トラは世界に何種類?「亜種」を保全することの意味


「亜種」に見る自然の多様さ

「亜種」とは何か?

同じ1種の動物や植物でも、身体の大きさや、毛や羽の色が違ったり、食べ物が違ったりすることがあります。
「種(しゅ)」としての同じ遺伝子をもちながら、すむ地域の気候や、生息環境の植生などによって、身体や習性に特色が現れた結果、見られる違いです。
こうした違いを、「種」の中でさらに細かく分けたものが、「亜種」と呼ばれる分類です。
トラの場合は、諸説ありますが、9つの亜種が知られています。
たとえば、寒い北東アジアの森にすむシベリアトラ(アムールトラ)は、身体が大きく、毛もフワフワで長く、寒冷地によく適応した身体を持っています。
一方、暑いインドのサバンナや草原などにすむベンガルトラは、毛が短く、ほっそりした体つきをしており、水にもよく入ります。
こうした違いをもって「亜種」を分けているのです。

シベリアトラ
©Ola Jennersten WWF-Sweden

シベリアトラ。世界のネコ科動物の中で最大の体躯を持つ。身体が大きくなるほど、相対的に身体の表面積が小さくなるため、保温性が高くなる。現在の推定個体数は540頭ほど。

ベンガルトラ
© Dipankar Ghose WWF-India

ベンガルトラ。インド亜大陸を中心に分布し、トラの亜種では最も数が多い。海岸の、マングローブ林などにも生息している。インド、ネパールなどでは数が増えているが、密猟の危機は今も続いている。

「亜種」が教えてくれるもの

この「亜種」という視点でトラを見てみると、「種」という視点では見えてこない大事なポイントが一つ見えてきます。
それは、トラのすむ地域ごとの生息状況です。
トラという1つの「種」は、2016年時点で世界に約4,000頭といわれ、絶滅の危機に瀕しています。しかし、まだ絶滅はしていません。むしろ、インドのベンガルトラや、ロシアのシベリアトラは、長年の調査や保護活動の成果もあり、近年はわずかですが数が回復しているとみられています。
ですが一方で、亜種別にみると、9つのうちすでに4つの亜種が、絶滅か、野生での絶滅が確実視されています。さらに現存する他の、マレートラ、スマトラトラ、インドシナトラの3亜種は、非常に危機的な状況にあり、絶滅が心配されています。
この3亜種に共通しているのは、いずれも東南アジアの熱帯林に生息していること。そしてこの現状からは、生息環境である熱帯林の自然がさらされている、深刻な危機が見えてきます。
すでに絶滅した亜種である、ジャワトラとバリトラも同じく東南アジアの熱帯林にすむトラでしたが、これらの亜種の絶滅にも、同様に森の危機が大きく作用していた可能性が考えられます。
こうした亜種の危機は、一つの種のレベルで見れば絶滅の危機が低くても、亜種のレベルで見れば、地域によっては必ずしも安心してよいわけではない場合があることを教えてくれます。

ヒグマ
© Ola Jennersten WWF-Sweden
オオカミ
© Roger Leguen WWF

ヒグマとオオカミはどちらもきわめて広い分布域を持つ大型の哺乳類。「種」としてはいずれも、絶滅の危機はないとされるが、地域によっては著しく減少したり、絶滅している。亜種や地域個体群の消滅が続けば、いずれ「種」も絶滅することになる。

インドシナトラの受難

インドシナの歴史の中で

現在、生き残っている5つのトラの亜種のうち、最も絶滅危機の高い亜種の一つが、インドシナトラです。
インドシナトラは、東南アジア、インドシナ半島をめぐる大河メコン川がはぐくむ熱帯の森にすむトラの亜種で、20世紀の終わりごろまではまだ1400頭ほどが生息すると推定されていました。

