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生物多様性増進活動促進法案が可決 OECMへの期待と課題

この記事のポイント
2024年4月11日、生物多様性増進活動促進法案が国会で可決されました。同法は、民間を巻き込んだネイチャー・ポジティブの実現を後押しする、新たな政策として期待が寄せられています。一方で、同制度が紐づけられているOECMによる生物多様性保全の促進を図る上では、課題も残されています。保護地域以外で生物多様性保全に資する地域を定めるOECMは、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に掲げられた国際目標の一つである「30by30」達成のための重要な手段ですが、そもそも具体的な条件が設定されていません。このため、各国がOECMを実質的な生物多様性保全に貢献した形で運用していく際に、何を基準とするべきか、判断が難しいのです。今回成立した新法への期待と課題に注目しながら、日本として目指すべきOECMの在り方について考えます。
目次

30by30目標達成のためのOECM

「30by30目標」とは、2022年に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に掲げられた目標の一つで、具体的には「2030年までに陸域及び内陸水域、海域及び沿岸域の30%以上を適切に保全する」というものです。

例えば「陸域及び内陸水域」に着目すると、日本の国土面積は約3,780万haですので、2030年までに約1,130万haを保全する、ということになります。

既に自然公園などで約770万haが保全されていますので、日本は約360万haを追加的に保全する必要があります。

この追加的な保全の手法として、自然公園などの「保護地域」として指定する方法のほかに、「OECM(other effective area-based conservation measures)」として登録する方法があります。

国立公園法などの法律に基づいた厳密な保護地域とは異なり、OECMは柔軟に指定ができます。

貴重な自然環境は、保護地域のみに存在するわけではなく、野生動物も境界線に関係なく移動していますから、このように生物多様性を広い観点で捉え、保全を試みることには、重要な意味があります。

OECMが抱える課題とは

今後日本政府も、保護地域とOECMの二つを活用して、30by30を目指すとしています。

しかし、OECMも生物多様性を保全できる万能の政策というわけではありません。

そもそも、30by30は、ただ目標面積の「30%」という数字を満たせばよい、というものではありません。広さだけでなく、そこに存在する生物多様性の「質」も、十分に維持できるような保全の取り組みを求めるものです。


OECMの運用方法は、各国の事情による部分が大きく、以下のような最低限の条件のみ、国際的に定められています。

  • 保護地域以外の地域であること
  • 生物多様性保全の効果が長期的かつ継続的であること
  • 十分に統治、管理されていること

このほか、生物多様性条約事務局や国際自然保護連合(IUCN)がOECMの運用方法に関する指針を発表していますが、一般的な原則を述べたものであり、いずれも「具体的な運用方法は各国で検討されるべき」としています。

各国で生物多様性の事情は異なるため、世界で画一的な基準を設定することは困難であり、運用方法が各国に委ねられているのはやむを得ません。

しかしながら、そこには課題もあります。

たとえば、仮にある国の政府が自国のOECMの基準を低く設定してしまった場合、どのようなことが起き得るでしょうか?

結果として、生物多様性が乏しいエリアまでもがOECMに含まれてしまい、それが30by30にカウントされてしまう、という事態が起きてしまうかもしれません。

つまり、30%という数値上の目標は達成できても、実質的な生物多様性の保全への貢献は乏しくなる、いわば保全の「質」が犠牲となる問題が出てくる可能性があるのです。

このような問題を回避しながら、実質的な生物多様性保全を実現するために、日本としても今後、30by30を達成するにあたり、どのような内容の保護地域やOECMの広がりを目指していくのか。その具体的な在り方を追求していく必要があります。

成立した生物多様性増進活動促進法とOECM

こうした中、日本国内でもOECM運用方法を検討し、実際の制度の構築が進められてきました。

2023年度より本格実施されている「自然共生サイト」は、その一つです。

自然共生サイトとは、「民間等の取組によって生物多様性の保全が図られている区域」のことで、2023年度には184地域が認定されました。

そして2024年4月11日に、この自然共生サイトを拡充した「増進活動」を規定する「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律案(生物多様性増進活動促進法案)」が国会で可決されました。

この法律には、条文を読む限りOECMについての直接的な言及はありません。
しかし、本法案の審議が行なわれた国会の環境委員会で、環境省は次のような答弁を行ないました。

「法律に基づく認定のうち、生物多様性を維持する活動は、保護地域との重複を除いてOECM登録する。生物多様性を回復・創出する活動は、生物多様性が豊かになった時点でOECM登録する」

