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アパレル・繊維産業の水リスクとコレクティブアクションの三部作報告書

この記事のポイント
2022年から2024年にかけて、WWFはH&Mグループとともにアパレル・繊維産業と「水」に関連した三部作の報告書を公開しました。第一部では、水の重要性およびアパレル・繊維産業のバリューチェーンと水の関係性を探り、第二部では同産業の水リスクの地理的分布と集積地内の傾向を提示し、事例とともに協働の機会を提示。第三部では、アパレル・繊維産業へWWFのビジョンと、解決策普及に向けた取り組みとしてWWFと繊維関連企業とのパートナーシップ事例を紹介しました。アパレル・繊維産業の水問題をめぐる理解を深め、問題解決に向けた一歩を踏み出す一助けとなることを期待しています。
目次

はじめに

渇水・洪水・汚染等、水に関連したさまざまな環境課題と淡水生態系における生物多様性の危機は、気候変動とともに急速に加速しています。

アパレル・繊維産業は、バリューチェーンを通してこうした水の課題と繋がっている産業として指摘されています。

例えば、繊維製品の生産過程において、水は農場でコットン(その他の天然繊維を含む)を栽培する段階から繊維の加工や染色、仕上げなど、そして消費者による製品の洗濯に至るまで、あらゆる段階で使用されています。

さらに製品のLCA評価を踏まえると、バリューチェーン全体を通して清潔で安価な水の供給に大きく依存していることが伺えます。

また、アパレル企業が原材料を最も多く調達している地域(中国、ベトナム、バングラデシュ、パキスタン、トルコなど)の多くは、深刻な水リスクにさらされており、同産業と水リスクの繋がりをより深いものにしていると言えます。

同産業は、化学物質の使用や気候変動対策、サプライチェーンに関する報告などにおける目標設定や内外の連携強化、さらにより持続可能な原材料調達などの取り組みを進めてきました。

しかし、同産業が大きな影響を及ぼしている分野、「水」については、今なお十分な取り組みがされていません。

一方で、アパレル・繊維産業の企業は自社の事業と「水」の繋がりを認識しつつあります。

例えば、地下水位の低下、洪水や干ばつの水災害により、多くのアパレル・繊維企業が水リスクとその財政的影響にさらされています。

さらに、持続可能なサプライチェーン情報を求める消費者、市民社会やNGO、投資家や金融機関からの圧力、政府や水管理を担う機関による水使用の制限、世界にポジティブな影響をもたらす企業へのより多くの人材の集中など、多様なステークホルダーから情報を求める声が高まり、企業の問題解決への行動が要求されています。

WWFは、アパレル・繊維産業による「水」の取り組みを後押しするために、H&Mグループならびに協力団体とともに、繊維産業と水に関連する三部作の報告書を発行してきました。

報告書

第一部仮和訳:Eau Courant アパレル・繊維産業におけるウォータースチュワートシップ:Eau Courant日本語版+.indd
 
「Eau Courant:WATER STEWARDSHIP IN APPAREL & TEXTILE」原文(英語):wwf_hm_water_strategy_report_220823_final.pdf

第二部仮和訳:Avant Garde アパレル・繊維産業の集積地が直面する水のリスクと機会(後日公開)
「Avant-Garde: THE WATER RISKS AND OPPORTUNITIES FACING APPAREL AND TEXTILE CLUSTERS」原文(英語):
avant_garde___the_water_risks_and_opportunities_facing_textile_and_apparel_clusters.pdf

第三部仮和訳:Ensemble 持続可能なアパレル・繊維産業を目指すコレクティブアクション(後日公開)
「Ensemble: MOBILIZING THE APPAREL AND TEXTILE SECTOR TOWARDS SUSTAINABILITY AND COLLECTIVE ACTION」原文(英語):ensemble---mobilizing-the-apparel-and-textile-sector-towards-sustainability-and-colle.pdf

第一部報告書:Eau Courant 水とアパレル・繊維産業のバリューチェーン

第一部報告書では、アパレル・繊維産業と水に関わるバリューチェーンの各段階での様々な水の課題を概説し、企業が水の取り組みを進めるうえで注意・重視すべきサプライチェーンごとの問題を指摘しています。

例えば、下記の図1では、アパレル・繊維産業の水への影響と依存を簡潔に、WASH(Water, Sanitation & Hygiene:水と衛生)、水量(取水と水不足)、水質、水のカバナンス、淡水の生物多様性という5つのカテゴリーに分類し、バリューチェーンの各生産段階(TIER:下図参照)および使用フェーズの概要、並びにその結果生じた水量と水質への主な影響をまとめています。

図1 繊維製品のバリューチェーンにおける水の重要性

バリューチェーン全体の中でも、水への依存と影響度の高いTIER4(原材料生産)およびTIER2(製品の製造加工)は、様々な水に関連する課題が大きいと指摘され、特に取り組みが求められる重要な段階であることが分かります。

