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松ぼっくりで守る、シベリアトラがすむ森

この記事のポイント
絶滅が心配されているシベリアトラをはじめ、多くの野生動物がすむ極東ロシアの森。WWFはこれまで保護区の設立支援や拡大などの活動を通じて、その保全に取り組んできました。しかし、保護区内にいる野生動物は一部であり、多くは人里の周辺を含む保護区の外に生息しています。特にトラのような大型肉食獣がすむ地域において、人と野生動物の共存をどう実現するのかは大きな課題です。こうした課題解決のヒントとなる取り組みが、ある地域で10年間にわたり続けられてきました。しかも、その取り組みのカギは、なんと「松ぼっくり」だったのです。

極東ロシアの森の命の基盤、チョウセンゴヨウ

世界で最も大きな森林面積を誇る国、ロシア。
特に、シベリアには常緑の針葉樹が優占するタイガと呼ばれる森が広がります。

ただし、一部には少し異なった植生を持つ森も見られます。
日本海をはさんで北海道の隣に位置する極東ロシアで見られるウスリータイガと呼ばれる針葉樹と広葉樹が混じる森です。

この極東ロシアの森は、日本の森と同じように秋には美しく色づきますが、生態系という点で見ると、大きく異なる点があります。

それは、シベリアトラ(アムールトラ)と呼ばれる世界にいる6亜種の中で最も大きなトラが、その頂点に君臨していることです。

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緑の斜線がシベリアトラの生息分布域を示す(左図)。紅葉する極東ロシアの針広混交林(右写真)

そんな極東ロシアの森で、多くの動物の命の源となっているのがチョウセンゴヨウ(ベニマツ)と呼ばれるマツの木です。

この木が落とす、ずっしりと重い大きな松ぼっくりに、ぎっしり詰まったマツの実は、シカやイノシシなどの草食動物の重要な食物。ロシアの厳しい冬を生きぬく上でも、欠かせない栄養源です。

この実が無ければ多くの草食動物は生きることができず、結果、シベリアトラも生息することができません。

つまり、チョウセンゴヨウは、極東ロシアの森の命の連鎖の基盤となる、重要な樹種の一つなのです。

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チョウセンゴヨウ(Pinus koraiensis)の松ぼっくり。大きなものでは17センチにもなり、中には約120個の松の実が詰まっている。

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極東ロシアの森に生きる、ニホンジカとヤマゲラ。シマフクロウやヒグマなども分布しており、北海道の自然にも通じた生態系が見られる。

激減したチョウセンゴヨウ

しかし、極東ロシアに広がるチョウセンゴヨウの分布域は、1950年から2000年の50年間で、約80%(約1,450万ha)も縮小してしまいました。
その原因は、過剰な伐採と森林火災です。

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チョウセンゴヨウの分布域(濃緑が1950年から2000年の間に消失したエリア、赤が2000年時点の分布域)

栄養価の高いチョウセンゴヨウのマツの実は野生動物だけでなく、人々にとっても貴重な食料であり、長い間、地域では利用されてきました。

しかし、家具や造作材に利用される高級木材としての需要が高まると、極東各地の森で大量に伐採されるようになり、分布域が縮小。

さらに、森林全体についても各地で減少や劣化、分断が進むようになってきたのです。

こうした経緯から、ロシアではチョウセンゴヨウを守る手立てが講じられるようになりました。

まず、ロシアの法律で、商業目的での伐採が禁止に。
さらに2010年には、「ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約:CITES)」の附属書Ⅲに掲載され、海外への輸出についても規制がかけられるようになりました。

しかし、高級木材としての需要は無くならず、現在も間伐や林道建設などの折に、違法に伐採される例は後を絶ちません。

さらに、こうした伐採の拡大は、森の中に道路網を広げ、人の出入りを容易にして、野生動物の密猟を増やすばかりか、伐られても利用されずに放置された木々が乾燥し、森林火災を広げてしまうなど、問題の悪循環を引き起こしています。

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100頭以下から推定600頭まで回復したシベリアトラ。しかし、その個体数の8割は保護区の外に生息している。人との衝突を避け、どう共生していくかが、新たな課題となっている。

「森の恵みを守れ!」地域の人々の挑戦

こうした状況が続く中、WWFでは地域の人たちと共に、ある取り組みを行なってきました。

沿海地方のクラスノアルメイスキー地区の狩猟協会と共に、国有林を借り上げ、その森の自然と野生動物を守りながら、松ぼっくりやキノコといった森の恵みを管理する活動です。