この答弁を素直に解釈すれば、自然共生サイトや、生物多様性の維持に関する増進活動は、保護地域と重複を除いて、そのままOECM国際データベースへ登録される、ということになります。

つまり、日本としてのOECMの一つの条件が、同法の成立により明確になったのです。

生物多様性増進活動促進法への期待と課題

上記の点を含め、新しい生物多様性増進活動促進法が定める増進活動は、民間を巻き込んだネイチャー・ポジティブの実現に向けた、一定の効果をもたらすものとして評価できる内容となっています。

また増進活動を、生物多様性の「維持」を図る活動と、「回復・創出」を図る活動の二種類に分類し、整理している点は重要で、特に生物多様性の「回復・創出」を含む点については、WWFジャパンも高い期待を寄せています。

一方で課題として、OECMが抱える条件の曖昧さを、同法では十分に回避できるだけのものになっていない点が挙げられます。これは、自然共生サイト自体についても同様に言えることです。

そもそも、日本の自然共生サイトの認定基準は、IUCNのOECM指針に掲載されている項目を引き写したものであり、今後示される予定の増進活動の認定基準も、同程度のものになると考えられます。

しかし、前述のとおりIUCNの指針は、あくまで一般原則を述べたものであり、基準とするには具体性に欠け、十分な内容ではありません。

こうした課題を示す一例として、「保安林」の扱いがあります。

日本の国土の約7割(約2,503万ha)は、森林が占めていますが、この森林の5割近く(約1,228万ha)に相当するのが「保安林」です。

この保安林は、現状で「自然共生サイトとしての条件を満たしている」とみなされる可能性の高い対象の一つです。

なぜなら、自然共生サイトの認定基準には、「生態系サービス提供の場であって、在来種を中心とした多様な動植物種からなる健全な生態系が存する場としての価値」を有する、という項目があり、この「生態系サービス」には、保安林が有するとされる水源涵養作用や防災減災作用等の公的機能が含まれる、という解釈が成り立つためです。

つまり、この解釈のみを以て、保安林を自然共生サイトとして認定できてしまうならば、大部分の保安林をOECMに登録することが可能になってしまいます。それどころか、仮に約1,228万haにおよぶ全ての保安林をOECMに登録するならば、日本は今日にでも陸域及び内陸水域の30by30を達成できることになってしまうのです。

本来的な30by30の実現においては、質と面積の両方を担保した、実のある生物多様性保全を確かなものとしていくため、現状維持による30by30達成を可能にする自然共生サイトや増進活動だけに頼らず、もう一つ踏み込んだ、追加的な取り組みが必要です。

FSC®認証が秘める30by30のポテンシャル

では、どのような追加施策が有効なのでしょうか?

具体的な一例として、WWFジャパンでは、特に日本の山林で採るべき手段として、FSC®(森林管理協議会)による森林認証制度の活用を推奨しています。

FSCの森林認証は、持続可能な森林管理の国際認証であり、世界共通の基準を持っています。また、地域の生態系サービスの維持や環境への配慮などを定めた厳しい基準と、第三者による信頼のある認証プロセスを有しています。

例えば、自然共生サイトや増進活動とはまた別の、OECM登録に際しての基準の一つとして、このFSC基準を取り入れ、満たすべき方向性を掲げれば、日本のOECMの質を高いレベルのものに引き上げることに繋がり、実質的な生物多様性保全の取り組みを向上させることにつながるでしょう。
このFSC認証の活用は、森林という景観を事例に取った、追加的な施策の一例に過ぎませんが、こうした取り組みを、日本でこれから展開できる可能性は十分にあります。

上述の国会審議の中で、環境省は次のようにも答弁しています。

「法律に基づく認定と、OECM登録に基づく審査は、別途の行為だ」

つまり、今後示されることになる「OECM登録に基づく審査」の詳細な審査基準にFSC認証の取得が入れば、それだけ優良なOECMの創出につながる、ということです。

世界が一丸となって30by30目標達成に向かっている今だからこそ、このOECMの審査についても、増進活動の「維持」か「回復・創出」の仕分けに留めるのではなく、新たな取り組みの後押しとして実施すべきです。


今回の生物多様性増進活動促進法の成立によって、海域や沿岸域、内陸水域などでも、新たな生物多様性の維持、回復・創出の試みが誕生していくでしょう。

今後は、同法の適用に加え、生物多様性の回復・保全をさらに加速するような施策を、どのように見極め、後押ししていくのか。

未来の世代のために、OECM制度だからこそ達成し得る政策的効果を、きちんと検討した上で、質の高い30by30の達成を追求するべきだと、WWFジャパンは考えています。

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