次期生物多様性国家戦略への提言書


環境大臣 小泉進次郎 殿
(公財)世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)
事務局長  東梅 貞義
 

2020年3月に生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)は、「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」を発表した。それによると、過去50 年の間で人類史上かつてない速度で地球全体の自然が変化しており、この変化には直接要因(土地と海の利用の変化、生物の直接採取、気候変動、汚染、外来種の侵入)だけでなく、間接的な変化要因(生産・消費パターン、人口の動態と推移、貿易、技術革新および地方から全世界にかけてのガバナンスなど)が大きく関わっている。

同年9月に発表された地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)では、2010年に採択された愛知目標の進捗が報告されたが、20の個別目標で完全に達成できたものはなく、厳しい現状が示された。2021年に開催される国連生物多様性条約第15回締約国会議(CBD-COP15)では、ポスト愛知目標が採択されることとなっており、野心的な目標の設定だけでなく、国際合意に整合した国別目標や、その達成のための施策が今後強く求められてくる。

この状況の中、策定が進められている新たな「生物多様性国家戦略」は、2021年以降の日本の生物多様性保全の基本的な計画として、より重要な意味を持つものになると考える。この新しい戦略は、上述した直接要因だけでなく、間接的な変化要因を十分に考慮し、世界的な長期ビジョンである「自然との共生」の実現と、ポスト愛知目標に整合した取り組みとする必要がある。さらに生物多様性の保全と主流化は、持続可能な開発目標(SDGs)や気候変動対策、環境を軸とした福祉活動にも寄与し、人間の社会活動の根幹をなすものと言える。

1980年の世界環境保全戦略の発表以降、世界の環境保全に取り組んできたWWFとしても、新しい生物多様性国家戦略の重要性に鑑み、「自然との共生」を確実に実現してゆくことを、強く求める。そのためには生物多様性を2030年までに回復軌道に乗せ(Nature Positive)、「グリーン・リカバリー」や「ワンヘルス」、さらに「自然を基盤とした解決策(Nature based Solutions)」を核とした政策の策定と実施が必須である。この野心的な目標達成には、分野横断的な対策が不可欠であり、関係省庁、地方自治体、コミュニティをつなげ、短期及び長期的な視野に立って対策を検討すべきである。

以上を踏まえ、次期生物多様性国家戦略研究会の検討テーマに即し、下記の提言を行なう。
また別添1、別添2では、生物多様性の保全に関わる法律を一覧にした。その中で生物多様性との関連性を明記すべき法律を示すものである。

1.「人口減少下での国土利用のあり方と自然と共生した安心・安全な地域づくり」について 
~将来的なビジョンを伴うランドスケープ・シースケープアプローチの具体化を~

2.「身近な地域から地球規模までの自然資源利用における持続可能性の確保」について
~流通・消費の改善による生物多様性保全の促進を~

3.「生存基盤である生態系のレジリエンス確保と新たなリスクへの対処」について
~「新たなリスク」を意識した取り組みの在り方を~

4.「ポスト2020生物多様性枠組を踏まえた、自然共生社会の実現に向けた方策と基盤整備の取りまとめ」について
~次期生物多様性国家戦略の中で取り組むべき新たな5つのテーマ~

別添1:「生物の多様性の確保」に関する言及の有無を検証した法律の一覧

別添2:平成24年以降に公布・施行された法律で、生物多様性との関連性が高い法律一覧

1.「人口減少下での国土利用のあり方と自然と共生した安心・安全な地域づくり」について    

~将来的なビジョンを伴うランドスケープ・シースケープアプローチの具体化を~

ランドスケープ・シースケープアプローチは、社会、経済、環境保全といった競合する目的を適宜調整しつつ、自然環境と人間社会との調和を目標とした持続可能な取り組みである(*1,2)。自然災害や、自然資源の減少といった喫緊の課題に対して、基本的な構造や機能、独自性を維持し適応するレジリエントな社会を形成し、地域コミュニティのニーズに順応した管理を実現することに、ランドスケープ・シースケープアプローチは貢献する。このことから、次期生物多様性国家戦略においては、ランドスケープ・シースケープアプローチを中心とし、多様なステークホルダーを巻き込んだ施策が実施できる政策の枠組みと、関係省庁の連携の在り方を提示することが望ましい。

