過去50年で生物多様性は68%減少 地球の生命の未来を決める2020年からの行動変革
2020/09/10
Part 1 「生きている地球レポート2020」概要
将来を決定する次の10年: 2030年野心的目標設定が重要!
世界は新型コロナウィルスの感染爆発で大きく変わろうとしており、新たな未来をどう描いていくのか各方面で話し合いが始まっています。そのとき、忘れてはならない重要なポイントは、地球環境が危機的な状況にあり、自然の回復なくして未来を語ることはできない、という点です。
世界経済フォーラム(ダボス会議)が発表した「グローバルリスク調査報告書2020年版」によると、世界の政財界リーダーらが予測した「今後、起き得る長期リスク」の上位5項目は、すべて環境関連が占める結果になりました。地球環境は深刻な状況であり、人間の消費や廃棄の増加が原因であることに、すでに多くの人々が気づいています。しかし、消費や廃棄を抑える行動を起こす人々はごく一部に限られています。
2021年5月に開催される第15回生物多様性条約締約国会議では、生物多様性回復のための2030年目標が合意される予定です。これからの持続可能な社会を方向づける重要な決定にあたり、野心的で測定可能な目標を設定し、確実な実行につなげる必要があります。
生物多様性を回復させるシナリオはある!
WWFは、約40の大学、保護団体、政府間機関で構成されるコンソーシアムのメンバーとして、陸域の生物多様性の減少をくい止め、回復する方法についての研究に参加しました。
この研究は、このまま何もしなかった場合と対策をとった場合の将来予想仮説(シナリオ)をたて、生物多様性の回復傾向を調べたものです(図1)。
シナリオでは、生産においては農作物の単位面積当たりの生産量を増やして農地面積を抑えることなど、消費においては食料廃棄を50%削減することなどを想定しています。
このまま何もしなかった場合は生物多様性の減少は続きます。また環境保全策の強化だけでも生物多様性の回復の兆しがみえる程度です。元に戻すまで回復させるには、持続可能な生産と消費策とを組み合わせた統合的な取り組みが必要です。
・このままの場合(灰色線):社会、経済はこれまでどおり、環境保全と持続可能な生産と消費への取り組みは限定的
・環境保全強化シナリオ(緑線): 環境保全地域の拡大と管理強化、回復保全計画強化の対策をした場合
・環境保全+持続可能な生産+持続可能な消費シナリオ(黄線) :環境保全の強化、持続可能な生産対策、持続可能な消費対策のすべてを組み合わせた場合
生物多様性の危機的減少:LPIは1970年から68%低下! 他の指標でも顕著な減少
生物多様性の豊かさを測る指標「生きている地球指数(LPI)」によると、地球全体で、1970~2016年の間に、脊椎動物の個体群は平均68% 減少しました(図2)。とくに、淡水域のLPIは1970~2016年の間に、84% 減少しました。LPIは、陸、淡水、海など自然の中で生きる、脊椎動物(哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、魚類)の約4,400種、約21,000個体群を対象に、個体群サイズの変動率から計算したものです。
生物多様性の状況をさまざまな側面から知るため、他の指標をみてみましょう。ひとつは、改変前と比べて生物多様性が残されている割合を示す「生物多様性完全度指数(BII)」。アジア太平洋地域がもっとも悪化していることがわかります(図3)。
また、種の生存確率を示す「IUCNレッドリスト指数(RLI)」では、サンゴ類は激減、ソテツ類はすでに深刻であることを示しています(図4)。数千種の植物に関する調査では、22%が絶滅の危機にあるとの報告もあります。
生物多様性が失われる原因は、森林伐採などの生息地の消失、過剰な捕獲、気候変動、汚染、外来種などが指摘されています。
地球の生産力を超えた人間の消費:地球1.6個分
1970年以降、世界貿易の規模、消費、人口は爆発的に増加し、急激に都市化が進んでいます。消費を支えるため、人間は土地を改変したり、海や淡水を利用したりしました。
では、世界の人々の生活を支えるのにはどれくらいの自然資源が必要なのでしょうか。
人間の生活や経済活動で消費し廃棄する量を測る指標「エコロジカル・フットプリント」によると、1970年以降、人間の消費や廃棄の量は地球が生産し吸収できる量を越え、増加し続けてきました。これは、人間の需要が地球の供給能力を超過し、自然資本の元本を食いつぶしている状態です。2020年には地球が1年間に生産できる範囲を約60%オーバー(図5)。つまり、今の生活を維持するには地球1.6個分の自然資源が必要です。
