© Gianfranco Mancusi / WWF-Brazil

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と自然保護区

この記事のポイント
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、世界の各地で多くの保護区が閉鎖されています。そのような状況において、レンジャーたちは活動できているでしょうか?密猟などの違法行為は増えているでしょうか?またこれからどうしていけばよいでしょうか?保護区の現状を知ると、人と自然と感染症の間に深い関りがあることが見えてきます。WWFはこの関りを重要と考え、人と自然と生物の健康を同一ととらえるワンヘルス・アプローチのもと活動してまいります。

自然破壊がもたらす感染症

世界で猛威をふるい続ける新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。

この病気は、人獣共通感染症とも呼ばれる「動物由来感染症」、すなわち、人と動物の間で伝染する感染症の一つであると考えられています。

こうした感染症は、近年大幅に増加してきました。

エボラ出血熱(エボラウイルス病)や、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)といった、国際的にも大きな問題となった感染症が、その代表的な事例です。

感染症が急増している大きな要因の一つとして今、森林などの野生生物の生息地を破壊して農地に転換するなどの土地利用の変化があげられています。

開発により、森などの生息地を奪われた野生生物が、やむなく人里に現れ、結果として人や家畜との接触機会が増加しているためです。

とりわけ、動物由来感染症については、そのおよそ半分が、農業などの食糧生産を目的とした、土地利用の改変に起因しているとの報告があります(*1)。

縦軸は確認されたウィルスの累積種数、横軸は西暦年。ここ数十年では毎年3~4種の感染症が見つかっており、そのほとんどは野生生物由来と言われている(*2)。© 2020 WWF

縦軸は確認されたウィルスの累積種数、横軸は西暦年。ここ数十年では毎年3~4種の感染症が見つかっており、そのほとんどは野生生物由来と言われている(*2)。© 2020 WWF

自然保護区と感染症

森林をはじめとする多様な自然環境が失われる中、その保全のとりでとして重要な役割を果たしてきたのが、世界各地に存在する国立公園などの、大小さまざまな自然保護区です。

実際、保護区では野生生物の密猟を取り締まったり、森などの保全や再生を通じ、その縮小や分断を防ぐ取り組みが行なわれてきました。

また、近年は、各地の保護区でエコツーリズムの導入・実施が進み、地域住民が参加した保全の取り組みも広がってきました。

これは、自然保護区に観光客を呼び込み、住民がそのガイドとなって、自然や野生動物を守りつつ、地域に観光収入をもたらす、持続可能な取り組みの一つです。


実際、世界の自然保護区を観光客が訪れる回数年間で80億回、そこでもたらされる消費金額は2,500億ドルにのぼると言われています(*3)。

しかし、こうした保護区の管理やツーリズムの運営は、経済や人の動きが正常であった場合の話です。

新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、状況が大きく変化する中、各地の保護区では今、何が起きているでしょうか?

混乱が続く中、集まり始めた情報(*4)を基に、3つの疑問に目を向けてみましょう。

  1. 保護区のレンジャーは活動できている?
  2. 密猟や違法伐採などの違法行為は増えている?
  3. 今、私たちにできることは?

1.保護区のレンジャーは活動できている?

保護区でその管理や密猟のパトロール等に携わる人たちを「レンジャー(自然保護官)」と呼びます。

国や地域によって事情は異なりますが今、このレンジャーたちの活動は目下、縮小を余儀なくされています。

その主な理由は、感染拡大を防止するため、人の移動が多くの地域で制限されていること。

さらに、観光の自粛や禁止などを受け、国立公園をはじめとする多くの保護区が現在閉鎖され、一般人が入れなくなっていることによります。

アフリカの保護区で働くレンジャー。保護区は、基本的にその国や自治体の政府が、法律で定めて設置するため、レンジャーは多くが公務員として働いている。
© Ami Vitale / WWF-UK

アフリカの保護区で働くレンジャー。保護区は、基本的にその国や自治体の政府が、法律で定めて設置するため、レンジャーは多くが公務員として働いている。

もちろん、活動が完全に停止しているわけではなく、タイなどのように必要な感染対策を行なったうえで、密猟監視のためのパトロールなど、これまでと変わらぬ活動を続ける努力も続けられているケースもあります。

しかし、活動予算の多くを、保護区への入場料など、観光者からの収入に頼っている保護区の場合は、活動が継続できなくなるケースが出てきます。

実際、IUCN(国際自然保護連合)が発表している保護区に関する報告『PARKS誌』の記事によれば、エクアドルやコロンビア、インドなどではレンジャーの解雇や活動の縮小などが起こっています(*4)。

トラが生息する地域にある40の保護区の職員77名を対象にWWFが行なった調査でも、約半数の職員が予算削減がすでに起こっており、活動に支障が生じていると回答しています。さらに、2割以上の保護区で職員の給与が削減されていることも分かりました。