ランドスケープ・シースケープアプローチを考慮する上で重要な点は以下の通り。

(ア) ランドスケープアプローチの確立
日本を代表する景観の一つである中山間地域は、国内の土地面積の7割を占めており、農業生産、防災・減災、さらに外来種や獣害問題の観点からも重要な役割を担う。一方で、これらの地域では、産業構造の変化により、第一次産業就業者数が減少の一途をたどり、高齢化が進んでいる。さらに、人間の関与によって成り立ってきた、里山・里地・里海の二次的自然や生態系は、食生活やエネルギー需要の変化に伴って失われつつあり、その劣化や減少が顕著となっている。
こうした現状の中、ランドスケープアプローチは地域循環共生圏や里山・里地・里海、さらには持続可能な開発目標(SDGs)達成にもつながる施策であり、次期生物多様性国家戦略では、第五次環境基本計画とも確かな整合性を取りつつ、定義や役割の明確化とその推進を図る必要がある。多様なステークホルダーを巻き込み、ボトムアップで実施されるランドスケープアプローチは、社会的な課題解決の一助ともなる。
また都市においても、都市緑地や生産緑地など生物多様性の豊かさを担っている環境を再考し、これをランドスケープの一つとして定義するとともに、その保全を促進する政策の後押しを行なうべきである。

(イ) シースケープアプローチおよび海洋生態系の重視
漁業・養殖業などを主幹産業とした沿岸域においては、後継者の不足や、持続可能な水産業の在り方など、陸域の中山間地域と類似した課題が生じていることから、海洋や沿岸域の生物多様性保全を主眼とした「シースケープアプローチ」についても、明確な位置付けを行なうべきである。
また、海洋については、自然環境と野生生物の保全の取り組みが十分に進んでおらず、絶滅の危機にある野生生物の評価にも不十分である。国際的な目標との整合性を確保するためには、生態系保全を第一の目的とした保護区を拡大する必要がある(*3)。
以上により、次期生物多様性国家戦略には、沿岸地域や海域に応じた生物多様性の評価や、シースケープアプローチの確立を後押しすることが強く求められる。

(ウ) 防災・減災に必要とされる生態系の保全・管理の促進
自然を基盤とした解決策(Nature based Solutions: NbS)(*4)は、気候変動、食糧や水の安全保障、自然災害や生物多様性損失といった課題解決を目的とし、生態系を活用した気候変動適応策(EbA)、生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)をも包含する取り組みであり、次期国家戦略にも取り入れるべき考え方である。
とりわけ、中山間地域の山林や水田などの適切な景観保全は、生物涵養の重要な要素であり、また人と野生動物の境界に適切に管理された緩衝地帯を形成することで、獣害や遭遇事故を抑えることにもつながる。沿岸域においても、湿地環境や沿岸林、マングローブなどは、風害や高潮などの被害を抑える上で有効性が期待でき、生物多様性保全の観点と重ねて、対象流域全体の保全を重視すべきである。

2.「身近な地域から地球規模までの自然資源利用における持続可能性の確保」について

~流通・消費の改善による生物多様性保全の促進を~

日本の消費社会を支えるさまざまな製品やその原料、そしてエネルギーは、多くを輸入に頼っているが、これらの生産には、海外での深刻な自然破壊が伴う例が少なくない。バリューチェーンを通じた生物多様性の保全の促進は重要であり、金融を含めた環境に配慮した事業活動への支援や、政府調達の改善は、日本が世界に対して果たすべき大きな責任である。

生物多様性保全につながる流通・消費の改善を考慮する上で重要な点は以下の通り。(*5)

(エ) 森林生態系の保全につながるサプライチェーンの改善
2010年~30年の間で起こる森林破壊の80%は、世界の11の地域で起こることが示されている(*6,7)。この地域には日本が木材や紙、パーム油、天然ゴム、その他牛肉等の食料などの輸入・消費を通じて現地の森林破壊に関与している東南アジア地域等の熱帯林も含まれており、合法であっても環境面・社会面において、非持続可能な伐採が行なわれている場合がある。
生物多様性や地域社会に配慮した持続可能な紙や木材の利用、そして森林減少・劣化を抑えたパーム油、天然ゴム、その他食料の調達を行なうため、日本には責任ある消費国として、サプライチェーン上で下記を確認・実施することが求められる。