複雑なバリューチェーンを持つとされる繊維産業ですが、トレーサビリティを確保し、バリューチェーンの上流での改善を進めることが重要なのです。

また、第一部報告書においてWWFは、こうした重要な生産段階での企業の水の取り組みのとして、水量(や渇水)だけでなく、洪水・水質・WASH・水ガバナンス・生物多様性等の多面的な水の課題に企業が取り組む重要性を指摘しています。

第一部仮和訳:Eau Courant アパレル・繊維産業におけるウォータースチュワートシップ:Eau Courant日本語版+.indd
 
「Eau Courant:WATER STEWARDSHIP IN APPAREL & TEXTILE」原文(英語):wwf_hm_water_strategy_report_220823_final.pdf

第二部報告書:Avant-Garde アパレル・繊維産業の集積地が直面する水のリスクと機会

第二部報告書は企業のサプライチェーン情報を記録する公開型プラットフォームである「Open Supply Hub²」と協力し、WWFが開発、提供しているツールWater Risk Filter¹を活用し、Open Supply Hubの合計75,000以上の生産拠点を含むデータセットと組み合わせて、アパレル・繊維産業が水リスクにさらされている状況を地理的に分析しました。
 分析の結果として、生産拠点は、上海(中国)、ダッカ(バングラデシュ)、広州(中国)、イスタンブール(トルコ)、青島(中国)、デリー(インド)など巨大な集積地に集中していることがわかりました。
 そして、こうした大規模な集積地では、洪水・渇水等の物理的な水リスクがすでに高い状態にあること、そして気候変動の進行とともにこうしたリスクは更に悪化していく予測であることが分かりました。

図2 繊維生産集積地の物理的水リスク

さらに、これらの拠点を「水不足」、「洪水」、「水質」、「生態系サービスの状態」という四つのリスクの視点でグループ化することで、類似の課題を抱えている地域を明らかにしました。

グループ1(図3レッド地域)は、洪水や水質のリスクを最も高く予測され、複合的で最も高いリスクに直面している集積地です。インドやパキスタン、南アジアとアメリカ大陸のいくつかの拠点が挙げられます。

グループ2(図3ブルー地域)は、現在も将来も、洪水が最も顕著な水リスクである集積地です。東南アジア、中国沿海地帯及びアメリカ大陸のシアトルが例としてあげられています。

グループ3(図3グリーン地域)は、水質と生態系サービスにおいて最もリスクが高い集積地であり、事例としてヨーロッパ諸国の水質問題に対処するためのnature-based solutions(自然に根差した解決策)の取り組みを取り上げて、それ以外の集積地と共有できる可能性を解説しています。

このように、類似の課題を抱えているグループでは、それぞれの集積地が地理的には離れていたとしても、課題解決のための知見の共有が有効であると考えられ、協働による課題解決の重要性が示されています。

図3  繊維生産集積地のグループ分け

また、異業種との拠点の重なりの事例として、ICTの拠点と繊維産業の拠点の地理的な重なりを分析し、こうした知見の共有や課題解消のための集団行動(コレクティブ・アクション)が今後重要になってくる可能性を指摘しています。

図4 アパレル・繊維産業用地と情報通信技術(ICT)産業用地を重ね合わせ、両産地の集積度が高いところを濃い紫色で強調。

こうした分析に加えて、パキスタンのラホールとベトナムのホーチミンの二つの集積地を紹介し、水リスクおよびWWFとのウォータースチュワートシップ活動を解説しています。

注:
  1. Water Risk Filterは、WWFが開発、提供している、企業が事業やサプライチェーンにおける水のリスクを適切に評価し、対応する際に利用できるオンライン無料ツールです。
  2. Open Supply Hubは、セクターやサプライチェーンにまたがるステークホルダーによって利用されている、サプライチェーン・マッピング・プラットフォームです。20229月時点で、世界中の96,866のアパレル・繊維の事業拠点が記録されています。

報告書第二部仮和訳版:Avant-Garde アパレル・繊維産業の集積地が直面する水のリスクと機会(後日公開)
「Avant-Garde: THE WATER RISKS AND OPPORTUNITIES FACING APPAREL AND TEXTILE CLUSTERS」原文(英語):
avant_garde___the_water_risks_and_opportunities_facing_textile_and_apparel_clusters.pdf

第三部報告書:Ensemble 持続可能なアパレル・繊維産業を目指すコレクティブアクション

第一部報告書において水とアパレル・繊維産業の繋がりを紐解き、第二部報告書において主要な集積地における水のリスクと可能性を示した後、第三部では、アパレル・繊維産業へのWWFのビジョンと、そこに関わる全ての人たちと協力して解決策を普及するための取り組みについて解説しています。