また、観光収入に頼らず、国の税金で運営されている保護区についても、今後同様の問題が起きることが懸念されます。

特に経済的にゆとりのない途上国などで、保護区に回す予算が徐々に削減されていくおそれがあるためです。

そのためレンジャーの活動への影響は、現在は小さい場合でも、中長期的には大きくなる可能性は十分に考えられます。

WWFはこれまで、予算が足りない世界各地の保護区に活動資金を送り、調査拠点の設置や必要な器具、レンジャーの育成や給与、待遇を支援。取り組みが自立するまで現場をサポートしてきた。
© Tsubasa Iwabuchi / WWFジャパン

WWFはこれまで、予算が足りない世界各地の保護区に活動資金を送り、調査拠点の設置や必要な器具、レンジャーの育成や給与、待遇を支援。取り組みが自立するまで現場をサポートしてきた。

2.密猟や違法伐採などの違法行為は増えている?

保護区を管理するレンジャーの活動が制限されることは、野生動物の密猟や、樹木の違法伐採などを増加させる懸念につながります。

新型コロナウイルス感染症が広がる中、保護区の実情はどうなっているのでしょうか。

この問いの答えは、違法行為は「増えている例」と「減っている例」、双方が認められている、というものです。

まず、カンボジア、インド、コスタリカ、アフリカ南部・東部からは、野生動物の密猟が増加したとの報告が寄せられました。

アフリカでは、ロックダウンが始まってからわずか10日の間に、キリン1頭とゴリラ3頭が殺害された例も報告されています(*4)。

また、アマゾンや東南アジアなどの熱帯林では、例年よりも森林減少が増加したとのニュースが多数報道されたほか、海洋保護区においても、セーシェル諸島やフィジー、インドネシア、フィリピン、ハワイなどで、監視が緩くなったことにより、違法漁業が増加していると報告されています(*4)。

一方、南アフリカの一部の保護区では、逆に密猟が激減した例が確認されています(*4)。

中国などの保護区からもレンジャー通常通りパトロールしているにも関わらず回収した罠の数が減少したと報告されており、確かなことはわかりませんが、これはやはりロックダウンなどにより、人の行動が制限された結果、密猟などの違法行為自体も制限されることになったのではないかと考えられます。

レンジャーにより回収されたくくり罠。東南アジアではトラをはじめ多くの野生生物にとって最も深刻な脅威の一つになっている。
© Ranjan Ramchandani / WWF

レンジャーにより回収されたくくり罠。東南アジアではトラをはじめ多くの野生生物にとって最も深刻な脅威の一つになっている。

いずれにせよ、これまでに得られている情報は断片的であり、全体の傾向を明らかにするには至っていません。

しかし、違法行為の増加は、今後も続く可能性があるため、注意が必要です。

予算の削減などにより、レンジャーの活動がより縮小する可能性に加え、新型コロナウイルス感染症による経済状況の悪化が、今後のさらなる違法行為につながるおそれがあるためです。


たとえば、ロックダウンなどの感染症対策により職を失ったり、収入が激減したりした人たちが、やむなく密猟や違法伐採に手を出すようになる例が挙げられます。

例えばインドでは、新型コロナウイルス感染症によるロックダウンにより密猟の摘発数が倍以上に急増しており、その内訳を見ると有蹄類など食用となる種の割合が増えているとの報告があります(*5)

また、感染を避けるため都市部から地方へ、帰省する人が増えていることもこの状況に拍車をかけているとみられます。

さらに、密猟や違法伐採だけでなく、森そのものを脅かす事態も生じる危険性があります。

東南アジアや南米では、2019年、熱帯林の火災が猛威を振るいましたが、2020年にはこれがさらにひどくなるとの予測があるのです(*6)。

熱帯林で生じる森林火災のほとんどが、放火などによる人為的な理由によるもの。

監視の目が減ったことで、こうした行為もまた、増加する可能性があるのです。

熱帯で続く森林の消失。多くは農地、プランテーションなどを造成する目的で、大規模に火が放たれ、森が焼き払われる。
© Day's Edge Productions / WWF-US

熱帯で続く森林の消失。多くは農地、プランテーションなどを造成する目的で、大規模に火が放たれ、森が焼き払われる。

3.今、私たちにできることは?

人が手つかずの自然を損なうことで、発生し、拡大してきた、さまざまな動物由来感染症。

今のまま、世界の各地で自然破壊が続けば、新型コロナウイルス感染症に続く、さらに第二、第三のパンデミックが起きる可能性があります。

その中で、比較的健全な自然環境が残るさまざまな自然保護区に今、新たな価値が見いだされようとしています。

日本ではなかなかイメージしづらいかもしれませんが、世界各地の広大な面積を持つ保護区は、二酸化炭素を吸収し、水害や津波などの災害によるリスクを低減させ、健全な水や漁業資源などを育む、自然の恵みの母体。

