ターゲット」が掲げられています。

GBFの23のターゲット
GBFの合意を受けて、日本では、2030年までに、これら23のターゲットを実施するため「生物多様性国家戦略(NBSAP)2023-2030」が策定されました。

生物多様性国家戦略2023-2030の概要
そして、2026年2月までに、締約国はCBD事務局に対して、自国の実施状況をまとめた「国別報告書」を提出しなくてはなりません。この報告プロセスに向け、日本政府は、2025年10月に「生物多様性及び生態系サービスに関する総合評価2028」(JBO4)の中間提言を発表。
生物多様性条約の国際枠組み「ネイチャーポジティブ」の中間評価が迫る~環境省がJBO4中間提言公開 |WWFジャパン
これをもとに「NBSAP中間評価」および「第7回国別報告書」案が作成され、パブコメにかけられました。

日本では、COP15でのGBF採択から2030年までの間、このように国内施策の点検を予定しています(環境省、2025年1月27日「JBO中間提言の構成案とスケジュール」より)
――そもそもパブリックコメントとは何だっけ?という方のために
「パブリックコメント(パブコメ)」とは、政府が新しい政策や計画、政策の見直しを実施する際に、市民社会から広く意見を受け付ける制度を指します。国や自治体の政策に多様な意見を反映することで、政策の質を高め、プロセスの透明性を確保するなどの役割を担っています。
WWFのようなNGOにとって、パブコメとは、行政機関に直接に意見を届けられる貴重な活動機会の一つです。
WWFは具体的には何について意見を提出したの?
今回提出した意見は、日本の生物多様性政策をより実効的なものにするため、わたしたちWWFが必要だと考えていることです。
パブコメの対象となったのは生物多様性条約の国際目標に関する次の2つの文書。
(1)「生物多様性国家戦略(NBSAP)2023-2030 中間評価」
2030年までに「ネイチャーポジティブ」実現を目指す国際目標、これを日本国内で実施するための国家戦略について、中間評価をまとめた文書です。
(2)「第7回国別報告書」
各国がGBFの23のターゲットにどれだけ貢献しているかを報告するために作成する文書、その日本版。各国から提出国別報告書をもとに、地球レベルの進展を示すグローバル報告(Global Report)が作成されます。
(1)の中間評価を元に、(2)の報告書が作成されているため、共通して指摘できるポイントがあります。
パブコメを機に、政府によるNBSAPの施策や指標の見直しを含めた柔軟な改善を期待します
ひとつ前の国際目標(2020年を期限とする愛知目標)は、各国が設定した目標と世界目標の間のずれを修正できず、2020年時点でどの項目も完全に達成されませんでした。
同じ失敗を繰り返さないために、今度こそ世界各国が足並みを揃えて、目標実現に向けてしっかり進むことが求められています。

WWFの提言の紹介
今回、WWFジャパンは、自然保全・気候変動対策・経済・農林水産業・金融・地域連携などさまざまな分野でネイチャーポジティブ実現を目指す国家戦略について数十件の意見を提出しました。例えば、こうした点です。
- 保護区・OECMの質向上とランドスケープアプローチによる空間計画を求める
- 気候変動対策・再エネ導入と生物多様性保全の整合性確保・野生鳥獣との軋轢緩和の長期的視点
- 農林水産業の指標と評価の不整合の是正、および生物多様性保全の主流化
- 自治体の計画策定・実施能力を支える地域支援体制の強化
- 金融分野・企業開示(TNFD)における実効性のある政策・指標整備
- 企業・サプライチェーンの生物多様性影響管理の強化
- 報告書作成プロセスにおける市民参加と透明性向上
- 中間評価を踏まえたNBSAPの体系的見直しの必要性など
どれも重要な点ではありますが、中でも5点ほど詳しく説明します。
1. 質の高い保護区・OECMの拡大とランドスケープアプローチによる空間計画を求める
GBFターゲット3(いわゆる「30by30目標」)は、『2030年までに、陸域・海域の30%を、生物多様性や生態系の機能・サービスに特に重要な地域を優先しながら、効果的に保全・管理する』ことを掲げる目標で、30by30目標達成のためには、保護区やOECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域 )の拡大が必要となります。2025年現在、日本の保護区・OECMの面積比率は、陸域で21.0%、海域で13.3%であり、特に海域での保全面積の拡大が急務です。
しかし、単純に面積を増やす量的な拡大では、生態系の効果的な保全とはなりません。拡大と同時に適切な管理による「質の担保」が非常に重要です。
さらに、個々に独立した保護区やOECMについて、生態学的なつながりや、農林水産業などの経済活動の利益、人々の暮らしを含めた広域空間全体を捉えて計画を策定すること――ランドスケープアプローチと呼ばれる考え方――を採用することが重要と考えます。

2. 気候変動対策・再エネ導入と生物多様性保全の整合性確保
ニュースで多く取り上げられた釧路湿原の大規模太陽光発電施設の建設(いわゆるメガソーラー問題)。
問題は、地域コミュニティや自然環境への適正な配慮がないままに太陽光発電施設の建設が進められていることにありますが、これは釧路湿原・太陽光発電施設に限った問題ではありません。
本来、深刻化する気候変動の対策に必要不可欠なはずの再生可能エネルギー施設が、地域の生物多様性への影響が十分に配慮されないまま導入されることで、貴重な生態系への悪影響が懸念されます。気候変動対策のための再エネ施設が、生態系を破壊する――なぜこのような矛盾(気候変動対策と生物多様性のトレードオフ)が起きているのでしょうか?
気候変動対策と生物多様性のトレードオフ問題には、国、地域、事業者、様々なステークホルダーが存在するため、問題の切り口は1つではありません。
今回のパブコメでは、「国」への意見として、
①現在不十分である環境アセスメントを強化すること、
②生物多様性への影響が少ない再エネ適地(耕作放棄地・屋根など)への誘導施策を行うこと、
③各省庁の気候変動対策について、生物多様性との両立を確保するために全省庁横断的に検討すること等を挙げました。
再エネによる開発の問題と対策をより詳しく知りたい方は、こちらへ:太陽光発電の開発問題を抑制し自然・地域と共生するには?(WWFポジションペーパーを改定) |WWFジャパン