第三部報告書では、アパレル・繊維産業のビジネスの変容の具体的な事例や可能性を示すために、WWFが企業パートナーと取り組む事業変容の進め方について、段階的な取り組みの進行や、考え方の基盤となる「ビジネス変容フレームワーク」を紹介しています。

図5 WWFのビジネス変容フレームワーク

企業の持続可能性の向上の取り組みを、「評価(Assess)」、「適用(Embed)」、「実行(Implement)」、「提唱(Advocate)」の4つのステップに分類し、それぞれについて求められる取り組みを示すことで、企業の取り組みの進行の助けとなることを目指しています。

また、こうした枠組みに照らし合わせて、アパレル・繊維産業に求められる変容の10の取り組みを整理し、それぞれのとりくみに対してWWFがこれまでに取り組んできた企業との協働事例を紹介しています。

  1. 特に重要な原材料コモディティ(産品)、ウェットプロセス施設、消費者による使用、廃棄・リサイクル段階を中心に、バリューチェーンにおける重要性やリスクを評価する。
  2. 事業戦略に組み込まれたサステナビリティ戦略を策定・実施し、気候・水・生物多様性・人権に関する課題に取り組む。
  3. 2030年までに100%持続可能な繊維と包装の調達を目指すなど、厳格な持続可能性目標を設定し、該当する場合、科学的根拠に基づいた目標も設定する。
  4. 繊維産業の循環経済をバリューチェーン全体で実現するため、リサイクルだけでなく、繊維を長持ちさせるほか、繊維の再利用や修理なども考慮した多角的なアプローチを導入する。
  5. 従業員や顧客の持続可能性や消費行動に対する意識を高め、環境および社会の持続可能性に配慮した選択や行動を促す。
  6. 水資源と生物多様性の保全、気候変動対策に関するコレクティブアクション・プログラムに参加する。
  7. サプライヤーに働きかけ、協働して生産工場において最善の管理方法を実施する。
  8. 生物多様性や自然に配慮した解決策を策定・実施し、隣接する景観や流域、地域社会において生物多様性や自然に配慮した解決策を策定・実施するも解決策の導入を進める。
  9. パートナーと共同でリーダーシップを発揮し、政策エンゲージメントを実施し、特定の産業イニシアチブに参加することで、持続可能性とコレクティブアクションを提唱する。
  10. サプライヤーの情報も含め、環境目標と照らし合わせた影響、依存度、実績の状況を開示する。

第三部報告書では、こうした企業との取り組みの事例だけではなく、特に負荷が高いと考えられる生産の段階であるTIER4(原材料生産)とTIER2(製品の製造加工)の段階(一部TIER1(縫製等の仕上げ・輸送)を含む)についてWWFが繊維原材料・製品の生産各国で展開してきたフィールドでの活動事例についても紹介しています。

例えば、原材料の生産段階で、WWFは20年以上にわたり、持続可能な綿花(コットン)生産に取り組んできました。インド、パキスタン、トルコ、南アフリカで現地プロジェクトを展開し、より良い農法を採用し、ウォータースチュワートシップを推進するとともに、綿花栽培地の生物多様性向上と農家の収入や生活向上を目指しています。

【参考】報告書で紹介されているWWFのフィールド活動の1例(日本語ページ) :トルコでのコットン栽培・テキスタイル生産の改善とウォータースチュワードシップ推進プロジェクト

WWFはこうした企業による先行事例や、WWFの長年にわたるフィールドでの改善の取り組みは、今後アパレル・繊維産業の企業が持続可能性の取り組みを進める際に参考になるとともに、そうした取り組みが実際に「実現可能である」ことを示し、各社の取り組みの後押しとなることを期待しています。

第三部報告書仮和訳版:Ensemble 持続可能なアパレル・繊維産業を目指すコレクティブアクション(後日公開)
「Ensemble: MOBILIZING THE APPAREL AND TEXTILE SECTOR TOWARDS SUSTAINABILITY AND COLLECTIVE ACTION」原文(英語):ensemble---mobilizing-the-apparel-and-textile-sector-towards-sustainability-and-colle.pdf

まとめ

この三部作報告書では、アパレル・繊維産業と「水」の関わりを明らかにし、必要とされる取り組みや既に実施されている先行事例の紹介を通し、アパレル・繊維産業の企業各社、そして関連するステークホルダーが、水に関連した課題と必要とされる取り組みへの理解を深め、具体的な行動を開始する一助となることを期待しています。

WWFジャパンは、これらの報告書の日本語翻訳を実施しており、完了したものから随時更新・公開予定としています。

多くの日本企業・日本のステークホルダーの皆様にも自社事業と水の繋がりや、課題解決に向けた取り組みの検討を行なう際に参考にしていただければと考えています。

WWFは、アパレル・繊維産業をはじめ、企業による「水」の持続可能性に関する取り組みの推進をこれからも継続していきます。

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