奄美大島瀬戸内町のサンゴ礁保全を要望 大型客船による観光開発

この記事のポイント
国際的にも貴重な自然が今ものこる日本の南西諸島。しかし、ユネスコの世界自然遺産への登録を前に、各地で観光開発の急増と、それによる深刻な自然破壊が懸念されています。奄美大島と加計呂麻島の間に広がる大島海峡は、南西諸島でも指折りの豊かさをたたえた海域ですが、ここでも2019年2月、中国からの大型客船の寄港地の開発計画があることが分かりました。計画の詳細は明らかにされていませんが、環境に配慮しない大型観光開発が強行されれば、貴重な自然は失われ、世界遺産の登録も危ぶまれることになります。2019年6月19日、WWFは独自に行なった海域調査や外部機関から得た結果をふまえ、国と県、地元の自治体に対し、あらためて保全を要望しました。

奄美大島におけるロイヤル・カリビアン・クルーズ社の寄港地開発計画

2019年2月2日、鹿児島県の奄美大島南部に位置する瀬戸内町で第3回「クルーズ船寄港地に関する検討協議会」が開催され、同町における大型客船の寄港地開発計画が、アメリカに本社を置く船会社ロイヤル・カリビアン・クルーズ社より説明されました。

開発予定地とされていたのは、瀬戸内町の北部、大島海峡の北端に位置する、西古見集落に面した海域です。

ロイヤル・カリビアン・クルーズ社は2016年にも、同じ奄美大島の龍郷町で、大型クルーズ船の着岸施設と、観光施設の建設を計画。地元の反対とWWFの要請を受け、計画を撤回した経緯がありました。

今回の計画については、瀬戸内町によれば、計画の詳細はまだ知らされていない、とのことですが、仮に大型客船一回の渡航で2,000~4,000人にもなる海外からの観光客が、高齢者を中心に人口が40名に満たない西古見の集落やその周辺を訪れることになれば、普段の暮らしはもちろん、地元の方々が大切にしている海や陸の自然にも、さまざまな影響が及ぶ可能性があります。

大島海峡はWWFジャパンが2009年に作成した、南西諸島全域の生物多様性重要地域の評価情報(BPAマップ)でも、最も重要性が高いと評価された海域の一つ。<br>また西古見対岸の加計呂麻島・実久も、環境省のモニタリングサイト1000で、優良なサンゴの生息地と判定されています。<br>

大島海峡はWWFジャパンが2009年に作成した、南西諸島全域の生物多様性重要地域の評価情報(BPAマップ)でも、最も重要性が高いと評価された海域の一つ。
また西古見対岸の加計呂麻島・実久も、環境省のモニタリングサイト1000で、優良なサンゴの生息地と判定されています。

西古見周辺海域で調査を実施

この開発計画に対して、WWFは2019年2月15日、国土交通省、鹿児島県、瀬戸内町、ロイヤル・カリビアン・クルーズ社に対し、緊急声明を送付。
瀬戸内町との面会を通じ、地域の自然に配慮した「持続可能な観光」を目指すことを前提とする、という町の方針を確認しました。

またWWFは、2019年4月20日、21日、には該当海域での生物調査を実施。同時に、西古見地区の住民の方々にも直接お話を伺い、計画に対する考えをお聞きしました。

その調査により、大型港湾施設の建設予定地と目されるエリアから、500メートル~1キロほどの海域内に、多くの造礁サンゴの群集を確認。卓上ミドリイシをはじめ、クシハダミドリイシ、サボテンミドリイシ、コユビミドリイシ、枝状のトゲスギミドリイシといったサンゴが生息していることが分かりました。

確認されたサンゴ礁生態系の分布は、大半が施設の建設予定地に直接は重なってはいないものの、最奥部が幅800メートル程の狭い同一の湾内に広がっており、配慮なく開発が行なわれた場合、深刻な破壊や客船就航による水質や海流の変化により危機にさらされる可能性が、きわめて高いと考えられます。

調査で確認されたサンゴ群集。高いところでは80%ものサンゴの被度(海底に占める生きたサンゴの割合)が認められた。2017年の大規模なサンゴの白化の影響が残る場所も見られたが、オニヒトデの食害などは見つからず、健全なサンゴ群体が確認された。

調査で確認されたサンゴ群集。高いところでは80%ものサンゴの被度(海底に占める生きたサンゴの割合)が認められた。2017年の大規模なサンゴの白化の影響が残る場所も見られたが、オニヒトデの食害などは見つからず、健全なサンゴ群体が確認された。

見つかったアマミホシゾラフグの「ミステリーサークル」

さらに、鹿児島大学国際島嶼教育研究センターが2019年5月にこの海域で行なった調査では、海底の砂底でアマミホシゾラフグ(Torquigener albomaculosus)の産卵巣が認められました。

アマミホシゾラフグは、世界でも奄美大島周辺だけ生息することが知られているフグの一種で、産卵用の巣として、オスが海底に巨大な円形の砂の模様を描く、珍しい習性を持つことが知られています。

確認された巣は、繁殖への準備または孵化が終了した痕跡と考えられ、すでに放棄されていましたが、今年の繁殖期に作られたものであることは確実であり、この海域がアマミホシゾラフグの繁殖に適した環境である可能性が示されています。

