【WWF声明】排出削減効果の引き上げに向けてGX-ETSの継続的な改善を強く求める
2025/12/22
2025年12月19日、経済産業省に設置された排出量取引制度小委員会は、排出量取引制度(GX-ETS)の2026年度からの導入に向けて、中間整理を取りまとめた。今後、それに基づいて実施指針等が定められ、制度が運用されていく。
WWFジャパンは、長年検討に留まっていた排出量取引制度が導入されるに至ったことを評価する。そのうえで、炭素価格の上限価格をはじめとして中間整理に残された課題を解消し、排出削減効果をさらに強化させることを強く求める。この夏も観測史上最高気温の熱波が日本を含め世界各地を覆い、季節外れの台風や洪水が猛威を振るう中、人々の暮らしや生物多様性への影響を少しでも低減させるためには、各国の排出削減の大幅な加速が急務である。日本も例外ではなく、その中心的な役割を担うことがGX-ETSに期待される。次の主要3点の改善を通じて、さらなる排出削減効果の発揮が必要である。
(1)割当量と削減状況のモニタリングを徹底し、制度強化を早期に図るべき
中間整理によるGX-ETSの制度詳細では、排出枠の割当量が膨張するおそれがある。そもそもETSであれば本来備えるべき、日本全体の削減量から割り振るべき対象企業全体の割当量の総量の上限(キャップ)が無いことが一因である。また、割り当てでは様々な補正・調整措置が予定されている点も、上振れの要因となりうる。制度対象事業者への配慮はある程度必要だが、排出削減効果が減じては本末転倒である。
排出量の総割当量や対象事業者全体の排出削減の状況が、日本のNDCやパリ協定の1.5度目標と整合しているか、定期的に確認・評価し、その結果を公表するべきである。仮に不十分な場合には、キャップの導入や補正措置等の見直しを行なうべきである。政府は活動量をコントロールできないことを進捗評価の難しさの一因として挙げていたが、人口動態等を基にしたシナリオ分析は十分に可能である。また、対象事業者の予見性の確保も脱炭素投資を促すには必要であり、そのためにこそ早期の議論開始が求められる。
なお、量的な側面に加えて、質的な面でもモニタリングすべきである。GX-ETSでは実排出量の10%までカーボンクレジットを使用できるが、先行する世界の排出量取引制度では欧州の場合も含め、短中期の削減目標達成にはすでにカーボンクレジットの活用は不可となっている。仮に当初は10%活用可能でスタートするにしても、どのようなものが使用されたのか、それらの環境十全性は確保されているのかといった観点での確認は不可欠であり、使用できるカーボンクレジットの質についても早期に基準を設けるべきである。
(2)炭素価格の上限は企業の脱炭素投資を妨げない水準に設定するべき
排出量取引制度小委員会は、中間整理に加えて、2026年度の上限価格を二酸化炭素排出量1トン当たり4,300円、下限価格を同1,700円とするとともに、2030年度に向けて物価上昇率に1.03を加えた率を乗じて引き上げることを基礎とする方向性を示した。
しかし、当該水準は脱炭素投資を促すにはあまりにも不十分である。仮に物価上昇率が毎年2%で上昇しても、2030年時点で5,000円程度にしかならない。たとえ制度導入直後には制度対象事業者の負担を緩和する必要があるとしても、今後の予見可能な炭素価格が2030年にもこれほど低い水準が上限となると今の段階で示すならば、脱炭素投資に不可欠である中長期の投資意欲をむしろ妨げる結果となってしまう。
炭素価格の上限は、先進国に求められる炭素価格の水準とできる程度に十分高く設定するべきである。例えば、IEAのシナリオ分析では先進国経済で2030年には140ドル(約21,140円)である必要があるとするほか、EU-ETSでは2024年平均で既に65ユーロ(約11,375円)である。今回示された価格水準では、他国の炭素国境調整措置にも対抗できない水準となってしまう。そもそも企業によっては、2030年時点で1万円を超える内部炭素価格を設定して、すでに対策を進めている。少なくとも予見可能な水準は、こうした企業の意欲に応える水準とするべきではないか。価格が全く透明性ない議論の場で決められた経緯も問題であり、透明性ある場で、幅広い企業や外部研究機関の意見も取り入れつつ、改めての議論が求められる。
(3)電力部門の脱炭素化を強く促す制度にするべき
GX-ETSの対象事業者の1つである電力事業者には、優先的な削減が求められる。日本の温室効果ガス排出量における割合はエネルギー転換部門が約40%(電熱配分前)と最大である一方で、太陽光や風力発電など既存の再エネ技術を活用することで削減が可能である。電力部門での削減が進まなければ、他の部門での削減にしわ寄せが生じかねない。
第一に発電ベンチマークは燃料転換や再エネの導入拡大を十分後押しするように、さらに高い水準を目指すべきである。現状の方向性では、石炭火発への配慮から、2030年時点でも石炭などの燃料ごとに設定するベンチマークを残すとされている。しかし、その石炭火発の早期退出を促すことは、GX-ETSがむしろ発揮するべき効果の1つであり、それを可能にするベンチマークを目指す必要がある。再エネを含む全ての電源種の原単位平均に早期に移行するべきであり、たとえそれが当初からは難しいというならば、せめてガス火力の最も効率的な原単位などを2030年に向けた水準目標にするべきである。
第二に、2033年度から導入予定の有償オークション制度に円滑に移行できるように、議論を速やかに開始するべきである。中間整理で示された今後の発展の方向性では有償オークション制度に特に言及されていない。同制度では企業へのインセンティブがさらに強くなるため、それに先駆けてベンチマーク方式による割当量も小さくなっている必要がある。2031年度以降に向けたベンチマークの見直し時に、オークション制度への接続も一体的に議論するべきである。現行の導入スケジュールは最低限遵守しつつ、可能であれば前倒しの検討も望ましい。
以上3点をまずは早期に改善するべきである。適切な炭素価格がGX-ETSで実現してこそ、排出削減が実際に進んだ製品・サービスが普及し、日本経済全体での脱炭素化も進んでいく。それは投資とイノベーションの喚起を通じて経済の競争力強化につながるとともに、何より日本の人々の生命・生活と自然を守ることにほかならない。WWFジャパンは、強化されたGX-ETSによって、これらの便益を実現することを政府に期待する。



