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IPBESが『ビジネスと生物多様性評価報告書』要約を公開~社会変革に向けた企業と政府の役割

この記事のポイント
生物多様性に関する取り組みは、企業にとって、社会からの要請となりつつあります。世界の生物多様性保全にとって重要な年である2030年まで残すところ4年となった現在、「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」においても、「ターゲット15」が掲げるビジネスの取り組みをはじめ、ネイチャーポジティブに向けた社会変革の進捗が問われています。IPBESが2026年2月9日に公開した『ビジネスと生物多様性評価報告書』政策決定者向け要約は、こうしたタイミングで重要な示唆を提供しています。報告書のキーメッセージから、企業と政府の役割、そして社会変革に向けて重要な視点を紹介します。
目次

IPBES『ビジネスと生物多様性評価報告書』

IPBESは、正式名称を「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学‐政策プラットフォーム」といい、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が気候変動に関する科学的知見を評価するのに対し、「生物多様性と自然」に関わる科学的評価を行います。

「政府間科学‐政策プラットフォーム」の名の通り、IPBESは、日本を含む約150か国の加盟国政府が主体です。IPBESが発行する科学的報告書は、政策形成や社会の取り組みを導く重要な役割を担っています。

今回発表されたのは、IPBESが初めてビジネスに焦点を当ててまとめた『ビジネスと生物多様性評価報告書』の政策決定者向け要約です。

IPBESのウェブサイトより(外部リンク。別窓表示)
IPBES報道発表:IPBES Business and Biodiversity Assessment
Summary for Policymakers

要約には、報告書本体から、科学的知見や必要とされる政策・行動のキーメッセージが抽出されています。政府をはじめ、企業、NGOなどの市民社会の多様な主体が、対話や共同の行動を進めるうえで、非常に有益な示唆が詰まっています。

特に、2026年10月には、生物多様性条約(CBD)の第17回締約国会議(COP17)が開催され、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の中間レビューが行われます。2030年目標に向けた折り返し地点となるこの節目は、ビジネスの取り組みはもちろん、生物多様性国家戦略(NBSAP)を通じた各国の進捗や生物多様性の現状を評価し、さらなる行動を加速させる上でも極めて重要です。

そうしたタイミングで発表されたIPBESのビジネスと生物多様性評価報告書のキーメッセージから、企業の役割、そして、GBFやNBSAPが実現を目指す社会変革に必要な視点と政府への期待を紹介します。

© Andy Isaacson / WWF-US

ビジネスは生物多様性の損失と回復に中心的役割

経済活動と自然への依存と影響、リスクの現在地

産業革命以降、人類史上かつてないスピードで自然破壊が行われたことは、IPBESが2019年に公開した『地球規模評価報告書』で明示されました。

世界の陸地の約75%はすでに改変され、海洋の約66%が累積的な影響を受け、湿地の85%以上が消失。さらに、評価がされている動植物の約25%、推計100万種が絶滅の危機にあると考えられ、このままでは多くが今後数十年で姿を消すおそれがあるという、衝撃的な予測が出されたのも、IPBESの報告書でした。

『ビジネスと生物多様性評価報告書』は、こうした自然の損失が急速な経済発展により引き起こされ、経済成長の中核にビジネスの活動があるということを出発点にしています。

© WWF-UK / Shutterstock / Parthbhatt

1820年から2022年の間に、世界経済は約1兆ドルから130兆ドルまでに成長しました。1992年以降、経済生産性を高める人工資本(建物や機械設備など)は、国ごとに大きな格差はあるものの、一人当たり平均で約100%増加した一方で、自然資本(生態系や天然資源)については、約40%減少しています。

食料、水、エネルギー、素材など様々な形で経済社会を支えている生物多様性と自然の人々への寄与(NCP: nature’s contribution to people)が、何十年にもわたり減少を続けているのは、その価値が、企業のコストや経済システムに反映されていないからにほかなりません。

報告書は、こうした状況が続けば、生物多様性の損失や生態系の崩壊、異常気象などのリスクを通じて、企業活動はもちろん、国の経済全体や金融システムの安定性、さらにはグローバル経済にとってもシステミックな脅威となることを指摘しています。

さらに、こうしたリスクは、自然への依存度が高く、技術・資金的な適応力が十分でない発展途上国に、過度に大きな影響を及ぼすことも確実視されています。そのため先進国においては、公正さや責任の観点を欠かすことはできません。