  • 伐採や土地入手、新規農園開発、火の使用等における合法性の確認
  • 十分な合法性の確認および違法伐採の疑いが排除できない調達見合わせ
  • 原料調達における保護価値の高い地域および泥炭の保全の確認
  • 非持続可能な植林地等への転換が行なわれていないこと、また保護価値の高い森林を転換して開発された植林地・農園からの調達でないことの確認
  • 現地の生物多様性に負の影響を与えていないことの確認
  • 社会面(地域住民および先住民族の権利、林業労働者および農園労働者の権利、先住民族を含む現地住民が生態系サービスを享受する権利への配慮等)での配慮と、深刻な社会紛争の有無の確認

次期生物多様性国家戦略には、上記の点について担保し、現地の生物多様性保全と、正しく志向した調達方針を推進する文言を明記すべきである。

(オ) 海洋生態系の保全につながるサプライチェーンの改善
持続可能な漁業、養殖業による水産物の生産と調達は、海洋の生物多様性の恒常性に寄与する。また、持続可能な水産物の市場流通は、海洋生態系の保全はもちろん、世界的な食糧安全保障問題や沿岸地域の暮らしの改善を後押しすることにもつながる。
世界でも有数の水産物消費国である日本は、持続可能性を担保する責任があり、またそうした取り組みは、国内の地域漁業の支援にもつながる。そのために、主として下記にあげる調達上の問題が無いかを確認することが有効である。

  • 漁獲対象や養殖の飼料原料となる魚の資源状況
  • 混獲等、生産活動に起因する海洋環境・生態系への影響
  • 海洋環境の持続可能性の担保の視点から中長期的視野に立った、適切な資源管理体制および漁業管理体制の構築
  • 先住民族・地域社会に関わる社会紛争の有無や労働環境
  • 製品から漁獲・養殖した生産現場まで追跡可能なフルチェーントレーサビリティの確立
  • 海洋プラスチック汚染に直結する、放棄・逸失・投棄漁具(ゴーストギア)の発生抑制と回収の促進
  • 魚類の混獲から生じる未利用魚の漁獲管理の徹底と、資源有効活用

次期生物多様性国家戦略では、IUU(違法・無規制・無報告)漁業由来の水産物の排除、保護価値の高い海洋の保全、奴隷労働などの人権を無視した労働環境など社会面での配慮にコミットする調達方針を推進する姿勢を明確にするべきと考える。

(カ) 信頼性の高い認証制度の利用促進と、良い消費行動を喚起する意識啓発の在り方
世界中には多様な社会環境認証ラベルが存在するが、重要なのはそれが何を担保しているか、という点である。国際的に乱立する社会環境認定ラベルの信頼性を管理するため、国際社会環境認定表示連合(ISEAL)は「社会環境基準設定のための適正実施規範」を定めている。生物多様性国家戦略においても、ISEAL加盟団体のような国際的に信頼のおける認証のみを採用する等、ラベルによって確実に持続可能性を担保できる道筋をつけるべきである。紙や木材などの林産物についてはFSC(森林管理協議会)、パーム油についてはRSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)、天然魚の水産資源についてはMSC(海洋管理協議会)、養殖水産物についてはASC(水産養殖管理協議会)による認証制度が、加工・流通・販売時までを含めた認証を行なっており、科学的な根拠に基づく基準設定と審査制度により、国際的な信頼を獲得している。国際認証の取得に向けては、同等の環境配慮と持続可能性を実現した、漁業改善プロジェクト(Fisheries Improvement Project:FIP)や養殖漁業改善プロジェクト(Aquaculture Improvement Project:AIP)などによる、後押しが可能である。
現行の生物多様性国家戦略においても、これらの認証制度は紹介されているが、日本においてはいまだ、信頼性の高い認証制度に対する理解と普及は十分ではない。また、信頼性の高い認証制度やグリーン調達の普及と併せ、より良い消費行動を喚起させることも重要である。例えば商品ラベルでのトレーサビリティ明記等の政策強化についても、次期生物多様性戦略に盛り込むべきである。

