【WWF声明】1.5度目標とNDCの達成に向けてGX-ETSの不断の改善を要請する
2025/05/28
2025年5月28日、脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(以下、GX推進法)が改正され、排出量取引制度であるGX-ETSを2026年度から導入するために必要な大枠が定められた。WWFジャパンは、不十分な点を残しつつも排出量取引制度がようやく日本でも実現するに至ったことを評価する。そのうえで、当該制度が日本のNDC達成、ひいては世界全体での1.5度目標の達成に資するように、迅速かつ定期的な改善が図られることを求める。今後、GX-ETSの開始に向けて、実施指針をはじめ必要な細則が定められる。それら運用ルールの中で、特に次の3点の改善は急務である。
(1)対象事業者全体に割り当てる排出枠の総量に上限(キャップ)を設けること
今回の改正GX推進法では、GX-ETSの下で対象事業者全体に割り当てる排出枠の総量に上限(キャップ)が設定されていない。各企業の申請に基づいて排出枠の割当量がボトムアップで積み重なると、排出枠が過剰に供給されるおそれがある。この場合、事業者の排出削減への投資意欲を引き出せず、排出削減効果が不十分になりうる。
排出量取引制度の最大のメリットは対象部門からの排出量を一定水準に抑えられる可能性が高いことである。これは上述のキャップを設けてこそ実現できる。また、キャップをNDCと整合する削減量に基づいて定めることで、排出量取引制度を通じたNDCの達成が期待できる。
キャップの設定は排出量取引制度の根幹に関わる要素であり、早急に設定するべきである。改正GX推進法に関する附帯決議でも、排出枠の割当量全体が1.5度目標やNDCの達成に貢献するものとなっているか検証し、必要な措置を講ずべきことが指摘されている。立法府の意思に十分応えるためにも、政府は適切な水準で排出枠が割り当てられるように、キャップ設定と運用開始後の状況把握・見直しを行なう必要がある。
(2)1.5度目標に整合する国際的水準での炭素価格を実現可能にすること
導入が予定されているGX-ETSでは、事業者間で取引される排出枠の価格に上限(参考上限取引価格)が設けられている。他方その考慮要素は、産業影響やエネルギー需給など経済的なものが中心に据えられている。価格急騰時対策やこれらの配慮は重要だが、過度に低く抑えられると、企業の脱炭素投資を促すことが難しくなる。
例えば国際エネルギー機関(IEA)は、1.5度目標に整合した排出削減を実現するうえで、炭素価格は先進国経済で2030年までに1トン当たり140ドル(約20,160円)になっている必要があると分析している。また、先行するEUでは既に100ユーロ近くになることもある。
これら国際的な動向と乖離しないように、排出削減を促すに足りる水準での炭素価格を目指していくこと、またその妨げとならない上限額とすることが求められる。EUでは既にCBAMが導入されており、その動きは他国にも広がりつつある。日本企業が脱炭素投資を進めて、国際競争力を維持するうえでも、適切な水準の設定が重要である。少なくとも、前述の考慮要素には、温室効果ガスの排出削減の状況や他国・地域の類似制度における炭素価格なども追加するべきである。
(3)カーボンクレジットの使用に制限を設けること
GX-ETSを議論した政府の審議会では、事業者がカーボンクレジットを取得し、調達するべき排出枠の量を軽減できるようにすることが示されている。他方、改正GX推進法では使用できるカーボンクレジットの量と質に対する制限に特段の定めが設けられておらず、今後の制度詳細の議論に全て委ねているのは問題である。
先行する海外の排出量取引制度は、使用可能なカーボンクレジットに制限を設けたり、そもそも使用を認めなかったりする場合が多い。背景には、安価なカーボンクレジットの流入で排出削減への投資を促せなかったことや、それらのカーボンクレジットの永続性や追加性などに問題を抱えて排出削減効果に疑問が残ったことなどの反省がある。
GX-ETSでも過去の教訓に学び、カーボンクレジットの質と量に制限を設けるべきである。量の制限は前述の審議会でも意識されており、その参酌が求められる。質についても、環境十全性や持続可能な開発への貢献といった国際的に必要とされる要件の充足が必要である。
以上のようにGX-ETSには改善を要する点が依然として残されている。重要なのは、制度を継続的に見直し、かつ不断の改善を続けていくことである。そして、そのプロセスは広く社会のアクターに開かれた、透明性あるものでなければならない。これらの点は先述の附帯決議も指摘している。政府がこれらの要請に応えながら、脱炭素化と日本経済の競争力強化が真に両立されるようにGX-ETSの制度構築と運用を進めることをWWFジャパンは期待する。