川で網を使って魚を捕る住民。ザンビア、ルアングア川。
© James Suter / Black Bean Productions / WWF-US

川で網を使って魚を捕る住民。ザンビア、ルアングア川。

すべてのビジネスは自然への影響と依存に対処する責任がある

こうしたシステミックなリスクに対して、社会変革を伴う迅速な行動が必要とされています。IPBES報告書は、すべての企業が自然に依存し、影響を与えている以上、それらに対処する責任を有するとともに、企業がその活動を通じて、社会変革の担い手となり得ることを強調しています。

しかし、世界の現状を見ると、個々の企業が自然への影響、依存、リスク、機会に対して十分に対処しないことがほとんどです。その要因のひとつには、こうした課題に対する認識の不足があります。

報告書はさらに、自然関連への影響や依存に関する情報開示が多くの国で任意にとどまっているため、その普及が限定的であり、企業の説明責任も十分に確保されていない現状を指摘しています。

また、企業が直面する課題としては、生物多様性への影響や依存を定量的に評価するためのデータや知識の不足、バリューチェーンの透明性の低さなどが挙げられます。

これに加えて、四半期ベースの利益に偏重した報告義務や、短期的な投資回収期間、意思決定の時間的制約など、ビジネスのサイクル自体が、生態系再生のような長期的な時間軸と整合していない点も企業による対処が限定的である要因となっています。

© WWF / Simon Rawles

社会変革には、ビジネスの行動を可能にする環境整備が不可欠

従来型のインセンティブ構造では自然の損失が続く

報告書は、インセンティブ構造など企業を取り巻く現在の条件下では、従来のビジネスの在り方(Business-as-usual: BAU)が継続し、生物多様性の損失を止め、回復へと転じるために必要な社会変革には到達しないことを強調しています。

例えば、現在も巨額の補助金を含む公的・民間資金が、自然を破壊する経済活動に投入され続けています。

2023年には、自然に直接的な負の影響を及ぼす民間資金と公的資金の総額は、約7.3兆ドルに上る推計されています。その内訳は、民間資金が4.9兆ドル、公的資金(環境に有害とされる補助金)は2.4兆ドルとされています。

一方で、生物多様性の保全や自然再生などに自然にポジティブな活動への資金フローは、民間と公的財源を合わせても2,200億ドルにとどまります。これは、環境に有害とされる補助金の規模と比べると、わずか3%にすぎません。

© Sam Hobson / WWF-UK

つまり、企業の責任は明確である一方で、現在のビジネス環境は、圧倒的に自然の損失につながるインセンティブが支配的となっているのです。

こうした構造的な問題を放置したままでは、たとえ個々の企業の改善努力が積み重なったとしても、自然の損失を食い止め、回復させるまでの社会変革は進展しません。

こうした認識のもと、IPBES報告書は、生物多様性にとって真に有益な方向へビジネスの行動を導くために必要な、5つのEnabling Environment (行動を可能にする環境)を提示しています。

1. 政策、法的、規制的な枠組み
2. 経済と金融システム
3. 社会的価値、規範、文化
4. テクノロジーとデータ
5. 能力と知識

出典:IPBES(2026)『ビジネスと生物多様性評価報告書』Figure SPM.2。Enabling Environment(行動を可能にする環境)を整備することで、企業にとって有益なことと、生物多様性および自然の人々への寄与(NCP)にとって有益こととを一致させることができる。

出典:IPBES(2026)『ビジネスと生物多様性評価報告書』Figure SPM.2。Enabling Environment(行動を可能にする環境)を整備することで、企業にとって有益なことと、生物多様性および自然の人々への寄与(NCP)にとって有益こととを一致させることができる。

ビジネスの行動を可能にする環境整備の障壁

ここでは、Enabling Environment (行動を可能にする環境)の5つの要素の推進の障壁となっている要因の一部を紹介します。

これらの障壁には、政策・法制度を含め、企業単独で取り組むことが困難なものが多く、政府が中心的な役割を担い、民間と協働しながら取組を進めることが不可欠です。

(IPBES(2026)『ビジネスと生物多様性評価報告書』Table SPM.4から一部抜粋・和訳)

