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田んぼの生きもの観察会:佐賀県東与賀の子どもたち

この記事のポイント
WWFジャパンは現在、絶滅の危機にある日本の淡水魚が多数生息する、佐賀、福岡、熊本を中心とした九州北部で、田んぼの生態系の保全活動を展開しています。水路が張り巡らされ、生物多様性豊かな環境を支える水田地帯を守るためには、地域の子どもたちから大人まで、多くの方々の理解と関与が大切になります。2019年6月29日、佐賀市東与賀町にて、子どもたち向けに生きもの観察会を開催し、同地域の水田生態系の重要性を伝えました。

生物多様性豊かな九州の水田地帯

里山や里地の景観の一端を担う水田は、人間の手が入ることで成り立つ「二次的自然」です。これらの自然は、人が農業を通じて水や周辺の地形などを利用することで形成され、時に独自性の高い生態系が育まれてきました。

しかし近年、こうした自然度の高い水田の景観は、一次産業である農業の縮小や、その担い手の高齢化などにより、農地ともども急速に消失を続けています。
そこに生息する、かつては身近だったメダカやドジョウなどの淡水魚なども、絶滅が懸念されるほどにまで、全国各地でその数を減らしてしまいました。

その中で、九州の佐賀県、福岡県、熊本県にかけて広がる水田地帯には、今も希少な淡水魚が多数生き残っています。

そこでWWFジャパンでは、2017年からその自然を未来に残す取り組みとして、「水田・水路の生物多様性と農業の共生プロジェクト」を開始。保全と農業の共生の試みを続けてきました。

このプロジェクトではまず、淡水魚の専門家である、九州大学の鬼倉徳雄先生との共同研究を通じて、140カ所あまりの水田・水路を調査。
特に、どこに希少な魚類が多く分布するのかを明らかにし、保全上重要なエリアを特定してきました。

生きものが生きていく上で重要な水田・水路の環境とは、コンクリートなどで水路を固めず、土を盛ったり掘ったりして作られた水路が残っている場所。さらに、その水路の流れの緩急や、深さが多様な場所です。
こうした生息環境の多様さが、多種多様な淡水魚や貝類に好適な生息場所となり、水田・水路の生態系をはぐくんできたのです。

鬼倉先生(九州大学)
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鬼倉先生(九州大学)

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農業の未来と淡水魚の未来

投網を用いた調査などで生態系を明らかにする
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投網を用いた調査などで生態系を明らかにする

これが長年維持されてきた背景には、自然や生きものたちと共に暮らしながら農業を続けてこられた農業者の方々の努力があります。

しかし、土の水路は崩れたり、埋まってしまうことがあるため、絶えず泥を取り除く浚渫をしたり、土を盛ることで、維持していく作業が必要になります。
これを高齢化する農業者の皆さんが続けていくのは、容易ではありません。
そのため、九州北部の水田地帯でも、各地で水路をコンクリートで固め、田んぼを規格化する圃場整備が進められてきました。

当然、コンクリートの方が維持や管理もしやすく、農家の負担も軽減されます。
しかし一方で、こうした工事により、生きものたちはすみかを失い、数が減少。さらに農薬、侵略的外来種などの影響が加わったことで、かつては当たり前に見られたその姿が、多くの地域で見られなくなってしまいました。

現在、日本の淡水魚で絶滅の危機にある種は、全体の4割を占めますが、その多くが、かつては「身近」な存在だった、水田や水路の魚たちです。

実際、水田地帯の現場をめぐると、地域の方々の間からも「昔はもっと生きものがいた」「こんな生きものも実はいたんだ」といった声が多く聞かれます。

今も限られた場所に生き残っている、こうした魚や生きものたちと、九州の水田の生物多様性を守るためには、自然と共存した今後の農業の姿を描き、これを目指していくことが重要です。