ロシアでは森が全て国有林とされていますが、場所によっては、企業や地域住民が森を国から「借りて」使うことができます。

森を「借りる」目的は通常、伐採や狩猟ですが、WWFではこのルールを、地域の人々を支援しながら、森林保全に役立てる手立てとして、活用することにしたのです。

森の危機と始まった「シダツン」の挑戦

この取り組みのきっかけは、2008年にさかのぼります。

当時、クラスノアルメイスキー地区に、森を適切に管理する「衛生伐採」という名目で、伐採業者が入りました。

しかしその後、森で火災が発生。

不審に思った地域の3つの村では、村の猟師たちで構成する狩猟協会「Sidatun(シダツン)」が立ち上がり、WWFとも協力して火災原因の調査を開始しました。

その結果、不適切な衛生伐採により火災が発生したことが判明。

このことをきっかけに、地域住民は森の管理を伐採業者に頼らず、自分たちで実施するために、国から森を借り入れることを決断したのです。

これを後押しするため、WWFでは、現場の調査と森林管理計画作成を支援。

そして2010年、「シダツン」への貸与が決定しました。
2万2,000ヘクタール(東京23区の約1/3の面積)のチョウセンゴヨウの森を、49年間にわたり管理できることになったのです。

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WWF職員と地域住民が一緒に森林管理計画を作成

「自然と共生する社会」の実現につながる取り組みの数々

活動の開始から10年。
現地ではさまざまな取り組みが展開され、確かな成果をあげてきました。
その中心となったのは、木を伐らず森の景観を守る一方で、木の実やキノコ薬草といった森の恵みを、地元の人々が上手に利用する取り組みです。

ここで得られた成果は、大きく次の3つに分けられます。

1)地域経済の発展
2)森林を守る機能の向上
3)森の生物多様性の回復

特に、カギとなったのは、チョウセンゴヨウの森の管理を通じて、安定して採集できるようになった「松ぼっくり」でした。

この松ぼっくりから採れる、人の食料としても商品価値の高い「マツの実」が、地域の暮らしと活動を支える、大きな原動力となったためです。

取り組みの具体的な事例と成果を紹介しましょう。

1)地域経済の発展

・「森の恵み」の活用
松ぼっくりや薬草を採集する仕事が安定、拡大したため、新規で35名の正規雇用が発生しました。松ぼっくりの収穫期には最大で300名の臨時雇用も行なわれています。

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収穫した松ぼっくりを貯蔵する地域住民。重要な産品として地域の暮らしと経済を支えている

・地域支援の拡充
森に豊かな自然が戻ってきたことで、シダツンはチョウセンゴヨウをはじめチャーガ(きのこの1種)やウコギなど15種の植物を採取できるようになり、収入も向上しました。
その売り上げで、道路整備や保育園・学校の建設補助、コミュニティクラブの支援などが実現。今では単なる狩猟協会ではなく、地域を支える団体に成長しています。

2)森を守る機能の向上

・貧困の撲滅による密猟の減少
新たな雇用が創出されたことで、貧困が理由で密猟に手を染める人の数を減らすことに成功。まだ、密猟ゼロを実現するには至っていませんが、地域では住民が自ら、密猟の監視に取り組むようになりました。WWFもこの活動を支援。警察や行政とも協力し、パトロール・チームを結成して、密猟ゼロを目指しています。

・森林火災の防止活
シダツンでは、森林火災の拡大を食い止めるため、これまでに総延長で183kmにおよぶ防火帯を設置。この10年間に管理する地域で燃えた森の面積を、ゼロに抑えることに成功しました。防火帯は松ぼっくりの採集や輸送に使う道路としても利用されますが、あえて舗装はせず、一般の車両や密猟者が侵入しにくい工夫を施しています。

3)森の生物多様性の回復

・10年間におよぶ野生生物調査
WWFは活動の開始から10年間にわたり、地域住民が管理する森での非木材資源(木の実や薬草など)の利用と狩猟によって、野生動物の数がどのように変化するか調査を継続してきました。

その結果、2つの大きな変化が明らかになりました。

・草食動物の個体数: 2010年の3,500頭から2020年の7,000頭に倍増
・シベリアトラの確認数:2010年時の4頭から2019年の15頭に増加

この2つのデータは、次の事実を物語っています。

  • 地域の人たちがチョウセンゴヨウの実を利用しても、草食動物は増え続けている
  • 草食動物の増加は、生態系の頂点に立つシベリアトラを増加に導いている
  • 森の生態系と、豊かさ、その生産性は、よい形で守られている
  • これらを実現しつつ、地域の人々の暮らしは、確実に向上している