(キ) サーキュラーエコノミーと、海洋プラスチック汚染対策の推進
地球環境に不可逆的な影響を与える、大量生産、大量消費社会からの脱却が求められている。そのためにも、地球の再生産能力の範囲内で、必ずしも必要のない生産については根絶した上で、資源を可能な限りリユース、リサイクルできる体制を構築し、廃棄物を極限まで減らしていく、サーキュラーエコノミーの推進が、必要不可欠となっている。次期生物多様性国家戦略には、上記の通り、正しい方向性に基づく「サーキュラーエコノミーの推進」について、しっかりと盛り込むべきである。
特に、大量生産、大量消費に起因した海洋や河川等でのプラスチック汚染が世界的な問題になっている。また、プラスチックの大量生産と、焼却処理は、CO2を大量発生させることにより、今後の気候変動を悪化させる主要な要因となっていくと見られている。この環境や社会への影響の深刻さを認識し、「プラスチック汚染の解決に向けた対策や方針」についても、次期生物多様性国家戦略に明記するべきである。解決のためには、生産者に製品販売後の回収やリユース、リサイクルに対する確実な責任を求める「拡大生産者責任」制度の適用範囲と義務を、サーキュラーエコノミーの推進と、プラスチック汚染を確実に防ぐことが出来る内容にまで拡充させることが不可欠である。さらに、プラスチック汚染の世界的広がりを認識し、「法的拘束力のある国際協定」を早期に発足させ、それに基づいて日本が「行動計画」を策定した上で、着実に遂行していくことを、主要な対策として明記すべきである。

(ク) 企業や投資家への働きかけの強化
新型コロナウイルス感染症で経験したように、生態系の保全に配慮しない人間活動は、世界に脅威を与え、自然関連リスクは気候リスクよりも早い速度で経済に影響を及ぼしうることが明らかになっている。
その中で、自然資本に対する財務リスク、並びに改善の機会に関する情報の公開を、企業に求める声が高まっている。「自然関連財務情報開示タスクフォース(Task Force for Nature-Related Financial Disclosure:TNFD)」では、金融機関や投資家の投資判断となるような情報公開と、企業変容を求める活動に向けて取り組みを始動しており、将来的には「グリーン・リカバリー」や「ブルー・エコノミー」にも通じた取り組みを促進するものとして期待されている。
次期生物多様性国家戦略では、自然資本を重視し、環境に配慮した企業活を行なう上で、こうした金融分野が担う役割を明記すべきである。

3.「生存基盤である生態系のレジリエンス確保と新たなリスクへの対処」について

~「新たなリスク」を意識した取り組みの在り方を~

絶滅の危機にある種が増加する中、保護区の適切な設定や周辺地域の位置づけ、その保全の在り方を多種多様なステークホルダーを巻き込んで考えていく必要がある。特に近年多発している気候変動による異常気象の被害や、そこからの生態系の回復、さらに温暖化に伴う植生や野生生物の分布域の変化等についても考慮し、生物多様性の危機に対応するため、国際的目標に整合した対策を講じる必要がある。

そのために重要となる観点は以下の通り。

(ケ) 野生生物の絶滅回避と生息・生育地の保全
 日本各地には絶滅の危機にある国内固有の希少種が多く生息しているが、生育・生息地での開発が進み、生物多様性保全に対する土地所有者の理解が得られない、といった問題が生じている。生物多様性基本法前文には「生物多様性は地域における固有の財産」と明記されていることをふまえ、個人の財産権を尊重しながらも、生物多様性の損失が公共の福祉に反するものとして、保全を優先する制度やしくみが求められる。
 また、日本および諸外国、ならびに公海に生息する絶滅のおそれのある野生動植物やそれらの生息域の保全に向けても、締約国としてワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)をはじめとした国際的な枠組みに積極的に協力するとともに、国内での実施も強化させていく必要がある。中でも日本に飛来する渡り鳥や外洋を回遊するウミガメ類や海獣類などの保全に関しては、日本が未加盟のボン条約(移動性野生動物種の保全に関する条約)にも批准すべきである。