地域の自然の魅力を知る「生きもの観察会」

佐賀県、福岡県、熊本県で、特に希少な淡水魚の分布域を明らかにし、その中でも優先的に保全すべき地域を明らかにして、これを未来に残す取り組みを行なってきたWWFジャパンでは、現在その一環として、各地域での「生きもの観察会」を実施しています。

これは、将来の地域の担い手である子どもたちに、淡水魚をはじめとする地元の水田・水路の生きものについて、わかりやすく楽しく学ぶことのできる機会として、行なっているものです。

水田に限りませんが、自然環境を守る時、何よりも大切なことは、その地域の生きものや自然について理解し、魅力を知ること。
特に、自然が豊かな地域では、それが当然のものに感じられがちで、その希少さや生きもののつながり、自然の仕組みに気づかないことも多くあります。

観察会ではまず、自分たちの暮らす町に、世界的な絶滅危惧種がいる!ということ、そして地域の農業がそれを守ってきたということを、知ってもらうことを目指しています。

東与賀町での「いきもの観察会」

公民館でのオリエンテーション
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公民館でのオリエンテーション

その取り組みの一つとして、2019年6月29日、九州大学の鬼倉徳雄先生、林博徳先生および同大学院生の皆さんと市役所の方々の協力を得て、佐賀県佐賀市の東与賀町で「生きもの観察会in東与賀」を実施しました。

参加してくれたのは、「東よか干潟ラムサールクラブ」の小学4年生から中学3年生までの子どもたち18名。

水田に到着  
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水田に到着

有明海に面したこの町の沿岸には、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」(ラムサール条約)に登録地された世界的な保護区「東よか干潟」があり、同クラブでは、ここで活動しているメンバーたちです。

また、この観察会を後援くださった佐賀市も、現在この東与賀地区で、海岸にあたるラムサール登録湿地の干潟と、その後背地として隣接した田んぼの環境を、連携した形で保全する取り組みを始めています。

この日、子どもたちはまず地元の公民館で、絶滅危惧種を含む淡水魚が生息する田んぼの生態系について、WWFスタッフの話を聞いたあと、バスに乗って水田地帯へ向かいました。

大学の先生、大学院生が調査を実演

水田の環境の重要さを証明するのは、基礎的な現地調査活動です。
今回の観察会では、ただ生きものを見るだけでなく、この大切な調査がどのように行なわれているのかを、鬼倉先生と林先生、大学院生の皆さんが水路で実演してくれました。

まず、教えていただいたのは、水辺で活動するときに安全を保つことの大切さについて。生きものを探すために入る水路の深さは、膝の上、時には、お腹や胸の深さにもなります。この日は、子どもたちにもライフジャケットを着てもらい現場に入っていただきました。

さらに、水路の水流を計測する機器についても説明があり、水路も場所によって、深さや流れの強さが異なっていること、そしてその強さの違いに応じて、すむ魚たちも異なることをお話しいただきました。

子どもたちが特に目を見張ったのは、大学院生の皆さんが、実際に水路に投網を投げ、魚を捕まえるところ。軽々投げているように見える投網も、結構な重さがあり、何度も繰り返すのは大変な作業です。

そして獲れた魚は、バケツやアクリルケースに取り分けてもらい、間近に見ながら、どういう生きものなのかを解説してもらいました。

この日観察できた生きものは、モツゴなど19種。

WWFのプロジェクトを支える、こうした現場での採捕を伴う魚類の調査は、実際には真夏の炎天下や真冬の強風の中で、年間に何日もかけて行なわれています。

九州大学林先生
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九州大学林先生

アクリルケースには魚がいる
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アクリルケースには魚がいる

九州の水路がもたらす「多様性」

もう一つ、この観察会で注目したのは、魚たちが生きる水をめぐる環境です。
今回の観察会は、コンクリートを用いずに、木柵と土で作られた田んぼの水路で行なわれました。
これをコンクリートの水路と、実際に見て比較すると、はるかに多くの生きものたちがいることがわかります。

さらに、水田地帯をめぐる水路の「複雑さ」も大切であることを学びました。
東与賀町をはじめとする有明海に面した水田地帯は、もともと浅い海を干拓して作られた場所。川や水路がもたらす淡水は、とても貴重です。