これまでの傾向から、人間の消費は年々増加すると危惧されましたが、2020年はエコロジカル・フットプリントが約10%減少する予測です。新型コロナウィルスの影響により、人々の移動など消費行動が抑えられたことで、化石燃料由来の二酸化炭素排出量などが下がったことに起因します。これは、人々の行動が変われば環境負荷が変化することがわかる機会となりました。しかし、持続可能な形ではなく、意図したものではありません。重要なのは、計画的に経済のしくみやライフスタイルを転換して、健全な形での地球1個分の暮らしをめざすことです。
地球の健康と人間の健康はひとつ:ワンヘルス
人間の健康な暮らしは、自然に支えられています。湿地がもつろ過や浄化機能によって淡水が供給されたり、植物から伝統薬や医薬品などが開発されたりすることがなければ、人々の健康は維持できないのです。つまり、自然の衰退は人間の健康に大きく影響します(図6)
例として、感染症があります。新型コロナウィルスはまだ詳しく解明されていないものの、最近発生している感染症のうち60%は動物が起源とされています。野生動物の取引からヒトに感染したと考えられています。また、ここ数十年の間に、人間が森林を開拓して農地や畜産に利用したことで、家畜、野生動物との接触が増えたことも原因とされています。
最近では、ワンヘルスやプラネタリーヘルスという考えが提唱され、人の健康と地球環境とが密接な関係にあることを再認識し、健康、福祉の増進と公平な社会をめざすことが求められています。
グリーン・リカバリーと新政策への道筋
これまでのような地球の限界を無視した経済のしくみは続けられなくなります。地球環境の保全につながる、新たな社会のしくみに変革していく必要があります。
それは、自然をべースにした解決策を取り入れること、です。生物多様性を回復させ、気候変動を抑えることは、地球のすべての生命の未来にとって必要なことです。また世界各国が合意した持続可能な開発目標(SDGs)の達成にもつながっています。地球危機を乗り越えるための「自然と人のための新政策」が求められています。
日本では、コロナ禍によって停滞した経済活動の回復が求められています。生物多様性を回復させ、地球温暖化を抑えるような、新たな経済のしくみやライフスタイルの転換を求めるプラン「グリーン・リカバリー」が重要になります。
2020~2021年は、2030年までの生物多様性回復策を決める国際的取り組みがある重要な時期です。歴史的な変革に関わるチャンスを与えられた世代として、将来世代から「大事な時期に何をやっていたのか」と嘆かれることがないよう、行動に移すときです。
WWFは、持続可能で豊かな未来をつくるために、政策決定者、ビジネスリーダーたちに対して、野心的な2030年目標を設定し、確実に実行するよう働きかけていきます。
Part 2 地球危機―未来の選択 ~有識者メッセージ~
2019年来の大規模森林火災や現在進行中の新型コロナウィルスの世界的感染爆発は、自然からの警告ともいうべき現象です。
「生きている地球レポート2020」の重要なメッセージは、持続可能な社会を築く行動を実行すること、です。これまでに日本でも、「持続可能な社会」という言葉は、さまざまなところで語られてきました。しかし、本当に実現するための具体的な施策や行動にまでは進んでいません。
どうすれば行動に移すことができるのか、今何が重要なのか、ひとりひとりが考え、行動するきっかけになるよう、各界の有識者のメッセージを紹介いたします。
地球の未来は、2030年までの人間の行動によって決まります。
新型コロナウィルス(COVID19)の蔓延を避けるだけではない、地域の生物多様性
中静 透
森林生態学者。熱帯林や温帯林における、森林のうごき、樹木の生活史、生物多様性が維持されるしくみ、減少する原因、減少することで失われる生態系サービスなどについて研究。東北大学生命科学研究科教授、総合地球環境学研究所教授などを経て、現在、国立研究開発法人森林研究・整備機構理事長。
ある1種の生物が増えると、その種を餌にする別な生物が増える。とくに、生息密度の高い場所では顕著で、その結果、生物の個体数や密度は調節される。この生態学的原理は、病気についても同じだ。しかし、人間の人口は増え続け、さらに都会へと集中を強めている。一般に病原体は人間より世代時間が著しく短く進化も速い。しかも、人間は作物や家畜にも種や遺伝子の多様性が低い高密度状態を作り出していて、これらが人獣共通感染症を生み出す温床になっている。つまり、感染症を産む根本的な原因は生物多様性の極端な喪失と言ってよい。ずっと、気候変動が経済的に大きなダメージをもたらす可能性が指摘されてきたが、それよりも先に生物多様性の問題が起こった。プラネタリーバウンダリーを最も超えているのが生物多様性問題だというヨハン・ロックストローム氏の指摘は正しかった。