Enabling Environmentの構成要素 障壁となっている要因(一部抜粋)
政策・法制度
  • 弱い、あるいは一貫性を欠く生物多様性の政策や政治的意思(企業の行動を導くための野心や具体性の欠如)
  • 生物多様性に関する影響・リスク・機会の開示を義務付ける規制の欠如
  • 金融セクターにおける自然関連リスクに対応する規制の欠如
経済と金融
  • 短期的な利益志向と、長期的な成果をもたらす行動に対する金融インセンティブの不足
  • 生物多様性への影響を内部化しない歪んだインセンティブ(復元・回復・被害の是正義務がない)
  • 生物多様性の改善に向けた投資のための金融資源の不足(特に中小企業)
  • 自然資本のストックとフロー、並びに生態系サービスの多様な価値を評価する能力の不足
価値観と規範
  • 市民社会におけるグループ間の優先事項の対立
  • 生物多様性に対して前向きな行動をとる、または悪影響を減らすように企業に求める社会的圧力の弱さ
  • 先住民族および地域社会の保全管理者としての役割や権利に対する承認の不足
技術・データ
  • 技術、データ、モデル、シナリオへのアクセス不足およびそれらの利用に対する知識、インセンティブ、普及を促す規制の欠如
  • 指標の不統一やガイダンスの乱立による混乱
  • 企業が行動できるようにするため、グローバルな生物多様性目標を実効的な意思決定に十分な解像度で分析する手法の欠如
能力・知識
  • 生物多様性に対する企業の影響や依存関係に関する認識の不足(例:投資家の知識ギャップ)
  • 効果的な行動をとるための能力・知識・スキルの不足
  • 企業活動およびバリューチェーン全体における可視性・透明性の不足

また、ここでは割愛しますが、報告書にはEnabling Environmentの各要素について、A.政府、B.金融アクター、C.ビジネスと金融機関、D.その他のアクターが取り組むべき行動が整理されています。

© Kari Schnellmann

企業の取り組み

企業による影響と依存の評価

企業の事業活動を通じた自然への影響と依存の評価・開示は、GBFのターゲット15で掲げられている重要な目標です。しかし、数多くの枠組みやツールへの対応に過大な労力が割かれ、情報開示そのものが目的化してしまっては、自然への負の影響を削減するという本来の行動につながりません。

報告書では、「すべてのビジネスは自然への影響と依存に対処する責任がある」というキーメッセージのもと、企業が依存と影響に対処するために今すぐ取り組むことのできる各種の行動や、手法を体系的に整理しています。

詳細はここでは割愛しますが、その主要なポイントは、主要な自然関連の情報開示や目標設定の枠組みとも共通する内容となっています。


A) 自社の事業活動、バリューチェーンおよびポートフォリオ全体において、生物多様性に正の影響をもたらす行動を可能するためのガバナンスおよび戦略的枠組みを構築すること
B) 事業拠点において、ミティゲーション・ヒエラルキーを適用しつつ、サイトレベルおよび陸域・海域(ランドスケープ/シースケープ)レベルで生物多様性に正の影響もたらす行動を実施すること。
C) バリューチェーン全体で、上流および下流の関係者と協働しながら生物多様性への影響と依存関係に対処すること。
D) 金融機関の場合には、資金を生物多様性に有害な活動から、生物多様性に正の影響をもたらす活動へと転換すること。

また、グリーンウォッシュを避けるために、影響・依存関係の理解に基づく、透明で信頼性のある戦略を策定し、検証可能な成果を提示することが重要であることも明示されました。

上記の主要なポイントは各社の特性に応じて、具体的な取り組みにしていくことが求められます。

【参考情報】

日本企業の場合、各社の事業拠点においては多くの取り組みが見られる一方で、バリューチェーンでの取り組みが進んでいないのが現状です。

そのため、特に農林水産物を使用した製品の製造・加工・販売等を行う企業においては、原材料の調達方針を策定し、トレーサビリティを確立していくことが最初の一歩となります。

WWFジャパンでは金融機関向けに、投融資先との自然関連エンゲージメントを実施する際に参考となる、一次産品毎のチェックリストを作成・公表しています。これは事業会社にも参考として欲しい内容となっています。

金融機関向けエンゲージメント支援ツール「ネイチャーポジティブに向けた投融資チェックリスト」

マレーシア・ボルネオ島サバ州。熱帯雨林の隣にパーム農園の開拓地が広がる。
© Aaron Gekoski / WWF-US

マレーシア・ボルネオ島サバ州。熱帯雨林の隣にパーム農園の開拓地が広がる。

評価手法の整理と課題

報告書ではさらに、企業による自然への影響と依存の評価に関わる手法の整理が行なわれました。

手法の類型については、現時点で適切もしくは使用可能な評価手法が、セクター、意思決定のレベル(事業所、バリューチェーン、ポートフォリオなど)、さらに、評価の目的(スクリーニング、代替案の比較、依存・影響あるいは自然の状態変化のモニタリングなど)によって異なることが、体系的に整理されました。