さらに重要なことは、これらが「保護区」という自然や野生動物の保護を法律で定めたエリアの「外」で行なわれている、ということです。

「保護区外」での自然保護の可能性とその在り方

これまで生物多様性の損失を止めるために、世界中でさまざまな対策が講じられてきました。

中でも保護区の設定は、明確かつ分かり易い手段として、現在も各地で行なわれています。

2010年に生物多様性条約会議で定められた「愛知目標」でも、保護区の拡大は各国が果たすべき重要な目標に掲げられ、その後、世界各地の陸と海では、保護区の設置、拡張が行なわれてきました。

しかし、こうした取り組みには課題もあります。

  • 保護区は大きくなるほど、密猟などの違法行為の監視が困難になる
  • 保護区を管理・維持するための資金が継続して必要になる
  • 地域住民が従来利用してきた自然資源が使えなくなる

そしてもう一つ重要なことは、まだまだ多くの野生生物が、保護区の外で生きているという事実です。

自然と共生する社会を実現するためには、保護区の拡大だけでなく、保護区の外でいかに人間と自然がバランスのとれた生き方していくか、この課題を解決してゆかねばなりません。

今回紹介した、沿海地方クラスノアルメイスキー地区での取り組みは、ロシアの一地方の事例ではありますが、地域住民が主体となり、生物多様性の損失を食い止め、その保全と回復を実現する、世界的にも貴重な事例といえるでしょう。

地球上の生物多様性の消失は、今も続いています。
2020年9月に国連が行なった発表によれば、20の「愛知目標」の中で、現在までに達成された目標はゼロでした。

「自然との共生」を2050年までに実現する!ことを掲げる国際社会の目標には、厳しい事実がつきつけられています。

しかし、ツダツンの取り組みのような試みが、各地で積み重ねられてゆけば、この目標は実現できるはずです。

クラスノアルメイスキー地区の取組みはまだ10年しか経過していないため、今後も新たな課題に直面するかもしれませんが、この取組みから今、学べることは沢山あるのではないでしょうか?

WWFロシアは現在、このクラスノアルメイスキー地区での取り組みをモデルとし、他の4つのチョウセンゴヨウの森が広がる地域でも、同様の実施を計画しています。

日本からも取り組みの応援を!

もう一つ、世界の生物多様性の保全を考える時、現場である地域での保全活動とは別に、重要な取り組みがあります。

それは、さまざまな産品の生産や流通、消費を通じた、自然保護活動の支援です。

極東ロシアの木材輸出先国は、1位が中国、日本は2位に位置します(輸出量順)。

これは、日本での木材消費によって、貴重な極東ロシアの森が危機にさらされる可能性があるということです。

これをくい止めるためには、日本企業に対する「責任ある調達」と、日本の消費者に対する「責任ある消費」行動が欠かせません。

環境や社会に配慮した商品を選ぶことによって、生産現場の保全と発展の両立を応援することができるのです。

WWFでは木材に由来する製品を購入する際には、FSC®(Forest Stewardship Council®:森林管理協議会)の認証ラベルがついた製品を選ぶことを推奨しています。

FSCマークは、森林破壊や違法伐採などの環境・社会的な問題のリスクの低い原材料が責任を持って調達され、使用されていることを意味するものです。

WWFジャパンは、皆さまからのご支援のもと、日本国内では持続可能な消費を広げる活動を促進すると共に、生産現場である極東ロシアの活動を支援し、シベリアトラをはじめ生きものたちが安全に暮らせる森の保全を、地域の方々と一緒に進めてゆきます。

皆さまにはぜひ、購入される木材や紙製品などが、どこで、どのように生産され、日本に来たのか関心をお持ちいただき、生物多様性に配慮した「選択」をしていただくよう、お願いいたします。

そして同時に、自然保護の最前線の現場で、「共生」のために挑戦と努力を重ねている人々を、寄付や募金という形で応援してください。

それが、自然共生社会への大きな一歩になります。
引き続き活動へのご理解とご支援をいただきますよう、よろしくお願いいたします。

地球から、森がなくなってしまう前に。


森のない世界では、野生動物も人も、暮らしていくことはできません。私たちと一緒に、できることを、今日からはじめてみませんか?



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