大都会には富が集まり、刺激的なコミュニケーションがあふれている。しかし、人があふれる生活は精神的にも負荷をかけている。さらに、都会は水や食料、マテリアル、エネルギーなどの資源を外の地域に頼り、防災・減災でも都市外の流域などに支えられながら、一方では二酸化炭素などをはじめとしてさまざまな汚染物質やゴミを排出している。つまり都会の生活は、周辺の地域に大きく依存しているが、その経済的・社会的コストを十分に負担しているとは言えない。日本の人口が減少してゆく中、都会が得ているサービスの担い手も失われてゆく。大都会への人口集中を緩め、周辺地域での再生可能な資源とサービスの生産を持続的に確保する(=生物多様性を保つ)ことは、健康だけでなく、幸福や豊かさを確保し、社会経済的なレジリエンスも高めることにつながる。
COVID-19パンデミックが示す地球の健康(プラネタリーヘルス)のための処方箋
ヨハン・ロックストローム 、リラ・ヴァルシャフスキ
ヨハン・ロックストローム
ドイツのポツダム気候影響研究所共同所長で、ポツダム大学教授(地球システム科学)。急速に地球が変動するこの時代における人間開発のための概念「地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)」の枠組み開発を主導してきた。
リラ・ヴァルシャフスキ
ポツダム気候影響研究所の研究アナリスト。研究キャリアの出発点は宇宙物理学者で、現在まで約10年間、気候変動の地球への影響について研究している。
「海洋、大気、健全な森林や生物多様性などグローバル・コモンズを適切に管理しなければ、地球と人間の健康を保つことはできない。」
2020年は「スーパーイヤー」とされ、国際社会には、気候変動、生物多様性、持続可能な開発に関する歴史的な会議を開催し、人新世を制御しようというすばらしい計画があった。だがこの計画は、新型コロナウィルス感染症のパンデミックにより頓挫し、政策当局、産業界、市民社会そして研究者たちは、地球を守る取組みの数々に一時停止ボタンを押さざるを得なくなった。
しかし皮肉なことに、「スーパーイヤー」の目標は予想外の達成をみた。世界の温室効果ガス排出量は、2019年比で推定5~6%減少し、増加カーブは下向きに転じた。これは、2020年以降、世界の排出量を10年ごとに半減させるという、科学的根拠に基づいた削減目標にそう遠くはない数字である。
これは喜ぶべきことだろうか?いや、そうではない。経済活動を抑制し、大量の失業者や悲惨な状況が生まれることは、持続可能な開発と気候目標を達成するための道筋ではない。だが、パンデミックは、回復力のある安定した地球において人間が安全に活動できる範囲内で発展し続ける場合に、変化の規模がどれほどのものかを思い出させてくれる。つまり、パンデミックで再認識したことは、海洋や大気をはじめ健全な森林や生物多様性などグローバル・コモンズを適切に管理しなければ、地球と人間の健康を実現することはできないということである。
人間の健康と地球の健康の深い結びつきは、「地球の健康(プラネタリーヘルス)イニシアチブ」などの研究を通して、今では十分証明されている。たとえば、新型コロナウィルス感染症と、気候や自然の危機とが結びついていることは、現実である。農業や都市拡大などの人間活動により自然が劣化し、そこに地球温暖化や汚染が加わることによって、動物由来のウイルスがヒトに感染するリスクが高まることがわかっている。今後パンデミックのリスクを減らしたいと思うならば、自然の生態系を保護し、気候を安定させなければならない。2019年、パンデミックのわずか6カ月前、地球上の生命維持システムに不可逆的な変化を起こすリスクが上昇しているとして、科学者らは、地球の緊急事態を宣言するために証拠を発表した(Planetary Emergency Plan) 。
そして、新型コロナウィルスが襲ってきたが、気候変動は去らなかった。いまや科学は、最悪の事態がこれからやってくるということだけでなく、それが予想より早くかつ激甚であるということを示している。最近の研究は、今からほんの30年後には、最大30億人もの人々が「実質的に居住不可能な」高温地域、たとえばサハラ砂漠と同じような条件下に住むことになると予測している。つまり、過去1万1,000年にわたって人間の文明を支えてきた「環境は安全」という考えはなくなってしまう。
新型コロナウィルスは突然、衝撃的な出来事として襲ってきた。だがこれは、人新世という、持続可能でない、超緊密でグローバル化した世界の症状のひとつである。生態系の崩壊と気候の不安定化がもたらす衝撃の脅威は、じわじわと忍び寄る。この脅威に対し、断固たる行動をとることで、私たちはこの突然襲来した出来事から学ぶことができる。2021年には、新型コロナウィルス感染症の経験のうえに、また歩み始めなければならない。だがポスとコロナ時代のレジリエントな回復への動きは希望を与えてくれる。新型コロナウィルス感染症のパンデミックは、私たちの健康と繁栄の基盤である自然システム全体を適切に管理するためのパラダイムシフトの処方箋を示してくれた。私たちはその処方箋をしっかりと受け止めなければならない。