(コ) 外来生物や化学物質が生態系にもたらすリスクとその対策
 外来生物の侵入や、農業・漁業への有害化学物質の利用は、生態系を乱す要因となりうる。こうした問題への対策としては、生態系、社会、健康への被害を想定し、「予防原則」を基本とした対応方針を定めることが重要と考える。次期生物多様性国家戦略では、予防原則を考慮し、新たなリスクにも言及した上で、その対応ための法規制の強化や、人材の育成、予算の充当を促進できるよう配慮する必要がある。

(サ) 野生生物取引がもたらすリスクとその対策
人の健康にも影響を及ぼす可能性のある生物の取引規制と管理は、重要な課題である。ペット利用等を目的とした野生生物の取引は、本来の生息域での密猟を呼び、絶滅危機を高めると同時に、持ち込まれた先でも在来の生態系と人の健康に深刻な悪影響を及ぼしかねない。したがって野生生物の国内取引および管理に係る規制強化の基準に、種の絶滅、および人や生態系への感染症リスクという観点も取り入れるべきである。感染症リスクについては、厚生労働省と連携の下、評価を行なうことが必要である。
新型コロナウイルス感染症をはじめとする動物由来感染症が、過去40年間で急増している理由として、過度な農耕活動による野生生物生息地の搾取並びに細分化、畜産および水産養殖における薬剤使用による耐性菌の発生、非持続的な野生生物の取引や消費などがあげられる。GBO5で持続可能な道への移行(Key Transition to Sustainable Pathway)でも取り上げられているように、「ワンヘルス(One Health)」に基づいた施策を講じ、関係省庁や有識者、その他利害関係者との連携の下、人、環境そして野生生物の健全な関係を維持することが望ましい。

(シ) 気候変動の解決策を担う生態系と生態系に配慮した気候変動対策の重要性
気候変動に起因する異常気象の多発や、海水の酸性化、温度上昇などがおよぼす環境への影響が、生態系サービスを脅かす大きな要因として指摘されている中、森林、泥炭地、サンゴ礁、干潟やマングローブなどは、自然界に存在するCO2吸収源となる。また、湿地帯やマングローブなどは、洪水や高潮の被害を軽減する役割も担っている。つまり生物多様性保全を進めることは、気候変動の緩和策および適応策のいずれにも貢献する。すでに日本は2050年までの温室効果ガス排出量ゼロ目標を掲げており、生物多様性を重点に置いた解決策、NbSや生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)にもつながる解決策の提案、普及を進めることが必要である。
また昨今、環境負荷が高い場所での再生可能エネルギー等開発や、それに伴うトラブルが各地で発生している。この背景には、生物多様性と社会環境への配慮の適切なバランスをとるため設置された「環境影響評価制度」が、十分対応できていない可能性が考えられる。自治体の環境影響評価条例制定が進む中、現行の環境影響評価法に対して、その見直しの検討を早期に開始し、生態系に配慮した気候変動対策を進めることが重要となる。また生物多様性地域戦略の実施が進められる中、地域の気候変動適応策とも連動させることが肝要である。

4.「ポスト2020生物多様性枠組を踏まえた、自然共生社会の実現に向けた方策と基盤整備の取りまとめ」について

 ~次期生物多様性国家戦略の中で取り組むべき新たな5つのテーマ~

生物多様性の危機を回避するために、野心的なグローバル目標と、その達成に向けた各国の貢献が必要となっている。そのためには、IPBESによって示された直接要因だけでなく、間接的な変化要因を十分に考慮に入れる必要がある。日本においてもポスト2020生物多様性枠組みで定められる目標と整合し、現行の生物多様性国家戦略には含まれていない、新たな施策を検討する必要がある。したがって、次期生物多様性国家戦略おいては、以下の5つのテーマを含めることを求める。

