岐阜県御嵩町美佐野ハナノキ湿地群の保全に関する声明


東海旅客鉄道株式会社(JR 東海)は現在、岐阜県御嵩町の美佐野でリニア中央新幹線事業の一環として、リニア発生土置き場の設置を計画している。御嵩町の渡辺幸伸町長は「リニア発生土置き場計画審議会」を設置し、年度内に答申や検証結果を得てゆくとしており、要対策土の受け入れを前提とした協議は白紙とし、ゼロベースで検討が進めることを公約としている。
一方で、同審議会第1回(2023年11月19日(日)開催)、第2回(2023年12月3日(日)開催)の結果、JR東海は候補地A(一部町有地を含む民有地16ヘクタール)において、民有地の買い上げを完了したことを明らかにし、工事ヤードから発生する土砂を候補地Aに搬入する計画が説明されるなど、審議会の答申前に、美佐野ハナノキ湿地群の開発を前提とした準備を進めている。また、第2回リニア発生土置き場計画審議会議事録(*1)によると、渡辺幸伸町長から「JR東海の自社用地となっており、計画の全否定だけでは解決できない。代替案など具体的、合理的な意見を求めたい」との発言があり、「ゼロベースで地元と対話をし、地元の理解・合意を得て、JR東海と協議していく(*2)」ことを目的とした審議会の設置趣旨に逸脱している懸念がある。
WWFジャパンは、2023年11月に現地調査(有識者・地元関係者へのヒアリング及び現地視察)を実施した。その結果、美佐野ハナノキ湿地群について、今後進められるJR東海や地域、有識者との議論の結果及び事業の方向性によっては、現地の希少な動植物の生息・生育に悪影響が及ぶことが懸念された。この点について、当会としての見解を以下のとおり述べる。

1.美佐野ハナノキ湿地群の保全上の重要性

  • ハナノキ(絶滅危惧II類(*3))、シデコブシ(準絶滅危惧)、ミカワバイケイソウ(絶滅危惧II類)、カザグルマ(準絶滅危惧)などの希少植物を含む、東海地方の湿地を中心に分布する東海丘陵要素植物が生育する。
  • 特に御嵩町のハナノキ個体群は、成木が80個体ほど、2ヘクタール以上にわたり自生する。現存するハナノキ個体群で考えると「個体数と面積は屈指で、毎年安定して開花する大木が多い(*4)」とその希少性が強調されている。
  • 動物相については、ニホンカモシカ(特別天然記念物)、サシバ(絶滅危惧II類)、ミゾゴイ(絶滅危惧II類)ヨタカ(準絶滅危惧)、クマタカ(絶滅危惧IB類)、オオコノハズク等の生息地であり、サシバ、ミゾゴイについては営巣も確認されている。両生類についてはアカハライモリ(準絶滅危惧)、アズマヒキガエル、タゴガエルといった種の生息が確認されている。また、ギフチョウ(絶滅危惧II類)の食草であるヒメカンアオイの群生地も存在し、ギフチョウの生息・繁殖も確認されている。
  • 当該地域は、環境省が「生物多様性の観点から重要度の高い湿地」として指定する東濃・中濃地域湿地群の構成要素である。ハナノキは当該地域以外に長野県南部愛知県北部の限られた地域にのみ分布する日本固有種であるが、美佐野のハナノキ自生地は我が国屈指の規模を誇るものである。また本種は地域ごとに異なる遺伝的多様性を持つことが報告されており、それぞれの局所個体群の保全が求められる。

