アムールヒョウの森の保全


※2023年6月26日をもって、WWFロシア(Vsemirnyi Fond Prirody)はWWFネットワークから離脱しました。

森林の保全が急務とされる極東ロシア。10年におよぶWWFの働きかけにより、2012年には、沿海地方南部のケドロバヤ・パジ自然保護区周辺の保護区を統合し、合計約26万ヘクタールの森が「Land of the Leopard(ヒョウの森)国立公園」に指定されました。ここは、約50頭ほどしか生き残っていない、ヒョウの亜種アムールヒョウの貴重な生息場所です。

「ヒョウの森」回復・保護プログラム

極東ロシア沿海地方の南西部には、針葉樹と広葉樹が織り交ざる豊かな温帯林(針広混交林)が広がっています。

しかし、違法な伐採や人為的な火入れによる火災などにより、近年この森林は大きな影響を受けています。

森林の保全が急務とされる中、WWFは2001年から複数の環境NGOと共に、森の自然が比較的豊かに残されており、野生生物も多く生息する、ケドロバヤ・パジ国立自然保護区を中心とした地域で、保護区の拡大を求め活動を続けてきました。

極東の町、ウラジオストックの西に位置する、1万7,900ヘクタールの面積を持つケドロバヤ・パジ国立自然保護区は、ラズドルナヤ川と中国および北朝鮮の国境に囲まれた、約50万ヘクタール(東京都の約2.3倍)の温帯林の一部で、1916年に当時のソビエト連邦政府により設立されました。

しかし、保護区の面積があまりにも狭いため、一帯に広がる本来の森林生態系を保全し、失われた周辺の森を回復させることができませんでした。

そこで、WWFはこのケドロバヤ・パジ自然保護区を中心とするヒョウの生息地約26万ヘクタールを「Land of the Leopard(ヒョウの森国立公園)」に指定することを長年にわたり政府に提案。

その結果、2012年についにその設立が実現しました。

そして、この保護区の設立を足がかりに、将来的には、50万ヘクタールまで保護区域を拡大することを目指しています。

森林の植生が変わる

約150年前の帝政ロシア時代、多くの人間が沿海地方に移住し始めると、沿海地方南部の森でも、大規模な森林の伐採が行なわれるようになりました。

特に、チョウセンゴヨウは、木材としての商品価値が高いため、2010年にその伐採が禁止されるまで大量に伐採されてきました。

また、生活手段の限られた地域の住民が、鉄屑集めや山菜の採集またはダニ駆除のため、人為的に火を放つこともしばしば行なわれてきました。

このことが、この森の植生を大きく変えてしまう、きっかけになりました。

森林の伐採や火災が繰り返されることで、次第に土壌の乾燥が進み、乾燥に弱い樹木が減少。一方で、乾燥や火に強い木ばかりが残ることになったのです。

その結果、沿海地方の多くの森林では、乾燥に強いモンゴリナラという、ただ一種の樹種だけが、特に目立つようになってきました。

この森は、一見したところ緑が豊かな森に見えますが、実際には、かつてのようなさまざまな木々が育つ、多様性に富んだ森ではないのです。

さらに、モンゴリナラが広範囲にわたり密生すると日光をさえぎってしまうため、新しい針葉樹や他の広葉樹の若木は、成長を妨げられてしまいます。

この植生の変化の結果、地域によっては、以前は100平方メートルに127種も確認された植物(維管束植物)が、15種にまで減ってしまうなど、森の多様性が大きく損なわれるようになりました。

多様性に乏しい森が、野生生物を追いつめる

たとえば、クマやイノシシ、シカなどの草食動物は、木の実を重要な食物の一部にしています。

森では、前の年に実を多くつけた樹種が、翌年はほとんど実らない、ということがしばしば起きますが、森にさまざまな種類の木が育っていれば、動物は食物に困りません。

樹種のどれかが木の実を提供してくれるからです。

しかし、実をつける木の種類が減ると、どの樹種にも充分に木の実が実らない年が出てきます。

限られた種類の木しかない森で、その木の実りが悪くなれば、その年、草食動物は間違いなく食物に困ることになるのです。

これに加え、火入れやモンゴリナラの繁茂によって、森の地面に生える下草が乏しくなっていることも、草食動物にとって大きな打撃になっています。

モンゴリナラも、もともとは極東ロシアの温帯林に、広く自生していた木の一種です。

しかし、人為的に引き起こされた環境の変化によって、森にこの木ばかりが増え、他の樹種が減ってしまったことで、そこに生息する野生生物にも影響が及んでいます。

さらに、イノシシやシカの減少は、草食動物を食物としているヒョウ(亜種名:アムールヒョウ)やトラ(亜種名:シベリアトラ、またはアムールトラ)などの生存をも危うくしています。