(出典:Voice for a Living Planet, WWF, 2020)
自動的にグリーンに
キャス・サンスティーン
ハーバード大学ロースクールのロバート・ウォームズリー記念講座ユニバーシティ・プロフェッサー。専門は法学、行動経済学など多岐にわたる。米国政府行政管理予算局の情報・規制問題室長を務めた。『実践行動経済学:健康、富、幸福への聡明な選択』(共著)は、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに掲載されており、日本語訳が出版されている。
「環境をきれいにしたいなら、いい考えがある。グリーンな選択が簡単にできるようにすればいい。そして、もっと簡単にしたいなら、自動的に選択できるようにすればいい。」
大気汚染や水質汚染を減らし、温室効果ガスの排出量を減らし、生物多様性を保全するために、あらためて提案する。「なにもかも自動的にグリーンになるようにしよう。」
この提案はあまり耳慣れないかもしれないが、実は多くの国々で、私たちの生活には、「グリーンデフォルト(グリーンな選択が初期設定されていること)」がすでに取り入れられてきている。部屋に誰もいないときに照明が消える人感センサーを考えてみよう。人感センサーは人がいないときにオフになるように初期設定(「オフ」デフォルト)されているのだ。ほかの例をあげると、オフィスのエアコンの設定温度が、冬には低めに、夏には高めにデフォルト設定されていたら、経済的にも環境的にも、かなりの省エネ効果が期待できる。ただし、この設定がある程度快適で、だれも設定を変えようとしないことが条件だが。
政策と技術により、このような「グリーンデフォルト」が簡単に利用できるようになっている。「グリーンデフォルト」が機能するのには、二つの理由がある。まず、惰性には大きな力があるということだ。人というのは何もしないことがよくある。もし、何もしないことがグリーンの実践になるなら、それこそ人がやりたいことだ。二つ目は、グリーンデフォルトは、一種の青信号みたいなものだということだ。グリーンデフォルトによって、人はとるべき行動を知ることができる。
小さな例をあげよう。人は大量の紙を使用する。紙には多くの木が必要だ。民間や公共の機関が、紙の使用を減らして、費用の節約と環境保護の両方を望んでいるとする。その場合の簡単な解決策は、プリンターのデフォルト設定を「片面印刷」から「両面印刷」に変えることだ。数年前、米国ニュージャージー州のラトガーズ大学は、「両面印刷」をデフォルト設定にした。その後3年間で紙の消費量は44%、具体的には5,500万枚をはるかに超える枚数が削減されたという。これは立木4,650本に相当する。スウェーデンの大規模な大学でも同様にすばらしい成果がみられた。
次に大きな例をあげよう。電力会社を選ぶ場合、ごくふつうに選んだら、つまりデフォルトは、環境に優しくないと思われる。たとえば、電源は石炭かもしれない。グリーンエネルギー(太陽光や風力など)を利用するには、関連の情報を探して、その中から積極的に選択しなければならない。たいていの人はそんな手間はかけない。ではグリーンデフォルトにすると、どのような効果があるだろうか。結果は出ており、しかも非常に明快である。多くの人々がグリーンエネルギーを利用するようになるのだ。少々料金が高くても、利用するのをやめる人はいない。結果として、大気は以前よりずっときれいになり、温室効果ガスの排出量も大幅に減少する。
環境をよくしたければ、多くの基準や規則が必要になる。しかし、それがなくても大きく前進することができる。「自動的にグリーンに」は、世界中の組織にとって、指針となる考え方である。
(出典:Voice for a Living Planet, WWF, 2020)
関連情報
- 「生きている地球2020」ファクトシート (日本語)
- Living Planet Report 2020 Full report (英語)
- Living Planet Report 2020 Summary (英語)
- Voice for the planet (英語)
- A deep dive into freshwater (英語)
- A Deep dive into biodiversity in a warming world (英語)
- Living Planet Report 2020 Youth edition (英語)
- Living Planet Report 2020 for business and finance (英語)
- 「生きている地球2020」要約版(日本語)