地球温暖化対策基本法案への意見書環境基本法の基本理念との矛盾について


意見書 2010年5月17日

WWFジャパンは、地球規模の喫緊の課題である地球温暖化対策を国の環境行政のなかに位置づけることは重要であると考え、地球温暖化対策基本法の制定にむけての健全な議論を歓迎します。

2010年3月12日に閣議決定された地球温暖化対策基本法案(以下、法案)の目的には、「環境基本法の基本理念にのっとって」とあり(法案第1条)、基本理念を念頭におき、その趣旨に従って行動する旨が明示されています。環境基本法は、わが国の環境行政の基本となる憲法に相当します。

しかし、法案には、上位法である環境基本法の基本理念と矛盾する、決定的な間違いがあると思います。以下に改善の提案とその理由を述べます。

 

提案

1.法案第1条(目的)に記載がある「経済の成長」、および法案第3条(基本原則)第1項にある「経済の持続的な成長」を削除し、「持続可能な社会の構築」に変更する。

2.  法案第10条 (温室効果ガスの排出の量の中長期的な目標) 第2項、「25%削減目標はすべての主要な国が、温室効果ガスの排出量に関する意欲的な目標に合意したと認められる場合に設定される」という条項を削除する。

 

理由1.「経済の成長」から「持続可能な社会の構築」について

環境基本法の基本理念にのっとっていない

法案の目的に「経済の成長」(法案第1条)、および基本原則に「経済の持続的な成長を実現しつつ」と記載がある(法案第3条)。

環境基本法の基本理念(注1)では、環境の保全をすすめるには「健全で恵み豊かな環境を維持しつつ、環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら、持続的に発展することができる社会を構築する」ことと規定している(環境基本法第4条)。

ここでいう「健全な経済の発展」とは、資源、エネルギーの効率化をすすめ、大量消費、大量生産、大量廃棄の社会を見直し、環境への負荷の少ない社会に転換していくことを意味している(環境省総合環境政策局総務課編著「環境基本法の解説」,p148、(ぎょうせい、1994))。また、環境基本法でいう「持続的に発展できる社会」とは、環境の保全が可能な範囲で持続的に発展できる社会である。人類の存続の基盤である環境は、復元する力に限界があるためである。

法案で定める「経済の持続的な成長」と、環境基本法で定めた「持続可能な社会の発展」とは意味が大きく異なる。経済の成長(Growth)は経済の物理的スケールの増大を意味し、GPDなどを指標とするが、経済の発展(Development)は経済財の構造などの質的改善を含み、寿命・識字率・所得・自由度などの生活の質の改善を示す(吉田文和、「環境経済学講義」、p.14、(岩波書店、2010))。

世界の共通認識にあわせる

環境基本法の基本理念にある「持続的に発展できる社会」の考えは、1992年の環境と開発に関する国際連合会議(地球サミット)のときに広く取り上げられ合意された「持続可能な発展」の考えを踏まえている。その意味は、「人々の生活の質的改善を、生活支持基盤となっている各生態系の収容能力の限度内で生活しつつ、達成すること」である。「持続可能な経済」は「持続可能な発展」の結果得られる(環境省総合環境政策局総務課編著「環境基本法の解説」,p151、(ぎょうせい、1994))。国際社会はこの考えを共有し、気候変動枠組み条約や生物多様性条約を制定した(注2)。
世界の共通認識は「持続可能な社会」をめざすことであり、「経済の持続的な成長」ではない。

環境と経済の歴史に逆行してはならない

公害対策から始まった我が国の環境問題の歴史上もっとも大きな価値観の転換が、環境基本法の基本理念の制定といっても過言ではない。

1967年に公害対策基本法を制定し、1970年の改正時に経済調和条項(「経済調和条項」とは、「生活環境の保全については、経済の健全な発展との調和が図られるようにするものとする」条文。環境保全を経済の枠内で行う考え方)を削除したときが、第一の価値観の転換のときである。これによって、国際競争に直面する産業界の負担が過重にならないよう産業の成長のもとで生活環境の保全の調和をはかる、それまでの産業界中心の認識から、生活環境の保全は企業の活動に優先するとの法律上の価値判断を示した(六車明、「環境と経済」、p591。(慶応法学、2007))。

さらに、1992年に環境基本法を制定し、限りある環境(第3条)のなかで経済を発展させるとの考えを取り入れた時点で、環境が保全できる範囲で経済を発展させるという、第2の価値観の大転換があった。環境基本法は、あくまでも環境を基盤としつつ、経済を環境に適合させる形で環境と経済を統合することを示している(大塚直、「環境法」p.185、(有斐閣、2002))。

循環型社会形成推進基本法にならう

天然資源の消費を抑制し、環境への負荷を低減する循環型社会の形成を目的として制定した循環型社会形成推進基本法(2000年)は、環境基本法の基本理念にのっとっている。大量消費・大量生産・大量廃棄の社会から循環型社会へ移行するために、「環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら持続的に発展することができる社会の実現」を推進すると定めている(循環型社会形成推進基本法第3条)(注3)。