1:明確な評価指標の確立
生物多様性の保全を達成できたかどうかを確認する際に、地球環境や野生生物の現状に加え、経済的要因や間接的な変化要因を加えた上で、未来の予測を示すデータやシナリオを活用し、評価指標を設置することが、非常に重要な試みと考える。
WWFが隔年で発表している『生きている地球レポート(LPR)』は、世界の生物多様性の劣化の推移を示した「生きている地球指数(LPI)」と、人間活動による環境負荷の大きさを指数化した「エコロジカル・フットプリント」を掲載し、間接要因を検討に入れながら、生物多様性の喪失について警笛を鳴らしている。(*8)
なお、LPIについては、GBO5にも引用され、国際的な信頼が高く、国内対策にも資するものである。また2020年に発表したLPRでは、生物多様性の損失は続いていること、将来的な食糧安全保障の危機にも直面することを示しており、早期に回復させるための軌道(Bending the Curve)に乗せるために、人間による生産と消費活動の見直しを指摘している。
この他にも、環境の改変前と比べ残されている生物多様性の割合を示す「生物多様性完全度指数(BII)」や、IUCN(国際自然保護連合)による生物種の生存確率を分類群ごとに示した「レッドリスト指数(RLI)」など、定量的なデータを明示する既存の取り組みは多い。これらを利用しつつ、評価指標を設定し、取り組みの進捗を評価すべきである。

2:より確かな国際協力と、分野を超えた協働の実現
 生態系サービスは、人間社会にとって欠かせない資源であり、健全性を保つ必要がある。人と動物、生態系の健康を一つととらえた「ワンヘルス」の社会を実現するとともに、環境と経済を両立させるグリーン・リカバリーを具現化することが急務である。

3:生物多様性の経済的価値の「見える化」の促進
2020年4月に公表されたダスグプタ・レビュー中間報告(*9)では、生態系サービスがもたらす資産の管理不足による、需給の不均衡が指摘されている。生態系サービス損失による経済への影響を明確にし、企業や市民生活における取り組み推進を行なうべきである。特に近年の日本では、自然災害が多発し、経済的な負の影響が著しい。NbS、グリーンインフラといった施策を活用し、社会課題解決を実施する必要がある。

4:企業や投資家への働きかけの強化
 自然資本に対する財務リスク、並びに改善の機会に関する情報の公開を、企業に対して求める声が高まっている。TNFDなどを通じて、金融による生物多様性保全への影響を明らかにする必要がある。

5:人材の育成につながる教育の実践
 ライフスタイルの中で消費者の意識を変えていくためには、ただ情報を与え、理解を促すだけでなく、自然の大切さや関心、それを守ることの必要性を、教育の機会を通じて学ぶことが重要であり、子どもの発育や創造性などに正の影響をもたらす必要がある。また近年国際的な問題となっている、さまざまな新興感染症と生物多様性保全のかかわりについても、新たな教育のテーマとして取り上げるべきである。
こうした課題への取り組みの機会の一つとなる、今後のESD(持続可能な開発のための教育)には、環境保全や持続可能な社会づくりの現場を支える人材を育成し、自然や野生生物の共生、暮らしと消費、さらに防災や公衆衛生などとの関係性を、自主的に考える力を伸ばすことが期待される。個人の意識変革を求めるのみでなく、人材の育成を意識した多様な教育の在り方を、次期生物多様性国家戦略ではより強く打ち出していくべきである。

参考文献
1: http://forestsolutions.panda.org/approach/sustainable-landscapes
2: http://www.landscapefinancelab.org/wp-content/uploads/2020/09/Landscape-sourcing-report_010920-1-1-2.pdf
3: https://www.nacsj.or.jp/archive/files/katsudo/wetland/pdf/20120517mpateigensyo.pdf
4: https://wwf.panda.org/our_work/our_focus/climate_and_energy_practice/what_we_do/nature_based_solutions_for_climate/
5: https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/3924.html
6: https://wwfeu.awsassets.panda.org/downloads/living_forests_report_chapter_5___saving_forests_at_risk.pdf
7: https://wwf.panda.org/discover/our_focus/forests_practice/deforestation_fronts2/
8: https://livingplanet.panda.org/
9: https://www.gov.uk/government/publications/interim-report-the-dasgupta-review-independent-review-on-the-economics-of-biodiversity

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