森林セミナー報告「インドネシアにおける紙パルプとオイルパームの環境影響」


WWFジャパンは、2010年3 月10日、東京・千代田区の中央大学駿河台記念館で、森林セミナーを開催しました。今回のテーマは、インドネシアにおける紙パルプとオイルパームの環境影響です。スマトラ島中部のリアウ州を中心に、紙パルプとオイルパーム生産による森林減少、それが引き起こしている環境問題とWWFの活動を紹介しました。

熱帯林が失われる!インドネシアからの報告

今回のセミナーで、報告を行なったのは、インドネシア、スマトラ島のリアウ州で森林保全プログラムに携わっているWWFインドネシアのスハンドリと、森林環境に配慮した木材を積極的に扱う企業グループ「GFTN」プログラムのコーディネーター、アディタヤ・バユナンダ。

この二人から、かつてほぼ全域を熱帯林が覆っていたスマトラ島で、森が急激に失われている現状や、森林が失われた跡の泥炭地から膨大な量のCO2が排出されている事実、また、森林に依存して暮らす人々の生活や、トラ、ゾウ、オランウータンといった野生生物がさらされている脅威について、報告がありました。

さらに、この状況を改善する上で、木材の消費大国である日本の企業や消費者の理解と協力が欠かせない点についても、指摘がありました。

報告1 持続的かつ責任ある紙パルプ・オイルパーム産業に向けて-インドネシア・リアウ州からの報告

WWFインドネシア、リアウ州プログラム コーディネーター:スハンドリ

スマトラ島の中で、とりわけ熱帯林の消失が激しい中部のリアウ州で、森林保全に取り組むWWFインドネシアのスハンドリは、人工衛星ランドサットからの画像データと、現地での調査を基に作成した地図や写真を使い、リアウ州での紙パルプやアブラヤシの生産に関連した、森林環境の破壊について報告しました。

失われる森

まず、スハンドリが指摘したのは、リアウ州での森林消失の規模とその速さです。
2008年版のギネスブックでは、年率2%で失われているインドネシアの森林減少の速さは、世界でもっとも早いと認定しましたが、これは、ブラジルのアマゾン(0.5%)などを、はるかに上回る数字です。

また、スマトラ島だけを見ても、1985年から2007年の間に、48%以上の森が失われており、とりわけ森林破壊の度合いが激しかったリアウ州では、1982年から2007年の間に、417万ヘクタールの森林が消失。州の面積の大半を占めていた森のうち、低地熱帯林は65%、泥炭林は57%、そしてそれ以外の森が73%減少しました。

リアウ州の森林減少率は、インドネシア国内で最も高く、年率11%に達しており、毎年、リアウ州とその隣のジャンビ州では、7万6,687ヘクタールの森林が減少していると見られています(1985年~2008年)。これは毎年、琵琶湖の面積より大きい森林が消えている計算になります。 

森林破壊の原因

森林減少の多くは、紙の原料となるパルプチップ(木片)を扱う、2社の大手製紙企業と、アブラヤシからパームオイル(ヤシ油)を生産している企業によって、引き起こされてきました。

実際に破壊された森の24%は紙パルプ用のアカシアの植林によって、また29%はアブラヤシ農園の造成によって失われたといいます。

1996年から2003年までの間に、リアウ州では、アブラヤシの農園は、年間13.6%の増加率で増え続け、約5万ヘクタールから150万ヘクタール以上に増加しました。この数字は、2009年には200万haに拡大しているものと推測されています。

森林破壊の影響

これらの開発によって、さまざまな問題も生じ始めています。

たとえば、開拓した地域で起きている、人と野生動物の衝突問題です。これは、トラやゾウなどの野生動物が伐採によってすみかの森を失い、人里に現れて、ヤシ農園や遭遇した人を襲ったりすることで起きている事故です。

2004年から2008年の間に、人間とトラの衝突で起きた事故件数は35件。この結果、11頭のトラが殺され、また、農園などに現れたスマトラゾウ(アジアゾウの亜種)と人との衝突件数は約150件を数え、50頭のゾウが殺されました。スマトラゾウもスマトラトラも、いずれも数百頭が島に生き残っているのみで、絶滅が心配されています。

また、伐採用の道路が作られたことで、これをつたって移住者が保護区であるはずのテッソ・ニロ国立公園に不法に侵入し、一部では居住しています。

地球温暖化への影響も

さらに、森林火災も多発。
2009年1月から8月にリアウ州で発生した森林火災の70%は、泥炭湿地林で発生しました。泥炭湿地林は、植物の死がいが腐らずに水中に堆積し炭化したもので、多くの炭素を貯蔵しています。

しかし、アカシアやアブラヤシを植える、農地を作るため、排水路を作って泥炭湿地から水を抜く例が、リアウ州では広く行なわれています。
泥炭はもともと炭と同じなので、乾燥すると燃えやすくなり、一度森林火災が起きると容易に消えません。

またこの泥炭地が燃えると、膨大な二酸化炭素(CO2)が排出されるため、地球温暖化への影響も心配されています。事実、1990年から2002年の間に、リアウ州では泥炭地の開発により、毎年6億8,600万トンのCO2が排出されました。

リアウ州の泥炭土壌の量はインドネシアでも最大で、そこには東南アジア全体の30%を占める、146億トンの炭素が貯蔵されていると試算されています。これが燃えて大気中に放出されれば、地球温暖化はさらに促進されることになるでしょう。

植林や開発のためスマトラの熱帯林を失うことは、希少な野生生物を含めたかけがえのない豊かな生物多様性を危機に陥れる上、地球温暖化をも促進させてしまう世界的に深刻な問題なのです。

 

 

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森林減少のほとんどは、紙パルプ企業2社と関連オイルパーム企業によって引き起こされた。