同法にもとづいて制定した資源有効利用促進法などをもとに、容器や家電などの個別物品に応じたリサイクルの法規制が成立、産業界でも具体的な措置がすすんでいる。すでに「経済の成長」ではなく、「持続可能な社会の実現」に向けて動いている。

 

理由2. 中期目標の設定について

国際協力推進と主体的な参加を

25%削減目標は、「すべての主要な国が、意欲的な目標に合意した場合に設定されるもの」としている。国際合意がなければ、国内のC02削減目標が設定されないと読むこともできる。

環境基本法の基本理念には「国際的協調の推進」を定めている(第5条)。我が国の経済社会は海外の環境に大きく依存していることから、国際的に協調し、環境保全を積極的に推進していくことを求めている。 また、生物多様性基本法(2008年)は、「生物の多様性に関する条約等に基づく国際的な取組に主体的に参加すること」を定めており(第26条) (注4)、国際的な取組に主体的に参加することが明記されている。
法案のように、主要国が目標設定に合意した場合にかぎり国内の環境政策を実行することは、環境基本法の第5条(国際的協調による地球環境保全の積極的な推進)、および生物多様性基本法の第26条(国際的な連携の確保及び国際協力の推進)に反する。

環境を健全で恵み豊かなものとして維持することは、人間の健康で文化的な生活に欠くことのできない(第3条)。人類の存続の基盤である環境が人間の活動による環境への負荷によって急速に損なわれている今、現在及び将来の世代の人間の、健全で恵み豊かな環境を維持するためには、 生態系の微妙な均衡によって成り立っている限りある環境を維持しつつ、人間の生活の質の向上をめざすことが必要である。
上記のような環境基本法の基本理念にのっとった、地球温暖化対策基本法の制定を期待する。

以上

資料

(注1)環境基本法は基本理念として3つの原則を掲げている。(1)環境の恵沢の享受と継承、(2)環境負荷の少ない持続的発展が可能な社会の構築、(3)国際的協調による地球環境保全の積極的推進である(第3、4、5条)。条文は以下のとおり。

(環境の恵沢の享受と継承等)
第三条 環境の保全は、環境を健全で恵み豊かなものとして維持することが人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないものであること及び生態系が微妙な均衡を保つことによって成り立っており人類の存続の基盤である限りある環境が、人間の活動による環境への負荷によって損なわれるおそれが生じてきていることにかんがみ、現在及び将来の世代の人間が健全で恵み豊かな環境の恵沢を享受するとともに人類の存続の基盤である環境が将来にわたって維持されるように適切に行われなければならない。
(環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会の構築等)
第四条 環境の保全は、社会経済活動その他の活動による環境への負荷をできる限り低減することその他の環境の保全に関する行動がすべての者の公平な役割分担の下に自主的かつ積極的に行われるようになることによって、健全で恵み豊かな環境を維持しつつ、環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら持続的に発展することができる社会が構築されることを旨とし、及び科学的知見の充実の下に環境の保全上の支障が未然に防がれることを旨として、行われなければならない。
(国際的協調による地球環境保全の積極的推進)
第五条 地球環境保全が人類共通の課題であるとともに国民の健康で文化的な生活を将来にわたって確保する上での課題であること及び我が国の経済社会が国際的な密接な相互依存関係の中で営まれていることにかんがみ、地球環境保全は、我が国の能力を生かして、及び国際社会において我が国の占める地位に応じて、国際的協調の下に積極的に推進されなければならない。

(注2)1992年の地球環境サミットで「持続可能な開発」の言葉が用いられた。その意味は「生態系の支える環境収容力の範囲内で暮らしつつ、人間生活の質を向上させること」である。WWFは、1991年、IUCN、UNEPとともに、「新・世界環境保全戦略かけがえのない地球を大切に」を発表し、環境を圧迫している自然資源の消費をくい止め、持続可能な社会を実現するための9つの原則と、より具体的な132の行動規範をまとめ、地球サミットに貢献した。

(注3)循環型社会形成推進基本法第三条
(循環型社会の形成)
循環型社会の形成は、これに関する行動がその技術的及び経済的な可能性を踏まえつつ自主的かつ積極的に行われるようになることによって、環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら持続的に発展することができる社会の実現が推進されることを旨として、行われなければならない。

(注4)生物多様性基本法第二十六条
(国際的な連携の確保及び国際協力の推進)
国は、生物の多様性の保全及び持続可能な利用が、地球環境の保全上重要な課題であることにかんがみ、生物の多様性に関する条約等に基づく国際的な取組に主体的に参加することその他の国際的な連携の確保並びに生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する技術協力その他の国際協力の推進に必要な措置を講ずるものとする。
 

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