3. 野生鳥獣との軋轢緩和の長期的視点
クマ、シカなどの野生鳥獣について、人間の生活圏への出没増加が緊急の課題になっています。特に、近年のクマの人里への出没による被害は甚大です。人とクマ類の軋轢がここまで深刻化した背景には、地方の過疎化や、里地里山の荒廃、耕作放棄地の拡大などにより、クマが暮らす奥山と人の生活圏の緩衝地帯が徐々に失われてきたことや、猟圧が減ったことで人に警戒心を抱かなくなったクマの増加、気候変動の影響など複数の要因があります。
様々な要因が絡み合った問題であることを認識し、クマをはじめとする野生動物との軋轢の問題の根本的解決のためには、長期的視野で地域社会・経済に根差した形で生物多様性保全を政策と統合していくことが重要です。そのためには、科学的知見蓄積のための調査、個体数の管理・把握、里山の荒廃・土地利用、そして問題の複雑性を踏まえた長期的なランドスケープアプローチが重要です。
こちらでWWFの主張をより詳しく説明しています。
【WWF声明】クマ被害対策において、緊急施策にとどまらない長期的視野での「自然と共生する社会」の実現を |WWFジャパン
4. 農林水産業における生物多様性保全の主流化
農林水産業について、政府は、持続可能な環境保全型の農林水産業は、「目標達成に向けて順調」、「農業及び林業については、明確な課題がなかった」等、説明しています。しかし、これは一次生産の現場の生物多様性の「現実」をきちんと反映していません。実際に、専門家が日本の生物多様性の現状を科学的に整理したJBO4中間提言では、「農地生態系における生物多様性の悪化は継続傾向」であると評価されています。
参考:生物多様性条約の国際枠組み「ネイチャーポジティブ」の中間評価が迫る~環境省がJBO4中間提言公開 |WWFジャパン
NBSAPの政策評価と現場の現実との間で矛盾が生じる理由の一つには、そもそも、国内の進捗評価の基準が適切ではないことが挙げられます。例えば、国家戦略では、農林水産業は、農林水産省が作成した「みどりの食料システム戦略(みどり戦略)」と進捗・評価を対応させており、一見『みどり戦略が順調に進んでいる=生物多様性が保全された』という方程式があるようにみえます。しかし、みどり戦略は、農林水産業の生産力向上と持続可能性の両立を目指すものであり、生物多様性の保全・回復を第一にする政策ではありません。そのため、NBSAPが順調と評価される裏で、水田等の絶滅危惧種の割合が高い淡水生態系が危機を脱していないなど、生物多様性への配慮が落ちてしまっています。
これを真に、生物多様性の保全に繋がる政策とするために、NBSAPの目標及び指標を、GBFに向けた進捗評価と整合させるよう修正することが肝心です。
林業についても所有者不明林の課題や、漁業に関しては、持続可能な水産業を測る適切な指標がないことなども指摘しています。
田んぼや畑、里山、海の生きものたちを守るためにも、農林水産分野全体で、生物多様性の状況をきちんと確かめながら使える指標に見直していくことが大切です。

農地生態系における生物多様性は、悪化が続いています。
5. 自治体の計画策定・実施能力を支える地域支援体制の強化
地域の自然を最もよく理解している自治体は、日本の自然保護活動の大黒柱です。里山・里海の保全について、自治体が中心となり、地域の自然と人間活動を上手く折衝することが、「人と自然が共生する社会」のために必要不可欠。
しかし、自治体では、専門性のある人材や財源などのリソース不足に悩まされています。例えば、地域の生物多様性の保全および持続的な利用についての基本である「生物多様性地域戦略(地域戦略)」の策定をみると、策定済の自治体数は、178市町村(全国の自治体数1,718市町村に対して約10.4%、※1)しかありません。
里山・里海などの地域の自然資源を守るためには、現場への理解が何よりも重要だからこそ、自治体に対するノウハウの提供、人材育成、財政的な後押しまで含めた継続的な支援を行い、自治体を地域の自然保護のハブとして機能させることが重要だと考えます。

健全な水資源の母体である河川や湖沼などの淡水をめぐる生態系は、さまざまな自然の中でも特に深刻な危機にさらされています。
パブコメ提出を終えて
来年2026年10月には、CBDのCOP17がアルメニアのエレバンで開催されます。実質、2030年目標に向けて各国のGBFの進捗レビューの場となる重要なCOP。2020年の愛知目標のように「どれか一つとしても完全には達成されなかった」ということをGBFでは避けるためにも、国際目標との整合性を確保し、目標実現に向けた確かな前進を求めます。
WWFは引き続き、科学的な知見に基づく提言と国内外様々な関係者や専門家との連携を通じて、日本の取組みがネイチャーポジティブの実現に貢献するよう働きかけを行ないます。
※1:生物多様性地域戦略 | 環境省 および、総務省|地方自治制度|市町村合併 (2025年12月時点)