多様性に富んだ森がなければ、草食動物は減少し、草食動物が減れば、肉食動物は生きてゆけません。

いわば、トラやヒョウは、沿海地方の森林の 豊かさを示す「象徴種」なのです。

しかし、これらの象徴種は今、開発や森林伐採に伴う生息地の減少、食物の不足、さらには密猟などによって激減し、いずれも絶滅の危機に直面しています。

シベリアトラは現在約500頭。アムールヒョウは、およそ50頭ほどしか生存していません。

この現状は、沿海地方の森林環境がさらされている、さまざまな問題の深刻さを物語るものといえるでしょう。

そして、象徴種である野生動物と、その生息場所である環境を守り、回復させてゆくことは、森が本来持っていた多様な生態系を取り戻し、未来に残してゆくことでもあります。

その実現に向け、WWFはロシアや日本など各国のオフィスが協力して「ヒョウの森保護・回復プログラム」に取り組んでいます。

ロシア極東地域

針葉樹と広葉樹の織り交ざる植生豊かな森

マツ科の針葉樹チョウセンゴヨウ(ベニマツ)

伐採されたチョウセンゴヨウの大木

チョウセンゴヨウの松ぼっくり。いわゆる「松の実」が採れる。野生動物の重要な食物の一つ

「ヒョウの森保護・回復プログラム」の目指すこと

1992年のソビエト連邦の崩壊後、ロシア連邦政府と沿海地方政府は、環境保全よりも、資源開発や経済活動に力を入れてきました。

各地で環境の破壊が深刻になり始める中、WWFは1994年に極東ロシアでの自然保護活動を開始。

これまでに合計386万ヘクタールの保護区設立を支援してきました。

WWFは2001年から、「ヒョウの森国立公園」設立のため政府への働きかけを続けると同時に、2005年に森林保全活動の新しい戦略として「ヒョウの森保護・回復プログラム」を立ち上げました。

これは、現地および国際的なパートナー企業、環境NGOや研究機関と協力して、次のような活動の計画と実現をめざすものです。

(1).アムールヒョウの保護区を国境を越えて拡大

絶滅が心配されるアムールヒョウは、ロシアだけでなく、国境を越えた中国の森にも生息しています。WWFは両国でヒョウの調査を実施。さらに、それぞれの国が国境近くに設立している保護区をつなぎ、国境を超えた形でヒョウと森の保護を合同で進めることを求めています。この計画は、ロシア側にあるヒョウの森国立公園と中国側にある自然保護区をつなぎ、ヒョウの生息地である森林の保全をめざすものです。

(2).森林火災の防止

沿海地方の南西部では毎年起きている森林火災が深刻な問題になっています。特に、人為的な火災は、村や畑、道路の付近で頻繁に発生しており、自然林への影響も出ています。このプログラムでは、火災が広範囲の自然林に延焼することを食い止めるため、草地や疎林に2~3メートル幅に地表を削った防火帯を作り、数十キロにわたって網の目のように張り巡らせています。また、同時に火災の発生場所を衛星画像などを用いて明らかにし、火災原因の特定と予防を進めています。

(3).密猟、違法伐採の取り締まり

ロシアでは今も、法律で伐採が禁じられている樹木などが、違法に伐採され、高価な値段で取引されています。また、森の奥地にまで延びた道路は、密猟者の通路となり、野生生物の密猟も引き起こしています。WWFは、沿海地方の森で密猟や違法伐採を取り締まるグループ「レオパード」の支援を行ない、アムールヒョウや、その食物となる草食動物の密猟の取り締まりに取り組んでいます。

保護区の植生分布(拡大

(4).地域住民による木炭や林産物の生産・輸出のサポート

WWFは企業パートナーと共に、自然保護用地で間伐して得られたモンゴリナラ材による家具用製材や木炭、キノコや白樺の樹液など、森から収穫できるさまざまな林産物の商品化や輸出を計画しています。これにより、地域に雇用を生み出し、住民による密猟や違法伐採などを防ぐことが、その狙いです。密猟や 違法伐採に依存せずに生活できる手段が確立され、生態系や地域社会に配慮した経済サイクルが定着すれば、自然保護用地の管理も継続され、さらにアムールヒョウなど希少な野生生物の保護活動のための啓蒙活動や資金も確保できるようになります。こうした活動を実現するため、WWFは日本企業にも積極的な協力 を求めていきます。

(5).普及活動

野生生物保護に対する関心や知識が浅く、密猟や違法伐採に手を染めたり、森林火災を引き起こしたりしている地域住民への普及活動の一環として、 2006年4月にビジターセンターを開館しました。また地元の学校で環境に関するフェスティバルやコンテストなども開催しています。

(6).モニタリング

沿海地方の森での自然保護活動が総合的にもたらす効果を定期的にモニタリングし、今後の活動の改善に役立ててゆきます。

 

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