コットンって環境に悪い?サステナブルファッション視点でのコットンの生産と利用
2021/03/12
命をはぐくむ貴重な資源「水」の危機
地球は水の惑星といわれますが、その水のほとんどは海。
「淡水」は、水全体のわずか2.5%を占めるにすぎません。
さらに、そのほとんどが、南極や北極の氷や地下水として閉じ込められていて、地表を流れる川や湖がたたえる水は実はごくわずかしかありません。
しかし、このわずかな淡水資源が、約70億の人の暮らしと、多くの野生生物の命の営みを支えています。

そして今、この貴重な水環境が、世界各地で深刻な危機にさらされています。
原因は、農業や工業で使用する水の急増によって生じた、水資源そのものの激減、枯渇。
さらに、健全な水を供給する源である、河川や湖沼、湿地、森林などの、「流域」の環境破壊です。
WWFでは現在起きている「水資源の危機」を象徴する数字として、下記のような事例を指摘しています。
- 120年:1900年(120年前)以来、人間活動により地球上の湿地の2/3が失われた
- 3/4:淡水の自然環境に生息する野生生物の個体数は、1970年以降、3/4以上も減少した
- 1/3:淡水に生息する野生生物の3種に1種が絶滅の危機に瀕している
- 2/3:世界人口の3分の2が、毎年少なくとも1か月間の水不足に直面している
- 1/2:今すぐ保全対策を打たなければ、世界人口の約半数が、2030年までに深刻な水不足に直面する
世界の水環境をめぐる、こうした問題の大きな原因の一つと考えられているのが、アパレル・テキスタイル産業。またその中でも特に「コットン」すなわち「綿」をめぐる産業です。

コットンの原料である綿花
水環境に大きな影響を及ぼす「コットン」の課題
コットンは、その原料が植物由来の製品であることから、環境に優しいイメージがあるかもしれません。
しかし、その原料である綿花の生産過程では、きわめて大きな環境負荷が生じています。
何より問題となっているのは、コットン製品の原料となる綿花の栽培で消費される、大量の水資源。
しかも、綿花はインドや中央アジアなど、もともと水資源が乏しく、貴重な国や地域で盛んに栽培されているため、過剰な水の利用が行なわれると、川や湖沼の水位が下がり、地域の野生生物や人の暮らしが、大きな被害を受けることになります。
人がつくるさまざまな農産物の中で、こうした「水リスク」の高いエリアで作られる割合が最も高いのが、実はコットンなのです。

「水リスク」のある地域で栽培される農産物。綿花栽培の57%が水リスクの高いエリアで栽培されている。
引用:Analysis of global crop production overlaid on Aqueduct baseline water stress. Data from Gassert et al. 2013, Monfreda et al. 2008, Ramankutty et al. 2008, Siebert et al. 2013. See WRI.org/Aqueduct
©WWF
この他にも、綿花が栽培される地域の多くでは、多量の農薬の使用や、児童労働、債務労働といった問題も発生。
農薬については、WWFが独自に算出したデータによれば、世界の耕作地面積の約2.5%を占めるに過ぎない綿花の栽培面積で、世界の殺虫剤の放出が16%されています。これは、他のどの単一作物よりも多く、世界の農薬使用量の6%以上です。

インド亜大陸を流れるインダス川に生息するインダスカワイルカ。農工業による過度な取水により、生息域の水位低下や汚染が生じ、現在は1,600 頭まで減少。深刻な絶滅の危機に追いやられている。
次世代の綿製品の主役「サステナブル・コットン」とは?
このような自然環境や地域社会に対する悪影響を回避し、持続可能な形で生産されたコットン製品を、積極的に利用する動きが今、世界的に広がりつつあります。
「サステナブル・コットン」と呼ばれるこうした綿製品は、綿花栽培の過程で使われる水や農薬の量、周辺環境の保全などに十分な注意が払われるだけではありません。
その後の加工工程でも同様の配慮が求められ、染色などに際して生じる排水の処理や、サステナブルではない綿製品と混同することの無いよう、流通過程においても十分な検査と管理が行なわれます。
また、このような「サステナブル・コットン」に由来する製品の管理体制を、第三者が「監査」「認証」し、独自のラベルをつけることで、商品を選ぶ消費者が一目でわかる仕組みもあります。
この認証制度では、世界のどこで、どのような形で、その綿製品が生産されているのか、全て追跡することが可能になっているのです。
消費者がこうした製品を意識して選び、購入すれば、豊かな淡水生態系の破壊や、児童労働などの社会問題に、知らず知らずのうちに加担してしまうおそれもなくなります。
そして、こうした消費者による「選択」は、持続可能な綿花栽培と製品生産に取り組む、優良な農業者や企業を支援することにもつながるだけでなく、まだ取り組んでいない生産者や企業を、持続可能な生産に変えることを促します。

綿花畑で散布される農薬。農薬の使用を抑えた綿花栽培は、農家に大きな負担を強いることになる。
WWFが進める「サステナブル・コットン」の取り組み
ヨーロッパなどでは現在、消費者が自主的に、綿製品の生産やその過程で生じる問題に関心を向け、「サステナブル・コットン」を選び、消費する機運が高まっています。
WWFも、栽培段階での水使用や農薬の過剰利用、社会課題の改善を目指す取り組みの一環として、この「サステナブル・コットン」の普及を推進。
特に現時点では、下記の第三者認証を取得または取り組みに参加したコットンを、十分な信頼のおける「サステナブル・コットン」として推奨しています。
- オーガニックコットン:GOTS、OCS
- BCI(およびBCIに準ずるコットン):CMIA、myBMP、Abrapa (詳しくは後述)