この他、環境省が絶滅危惧Ⅱ類に指定している、オオナガレハナサンゴやヒユサンゴも確認され、希少種の生息地としても、国際的に重要な海域である可能性が明らかになりました。

アマミホシゾラフグの産卵巣。鹿児島大学国際島嶼教育研究センター奄美分室の藤井琢磨特任助教が調査で確認、撮影されたもの。すでに崩れかけている。水深32 mの砂底で確認された。
写真提供:鹿児島大学国際島嶼教育研究センター 藤井琢磨

アマミホシゾラフグの産卵巣。鹿児島大学国際島嶼教育研究センター奄美分室の藤井琢磨特任助教が調査で確認、撮影されたもの。すでに崩れかけている。水深32 mの砂底で確認された。

問われる世界自然遺産登録のゆくえ

こうした豊かで貴重な海と共に暮らしてきた、地域の方々はどのように大型開発計画を受け止めているのか。

2019年4月20日に、WWFジャパンが西古見地区の住民の方々と行なった意見交換の場で聞かれたのは、「この海は地元の誇りであり大切にしている」という強い思いと、「若い人が戻ってきて集落が存続していけるような、そういう手立てが欲しい」「海を大切にして観光をしてほしい」という、地域の未来を思う切実な言葉でした。

一方、「必ずしも、大規模計画が欲しいのではない」「集落に外国人がたくさん入ってくるのは困る」といった懸念する声もあり、地元の集落として「計画をぜひ誘致したい」という意向ではないこともうかがわれました。

また、2019年5月9日には、海峡をはさんだ対岸に浮かぶ、同じ瀬戸内町の加計呂麻島の住民有志が、町に対し計画の白紙撤回を求める要望を提出。加計呂麻島民の6割超が計画見直しへ賛同の意を示しました。

さらに2019年5月22日には、国会でもこの問題について議論が行なわれました。
この日の参議院議員決算委員会で、川田龍平議員が国に対し、ロイヤル・カリビアン・クルーズ社の発言と、国としての考えについて質疑を実施。
地元で開かれた第3回「クルーズ船寄港地に関する検討協議会」の場で、同社が計画の実施に際して土地の購入や開発を行なうなどの発言があったことを指摘しました。この指摘に対しクルーズ客船就航開発を所管する国土交通省は、国としてもロイヤル・カリビアン・クルーズ社の集落周辺の開発を要認する答弁を行ないました。

こうした内容が、最大の関係者である地元の住民の方々に正しく伝わり、合意のもとで検討が進められているのか。大きな問題点が残るところです。

何より、貴重な自然と野生生物の保全、そして、地域住民への十分な配慮と合意の形成は、ユネスコの世界自然遺産への登録を実現する上で、欠かすことのできない要件であり、クリアせねばならい基準でもあります。

この開発計画をめぐる、環境保全と住民参加が不確実な現状は、南西諸島の世界自然遺産への登録を、危ういものにする大きな要因といえるでしょう。

世界遺産の島々、南西諸島の未来に向けて

これらの情報や状況を踏まえ、WWFジャパンでは2019年6月19日、国土交通省、環境省、鹿児島県、奄美群島広域事務組合事務局、そして瀬戸内町に対し、あらためて要望を行ないました。

内容は、大型クルーズ客船の寄港地の開発見直しと、住民参加による保全観光利用の推進を求めるもので、大きく下記の3点を要点としています。

  1. 地域の重要な観光資源となりうる貴重な自然環境に対する観光開発と利用による悪影響の確実な防止をめざした、科学的評価に基づくキャリング・キャパシティ(地域が受け入れられる観光の規模)の設定
  2. 寄港地開発予定地の集落の住民のみならず瀬戸内町民や奄美大島の他の市町村住民に対し、開発に関する詳細な情報の開示と、検討過程の住民、一般への公表の徹底
  3. 環境や地域社会に配慮した「持続可能な観光」の実現に向けた住民参加と合意形成を経た持続観光な観光等の利用計画の策定

この日、要望書をWWFから直接手渡し、内容について説明を受けた、瀬戸内町の鎌田愛人町長からは、「地域の宝である自然を将来に残していくことは大切である」「WWFの実施した調査の内容は重要で、現在検討を進めている町の協議会でも参考として保全との両立に向けその在り方を考えていく」との言葉があり、瀬戸内町としても、地域が誇る自然環境の保全と、町の住民の方々の意向を尊重した取り組みを進めていく方針が示されました。

実際、南西諸島の豊かな自然を将来にわたり守りのこしていくためには、破壊を未然に防ぐ「予防原則」の観点を前提に、環境や地域社会、そこに暮らす人の気持ちに配慮した、適切な規模での開発計画を推進していく必要があります。

瀬戸内町町役場にて、WWFジャパンから鎌田愛人町長に要望書を手交。

瀬戸内町町役場にて、WWFジャパンから鎌田愛人町長に要望書を手交。

南西諸島では今後、奄美大島はもちろん、各地で客船だけでなく国際航路として各航空会社の乗り入れも予想され、観光開発の影響がさらに深刻化する事が懸念されます。WWFでは、要望や提言活動だけでなく、地域に根差した持続可能なエコツーリズムの促進などを通じ、長期的な自然保護の実現を目指していきます。

この記事をシェアする

人と自然が調和して
生きられる未来を目指して

WWFは100カ国以上で活動している
環境保全団体です。

PAGE TOP