さらに、そこでのエコツーリズムなどは、地域の経済や文化の基盤となるだけでなく、訪れる人にも心身の健康や喜びをもたらしてくれます。

これらの「生態系サービス」を保全し、パンデミックを未然に防ぐという意味で、自然保護区は社会的にも、その価値を大きく上げつつあるのです。

豊かな環境の「核」となる自然保護区を、技術的、経済的に、国境を越えて支援し、守っていくことは、これからの世の中に求められる大事な視点であり、個々人にも取り組むことが可能な大切なアクションといえるでしょう。

保護区を閉鎖する理由は、人から人への感染を防ぐだけでなく、ゴリラなど新型コロナウイルスに感染するリスクが高い霊長類を守る意味もある。過去にはアフリカで、動物由来感染症のエボラ出血熱により、1年で5,000頭のゴリラが犠牲になった(*-¬7)。ゴリラのような絶滅の危機に瀕している種にとって、このような感染症も致命的な脅威になる。
© naturepl.com / Anup Shah / WWF

保護区を閉鎖する理由は、人から人への感染を防ぐだけでなく、ゴリラなど新型コロナウイルスに感染するリスクが高い霊長類を守る意味もある。過去にはアフリカで、動物由来感染症のエボラ出血熱により、1年で5,000頭のゴリラが犠牲になった(*-¬7)。ゴリラのような絶滅の危機に瀕している種にとって、このような感染症も致命的な脅威になる。

新型コロナ感染症は、かつてないほどに社会や経済、人の暮らしに影響を及ぼしています。

それは、人のみを優先させた暮らし方のツケが、いつか人に返ってくることを教えてくれる、未来に向けた大きな教訓となりました。

その影響を最小限に抑える一方で、これから目指すべき回復のカギとなるのは、地球と人と動物の三つの「健康」を一つのものとし、行動する「ワンヘルス(One Health)」という考え方。

そして、人が自然を破壊しつくすことなく、その恵みを利用して生き続けることのできる「持続可能な社会」を築くことです。

「ピンチはチャンス」「ピンチの後にチャンスあり」とは昔から言われていることですが、今がまさにその時です。

多くの方々のご支援とご協力のもと、WWFはこの2つの視点を強く認識し、自ら行動を起こすとともに、広く個人の皆さまに対してもアクションを呼びかけ、これからも人と自然が共存できる未来を目指した活動を続けていきます。

© Luis Barreto / WWF-UK

引用文献
1. Keesing, F., Belden, L.K., Daszak, P., Dobson, A., Harvell, C.D., Holt, R.D., Hudson, P., Jolles, A., Jones K.E., Mitchell, C.E., Myers, S.S., Bogich, T., and Ostfeld, R.S. (2010). Impacts of biodiversity on the emergence and transmission of infectious diseases. Nature 468, 647–652. doi:http://dx.doi.org/10.1038/nature09575
2. Woolhouse, M.E.J. (2008). Emerging diseases go global. Nature 451, 898–899.
3. Balmford, A., Green, J.M.H., Anderson, M., Beresford, J., Huang, C., Naidoo, R., Walpole, M. and Manica, A. (2015). Walk on the wild side: estimating the global magnitude of visits to protected areas. PLoS Biology 13(2): e1002074. doi.org/10.1371/journal.pbio.1002074
4. Hockings, M., Dudley, N., Elliott, W., Ferreira, M.N., Mackinnon, K., Pasha, M.K.S., Phillips, A., Stolton, S., Woodley, S., Appleton, M., Chassot, O., Fitzsimons, J., Galliers, C., Kroner, R.G., Goodrich, J., Hopkins, J., Jackson, W., Jonas, H., Long, B., Mumba, M., Parrish, J., Paxton, M., Phua, C., Plowright, R., Rao, M., Redford, K., Robinson, J., Rodríguez, C.M., Sandwith, T., Spenceley, A., Stevens, C., Tabor, G., Troëng, S., Willmore, S. and Yang, A. Show less (2020). Editorial essay: Covid-19 and protected and conserved areas. Parks 26 (1), 7-24. https://parksjournal.com/wp-content/uploads/2020/06/Hockings-et-al-10.2305-IUCN.CH_.2020.PARKS-26-1MH.en_-1.pdf
5. Badola, S. (2020) Indian wildlife amidst the COVID-19 crisis: Ananalysis of status of poaching and illegal wildlife trade. TRAFFIC, India office.
https://www.traffic.org/publications/reports/reported-wildlife-poaching-in-india-more-than-doubles-during-covid-19-lockdown/
6. https://news.mongabay.com/2020/05/amazon-fires-may-be-worse-in-2020-as-deforestation-and-land-grabbing-spikes/
7. Bermejo, M., Rodríguez-Teijeiro, J.D., Illera, G., Barroso, A., Vilà, C. and Walsh, P.D. (2006). Ebola outbreak killed 5000 gorillas. Science 314(5805), 1564. doi:10.1126/science.1133105

WWFが提唱する人と自然の新しい関係 ウィズ/ポストコロナ時代を見据えて

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