パキスタンで始まった取り組みで栽培されているサステナブル・コットンの綿花
オーガニックコットン
オーガニックコットンは、主に次の条件を満たした、サステナブル・コットンの一つです。
▼綿花栽培の過程で、
・認証機関の認証を受けた農地で2~3 年以上にわたり生産
・オーガニック農産物等の生産方法の基準を順守
・栽培に使われる農薬・肥料の厳格な基準を順守
▼紡績、織布、ニット、染色加工、縫製などの製造工程で、
・全製造工程を通じて、オーガニック原料のトレーサビリティと含有率を確保
・化学薬品の使用による健康や環境的負荷を最小限に抑える
・労働の安全や児童労働など社会的規範を守って製造を行なう
オーガニックコットン衣料および家庭用繊維製品の世界的規模の売上促進を目指して2002年に結成された非営利団体テキスタイル・エクスチェンジによれば、オーガニックコットンの生産に必要とされる淡水は、従来のコットンに比べ91%も少ないとされています。その分だけ、取水している河川や湖沼の水量が維持され、環境が保全されることになります。
また、オーガニックコットン製品の場合、トレーサビリティ、つまり綿花を栽培する農園から加工段階の工場、販売時まで一貫してトラッキングできることも非常に重要です。
そして、こうした第三者機関が認証した、原料の栽培から最終製品までの厳格に管理された過程を経た製品には、GOTS、OCSといった認証ラベルを付けることができます。
このラベルは、製造工程でオーガニックコットンを使用しているという証明であり、その製品には、環境課題や社会課題をかかえたコットンが使われていない、混ざっていないことを示すものです。
一方で、オーガニックコットンの基準は厳格であり、認証取得には費用もかかります。
さまざまな主体や企業がかかわる流通経路(サプライチェーン)上で、誰がそうした手間やコストを引き受けるのか、といった課題もあり、認証の取得は簡単ではありません。
しかしその分、国際的に最も信頼のある、サステナブル・コットンの第三者認証となっています。

環境課題や社会課題を解決する上で、最上級のゴールデンスタンダードであるGOTS認証のマーク ©GOTS
BCI(ベターコットンイニシアティブ)
BCI(ベターコットンイニシアティブ)は、2005年にスタートした、サステナブル・コットンを推進する取り組みです。
これは、オーガニックコットンのような認証制度とは異なる取り組みで、主にコットンを調達する企業が、BCIのクレジットを購入することで、持続可能な綿花栽培を推進する仕組みです。
このクレジットの購入額は、BCI事務局を通じて、実際に環境・社会的な課題に取り組み、一定の基準をクリアしている綿花栽培農家に支払われます。
生産や流通の透明性の確保よりも、綿花栽培の現場を改善し、農家を後押しする要素の強い取り組みです。
基準についてもオーガニックコットンほどに厳格ではなく、栽培過程において農薬が使用可能であったり、トレーサビリティが確保できない場合でもクレジットが購入できるなど、環境負荷低減を十分に考慮しつつ、参加しやすい取り組みになっています。
そのため、BCIを活用した企業が、どれほど環境負荷の低減に努力し、コストを投じても、その成果や貢献が、消費者には見えづらいという弱点があります。
BCIは利用のしやすさから、世界中で取り組みが急速に広がりを見せていますが、消費者への理解や普及と言った点については、課題のある取り組みとなっています。

BCI(ベターコットンイニシアティブ)のロゴマーク。最終製品には付けられない。 ©BCI
世界で進む取り組みと産業界への期待
サステナブル・コットンを推進する取り組みは、ヨーロッパを中心に今後加速度的に進んで行くことが予想されます。
この背景にあるのは、環境や社会に配慮した製品を求める社会の意識と、「選択」の変化を通じた、新しい消費行動です。
これを推進する企業の姿勢や取り組みには、株主や投資家、金融機関なども、非常に注目しています。
表面的なポーズとしての取り組みではない、実質的な効果の認められる取り組みを、第三者を交えながら、主体的、明示的に行なっているかどうか。それが、正しく情報開示されているか。
これらが、投資対象としての企業評価を決める際の、大きなポイントになっているためです。

世界的に貴重な自然が残る地域で栽培、生産されている品目。木材、紙・パルプ、白身魚、パーム油、大豆、マグロ・カツオ類、コットン、サトウキビ、天然エビ、牛肉、飼料魚(天然)、乳製品、養殖エビ、養殖サケなどがあげられている。これらの生産に対する企業の姿勢、取り組みの在り方が今、注目されている。 ©WWF

©WWFジャパン
消費者の側においても、このような意識と要望が強くなっています。
コットンを多く使用する繊維産業については、その一大市場であるアジアの消費者の間から、サステナブル・コットンを求める声が強く上がるようになれば、現在コットン製品の生産が原因で生じているさまざまな課題は、必ず解決できるでしょう。
環境保全や社会貢献が、企業のイメージアップの手段に過ぎなかった時代は終わりました。
環境破壊に起因する、異常気象や新型コロナウイルス感染症などは、多くの産業と経済の根幹を揺るがす、企業活動に直結する大問題となっています。
これに対応する上で欠かせないサステナビリティの確立は、すでに企業が国際市場においてビジネスを行なう際の、必須条件と目されているのです。
コットンを扱う繊維産業による、世界の貴重な水環境の保全と、持続可能な利用は、そうした視点にも適う、重要な取り組みの一つです。
WWFでは保全すべき水環境の現場の人々と、業界の先進的な企業と協働し、消費者への普及啓発と共に、これを推進していきます。