インドシナトラ
© Anton Vorauer WWF

しかしその後の約20年間で、ベトナム、ラオス、カンボジアではほぼ絶滅。生き残っているとしても、わずか数頭、といわれるほど絶望的なまでに減少してしまいました。
生息環境である森の消失に加え、骨が伝統薬の原料として高値で売買されたため、密猟や密輸が横行したことが、その原因です。
また、長年にわたり、このインドシナ地域を苛んできた、戦争や政情不安とその後やってきた急激な経済の拡大と開発の波も、自然環境の調査や保全、さらには密猟や密輸の取り締まりに後れをもたらし、危機を増大させてきたと考えられます。
こうした状況の中、今、インドシナトラが確実に生き残っているとされているのは、主にタイ西部の山岳地帯を中心とした森。そして、その地域と国境を接して続いている、ミャンマーの森のみです。
タイ東部の一部の孤立した森にもわずかに生き残っていますが、推定個体数は全部合わせても現状では200頭ほど。これもまた調査が不十分で、確かなことはわかっていません。特に長年、政治的な混乱から海外の支援などを受けた学術調査が行なわれてこなかったミャンマーでは、全国的なトラの生息状況は不明のままです。

インドシナトラ
© Kabir Backie WWF-Greater Mekong

保全上の課題

保全上の課題も多くあります。
タイ側ではトラが多くすむとみられる地域に、複数の国立公園(保護区)が設立されていますが、調査のための人材や機材、資金なども十分でありません。
何より、山岳地帯を中心に広がるその現場の環境は厳しく、調査用の自動撮影カメラ(カメラトラップ)を設置するのも大変な作業になります。
また、ミャンマー側ではそもそも保護区の設立といった施策自体も十分とはいえず、しかも天然ゴム農園の開発が、各地で急激に拡大しつつあり、それによって森が次々と失われています。そして、この天然ゴムを多く輸入し、消費している国の一つには、日本も含まれています。
今のまま、トラを法的に保護する施策が進まないまま、天然ゴム農園の開発が進むことになれば、ミャンマーにおけるインドシナトラの生息は絶望的な状況に陥ります。
そして、ミャンマー側の森が守れなければ、それに隣接するタイ側の保護区の森もそれぞれ孤立し、トラの個体群は分断されて、こちらも絶滅への道をたどることになるでしょう。

インドシナの森
© Minzayar Oo / WWF-Myanmar
天然ゴム農園
© Hkun Lat WWF-US

インドシナの森と天然ゴム農園。天然ゴムはその7割がタイヤの原料として利用されている。タイヤ産業をふくむ自動車産業の責任ある判断と取り組みが、天然ゴムに由来する開発問題の解決のカギを握っている。

カメラトラップで撮影されたトラ
カメラトラップで撮影されたヒョウ
カメラトラップで撮影されたガウル

▲カメラトラップで撮影された、トラの森にすむ動物たち。熱帯林は調査が難しく、人が直接、目視して調査することはまずできない。調査はこうした自動で撮影できるセンサーつきのカメラトラップや、森に残る足跡、食痕などを手掛かりに行なわれる。

インドシナトラの未来

インドシナトラというトラの一亜種を守ることには、大きく次の3つの意味があります。

  1. トラという一つの「種」を絶滅から守ること
  2. 危機にあるインドシナ、メコンの豊かな自然を保全すること
  3. 日本の輸入や消費を、世界の自然環境に配慮した「持続可能」なものにすること

そのために今、WWFでは日本、タイ、ミャンマーのオフィスが協力し、タイでの調査活動や、いまだ保全下に置かれていないミャンマーの森の保全、そして天然ゴムの持続可能な利用を企業に働きかける活動を行なっています。
ASEAN(東南アジア諸国連合)の経済が、より加速・拡大していくであろう、これからの5年、10年が、東南アジアの自然、インドシナトラの未来を決める正念場です。
一つの「種」が絶滅すれば、戻ってくることが無いように、「亜種」もまた、一度姿を消してしまえば、完全な形で元に戻すことはできません。
「亜種」の消失とは、生物が持つ真の「多様性」の消失を物語る、深刻な問題なのです。

WWFが現在取り組んでいる活動を、是非ご理解いただき、周りの皆さまにもこうした問題をお伝えしていただければと思います。

インドシナヒョウ

インドシナヒョウ。メコン川流域に生息するヒョウの亜種。ヒョウもまた数多くの亜種をもちながら、世界で1種とされている野生動物である。その分布域にはアフリカも含まれ、トラよりもさらに広い。インドシナヒョウやアムールヒョウ、ペルシャヒョウなど、アジアに生息する亜種はいずれも深刻な絶滅の危機にある。
インドシナトラの保護活動は、こうしたインドシナヒョウの保護にもつながっている。

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