製紙向け植林は、他の産物と比べて保護地域をより多く転換してきた。

(州の保護地域の7.7%、国の保護地域の3.1%が植林になった。公式には許可されていない植林と保護地域の「重なり」が存在する)

報告2 スマトラの森林減少解決のためのWWFの活動-インドネシアでの持続的かつ責任ある開発に向けて

WWF-GFTNプログラム コーディネーター、アディタヤ・バユナンダ

それでは、このようなスマトラでの問題に、どのように対応すればよいのか。
セミナーでは続いて、その考えられる取り組みのあり方について、WWF-GFTNプログラムのアディタヤ・バユナンダが報告を行ないました。

アディタヤ・バユナンダは、まずスマトラ島におけるWWF活動理念やその実際の取り組みを紹介。さらに政府や企業との協力関係や、GFTN、RSPOなどの活動について言及しました。

GFTNの役割

GFTNとは、Global Forest and Trade Network(グローバル・フォレスト・アンド・トレードネットワーク)の略称で、これは森林環境を壊さないように配慮して生産した「責任ある林産物」を、積極的に生産・流通することをめざす企業・組織のグループのことです。

消費者に商品を提供する企業側が、高い環境意識を持って、森林破壊に加担しない製品を市場で扱い、消費者に届けることで、現地の森林保全を支える取り組みです。現在、世界20カ国以上の国々でこのようなグループが結成され、活動を展開しています。

GFTNに参加している全企業が取り扱っている木材などの林産物の総量は、世界の林産物の取引量の16%を占めるまでになりました。

これらの参加企業を中心に、WWFは、貴重な自然林に由来しない原料を利用したり、購入しないこと、また森林保全を行なう上で前提となる一定の条件を満たすまでは、樹木の伐採や農地などへの森林転換を行なわないこと、火災の原因となる泥炭林の排水を中止することなどを求めています。

このGFTNの取り組みが確実に行なわれれば、森林破壊を伴う形で作られた製品はスマトラから排除されることになり、島の熱帯林保全にも大きな役割を果たすことにつながります。

WWFは、GFTNに参加している企業との協働の中で、環境配慮型の製品の新しい市場の開拓や、他社との差別化、企業イメージの上昇などを促進する取り組みを行なっています。

RSPOへの期待

またRSPO(Round Table on Sustainable Palm Oil:持続可能なパームオイルの円卓会議)も、消費を通じた森林保全を目指す国際的な活動として、今注目を集めています。

これは、森林破壊や社会問題を引き起こさないよう、自然環境と地域住民の暮らしに配慮したパームオイルの生産を認証する第三者機関で、2002年にWWFなどの呼びかけで設立されました。

現在、世界規模で環境配慮型のパームオイルを認証する取り組みを行なっていますが、これもやはり、消費者に環境に優しい商品を届け、森林保全を支えてもらうことにつながる取り組みです。

WWFはRSPOとの協働を進めており、伐採区画の設定や農場内に残るHCVF(High conservation value forest:保護価値の高い森林))の保全、生態系に配慮した土地利用計画の策定などを実施。2010年2月現在でRSPOの総会員数は482社を数え、次第に増えてきています。

RSPOの拡大は、HCVFの破壊をともなわずに生産されたパームオイルの流通増加をもたらすため、一般の消費者が、間接的に森林保全に貢献できる機会を増やすことにもつながります。

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森に切られた排水路。

伐採の跡地に広がるアブラヤシのプランテーション。

政府の保全公約を推進する

またアディタヤ・バユナンダは、WWFがインドネシア政府に対して行っている働きかけについても報告しました。

2008年11月、スマトラ島10州の知事と4人の中央政府の閣僚が、ジャカルタでスマトラ島の生態系保全を約束する文書に調印しました。この文書は、前月にスペインのバルセロナで開かれたIUCN(国際自然保護連合)の総会で、インドネシア政府が発表したものです。
WWFは生態系マップの策定などの協力を行っています。

さらにインドネシア政府は、2009年12月にデンマークのコペンハーゲンで開かれた国連の気候変動会議(COP15)で、2020年までに二酸化炭素などの温室効果ガス排出量を、現状比で26%削減することを約束しました。

この実現のためには、二酸化炭素の排出源となっている森林破壊の阻止が欠かせません。事実、試算によれば、全ての泥炭地での開発を止めれば、二酸化炭素を92%削減することが可能であり、また自然林の喪失を全て止めた場合でも、15%の削減が可能と言われています。

これらの取り組みについても、WWFは国レベルの土地利用計画について政策を提言し、さらに、実施のための実行力育成に協力することにしています。

 

日本の消費者・企業に向けて

 このセミナーでは最後に、スマトラ島で生産される木材やパームオイルなどの消費国である日本の、企業や消費者に向けたメッセージをまとめました。

その内容は、日本で紙パルプやパームオイルを利用する場合、自然を破壊するやり方で生産された製品を日本市場に入れない意思を明らかにし、自然林の植林への転換や破壊、泥炭地からの排水などを行なわないよう、原料や製品を供給する業者に対し、強く迫ってほしいというものです。

環境面で責任ある供給源からの原料を使用した製品を日本が選ぶならば、それは海外の森林を守ることにつながり、逆に環境破壊を伴うような製品を購入し続けることは、問題のある企業の行動を間接的に支援し増長させる結果につながります。

このセミナーでは、現地の森林が私たちの日常の生活や未来に密接にかかわっていること、日本の企業もGFTNやRSPOに賛同するビジネスにかかわり、環境に配慮した商品を利用することで、その保全に向けた流れを生み出すことができることをあらためて示すことができました。

WWFジャパンは、スマトラ島の生物多様性の保全をめざし、これからも現地と協力した取り組みを続けてゆきます。

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