そこで、こうした干拓地では昔から、細かく大小さまざま、深さも流れの速さも多種多様な水路をめぐらし、水田のすみずみに、水を行きわたらせる工夫が施されてきました。特に有明海沿岸の水田地帯では、水路にいくつもの曲がり角をもたせて、貴重な淡水がすぐに有明海に流入してしまわないような工夫も施されてきました。

この工夫による九州の水路の複雑さは、鬼倉先生の試算によれば、他の日本の地域の水田をはるかに凌いでいます。

そして、その多様さと、土で作られた水路の自然度の高さゆえに、淡水魚をはじめ多くの生きものたちに生息環境を提供し、他に類を見ない生物多様性が育まれることになりました。

栽培するのは佐賀のお米「夢しずく」
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栽培するのは佐賀のお米「夢しずく」

農業者の皆さんからのメッセージ

こうした自然豊かな環境で米作りを続けてこられた農業者の方々は、生物多様性を守る担い手でもあります。

高齢化が進む中にあっても、効率性だけを求めず、土の水路のような生きものの生息環境を維持しながら、おいしい米作りに取り組む農業が続いてこなければ、今よりも多くの地域で、貴重な淡水魚や生きものたちが姿を消していたでしょう。

観察会では、田植えを終えた農家の方から、こんなメッセージもいただきました。

「自分たちは米作りに力を注いでいますが、これを世の中に広く発信することは上手にできません。みなさんの力で、ぜひお願いします」

今も、各所でコンクリートを使った圃場整備が進められていますが、一方で、こうした生きものと共生した農業の形も、確かなものになりつつあります。

その水田とそこに息づく生きものたちが、どれほどに魅力を持っていたかは、観察会の最後の最後まで、バケツやアクリルケースをのぞき込み、観察していた子どもたちの姿にも表れていました。

すっかり数が少なくなってしまった魚や、驚くほど長いはさみをもったテナガエビ。子どもたちが大人になった時、その姿をまだ見ることができるかどうかは、今これからの取り組みにかかっています。

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子どもたちの見た「地元の田んぼ」

観察会の終了後、参加してくれた子どもたちは、アンケートを通じ次のような感想を寄せてくれました。

まず、生きもの観察会自体を非常におもしろく感じてくれたようで、次回の参加にも積極的な姿勢が見られました。また、田んぼにかかわるイベントの内容についても、さまざまな希望が寄せられました。

また次のような感想も寄せられ、地元の自然に対する気づきや、それを大切に思う気持ちも、子どもたちの中に芽生えたことが分かりました。

「もっとクリーク(水路)や生きもののことについてしらべようと思った」
「地元はきちょうな生き物がいることがわかったのですごい」
「これから生物を大切にしたい」
「有明海だけではなく、クリークにも生き物がいることに誇りを持てた」
また、大人になったとき、どんな自然を残したいか、という質問に対しては、こんな答えが返ってきました。

「だれもがかんどうする自然」
「生き物がいっぱいいる自然」
「今と同じような自然がたくさんあってほしいです」

一方で、今回の観察会を通じ、田んぼの生き物が数を減らしている、という現状を初めて知った、という子どもたちも半数を超えていました。

未来の担い手である子どもたちに、今の水田を知ってもらい、これからを考えてもらう。そのための試みは、観察会にとどまらずさまざまな形で、今後も継続していく必要があります。

WWFジャパンではこれからも、各県や市、また地元の農業者の皆さまとの協力のもと、こうした観察会や、学生の皆さんにご参加いただける活動はもちろん、調査によって得られた生物のデータを環境に配慮した公共事業の推進に役立ててもらうなど、水田環境の保全と理解の促進を目指し、取り組みを行なってゆきます。

テナガエビに興味津々の子どもたち
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テナガエビに興味津々の子どもたち

※このイベントは、競輪の補助を受けて開催されました。

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