ツールや枠組みが乱立し混乱が生じていた中で、これらが俯瞰的に整理されたことは進展であったと言えます。

一方で、現在使用可能な手法の中には、対象範囲の網羅性(coverage)、正確性(accuracy)、行動に起因する変化を検知する能力(responsiveness)といった重要な特性に照らして、必ずしも十分に機能しないものもあり、データや手法のギャップを埋めるためのさらなる取り組みが必要であることも浮き彫りになりました。

こうした制約について、企業は理解を深める必要があります。特に中小企業にとっては、手法の実施に必要となる専門性やリソース、費用なども課題となりますが、それでも、可能なところから着手し、時間をかけて対応能力を構築していくことが推奨されています。

出典:IPBES(2026)『ビジネスと生物多様性評価報告書』Table SPM.3意思決定のレベルと測定の目的ごとの影響・依存を評価する手法の適正の整理。

出典:IPBES(2026)『ビジネスと生物多様性評価報告書』Table SPM.3意思決定のレベルと測定の目的ごとの影響・依存を評価する手法の適正の整理。

先住民族と地域社会(IPLC)

報告書では、企業が特定の事業所に関する意思決定を行なう際には、「ボトムアップ」のアプローチによりサイトベースの情報を収集することが重要であるとしています。

このアプローチには、現地での観察データの取得、参加型のモニタリングや地図化、そしてこれらの情報に基づく空間分析などが含まれます。

また、企業が科学的知見に加え、先住民族や地域の人々の知識・手法を積極的に参照することで、自然への依存や影響の評価・管理を前進させることができると指摘しています。

特に、産業開発によって世界の先住民族の土地の約60%が影響を受けており、先住民族の領域全体の約25%が資源開発による高い圧力にさらされているとされています。

その一方で、先住民族や地域社会(IPLC)は、こうした事業に関わる企業の調査・意思決定プロセスにおいて、その立場や視点が反映されることは依然として稀です。

こうした現状では、企業はIPLCから学ぶ機会を持つことがなく、アクセスと利益配分(ABS)の仕組みの遵守に支障をきたす可能性もあります。

企業によるデューディリジェンスとIPLCのエンゲージメント、相互尊重にもとづく協働の重要性が強調されています。

コミュニティフォレストで植物を採集する少女(ネパール)
© Emmanuel Rondeau / WWF-US

コミュニティフォレストで植物を採集する少女(ネパール)

ネイチャーポジティブ目標に向けて

IPBESの『ビジネスと生物多様性評価報告書』のキーメッセージからは、GBFおよびネイチャーポジティブの2030年目標に向けて、自然に依存し、影響を与えているすべての企業が責任を負っていること、そして、企業の行動を可能にするための環境(Enabling Environment)が社会変革には不可欠であり、政府が極めて重要な役割を担っていることが明確に示されました。

日本は、2026年2月時点でTNFDアダプター数が世界最多となっており、企業の情報開示に向けた関心の高まりが見られます。しかし、WWFジャパンが実施したベンチマーク調査では、その開示内容には多くの改善の余地があることが明らかになっています。

(関連情報)
TNFDのベンチマーク調査結果に基づく報告書「2024年TNFD開示の潮流と日本企業の対応状況」を公開

また、日本の政策面では、NBSAPの基本戦略の柱のひとつに「ネイチャーポジティブ経済」が掲げられ、個々の企業の自主的取組を支援する施策が進められています。しかし、補助金の在り方を含めビジネスのインセンティブ構造そのものを改革するような政策・規制は打ち出されていません。

企業の改善努力に依拠したままでは社会変革が達成できないことはIPBES報告書の結論からも明らかです。日本には、NBSAPの強化および効果的な政策の導入が早急に求められます。

(関連資料)
「生物多様性国家戦略 2023-2030 中間評価」及び「第7回国別報告書」案に向けたパブリックコメントに意見を出しました

WWFジャパンは、引き続き、企業の行動変容、そしてGBF・NBSAPを通じた日本の政策の強化に向けた活動を続けていきます。

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