2.リニア発生土置き場の設置計画に関する事業による影響

  • ハナノキは、開発で生育地となる湿地が減少しており、次世代への存続が危惧されている。当該地域のハナノキの分布については町民グループにより成木・幼木・実生の記録が継続的に実施されており(*5)、湿地環境・里山環境の維持・向上に向けた努力が進められてきた。
  • 発生土による埋め立てにより、湿地環境が消滅することに伴い、上記の希少種の生育・生息地を消失・分断化させ、繁殖や更新への負の影響や地域個体群の絶滅リスクを高めることが危惧される。
  • ハナノキについては移植の計画が発表されている(*6)が、ハナノキは山間湧水湿地等の地下水位の高い場所に生育する植物であり、移植には困難が伴う可能性が考えられる。したがって、まず自生地において野生個体を保全する「生息域内保全」を優先して検討すべきである。ギフチョウの食草であるヒメカンアオイについても移植が検討されているが、移植先における枯死リスク、近接した地域間での遺伝的多様性の撹乱のリスクから、安易な移植は避けるべきである。

リニア発生土置き場の設置計画に関する事業では、岐阜県や御嵩町がこれまで景観や歴史、文化と共に守ってきた自然を、消失させかねない懸念がある。さらに、重金属の流出や騒音等の安全面の観点から建設事業地周辺の住民から事業反対の意見がある中、地域としての合意が得られないままに建設計画が進められている点も問題である。
以上の背景を踏まえ、当該事業の実施については、環境保全の観点から、以下の対応が必要と考える。

  1. 当該事業において、市民科学等に基づく詳細かつ包括的な動植物調査結果が検討・判断に十分尊重され、「回避」を念頭に、対策が再検討されること
  2. 「リニア発生土置き場計画審議会」の独立性が保障され、回避も含め様々な可能性を模索すること。また、JR東海の事業においても地域住民から出ている生物多様性保全面や安全面などへの観点の意思が尊重され、審議会の答申及びそれを踏まえた町長の見解が発表されるまでは関係事業が進められないこと
  3. 生息・生育する動植物を含めて、美佐野ハナノキ湿地群の価値が認識され、希少な野生生物のための保護区域、天然記念物指定やOECM(*7)の設定を含めて、地域の貴重な資源を積極的に保全するための方策を、地域住民をはじめとしたあらゆる関係者と多様な視点で検討されること
  4. 御嵩町環境基本条例および御嵩町希少野生生物保護条例が尊重され、御嵩町が指定する希少野生生物のハナノキおよびその他の希少種の自生地の保護が図られること

WWFジャパンは、当該事業において、生物多様性に対する真摯な検討と対応が実行され、地域の貴重な資源である美佐野ハナノキ湿地群が保全されることを期待する。
また、WWFジャパンは、リニア中央新幹線事業にかかわる地域の全体において、御嵩町と同様の、希少な自然環境の喪失につながる土地の改変・劣化が生じる可能性を憂慮している。同事業の推進が、地域住民及び関係者の意見を尊重し、かつ、生物多様性の保全に十分に配慮したものとなることを期待する。

以上

【出典】
*1:御嵩町役場 2023年12月3日(日)「第2回リニア発生土置き場計画審議会」議事録
*2:御嵩町役場 2023年11月19日(日)「第1回リニア発生土置き場計画審議会」議事録
*3:生物種の絶滅危惧ステータスは環境省(2020)レッドリスト2020に基づく。
*4:朝日新聞DIGITAL 2023年2月6日記事「湿地保全と「整合しない」 専門家指摘 御嵩町のリニア残土処理」
*5:御嵩町レッドデータブック調査員有志グループ(2015)御嵩町のハナノキ自生地.自費出版
*6:御嵩町「リニア発生土置き場に関するフォーラム」第2回JR説明資料
*7:Other Effective area based Conservation Measures(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)。保護地域以外の地理的に画定された地域で、付随する生態系の機能とサービス、適切な場合、文化的・精神的・社会経済的・その他地域関連の価値とともに、生物多様性の域内保全にとって肯定的な長期の成果を継続的に達成する方法で統治・管理されているもの。

この記事をシェアする

人と自然が調和して
生きられる未来を目指して

WWFは100カ国以上で活動している
環境保全団体です。

PAGE TOP